第2話 王女様と別れ
§1
強力な魔女の結界と魔獣達に阻まれた森。
その最奥地。
2つの丸い月が徐々に重なり合いながら南中しつつある中、月“達”に照らされ浮かび上がる一つの巨大な木がある。そして、その木の幹には大きな家が乗っかり枝の先には幾つかの小屋が見える。
さて、その家の中で森の主人たる一人の魔女が娘に見守られながら死を迎えようとしていた。
ベッドに横たわる魔女は身じろぐと手を握る自分の娘に声を掛ける。
「アルフェ。」
アルフェは魔女と同じ銀髪を後ろに流し、魔女とよく似た瞳に悲しみを浮かべて静かに応える。
「お母さん。何?」
「ごめんなさい。」
魔女の娘とは言え、まだ5歳になろうかという子供をのこして世を去るのは母親失格であろう。
しかも、自分の“わがまま”が無ければこの子は魔女の娘としては無く、人の娘として私と“あの人”と一緒に成長出来た筈だ。
魔女はそう考えた。
しかし、アルフェは首を横に振る。
「お母さん。なんで謝るの? 私やお母さんの眷属さん達、森のみんな。全員、お母さんの事大好きなんだよ。」
「……そうね。アルフェ。私の机の引き出しに手紙を入れているわ。あなたとあなたのお父さんへの手紙よ。」
アルフェの体が少し跳ねる。
自分の父親について母親の口から初めて聞いたからだ。
「……私、お父さんが何処に居るか分からないよ。」
「私の眷属に聞きなさい。……それにアルフェへの手紙にも書いているわ。」
すると、彼女を迎える月の光が窓から差し込む。
外では月は南中し、大きな月の中に小さな月が重なっていた。
そして、窓から差し込んだ月の光がベッドに横たわる魔女を照らし出す。
魔女はアルフェの方を向くと口を開いた。
「……時間ね。アルフェ。誕生日おめでとう。」
アルフェは涙を流しながら魔女の手を強く握る。
それが、魔女の最期の言葉であった。
§2#1
目を開けると周りは真っ暗。少し驚いたけど。すぐに目に魔法を掛ける。
周りが良く見える様になると記憶も戻ってくる。
「あーあ、そのまま寝ちゃったんだ。」
直ぐに手元の懐中時計を確認する。星と太陽の位置関係を見れば、まだ日は変わってない。
今日の日付に変わったあと、すぐにお母さんは動かなくなってしまった。
その後、夜中じゅう森のみんなが悲しそうな鳴き声を上げるのを朝まで聞いてた。
朝になると、お母さんの眷属さん達が集まってきて一緒にお母さんを土の中に埋めたんだ。
ずーと泣いた。
一晩中起きていたからかな? いつのまにか外で寝ていたみたい。
起き上がって後ろを見ると2つの大きな石がある。
1つはお母さん。
そして、もう1つはお母さんのお師匠さん。100年くらい前に亡くなったらしい。
……いつもなら私が外で寝てしまうと眷属さん達が家まで運んでくれるけど。そっとしてくれるのかな?
今日はこのままここで寝ようと。
「私が、ヒロイン……ね。」
私の中に現れた“不思議な記憶”についても、また明日。
今日だけはお母さんの事だけで心を満たしたい。
私は、目に掛けた魔法を解いて毛布の代わりにローブに包まるとまた目を閉じる。
「おやすみ。お母さん。」
小声でそう声を掛けながら。
#2
周りが一気に明るくなる。
目が醒めると私の周りが朝日で照らされている。
起き上がって、ローブの汚れを叩くと後ろに向き直る。
「お母さん。お母さんのお師匠さん。今日からアルフェ、みんなの森を守ります!」
ペコっと頭を下げて家への道を戻る。
途中にある畑の様子を見ているとお母さんの眷属の一人、狼の魔物のウーちゃんさんが近づいてくる。
「ウーちゃんさん。おはよう。昨日はありがとう。」
「おはよう。いや、我が主人の娘御である姫様を守るのは当然だ。」
ウーちゃんさんは昨日の夜一度起きた時気付いたけど、近くで私の事見守ってくれていたんだ。この分だと、一晩中起きていたのかも。
畑からいくつか野菜を収穫するとウーちゃんさんに向き直る。
「帰る前に朝ご飯食べていってね。」
ウーちゃんさんは頷いてくれる。
一緒に家まで来ると私は家にウーちゃんさんと一緒に入れてくれるように念じながら木の幹を撫でると、一瞬で木の上の家の玄関に移動する。
玄関の直ぐ近くに設置してある魔鶏の鶏小屋から卵をいくつか回収して玄関先で待っていたウーちゃんさんの所にもどって、玄関を開けると魔鷲のベルさんが黒い翼をワシワシと動かしていた。
「おはよう。姫さま。お邪魔してるよ。」
「おはよう。ベルさん。……ウーちゃんさんと朝ご飯を食べるけどベルさんも食べる?」
「お願いするよ。ここの食材は魔力が多いからね。」
私は頷くと直ぐに台所に引っ込む。
私の姿が消えるとウーちゃんさんとベルさんが言い争いを始めたけど気にしない。
いつもの事。
野菜と卵を使って、スープとサラダを作る。
ふと、私の中に現れた不思議な記憶の中からある料理が浮かんできた。調味料と道具を工夫して作ってみる。ちょっと、不恰好だけどお腹に入れば同じだよね。
……
料理を載せたお皿を宙に浮かせながらテーブルに持っていくと眷属の二人はいつのまにか人化して椅子に座っていた。ウーちゃんさんは銀髪に灰色の瞳をした騎士のお兄さん。ベルさんは黒髪に赤い目をした魔女のお姉さんになっている。
テーブルに料理を並べて行くと不思議な記憶の料理にウーちゃんさんとベルさんの目が向く。
「姫様。この黄色い塊はなんだ?」
ベルさんは鼻を近づけて匂いを嗅いでいる。
「うーん、魔鶏の卵に砂糖と塩、後何かの発酵調味料だね。……なんだい、あんた狼の癖に匂いもわからないのかい。」
「ふん。貴様みたいに元の体の特徴を残す様な不完全な人化はしてないからな。」
「あー、ウーちゃんさんもベルさんも喧嘩はやめて。この黄色いのは本で読んだから作ってみたんだよ。」
二人が喧嘩しそうになるから慌てて止める。
そして、私は急いで食事の祈りを捧げる。
2人も流石に食事中に喧嘩はしないからね。
後、不思議な記憶についても誤魔化す事にした。
まだ整理しきれてないし、あくまでお母さんの眷属の2人には言わない方がいいと思う。
お祈りが終わると、2人は黙々と食べていく。
昔、眷属さん達が食事中に暴れてお母さんがお仕置きして以来、食事中はみんな静からしい。
私も自分の分を食べてゆく。新鮮な野菜はそのままでも美味しい。
ふと、2人の方を見てみると“玉子焼き”を口にしている。
「2人ともどうかな? 」
私は一応味見しているけど2人の口に合うか分からない。
最初にウーちゃんさんが答えてくれる。
「……もう少し甘い方が好きだ。」
次にベルさんが口を開く。
「私はむしろ砂糖は要らないね。まあ主人様なら好きな味だとは思うよ。」
「ああ、我が主人なら丁度いいだろう。……どうした。姫様。」
私を見ていた2人がぎょっとしている。目をテーブルに落とすと水溜りが出来ている。
……
あーあ、私、泣いているんだ。
ベルさんが立ち上がって私の近くに来ると私の顔を黒いハンカチで拭いてくれる。
「すまないね。もう少し気を使うべきだったよ。」
私は首を横に振る。でも、涙が止まらなくなる。
ベルさんとウーちゃんさんは目を合わせる。
「姫様、少し休め。」
「だね。姫さま。また明日来るよ。」
#3
私は気付くといつのまにか自分の部屋に居た。家の中に私以外の気配は感じない。
眷属の2人は私を部屋に連れて行ってくれた後、家から出て行ったみたい。
私は目の周りを拭くとため息を吐く。
「はぁー。森のみんなを守らないといけないのに。」
多分、ベルさんは今後の事を色々相談したかったんだと思う。
それに“不思議な記憶”。
お母さんが死んじゃう前に“与えて”欲しかった。もしかしたら、お母さんを救えたかもしれない。
でも、“彼女達”を救う時間はまだあると思う。彼女達の何人かはすぐに動かないと手遅れになる。
私はもう一度、目を拭うと机に向かう。
そして、紙にペンで情報を書き出してゆく。
不思議な記憶にある言葉や文字。“日本語”や“アルファベット”で。