第3話 王女様と記憶
私はヒロインらしい。
私の不思議な記憶の中の“私”は“ゲーム”のヒロインで5人のヒーローを攻略してゆく。そのヒーロー達の婚約者達は“これから”凄惨な出来事を経て歪んでしまい。“悪役令嬢”になってしまう。
実は、他の攻略対象も含めると10人(匹?)以上いるし、もう1人ヒロインが居るけど、今はいいかな?
5人の中で一番急がないといけないのは「公爵令嬢マーシェリィ」……「マーシェリー」だったかも。
いずれにしても、彼女に不幸な出来事が起こるのは彼女が6歳の初秋。私が生まれた時、彼女は1歳で12月生まれ。私は8月生まれ。要するにあと1、2ヶ月程度しかない。しかも“ゲーム”の中では詳しい日付は出てこない。
結構、きついと思う。
でも、彼女はその記憶によると私の親族に当たる。
私のお父さんは王様で、お父さんのひいおじいちゃんのお兄さんが公爵家の祖だから。
正直、私の“この記憶”は信用出来ないと思う。
確かにお母さんから叩き込まれたこの世界の知識や私の周りの状況と一致する部分が多いから、未来に起こるかもとは判断したけど。
ただ“星読み”って言う未来を見る力を持っている人も居るし、未来が分かる事自体は珍しく無い。そして、万が一にもこれが本当に起こる事だとしたら、また私は“家族”を失う事になる。
今まで、会った事も無い相手だけど嫌なものは嫌なんだ。
「こんなもんかな?」
取り敢えず、今思い出せる情報を書き出してみた。
彼女達に今後起こるかも知れない事を年表にした物。
正直、5歳の子供が知るにはかなりキツイ内容ばかりだけど、私は魔女であるお母さんの弟子でもある。残酷な事への耐性は鍛えられていると思う。
「まず私のお父さんが本当に王様なのかの確認と、やっぱり私の眷属探しかな? 後、街に出る必要もあるよね。そもそも、公爵領が何処か分からないし。」
街って言うのはこの森に接する形であるアーヴェン王国ハイゲン辺境伯領の領都の事。
ちなみに、例の記憶によると私のお父さんはそのアーヴェン王国の王様らしい。
「でも、今すぐは無理かな? 森のお仕事もあるし。……明日、ベルさんに相談しよう!」
今日の所は家の周りで出来るお仕事をしようかな?
懐中時計を開けば太陽の位置は未だ低い。
「午前中はお仕事をして、午後はお勉強。ついでに公爵領についても調べよう。」
そうと決まればペンを置き部屋を出る。まずは家の中の掃除からしよう。
私は掃除道具を置いてある物置迄いくと魔法をかけていく。
『ほうきさん。ほうきさん。床を掃いて下さいな。代わりに魔力をあげましょう。』
そうすると、箒がピッと立ち上がって床を掃き始める。
他にも、はたきや雑巾、モップ、ふきんにスポンジ、バケツとそれぞれ、魔法を掛ける。
私は未熟なので掃除道具さん達に付いて、たまにそれぞれに指示を出してゆく。
例えば、箒だと最初に床と指定したので階段とかを素通りしてしまう。
お母さんだと無詠唱の上、きっちり掃除するように魔法を掛けられるんだけど今の私ではまだまだ無理だ。
ガチャガチャと掃除道具さん達と共に階段を登ったりしているとお母さんの部屋の前に着いてしまう。
でも素通りする。
手紙があるけどまだ良いや。お母さんの部屋はまだ触りたくない。
他にも研究室とか危ない素材を管理している部屋も素通りする。
家の中を大体掃除出来たら、今度は玄関先のテラスにある鶏小屋や家の近くの枝にある動物小屋、温室の動物さんや植物さんの世話をしに行く。
私が住んでいる家は巨大な木の上のツリーハウスで幹から伸びる枝も太くて頑丈なので、そっちにもいくつか離れみたいのが作られているし、私が住んでいる家から直接建て増しされて繋がっている部分もある。
私は枝の部分に作られた階段を登ってゆく。
今は手すりがあるけどお母さんが最近になって作ってくれたんだよね。それまでは、絶対に立ち入り禁止だった。
最初は動物小屋の動物さん達。魔物さんも何匹かいる。
森の中で命を助けるのはダメ。それが自然だから。
だけど、いくつか例外ある。例えば、この家の周りの結界飛び越えた場合。
お母さんは理由を問わず助けていたし、余りに数が少ない場合も保護していた。
そして、その例外である子達がここに集められている。
動物小屋の扉を開けると何匹か集まって来た。
「みんな元気にしてた? 」
「うん。ウルフさまやベルさまが主人さまやひめさまが来ないあいだ世話してくれたから。」
最初に飛び付いて来たのは魔狼の子供。
泉の側、結界のすぐ近く。瀕死で倒れていたのをお母さんが助けた。
近くを調べると魔狼の雌とその子供らしき骸が数体見つかったらしい。ウーちゃんさんが言うには群の中の権力争いだろうとの事。
魔狼くんが私の脚に飛び付いたり周りを回っていたりしていると頭上から声が降ってくる。
「狼の子は実に落ち着きが無いな。姫様、ちゃんと叱るべきでは? 」
フクロウの魔物の子が小屋の梁に止まりながら魔狼くんを睨みつける。
この子はまだ雛の頃、巣から落ちていた所を保護された。
この子の種族は素材目当てで人に乱獲されて数を減らしていて、この子の母親も、もう居ない。
巣に残っていたヒナ達も同時に保護されたけど、既に森に帰っている。
この子も巣から落ちた時のダメージが大分癒えているのでそろそろ森に帰しても良い頃なんだよね。
「まぁまぁ、フクロウのねぇさん。オオカミのにぃさんも姫さんに会うのが久しぶりで嬉しいんでしょう。……姫さんも久しぶりです。」
フクロウちゃんの横にいつのまにかサラマンダーの子供でチロチロと寄って来ている。
この子、実はこの森の子じゃなかったりする。
南の火山帯が人に荒らされたのでその火山帯で長老だった炎龍さんがこの子を含めた魔物達を率いて西の火山帯に逃げている最中なんだよね。
そして、定住しない限り保護を与えるのは大体の魔女の間では暗黙の了解らしい。
……ドラゴンさんって例の記憶にあるゲームの中だと伝説扱いで、例のゲームの中の私もドラゴンさんと会ったことがある描写が無かったりする。
実際、お母さんやお母さんの眷属さん達からは一人前になるまでは会うなって言われているからね。炎龍さんもお母さんしか会ってない。
それはそれとして、このサラマンダーくんは逃げている最中、炎の魔力が枯渇してしまって炎龍さんから助けてほしいと頼まれた子なんだよね。
炎龍さんが魔力を与えるとサラマンダーくんだと耐えられないらしい。
……サラマンダーくんが回復次第、西に出発するらしい。
「フクロウちゃん、魔狼くんは私の眷属ではないよ? サラマンダーくんも久しぶり。」
「あー、確かに。ただ、私もそうですが、サラマンダーもそろそろ巣立ちが近い。彼だけにここの統率を任せるのは不安だ。」
「……フクロウのねぇさんが言うのも一理ある。ここは私らでオオカミのにぃさんを鍛えるしかないでしょうな。」
「えー! 僕大丈夫だよ。」
魔狼くんは、今度は梁の方に向かってぴょんぴょん跳ねてアピールする。
「ふふ。魔狼くんが手伝ってくれると嬉しいよ! ……っと、他の動物さん達も見ていくね?」
私は魔狼くんに笑い掛けると他の動物さん達にも目を向ける。
……魔法を使うと動物でもある程度意思疎通できるけど、今の私では即座に使える魔法では無かったりする。
まぁ、魔法を使わなくても動物達の様子ぐらい分からないと魔女とは言えないけどね。
「……取り敢えずみんな元気そうだね。ちゃんとご飯は食べてた?」
「はい。特に問題がある子は居なかった。」
「そうですね。私が見ている限り問題が起きてる子はいなかったですかね。」
「みんな元気!」
フクロウちゃん、サラマンダーくん、魔狼くんが順に答えてくれる。
私は頷くと少し掃除して物資を補給すると小屋をあとにする。
知恵がある魔物が小屋にいる時はご飯やトイレの世話をしてくれるので結構楽が出来るんだよね。
ちなみに、魔物さん達の“名前”を呼ぶ事は魔法的に関係を結んでしまうので、いずれ森に帰す子達は大抵種族名に“君”、“ちゃん”を付けて呼ぶようにしないといけないらしい。
その後、木の上で出来る仕事を終わらせた私は一旦下に降りて畑の世話や色々設置してある魔導具の点検、結界の重ね掛けをした後また家に戻って来た。
懐中時計を確認する。
「太陽が南中してる。この後は日の入り迄は勉強かな。」
ちょっと古くなったパンに適当に具を挟んで皿に盛りつける。
……数日は新しく焼いてないので、流石に焼かないとまずいかも。
そんな事を考えながら、お茶をサンドイッチを乗せたお皿と一緒に盆に乗せて図書室に持っていく。
“私達”のご飯はお昼が一番軽い物になるのでこれで十分。
……お母さんによると魔女によるらしいけど。
「うーん、調べるのは眷属契約と攻撃魔法、あと、アーヴェン王国についてかな? それと勉強はお母さんから言われてる古代語と数学と占星術と儀式魔法基礎と……。」
図書室をざっと見て色々と資料を集めて来た。
何故か『アーヴェン王国貴族一覧』なんてものがあったりしてびっくりしたけど。
禁書庫もあるけど私が一人前になるまでお預け。
……色々ウズウズするけどね。
「先ずは、やっぱりこれだよね。」
と言いながら私は『アーヴェン王国貴族一覧』を本の山から引き抜く。
早速、中身を見ていくと徐々に血の気が引いていく。
「……これ、“原本”だよね。なんで、ここにあるの? 」
強力な“血の魔法”で書かれてるみたい。
思い切り“血”で名前が書かれてるから流石の私も分かる。
……これって、もしかして“全部”載ってるのかな?
千年近く前の名前も乗ってるみたい。
もし、本物なら“呪術”が使えると思う。
殺したりは出来ないけど明らかに王家の切り札の一つだよね。
……ちらっと、例の記憶が浮かぶけど考えない事にする。
「……取り敢えず、公爵家を探そう。」
少し探すと直ぐに見つかった。
「……記憶の通り。当主ランゲルとその娘マーシェリー。」
公爵のおじさんの奥さんの名前は赤では無く黒に変色していた。
……たぶん、亡くなってるって事だと思う。昔の名前は軒並み黒に変色してるのでたぶんそう。
少し憂鬱になるけど。『アーヴェン王国貴族一覧』には所領の地名と大まかな特徴も載っていたので今度は公爵領の位置について調べてみる。
「アーヴェン王国の地図、地図と……これかな? 」
少し擦り切れた折りたたまれた紙を取り出すと、さっと広げて位置を確認していく。
「私たちの森はここで、……王都はここかな。王都の南のオーベリィ、オーベリィと……ここかな。」
……はぁ、遠い。
王都の南って事で察していたけどかなり距離がある。まともに旅をすれば1ヶ月以上掛かるね。
「どうしよう。」
……
…………
………………!
閃いた私は眷属契約の参考に持ってきた魔物図鑑を探していく。
前にベルさんにお母さんと一緒に乗せて貰ったんだよね。
もしかしたら、空を飛べたら行けるかも!
「……うーん、やっぱり長時間長距離の飛行は竜種じゃ無いと無理みたい。」
……はぁ。私は暫く魔物図鑑を見てみたけど、そう都合は良くないみたい。
今の私の実力だと下位竜種でも眷属なんて到底できないよ。
そもそもこの森の魔女になるならドラゴンを眷属してはいけないってお母さんから釘を刺されている。理由は知らないけど、この森の掟みたいなものらしい。
「はぁー。何処かにドラゴンさんの友達いないかな。」
まぁ、しょうがないよね。
私は調べ物や勉強を続ける事にする。
夢中になった私は、ご飯も忘れていつのまにか寝てしまった。