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第38話 王女様と旅の準備

 ……だいぶ日が落ちているね。

 ちょうど私達は建物の陰に隠れている。


「……良い青空じゃな。」


 横を見るとエルも空を見上げて目を細めている。


「うん。」


 私は頷くともう一度、建物に切り取られた空を見上げる。


 そのままエルと一緒に空を見上げているとサクラさんとシエルさんの会話が聞こえてくる。


「……サクラ。貴女、あまり驚いてなかったわね?」

「ここに来る時には海沿いの道を進んだのでベルムの列車には乗った事があります。」

「……サクラは海を見た事があるのですか?」

「はい。……シエラ様は見た事がないんですか?」

「……はい。」


 海。

 お母さんと一度行った事あるよ。

 もう一度行ってみたいな。


 目を空から離して、声がする方を見るとシエラちゃんがサクラさんに首を縦に振って頷いている。


「仕方ないんじゃない? ハイゲンから一番近い海岸は山越えの上アーヴェンと仲が悪い所だから。」


 振り返るとミィルさんが近づいて来る。

 私はミィルさんと目を合わせる。


「……ミィルさん。仲が悪いの?」

「そう。あの辺は昔、内乱起こしてアーヴェンから独立した国なのよ。……さてと、確か商店だったわね。こっちよ。」


 ミィルさんは私から目を離すと正面に見える建物に向かって歩き出す。


 昔っていつなんだろう?

 機関車の作業や荷物の整理をしている人達の脇を通るとみんなミィルさんに頭を下げている。

 ミィルさんについて裏口みたいな所から建物の中に入ると直ぐに廊下みたいな所に出る。


 ……へー、図書館があった建物とはちょっと違うね。向こうは装飾があったけどここはスッキリしている。

 ……昨日、村で見た受付所に似てるかも。


 ミィルさんは廊下を進みながら説明を始める。


「……この建物は西部総局ハイゲン支部の庁舎よ。他の建物は職員か許可を得た者でないと入れないのだけど、ここは別。……別とは言ってもまだ職員用のフロアからは出てないから職員しか居ないわ。」


 ミィルさんはすれ違いながらぺこりと頭を下げた女の人に目をやる。


「ご苦労様。……上層階、3,4階のフロアはホテルになっていて、たまに贅沢がしたいギルド員や豪商や下級貴族、領軍の将兵なんかも利用するらしいわ。無駄にグレードが高いのよ。他の受付所、……街には他に出張所みたいな所が何ヶ所かあるわ。そこに併置してある宿屋は普通に庶民向けよ。……そして、1階のフロアは受付所とここみたいな職員用のスペース。2階のフロアにギルド員向けの商店がいくつか入ってるわ。……この先ね。少し階段を登るわ。」


 見ると真ん中が広い階段になっていて踊り場で左右に分かれ折り返している。


 ミィルさんは少し広めの踊り場を見上げると私達を見回して階段を登り始める。


「……そう言えば、アルフェ様は“旅”の準備は大丈夫なのかしら?」


 ミィルさんが私に振り向きながら声を掛ける。


 ……オーベリィへの旅の準備だよね。

 一人前の魔女さんだと、だいたい魔法で何とかなるから杖一本と後は護符を身に付ける位しかしない。……懐中時計も持って行くかな?


 私も大抵何とか出来る。

 ……ただ、今の私はあまり強くないから魔物さんとかに会うと危ない場合があるけど。

 それに、何とか出来るのは森とか自然の中だけ。人の街を旅する方法はよくわからない。

 ……行き帰りはエルに乗って、出来る限り街には降りない気だけど。


 私は階段を上りながらミィルさんに顔を向ける。


「うーん。森を旅するのは平気だけど魔物さん達が怖いかな。」

「……アルフェ。魔物ならわしがなんとかするのじゃ。心配せんでも良い。」


 隣からエルの声が聞こえてくる。

 ……大丈夫なのかな? エル。ちっちゃいよ?


 少し心配になって、隣を振り向くと視界の端にシエルさんの手を離してこっちにトントンと階段を駆け上がってくるシエラちゃんの姿が映る。

 立ち止まって振り返るとシエラちゃんも踊り場まで上って来ている。


 シエラちゃんは少し悲しそうな顔をしながら私とエルを順に見る。


「アーちゃん。エルちゃん。何処かに行ってしまうのですか?」

「……うん。でも、すぐに帰ってくるよ。」


 私はシエラちゃんに頷く。


 すると、シエラちゃんは少し目を伏せる。


「“すぐ”とはどれくらいなのですか?」

「……数ヶ月ぐらいだと思う。」


 ……!!

 シエラちゃんは私の言葉を聞いて目を丸くすると私とエル、二人まとめて抱きしめてくる。


「……アーちゃん。エルちゃん。数ヶ月は長いです。早く帰ってきてください。」


 ……確かにちょっと長いよね。

 でも、マーシェリーを救わないといけないの。

 私もぎゅっと抱きしめ返す。……エルは少しぽかーんとしているけど。


 しばらく、3人でそうしているとシエルさんの声が聞こえてくる。


「……貴女達。お別れを言うのはまだ早いわ。それに早く移動しないと日が暮れてしまうわよ。」


 ぱっと体を離すとシエルさんが少し呆れた顔をしている。


 ……確かにね。

 私はエルの左手を掴みながらシエラちゃんに右手を差し出す。


「シエラちゃん。手、繋ご?」


 するとシエラちゃんは私の手を見てシエルさんに振り返る。


「……お母様。」

「良いわよ。」

「! はい! アーちゃん。よろしくお願いします!」


 シエルさんが頷くとシエラちゃんは私の手を取ってぎゅっと握る。


 3人で手を繋いでいるとミィルさんの声が聞こえてくる。


「……移動しても良いかしら?」

「はい。ミィル様。」

「ミィル。構わん。」

「うん。……ミィルさん。ごめんなさい。」


 私達が頷くとミィルさんは踊り場から階段を上り始める。


「良いのよ。……取り敢えず。野宿とかの準備は大丈夫って事ね?」

「うん。」

「……だと普通の商店を巡った方が良かったわね。ここはどうしても商品が偏ってるから。……まぁ、お金の説明だから気にする必要はないかしらね。」


 ミィルさんは一旦、前を向くけど今度はサクラさんに顔を向ける。


「……そう言えば、サクラってベルムの列車に乗った事があるのね。結構良い値段したと思うけど。」

「はい。そうですね。ただ、一度は乗ってみたかったので奮発しました。」


 ……サクラさんもそう言う事するんだ。

 そんな事を考えているとシエラちゃんがシエルさんに顔を向ける。


「お母様。アーヴェンには無いのですか?」

「……ミィル?」


 シエルさんに顔を向けられたミィルさんは口を開く。


「無かったはずよ。……ただ、ベルムの列車も今はほぼ運休状態ね。炎の魔石が暴騰してるからまともに動かせてないわ。…………何日か前に教皇領に少しだけ滞在してたのだけどベルム総督の娘が保養地への列車をそんな中で無理矢理走らせて問題起こしてたわね。しかも、“それ”の婚約者が東の帝国の第三皇子かなんかで教皇様がかなり愚痴ってたわ。すぐにお暇させて貰ったけど。」


 ……列車動いてないんだ。少し乗ってみたかったなぁ。


 それに“東の帝国”ってサクラさんが言っていた帝国の事だよね?

 サクラさんをちらっと見る。


 !! 目が合った!

 すぐににっこりとして目を逸らす。


 ……なんだろう。何か引っかかるけど分からない。

 悩んでいるとミィルさんの声が聞こえてくる。


「……この先を少し進むと普通のギルド員とも会う事になるから注意して頂戴。」


 階段を上り終えたミィルさんは私達を振り向きながら声を掛ける。


 ……

 階段を上がった私達はミィルさんに付いて通路を進む。通路の先には少し小さな扉が見える。


 ……何だろう? 扉の先から何かの匂いが漂ってくる。


「……良い匂いがするのう。」


 エルはそういうけど色んな匂いが混ざってよく分からない。


 ミィルさんは扉の取っ手に手を掛けながら口を開く。


「屋台の匂いね。……開けるわよ。」


 屋台?

 不思議に思っていると扉が開いていく。


 ミィルさんが開けた扉の先では建物の中なのに何故か屋台が並んで見えた。


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