第51話 ドラゴンの娘と王女様 Ⅰ
§1
とんとん。
「アンジェでございます。飲み物をお持ちしました。」
だいぶ落ち着いた頃、扉から音が聞こえてくる。
「少し早いわね。……姫様。大丈夫かしら?」
シエルさんは少し心配そうに私を見てくる。
……ちょっとだけ涙が出ただけだよ。
私は膝にあるハンカチを折りたたみながらこくりと頷く。
「……そう。『入りなさい。』」
シエルさんは目線を下げると静かに口を開く。
見ていると扉が開いて、扉を押さえているサリカさんの横をアンジェさんがワゴンを押して入ってくる。
……あっ! チョコレートの匂いだ!
「……ほう。あの飲み物の匂いじゃな。」
「うん。」
エルと目を合わせて、少しワクワクしながら見ているとシエルさんの声が聞こえてくる。
「適当に置いて頂戴。」
「畏まりました。」
「……お母様!」
アンジェに目配せされたサリカさんが扉を閉めようとするとシエラちゃんが部屋に飛び込んでくる。
……シエラちゃん。ちょっと驚いたよ。
シエルさんは飛び付いてきたシエラちゃんを抱きとめながらため息を吐く。
「……シエラ。リフィアはどうしたの?」
「…………着替えると時間が掛かるので逃げて来ました。」
シエラちゃんが少し頭を下げる。
するとシエラちゃんの髪がごそごそしてハムスターさんが顔を覗かせる。
……シュバさん。連れて来たんだね。
シエルさんはシエラちゃんに目を向けながら深くため息を吐くと手を止めているアンジェさん、扉を閉めているサリカさんの2人に声を掛ける。
「アンジェ、サリカ。ここはもう良いわ。リフィアを探して伝えなさい。」
「畏まりました。奥様。」
「畏まりました。奥様。」
アンジェさんは一旦礼をするとワゴンを整えてサリカさんの居る扉の前に戻る。
「失礼致します。」
「失礼致します。」
そして、2人は礼をするとそのまま部屋を出て行く。
扉が閉まるとシエルさんはシエラちゃんと目を合わせる。
「シエラ。後でリフィアに謝るのよ。」
「はい。お母様。」
シエラちゃんが頷くとシエルさんは抱きとめていた手をそっと解く。
「早く自分の椅子に座りなさい。」
「はい。」
シエラちゃんはシエルさんから離れて隣の椅子にちょこんと座る。
それを見ていたシエルさんはさっと手を動かす。
「話を始める前に……サクラに作らせたチョコレートドリンクよ。」
……シエルさんの中ではチョコレートって名前になってるみたい。
少しぼーっとしているとワゴンからチョコレート色をしたグラスが飛んでくる。
「しかし今日は、サクラはいないのかの?」
横を見るとエルはシエルさんを見ながら両手でグラスを掴んで傾けている。
シエルさんはエルに目を向けると口を開く。
「……サクラは知らない方が良いわ。」
「…………ふぅ。あやつは“資格なし”じゃが魔女の弟子らしいからの。その上、アルフェが竜域の魔女の娘だと気付いとる。あまり意味がない気がするがのう。」
エルはチョコレートドリンクを一口飲むとテーブルにグラスを置く。
……言っちゃった。
シエラちゃんを見ると少し困った顔で首を傾げている。
「……お母様。どう言う事なのですか?」
シエラちゃんに見つめられたシエルさんは息を吐くとじっと見つめ返す。
「ふぅ。よく聞きなさい。」
「はい。お母様。」
「姫様はフィルシア様の姫君なのよ。」
「! はい!」
シエラちゃんは目を丸くして私に目を向ける。
「……後、フィルシア様は魔の森の魔女様でも“あった”のよ。」
「はい。」
シエラちゃんはシエルさんに目を戻すと軽く頷く。
……あれ? シエラちゃんは私のお母さんが魔の森の魔女って聞いてもそこまで驚いてない。
「シエラちゃん。私のお母さんが魔女って驚かないの?」
不思議に思って顔を向けるとシエルちゃんは真面目な顔になって、こくりと頷く。
「……“陛下”は“王都の森”の魔女様だと聞いております。“姫様”」
うっ。
「……シエラちゃん。私の事はアーちゃんって呼んで。」
私が少し落ち込んでいるとクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「……はい。アーちゃん。」
「うん。シエラちゃん。」
私もシエラちゃんに釣られて笑顔になる。
……でも、お母さんが魔女って有名だったんだ。
例のゲームだと魔女より王妃様が先に来るから有名だって言う印象がなかったりする。
そんな風に2人して笑い合っているとシエルさんの声が割り込んでくる。
「シエラ。……私、フィルシアの眷属だったのよ。」
次の瞬間、“何か”が部屋の空気を押しやる。
……!
シエラちゃんがすごい“怖い”顔をしていたのですぐに目を逸らす。
「……ほう。」
でも、私が振り向いた先に見えたエルの目は面白そうに輝いていた。
……エル。
§2 シエラ
kenzoku、ケンゾク、眷属。
私はお母様を見ます。
「……魔女様は“人”を眷属に出来るのですか?」
お母様が誰かの眷属なんて信じたくないです。
私の言葉を聞いたお母様は静かに首を横に振ります。
!
……でも、何故あんな事を言ったのですか?
不思議に思っているとお母様は私の目をじっと覗き込みます。
お母様の瞳は私と同じ綺麗な青い目をしています。
「私は“金竜”、ドラゴンよ。貴女の母親は“人”じゃないのよ。」
?
ドラゴン? お母様が?
お母様は人です。
「お母様。なんでそんな事を言うの?」
お母様は少し悲しそうな顔をしながら手を出します。
「シエラ。見なさい。」
お母様の手を見ていると金色の光が手を覆います。
……
…………!
!!!!!
「お母様、なんで……。」
見ているとお母様の手が金色の鱗で覆われて鋭い爪が生えてきます。
……まるでドラゴンの手のひらです。
「シエラ、これで分かったかしら? 私はドラゴンなのよ。」
お母様は軽く爪を動かしながら私を見ます。
怖いです。
怖い、怖い、怖い。
椅子から飛び降りると私の事を静かに見ていたアーちゃんに飛び付きます。
「……シエラちゃん?」
アーちゃんは私の背中をさすりながら声を掛けてくれます。
私は顔を少しだけ上げるとアーちゃんと目を合わせます。
「アーちゃん。怖くないの?」
アーちゃんは少し首を傾げます。
「……怖くはないよ。……それにエルだってドラゴンさんだよ?」
「じゃな。」
エルちゃんを見ると頷いています。
でも、私はすぐに顔を隠します。
……エルちゃんも怖いです。
「アーちゃん。私を部屋から出してください。」
「……えっと。」
「構わないわ。」
後ろから“バケモノ”の声が聞こえてきます。
お母様を食べてしまったドラゴンの声が聞こえてきます。
「……シエラちゃん。大丈夫だから。一緒に行こ?」
「……はい。」
私はアーちゃんと一緒に部屋を出ます。
「! シエラお嬢様にアルフェお嬢様、如何なされましたか?」
「リフィアさん。シエラちゃんを部屋に連れて行ってあげて。」
「畏まりました。……シエラお嬢様。」
顔を上げるとリフィアが目の前に居ます。
アーちゃんは私の手を離します。
「……シエラちゃん、リフィアさん、お休みなさい。」
「はい。お休みなさい。」
「アルフェお嬢様、ありがとうございます。」
アーちゃんは私に手を振るとあの部屋に帰って行きます。
「ではシエラお嬢様、部屋にお連れします。」
「はい。リフィア。」
……
私は部屋に帰るとすぐにベッドに潜ります。
すごく怖かったです。
震えていると首の辺りがもぞもぞします。
……シュバイン。
私は起き上がります。
ティアに聞いて用意させたシュバインのご飯を手のひらに載せます。
するとシュバインは私の腕を伝って手のひらまでやってきます。
「シュバイン。ごめんなさい。貴方の事を忘れてました。」
シュバインは私の方を一瞬だけ見ます。
でも、すぐにご飯を頰に詰め込み始めます。
……
…………
この家を出てお父様に助けて貰いましょう。
シュバインもお母様に化けたドラゴンに食べられてしまうかも知れません。
じっとシュバインを見ていた私はこの怖い“ドラゴンの館”から逃げ出す事にしたのです。




