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第34話 王女様と魔法の図書館 Ⅰ

「お母様。少し怖いです。」

「ちゃんと私に掴まりなさい。」

「はい。」


 私とエルの後ろを振り向くとシエラちゃんがシエルさんと手を繋いで階段を下りている。

 そして、一番後ろがサクラさん。

 ずっと本に目を走らせている。


 ……壁の向こう側も見てるけど、見えてるのかな?

 するとミィルさんの声が聞こえてくる。


「壁際にあるのはあまり使う頻度の少ない物ね。専門書やかなり高度な魔導書、……ここら辺は古い統計資料かしら?」


 !!

 足を踏み外しそうになる。

 そう言えば階段を下りてたんだ。危なかったよ。


 前に向き直るとミィルさんが階段を下りながら壁の本の背表紙をざっと見ている。

 ……ふーん。100年位前の人口の統計資料や50年前の畜産物の生産量みたいな物もある。

 あっ。ハイゲンだけじゃ無いんだ。

 いくつか知らない地域の名前の物もある。


 ……?

 すると黒い大きな空間が目に入る。

 壁の一部がごっそりと抜け落ちている箇所がある。


「ミィルさん。ここって?」


 ミィルさんは一旦振り返ると私の目線の先を追って首を傾げる。


「……多分魔物や魔の森関係の資料を引っ張りだしたのね。」


 ……そうなんだ。あまり実感が沸いてなかったけど、数百冊は軽く入りそうな空間に少し謝りたくなる。

 ……多分、“私の”せいなんだよね?


 …………?

 エルが突然手をぎゅーっと握ってくる。


「……何? エル。」

「……気にするでない。」

「……うん。」


 私はエルの手を握り返す。

 本の背表紙を見ながらふと気になった事を声に出してみる。


「……禁書庫ってあるのかな?」


 ちょうど1つ下の通路にたどり着いたミィルさんがすっと私に振り向く。


「あるわ。……執務室の本棚がそれよ。大体が“異端書”って物だけど、ハイゲンの城から“特別”に写本した“正史”や“超越詠唱理論”みたいな貴重な専門書なんかもあるわ。……アルフェ様なら見ても大丈夫よ。暫くいるんでしょ? なんなら泊まり込みで読みに来ても構わないわ。」


 ……一晩くらいならエルと一緒に泊まりに来ても良いかも。

 それに“超越詠唱理論”ってなんだろう? すごい気になる!


 私は階段を駆け下りて、ミィルさんに頷こうとするけど、背筋に寒気が走る。すぐに振り返るとシエルさんがゆっくりと階段から離れてミィルさんを睨みつけている。


「ミィル。私の目の前で姫様を誑かさないでくれるかしら。」

「……シエル。……ごめんなさい。アルフェ様。シエルの許可が出ないみたい。」


 ミィルさんはシエルさんに目をやった後、私に少し頭を下げる。


 ……うーん。シエルさん。私の事が心配なのかな?

 私はミィルさんとシエルさん両方に目を向ける。


「……シエルさんと一緒に泊まるのはダメ?」

「私と一緒に泊まる……ね。」


 シエルさんが目を細めると考え出すと、シエラちゃんはシエルさんの腕に飛び付く。


「お母様! 私も一緒が良いです!」

「……そう。……エル様は良いのかしら?」

「わしはアルフェが良いなら良いぞ。」


 いつのまにか私の隣に立っていたエルと目が合う。


 ……やっぱりエルの瞳って凄く綺麗。

 朝も見たけどドラゴン姿のエルと一緒の色なんだよね。すごくキラキラしてる。


「……サクラは?」

「私も構いません。」

「……ミィル。私達が“みんな”で泊まれるなら許可するわ。」

「…………場所はあるのかしら?」


 エルから目を離してミィルさんを見ると額にしわを寄せている。

 ……ダメなのかな?


「大丈夫です。問題ありません。」


 下の方から声がしてびっくりしたけど、ルーラさんの頭が徐々に床から現れてくる。

 ……階段を上ってきているだけだね。


 ミィルさんはルーラさんの方に目を向けると声を掛ける。


「ルーラ。お疲れさま。場所は大丈夫って事?」

「はい。グランドマスターが執務室でお休みになられて。主寝室をシエル様とお嬢様方、使用人用の部屋をサクラ様がお使いになれば大丈夫です。」

「……結構大胆な提案をするのね。……“貴女達”全員同じベッドでも良いのかしら?」

「お母様! 添い寝して頂けるのですか!?」


 シエラちゃんがぴょんぴょんと跳ねながらシエルさんに縋り付いている。

 ……そんなに嬉しいんだ。

 シエルさんはシエラちゃんを抑えながら私とエルを見る。


「シエラ。落ち着きなさい。……姫様。エル様。貴女達はそれでも良いのかしら。」

「うん。」


 私はシエルさんにすぐに頷く。


 ……シエルさんと添い寝するの初めてじゃないからね。

 隣を見るとエルも頷いている。


「わしも構わん。」

「そう。……ミィル。」

「分かったわ。シエル。……でも、来る時はちゃんと連絡して頂戴。」

「ええ。」


 シエルさんに目を向けていたミィルさんはルーラさんの方に顔を向ける。


「……という事になったわ。準備しといてくれる?」

「はい。グランドマスター。」

「さてと、図書館の案内をお願いしても良いかしら? 私もそこまで詳しくないのよ。」

「わかりました。……そうですね。まずはお嬢様方向けの本がある場所に行きましょう。そう遠くではないです。付いてきて下さい。」


 ルーラさんは私達を先導して通路を進み始める。でも、1つ小さな階段を上がるとすぐに立ち止まって私達に振り向く。


「……ここは総局の各支部へ配られている本が集められています。文字の量を抑えて絵の分量を増やしている物なので読みやすいと思います。先程言っていた絵本も……これですね。」


 ルーラさんは本棚から一冊の絵本を取り出す。


 “ドラゴンと王国”


 ……シエルさんがくれた絵本と一緒だ。最初は全部読んでくれなかったんだよね。お母さん。


 ……?

 横を見ると何故かミィルさんが苦い顔をしている。

 でも、ルーラさんはそれに気付かないで絵本をパラパラと捲る。


「……これはハイゲンの南部でよく見られる民話なんですが、“実際”に起こった事が元になっていると言われています。」


 ……えっ!

 少し衝撃を受けてルーラさんを見る。

 シエラちゃんも目を丸くしている。エルはよく分かってないみたいだけど。


「……シエル。サクラ。知ってた?」

「最近、そんな話聞いた事があるわね。……詳しくは覚えてないけど。」

「はい。ミィル様。私も知り合いから聞いた事あります。」


 ミィルさんがシエルさんとサクラさんに順に目線を合わせているとルーラさんがミィルさんを見る。


「グランドマスター?」

「……続けなさい。」

「はい。……まず、この民話に出てくる“ドラゴン”ですね。南の“旧都”から散逸してた魔女教聖典の一部が発掘されまして、その中に“黒い”ドラゴンの記載が幾つかありました。」


 黒いドラゴンさんって暗黒竜さん達の事かな? それに旧都?

 首を傾げているとシエルさんが口を開く。


「姫様。ここから大分南にある都市の遺跡の事よ。……確か、北から南下してきた民の長がこの地の姫を娶ってハイゲン家が成立したのだけど、その頃には既に放棄されていたらしいわ。」


 ……へー。遺跡なんてあるんだ。ちょっと行ってみたいかも。


 シエルさんは私から目を離すとルーラさんを見る。


「……大神殿はそこからの移築だったかしら?」

「そうです。シエル様。……それにかつては父親が実の娘を娶る風習があったみたいです。何かしらの“条件”があったみたいですが。」


 ……うっ。

 私は顔を凄く歪めてしまう。

 ……シエラちゃんはきょとんとしているけど。

 エルが不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。


「……どうしたアルフェ?」

「何でもないよ。」

「? ……分かったのじゃ。」


 ……はぁ。周りを見るとシエルさんとミィルさんが心配そうな顔をしている。……サクラさんも。そして、ルーラさんが申し訳なさそうな顔をしている。


「ルーラさん。平気だよ?」

「……すみませんでした。お嬢様に気持ち悪い話でした。」


 ルーラさんが深々と頭を下げる。

 ……そこまで謝らなくても。ルーラさんは“事実”を言っただけなんだから。気にしなくても良いのに。“バットエンド”がちらついただけ。


 私は首を横に振って、ルーラさんに声を掛ける。


「本当に平気だよ?」

「はい。」


 ルーラさんは背筋を伸ばすと、みんなを見渡す。


「…………他にも“色々と”証拠がありまして、黒いドラゴンが関わった“何か”がこの地であった事は事実と思われています。……何か聞きたい事は御座いますか?」


 ……聞きたい事は色々あるけど後で調べればいいかな?

 とりあえず首を横に振る。


 シエラちゃんはあまり興味がないみたい。エルは目を瞑って考え事をしている。

 ルーラさんは私達の様子をみると口を開く。


「……無いようですね。では、お嬢様方はこちらでお好きな本をお読みになって下さい。……グランドマスター。どうなさいますか?」

「……そうね。私はここに残るわ。……サクラ。貴女はルーラに案内してもらいなさい。」

「いいんですか?」


 そう言えばサクラさん。時々、向こうの本棚を見ていた気がする。

 サクラさんはミィルさんから目を離すとシエルさんに顔を向ける。


「ええ。私も姫様と一緒に居るわ。」

「……お母様。」

「シエラも一緒よ。」

「はい!」


 シエルさんは抱きついてきたシエラちゃんの頭をなでなでしている。

 ……。


「なるほど。分かりました。……サクラ様。案内いたします。」

「お願いします。ルーラ様。」


 ……気付くといつのまにかサクラさんとルーラさんが歩き出している。

 シエルさんはシエラちゃんに急かされて本棚に目を通している。ちなみにミィルさんは私達から少し離れて通路や階段の方に目を走らせている。


 シエルさんとシエラちゃんを見ているとエルが手をにぎにぎしてくる。


「わしらも適当な本を読むかの。」

「うん。」


 私はエルの手をぎゅっと握るとシエラちゃんとシエルさんに駆け寄って一緒に本を探し始めたんだ。


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