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第42話 王女様と建物の中の商店 Ⅱ

 つんつん。


 蹲っていると背中を誰かが突いてくる。


「……アルフェ。何をしておる?」

「……アーちゃん。大丈夫ですか?」


 顔を上げて後ろを振り返る。


 不思議そうに首を捻っているエルと心配そうな顔をしているシエラちゃんが私を覗き込んでいる。

 …………いつまでもこんな事、していてもしょうがないよね。

 はぁー。


 私はため息を吐いて首を横に振ると立ち上がってエルとシエラちゃんを振り返る。


「何でもないよ。」


 するとミィルさんが私の方を見て口を開く。


「アルフェ様。一部が高いだけだからどうせ合わせても正金貨10枚あれば足りるわよ? ……ねえ。」

「はい。概算で……7クラウン前後ですね。奥も見られますか? 保存食や各種道具などはあちらに。“使い魔”についても店の裏手に用意があります。」


 使い魔?

 ミィルさんに顔を向けられた店員のお姉さんは私達が入って来た扉と反対側にある裏口みたいな扉に手を向ける。


 ……うーん。ちょっと気になる。でも、次は道具の方が見たいかな。

 私は店員のお姉さんの方を向くと頷く。


「うん。……みんなも良い?」

「構わん。」

「はい。」


 エルとシエラちゃんは頷いて私の手を握ってくる。

 私はみんなの手を引くと少し移動する。


 魔導カードの隣の棚にはいくつかの保存食……加工された肉やチーズ、乾燥させたフルーツに固そうなパンやビスケットがお盆に並べられている。種類は少ないけど塩漬けしたお魚も置いている。

 ……結構、お酒も置いてるね。瓶詰めにされたピクルスやジャムもある。小瓶に入った調味料も塩砂糖ハーブにスパイス……種類別に分けられた木の実が入った瓶も一杯並んでいる。


 ……うーん。あまり魔力を感じない。これなら家で保存している物の方が良いかな。

 棚から目を離して隣を見るとエルがお酒をじっと見ている。

 ……!


 私はシエラちゃんと顔を見合わせると、すぐにエルの手を引いて棚から離す。


「ダメだよ。エル。」

「そうです。エルちゃんにはまだ早いです。」


 エルは少しの間ぽかーんとした顔をしていたけど、私の手を振り払ってすぐにぷるぷると震えながら怒り出す。


「……アルフェもシエラもなんじゃ!わしは見てただけじゃ!……ふん!」


 エルはぷいっと私達から顔を背ける。

 ……すごく飲みたそうにしていたよ。


「……もう良いのかしら?」


 振り返ると後ろでミィルさんが私達に近付いてくる。


「うん。……お家に一杯あるから。」

「……確かにそうね。」


 私がミィルさんに頷くと後ろで私達を見ていたシエルさんも軽く頭を動かす。


「……そう言えば、“保存の魔法”を掛けた物が無いわね。何故かしら? こう言うお店だと定番のはずよ。」


 私達の隣まで来たミィルさんが首を捻りながら棚を見ている。


「ミィル様。“魔の森”は保存の魔法を受け付けないので……。」

「……そうだったわね。」

「サクラさんの言う通り、ここに来るお客様は魔の森が目的地の方が多いので表に出してある物は普通の保存食ですね。ただ、言って頂けたら“魔法食”のご用意も可能です。」


 ……そうだった。お母さんは普通に使っていたから忘れてた。

 魔の森は色々と“あれ”なんだよね。シエルさんですら“ミルク”1瓶くらいしか保存の魔法を掛けられないから後はだいたい保存食しか持ってこない。


 でも、“魔法食”って何?

 私は首を捻ると店員のお姉さんに声を掛ける。


「……お姉さん。魔法食って何なの?」

「そうですね。少々お待ちください。」


 お姉さんはカウンターまで行くとお皿を取り出して持ってくる。


「はい。これが魔法食です。」


 店員のお姉さんは私の目線に合わせて屈み込むとお皿を差し出す。


 ……何だろう?

 お皿の上には薄い茶色をしたブロックが置かれている。


「……これは食べられるのですか?」


 私の横からシエラちゃんが覗き込んでくる。

 ……確かにそうだと思う。


 でも、店員のお姉さんは少し微笑むとお皿の上に手を翳す。


「……少しだけ見ていて下さい。『解凍』。」


 次の瞬間、ブロックから水がじゅわっと出てきたと思ったら一気にブロックが崩れる。お皿全体に広がると湯気が立ち上って、いい匂いが漂ってくる。


 ……何だろう。スープ?

 見ると、いくつか野菜とお肉が具に入っている。


「……ほう。これは美味そうじゃな。」


 あっ!

 いつのまにか私の隣に来ていたエルが人差し指をお皿に付けて、指に付いたスープを舐めてる。……フードもいつのまにか脱いでる。


 唖然としつつ周りを見ると、シエラちゃんとは目を見開いてエルの指を眺めているし、店員のお姉さんもお皿を持ちながら固まっている。

 でも、エルは私達を無視してミィルさんとシエルさんに声を掛ける。


「……うむ。ほんのりと魔力を感じるのう。ミィル。シエル。お主らも試してみるのじゃ。」

「……ベルが好きそうな“味”ね。」

「あら? これは結構“濃い”わね。サクラも味見してみて頂戴。」

「分かりました。……あー、魔力を意図的に増やしてますね。これ。」


 シエルさん、ミィルさん、それにサクラさんも小指でスープを掬うと口に含む。……シエルさんはフードで口元は見えないけど。


「お母様!」


 隣を見るとシエラちゃんが少し泣きそうな顔でシエルさんに走り寄る。


「……シエラ。」

「お母様。その様なはしたない事はやめて下さい!」


 シエラちゃんはシエルさんのローブを捕まえるとぎゅっと顔を沈める。

 ……シエラちゃんって“お姫様”だもんね。でも、ワッフル歩き食べするのは平気だったんだよね。

 微妙な感じになっちゃったけど、ミィルさんが咳払いをして店員のお姉さんに声を掛ける。


「…………んっん。えっと、魔法食も後で包んで貰えるかしら?」

「……はい! 魔法食についてはどの様にしましょうか?」

「全種類……10食ずつにするわ。決済は私のギルド証で。」

「はい。…………えっ! グランドマスター!?」

「……何か問題があるのかしら?」

「! いいえ。……確認しました。」


 自分の時と同じ様にカードから魔法陣が浮かび上がるのを見ていると腕をつんつんされる。隣を見るとエルは少し気まずそうに、シエラちゃんをあやしているシエルさんの方を見る。


「……失敗じゃった。しかしのう、“はしたない”とはなんじゃ?」


 ……エルってドラゴンさんだもんね。


「……うーん。色んな人と一緒に同じスープを指で掬って食べた事かな? 後、椅子に座らなかった事もかも。」


 私はとりあえずいくつか気になった点を上げてみる。


「……ふむ。じゃがのうアルフェ。村でオムレツとスープを作る時に同じように“味見”したぞ。」


 ……確かに、ソースやスープを小皿に移して味見しているとエルがじっと見てきたから味見して貰ったんだよね。

 でも、今みたいに人前じゃないよ。……なんて言えばいいんだろう?


 私は少し考えると口を開く。


「料理を作ってる時だから平気なの。」

「…………人の世は分からん事だらけじゃ。」


 エルは少し肩を竦めて目を遠くに向ける。

 私も一緒の方向を見るとお店に入った時によく分からないと思った道具が並んでいる場所が目に入る。


「よく分からんと言えば……あれらもなんなのじゃ?」


 ……!

 エルはとことこと歩き出したので急いで付いていく。


 追い付くとエルはじっと棚の道具を見ている。

 ……値段しか書いてないんだ。でも近付いて見ると使い方が分かる物もある。手帳やペンはそのままだし、ナイフも折りたたまれているけど何となく分かる。カトラリーセットや食器セットも分かり易い。


 ……これは、なんだろう? あっ、懐中時計だ。


「……アルフェお嬢様。エルお嬢様。説明しましょうか?」


 エルと一緒に棚の道具を引っ張り出して眺めていたら、声が聞こえたので振り返る。すると私達の後ろにサクラさんが立っている。


 ……とりあえず、これかな。


 “R5K2.9”


 私は手のひらに乗るくらいのちょっと高めの謎の箱を棚から取り出すとサクラさんに見せる。


「これってどう使うの?」

「“暖房”の魔道具ですね。炎の魔石燃料を入れると天幕全体を温めてくれるので魔の森の“雪山”では重宝しましたね。」


 ……雪が積もる山って“ここ”から近い所に無いよ? どこの事だろう?


 悩んでいるとシエルさんがシエラちゃんを引っ張って私達の所にやって来る。ちなみに、ミィルさんは店員のお姉さんとまだ話している。


「姫様。森の結界よ。あの結界は“外”の存在を迷わす物だけど、“同じ手順”を踏めば“同じ場所”に辿り着ける道順がいくつかあるのよ。……多分、北部の山か竜尾山脈のどちらかでしょうね。」


 ……そう言えば、お母さんが前に言ってたよ。歴代の魔女さん達が人に教えた“道”があるって。勝手に見つけちゃった物もあるみたいだけど。


 ふむふむと頷いているとちょっと怖い顔をしたシエラちゃんが私の隣にいるエルの所にやってくる。


「……エルちゃん。もうあの様な事はやめて下さい。」

「分かっておる。」

「はい。エルちゃん。手を出してください。」

「? ほれ。」


 シエラちゃんは顔を緩めるとエルと手を取って一緒に棚の道具をしげしげと見ていく。

 ……私も続きを見よっと。


 謎の球体に手を伸ばしているシエラちゃんを横目に私も棚に目を向けた。


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