第37話 王女様と蒸気機関車
「なんじゃあれは!!!」
「お母様! あれは何なのですか?」
「……ハイゲンにもあるんですね。」
エルは私の手をぶんぶんと振り回しながら目をキラキラさせて“機関車”を指差している。
後ろを見るとシエラちゃんもシエルさんの手をにぎにぎしながら目で追っている。
ただ、サクラさんはそこまで驚いてないみたい。
「……忘れてたわ。……えっと、シエル? 言って良いのかしら?」
「構わないわよ。」
ミィルさんは目の前の光景を見ながらあっ! って顔をしていたけど、シエルさんに頷かれて咳払いをする。
「んっん。説明するわ。あれは“魔石燃料”を使った蒸気機関車。……領軍とここの総局がベルムの技術を手に入れて極秘裏に開発してる物だそうよ。最終的には領地を縦貫させる計画らしいわね。……朝見た時は無かったから油断してたわ。」
へー。ベルムって炎龍さんが暴れた所だよね。
列車とかあるのかな? 例の記憶だと一切出てきて無かったけど。
……列車があればすぐに移動できるのに。
機関車を眺めていると沢山の馬車が止まって荷下ろしをしている場所で停止する。
「……エル様。見に行きたいのかしら?」
「ミィル! よいのか!? アルフェ! 行くぞ!」
……!
様子を観察していたら突然手を引かれる。
見るとエルが私の手をぐいぐいと引っ張っている。
「……エル。そんなに急がなくても。」
声は出してみたけど、エルは私を無視してそのまま進む。
……まぁ良いかな。
近付いて行くと作業していた手を止めて頭を下げて来る。
……どうしよう。
でも、すぐに後ろから声が聞こえてくる。
「ご苦労様。どんな感じかしら?」
振り返るとミィルさんが私達に追い付くと作業していた人達に声を掛ける。
……
私は踏ん張るとエルを抱きしめる。
「! 何をするのじゃ!」
「ミィルさんが話し終わるまで待と?」
「…………そうじゃな。」
エルは暴れるのを止めたので意識をミィルさんに戻す。
機関車から降りて来た男の人が帽子を取ってミィルさんと話している。
運転手さんかな?
「……昼には線路の敷設が終わりまして、今は荷物を乗せた試運転をしております。」
「早いのね。確か領軍からの依頼が昨日の夕方よね?」
「はい。深夜には領軍の施設より一旦解体された機関車と線路が運び込まれ、作業を行っておりました。」
「……分かったわ。見学させて貰っても良いかしら?」
「構いません。グランドマスター。」
「感謝するわ。」
ミィルさんは私達に振り向くと私達を手招きする。
「みんな来て良いわよ!」
「……エル。行こっか?」
「うむ。」
私はエルと手を繋ぎ直すと機関車に駆け寄る。
……結構ちっちゃいね。
運転手さんの背の高さと煙突の高さがあまり変わらない。
「……お母様。これは乗れるのですか?」
「乗ってみたいのかしら?」
「はい。」
シエルさんとシエラちゃんの声が聞こえてくる。
見ると、シエラちゃんがじっと機関車をじっと眺めながらシエルさんに話し掛けている。
「……ミィル。」
「分かったわ。……これは乗れるのかしら?」
シエルさんに顔を向けられたミィルさんは運転手さんを見る。
「……おすすめは致しません。まだ安全かどうか確認出来ていませんので。」
運転手さんは申し訳なさそうに目線を下げている。
ミィルさんは少しの間、目を瞑る。
「……サクラ。」
「はい。ミィル様。」
「貴女はどう思う?」
「……そうですね。……どう言う部分が“安全”ではないんですか?」
ミィルさんに話を振られたサクラさんは運転手さんに話し掛ける。
「……一番懸念されるのは蒸気機関の爆発です。」
えっ!
目を丸くして運転手さんを見る。
でも、ミィルさんやシエルさんはそこまで驚いてない。
「……“爆発”程度ならもし起こっても平気ね。……シエルとサクラは?」
「平気に決まってるわ。」
「……私も多分大丈夫です。」
「分かったわ。……機関車を貸してもらえるかしら? 私が運転するわ。」
運転手さんも目を丸くしていたけどすぐにミィルさんに向き直る。
「了解しました。グランドマスター。運転方法をお教えします。こちらに。」
「お願いするわ。……貴女達はしばらく見学してなさい。」
ミィルさんは私達を一旦見ると運転手さんに連れられて機関車の方に歩いてゆく。
「……エル。」
「なんじゃ?」
「楽しみだね。」
「うむ。」
私とエルのフードを下ろしてしばらく眺めていると、荷台の切り離しと機関車の方向転換が始まっている。
……あっ! ミィルさんが運転している。
他にも何か作業をしていたけどよく分からない。
ふと、後ろを見るとシエラちゃんもシエルさんと一緒にじっと眺めている。
……
それから暫くして、完全に方向転換した機関車から降りてきたミィルさんは私達に声を掛ける。
「乗って頂戴。出発するわ。」
……“トロッコ列車”だよね。これ。
機関車に近付くと荷台に乗り込んで適当な所に座る。……木の箱が椅子代わりに置いてある。側面も一応、手すりみたいになっている。
荷物が落ちないようにしているのかな?
私の隣にはエル。後ろにはシエルさんとシエラちゃん。最後にサクラさんが乗り込んで来る。前を見るとすぐ目の前にミィルさんが立っている。
みんなが荷台に乗った事を確認したミィルさんは運転台に付いている魔石に手を触れる。
すると、機関車が白い煙を上げて進み始める。
少し薄暗いずっと並んだ建物の壁の間を一直線に進んで行く。
横を見るとエルが周りをキョロキョロと見たり、ミィルさんの方を覗き込んだりしている。さっきまではじっと無言だったのに。
……ちょっと、聞いてみようかな。
私はエルの腕をツンツンとする。
「……そう言えば、なんでエル。さっきまで無口だったの?」
「…………前に話したじゃろ? 古い知り合いの事を思い出しておったんじゃ。」
風でフードが外れてエルの少し寂しそうな表情が現れる。
……黒いドラゴンさんってエルにとって大切なドラゴンさんだったんだね。
「……今度。絶対に遺跡に行こうね。」
「うむ。」
エルの顔をもう少し見ておきたいからエルのフードはしばらくそのままにしよっと。
……そう言えば、シエラちゃんも何か考え事していたよね?
私は後ろに振り向くとシエラちゃんに目を合わせる。
「……シエラちゃんは何考えたの?」
「私も知りたいわね。」
「……お母様。」
シエルさんに目を向けられたシエラちゃんは私とシエルさんを交互に見ると口を開く。
「……“お姫様”が可哀想だと思ったのです。」
「どの物語のお姫様なの?」
「アーちゃん。“みんな”可愛そうだったのです。」
シエラちゃんはぎゅっと泣きそうな顔になる。
……シエルさん。もう少し考えて選べばよかったのに。
一応、全員が幸せな結末を迎えるけど。
「……シエラちゃんは優しんだね。」
私はシエラちゃんの頭をなでなでする。
「アーちゃんも優しいです。」
シエラちゃんは目を細めて私に身を委ねてくれる。
「……サクラも上の空だったわね。」
「…………図書館にあった薬草書にずっと探してた物が載ってたのでどうやって調達しようか悩んでたんです。」
「どこの物なのかしら?」
「南の大陸原産みたいですね。」
……南の大陸ってすごく遠い場所だったよね。エルは行った事があるらしいけど。
目線を少し上げて風が吹き付けて来る方向を見る。
……もう終点だね。
先は建物の壁と人が集まっている線路の終端が迫っている。
私はさっとエルのローブのフードを下げる。
「アルフェ。」
「我慢して。」
「……うむ。」
少しすると、機関車が減速してゆっくりと停止する。
「ここまで来ればあと少しよ。……少し待ってて頂戴。」
ミィルさんは運転台を降りて作業している人達の所に歩いてゆく。
「わしらも降りるかの。」
隣を見るとエルが立ち上がって私達を見ている。
「うん。エル」
「はい。エルちゃん。」
私とシエラちゃんも頷くと一緒に立ち上がる。
するとサクラさんも立ち上がってシエルさんを見る。
「では、みんなさんで降りましょうか?」
「ええ。……シエラ。」
「はい。お母様。」
シエラちゃんはシエルさんと手を繋ぐとサクラさんの次に降りる。
私もエルの手を引いて荷台を降りると空を見上げる。
風が心地いい雲ひとつない綺麗な青空が広がっている。
そして太陽は建物に隠れて見えなくなっていた。




