第41話 王女様と建物の中の商店 Ⅰ
からん。ころん。
ミィルさんが扉を押すと鐘の音がする。
「いらっしゃいませ!」
中に入ると、店員さんの声が聞こえてくる。
エルと一緒に周りをきょろきょろと見渡す。
近くには、何か色んな色をした“カード”や“石”、“液体”が入った瓶が棚に並んでいる。
……うーん。瓶は多分薬だろうけど、カードや石はよくわからない。
ちょっと奥を見ると保存食や天幕、……?
……何だろう? よく分からない物がたくさんある。
うーんと考え込んでいると棚の整理をしていた店員のお姉さんがぱたぱたと私達の所にやって来る。
「……どの様な物をお探しですか?」
「そうね。……順に見て回って良いかしら?」
「分かりました。……まずは消耗品の所ですね。」
ミィルさんと話していた店員のお姉さんは謎の石やカードの棚に向かう。
……
私達も店員のお姉さんの後を追って棚に近付く。
店員お姉さんは私達が来ると棚を指差しながら口を開く。
「……えーと、各種魔石燃料に魔導カード、魔法薬です。」
……魔石燃料。確か外の列車に使われているって言っていた気がする。
棚の商品をじっと見ているとミィルさんが青い石を取り上げて私とエル、シエラちゃんの目の前に持ってくる。
「これが“水”の魔石燃料よ。……シエラは知ってるのかしら?」
シエラちゃんはミィルさんにこくこくと頷く。
「はい。ミィル様。魔石を精製して作られます。リフィアが教えてくれました。」
……ふーん。という事は純粋な“属性”に近付けているって事かな? 普通の魔石は大体色々混ざっているもんね。
私もシエラちゃんの言葉にうんうんと頷きながらミィルさんの手の中にある石を眺める。
「そうよ。シエラ。魔石燃料は属性を出来るだけ揃えて純粋な属性魔力を取り出す事を目的にしてるわ。この水の魔石燃料だと例えば…………この“蒸留水を作り出す”魔導カードと合わせるとかなり魔力の節約になるわ。逆にこっちの“火を作り出す”物だと使えない事は無いけどすぐに魔力を使い切ってしまうわね。」
ミィルさんは謎のカードを2つ棚から取り出すと私達に見せてくる。
……うーん。魔導書みたいなもの? ……気になる。
私は顔を上げてミィルさんと目を合わす。
「ミィルさん。小さな魔導書って事?」
「そうよ。……見てみるかしら?」
「うん! エルもシエラちゃんも見に行こ!」
「うむ。」
「はい!」
私はミィルさんに頷くとエルとシエラちゃんの手を引いて棚を見ていく。カードと瓶には直接名札と値札が貼られていて、石は深めのお皿に積まれている。
……
最初はやっぱり魔導カードかな。
カードの名札を見ていくと、さっきの水や火を出すカードに身体や服をきれいにするみたいなカード。そう言う生活向けの物以外にも魔物避けや攻撃用の術の名前が書かれているのもある。
……色々あるね。
横を見るとエルは魔石燃料を手に取って興味深そうに眺めている。
そして、シエラちゃんは目をキラキラさせながら両手で丁寧に瓶を持ちながら順に眺めている。
目線を戻して、私もカードを手に取ってみる。
……ちょっと硬い。紙じゃないかも。
私は商品の名前にも目を通してみる。
“野営地用局所結界中級”
“R.1K.3.5”
…………? どう言う事だろう?
私はミィルさんが見せてきたカードよりも感じる魔力の量が多い事に気付く。
……もしかして使い捨てで魔法や魔術を使うカード?
首を傾げながら顔を上げると少し驚いた顔をした店員のお姉さんが目に入る。
私に気付いた店員のお姉さんが声を掛けてくる。
「……驚きました。分かるのですね。商品名が太い文字になっているものは発動用魔力もカード自体に込められていて一定回数は魔石燃料や自分の魔力を消費しないで済む様になっています。……ただ、普通の魔導カードと比べると少し高いです。」
店員さんは私が持っていたカードと同じ商品で細い文字のカードを持ってくる。
私は店員さんの持っているカードを覗き込んで値札を確認する。
“K.6.9”
……RがルビスでKがクレッセンだよね。1ルビスが7クレッセンだから1.5倍ぐらい高いんだね。
他の値札も確認してみたけど大体同じ感じだった。
私は店員のお姉さんに振り返ると声を掛ける。
「お姉さん。このカードって使い捨てなの?」
私は手に持ったままの“野営地用局所結界中級”を差し出す。
お姉さんは少し申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。
「はい。カードの魔力が枯渇すると使用出来ません。実は数回だけなら魔力を込める事で使用可能ですが想定された使用法では無いので“緊急時”以外は使用済みのカードの再利用はしない方が良いですよ。」
「……あら。結構“良心的”なのね。“それ”を知ってる人、結構少ないわよ。」
私がこくこくと店員のお姉さんに頷いていると、後ろからミィルさんが声を掛けてくる。
後ろを振り向くと少し笑みを浮かべたミィルさんが目に入る。
ミィルさんに話し掛けられた店員のお姉さんは少し苦笑いする。
「ここは冒険家の方達や探検家の方達向けのお店ですから、非常時に知っていると知らないでは命に関わります。……ただ、再利用自体も危険が無い訳では無いので、再利用を続けそうなお客様には言いませんね。」
「……そうですね。薬も非常時の使用なら認められるけど、常用はやめてほしい物がありますよ。」
お姉さんのお話を聞いていたらサクラさんの声が聞こえてくる。
振り返るとサクラさんが険しい顔をしながらうんうんと頷いている。
すると、店員のお姉さんが眉間に皺を寄せて首を捻る。
「……? もしかして、サクラちゃん?」
「気付くのが遅いです。お久しぶりです。メイさん。」
「…………!! えっ! 本当にサクラちゃんなの!? でも、魔の森に行ったって……。」
「……ちょっと良いかしら?」
凄くあわあわしだした店員のお姉さんにシエルさんが声を掛ける。
シエルさんの声を聞いた店員のお姉さんはびくっとするとすぐに姿勢を正してシエルさんの方に顔を向ける。
「……取り乱して申し訳ありませんでした。何でしょうか?」
「貴女。サクラと知り合いなのかしら?」
「はい。以前、サクラちゃ……サクラさんが魔法薬の納品に来ていたので。」
「……懐かしいです。ここに来て最初の年は雑用しかさせて貰えませんでしたね。」
サクラさんも店員のお姉さんの言葉に合わせて首を縦に振る。
……へー。そんな事が有ったんだ。
サクラさん達の方を向いていると両側から腕をつんつんと突かれる。
「……アルフェ。これは中々面白いぞ。属性がほぼ均一に混ぜられておる。」
「アーちゃん。すごく綺麗です。キラキラしています。」
左を見るとエルは“透明な”魔石燃料を手に持って色んな角度から光を当てて眺めている。時々、虹色の光を反射させている。
透明な石が積まれたお皿の名札を見てみる。
“無極性魔石燃料特級”
“1個R15K3.4”
……特級って何なんだろう。摘めるくらいちっちゃいのにすごく高い。
私はそっと目を離して右を見る。
すると、シエルちゃんも“金色”の粉が舞っている透明な瓶を軽く振っている。時々、光を強く反射しているのが目に入る。
……なんの魔法薬だろう?
瓶に貼ってあるラベルに目を向けてみる。
“万能回復薬特級”
“1個C1R55K3.5”
…………えっ。Cって多分クラウンだよね。
恐ろしく高くて目眩がする。棚を見ても同じ物は3個しか置いてない。
私はこれからもそっと目を離す。
一応、魔導カードも見てみたけどそんなに高いのは無かったのでちょっとほっとする。
私は棚から目を離すとミィルさんの顔が目に入る。
ミィルさんは私が顔を向けているのに気付くと私に声を掛ける。
「……アルフェ様。ここの物って“見た事がない”のよね?」
「うん。」
私が頷くとミィルさんは店員のお姉さんの方を向いて口を開く。
「ここにある魔石燃料、魔導カード、魔法薬全種類、…………シエル。何個づつが良いかしら?」
「3個づつね。」
「全種類3個づつ包んで頂戴。」
「……えっと、魔導カードについては危険度の高い物が奥にあります。それもですか?」
「ええ。お願いするわ。」
「でしたら、ギルド間決済が可能なギルド員証を提示出来ますか? 現金だとこの場で計算しないといけないので少し時間が掛かります。」
「丁度良いわ。……アルフェ様。」
……ミィルさんもシエルさんも何言ってるの? 全種類って何?
お母さんも“知らない物”を見つけたら出来るだけ複数持ち帰れって言ってたけど……。
「アルフェ様?」
………………!
ミィルさんに呼び掛けられている事に気付いて飛び上がる。
「! はい!」
「……そんなに驚く必要はないわよ? あのカードを出して頂戴。」
「…………はい。」
私は急いでカードを取り出す。
「武力ギルド白銀竜のフィルさんですか。……金なんてあるのですね初めて見ました。そのままカードを出していて下さい。」
店員のお姉さんは青色のカードを取り出すと私のカードに翳す。
次の瞬間、カードを中心に上下2つ、“金色”の魔法陣が浮かび上がって、すぐに消える。
「……確認しました。“無制限”なのですね。」
よく分からないけどこくこくと頷いておく。
……えっ。
…………あっ! 今ので買っちゃったの? このお金ってどうなるの?
全種類買っちゃったの?
私は自分が何をしてしまったのか気付いて頭を抱えながら蹲る。
一体、私はいくら使っちゃったの?




