第32話 王女様とドラゴンのギルド Ⅱ
ミィルさんは人の気配を感じない廊下に足を運びながら口を開く。
「そうそう、ここのフロアーは騎士団の支部でもあるわ。……今は全員出払ってるけど。」
!!
……ちょうどいいかも。
「……ミィルさん。“白銀竜騎士団”って何?」
ミィルさんの後を追いながら表の看板について聞いてみる。
「……なんて言うのかしら? ギルドの本体? ……違うわね。ギルドの一部かしら? ギルドの本部も騎士団も教皇領にあるんだけど、“グランドマスター”、私とギルドの幹部で構成されてる騎士団が白銀竜騎士団よ。……そうね。魔の森で会ったアンの事覚えてるかしら? 彼女も騎士団員よ。…………少し離れて頂戴。」
ミィルさんは廊下の奥に着くと扉の前でさっと手を横切る。
すると、扉がぎーとひとりでに内側に開いて行く。
でも、ミィルさんって騎士団長でもあるんだね。
……平民って言ってたけど平民じゃ無い気がする。
扉が完全に開くとかなり高い天井に広い部屋になっている。
両側はずらっと窓が並んでいる。奥には一段高い所に王様が座る様な背の高い椅子が置かれていて、扉と同じ紋章とワイバーンに双頭の飛竜の紋章が掲げられている。
……シエルさんの持ってた紋章の一部かな?
観察していると、ミィルさんが部屋に入るように促すのでみんなでついて行く。
「……こっちよ。本当、何でこんなに広いのかしら? しかも、大体の支部にこう言う部屋があるのよ。……どう思うシエル?」
「……知らないわ。」
「釣れないわね。……サクラはどう?」
「……えっと、その、何と言うか大変ですね。」
「そうなのよ! 本当、毎度毎度大変なのよね。それで……。」
「ミィル。サクラに絡まないで頂戴。」
「……煩いわよ。シエル。……やっと着いたわ。適当な所に座って頂戴。」
ミィルさんはシエルさんとサクラさんと話しながら部屋を奥まで進むと椅子や紋章が掲げられた左脇の扉を開けて私達を案内する。
扉の中は手前にはソファーと少し高めのテーブルが置かれていて奥に執務机が置かれている。一番奥は全面窓になっていて、左側はずらっと本棚が並んでいる。
……へー。天井もさっきの所より全然低いけど、天井の一部が開いているからそこまで狭く感じない。むしろ、さっきの部屋が広すぎてこっちの部屋の方が落ち着くよ。
私とエルとテーブルを挟んでシエルさんとシエラちゃん、それにサクラさんが座る。
ちなみに、シエルさんとシエラちゃんはローブを完全に脱いでいる。
みんながソファーに座るとミィルさんが執務机の方から金色に光るカードと手のひらに乗るくらいの大きさの小さな袋を持ってくる。
「ふー。見つけたわ。はい。……姫様とエル様。……後、シエラにもあるわ。」
ミィルさんは私の隣に座ると順にカードを配っていく。
「……私の名前でギルド証を発行しておいたわ。……少なくともアーヴェン国内の関所や主要都市の城門は“見せるだけで”全部通過出来るわ。」
ミィルさんは最後に小声で付け足す。
……あー。そう言うの、全然気にしてなかった。
私も小声でお礼を言う。
「……ありがとう。ミィルさん。」
「いいえ。」
カードを見てみる。
“
上記の者の地位は武力ギルド“白銀竜”と女神の名において保障される。
武力ギルド白銀竜総長 ミィル”
??
何故か名前の所が空白になっている。
隣のエルのカードを見ても同じように名前が入ってない。
「……ミィルさん。私の名前が入ってないよ?」
「アーちゃん。私のは入ってますよ?」
しげしげと自分のカードを眺めていたシエラちゃんが見せてくれる。
……本当だね。
2人で首を傾げているとエルの声が聞こえてくる。
『我が名はエル。』
次の瞬間エルが持っているカード全体が真っ白な炎で包まれてびっくりする。
目を丸くしている私達の目の前に炎が消えたカードをエルは差し出す。
「ほれ、アルフェもこうして“適当な”名前を焼き付けるんじゃ。」
“エル
上記の者の地位は武力ギルド“白銀竜”と女神の名において保障される。
武力ギルド白銀竜総長 ミィル”
へー、さっきと違ってエルの名前が入ってる。
……!
あっ。そっか。“私達”みたいに魔女さんだったりドラゴンだったりすると“真名”は大切だもんね。
私はカードを手に持つ。
……
『私の名前はフィル。』
すると私のカードは銀色の炎を上げる。
……人によって違うんだね。
炎が消えた後、カードを見てみるとちゃんと“フィル”の名前が入っている。
「……私が説明する事も無かったわね。……? シエル何かしら?」
「シエラにも貰って良かったのかしら?」
「……お母様。」
ミィルさんとシエルさんの声が聞こえてきたので顔を上げると、シエラちゃんがカードをぎゅっと握りしめている。
ミィルさんは肩を竦める。
「構わないでしょ? どうせ、成人したら渡す予定の物なんだから。それに、アルフェ様とエル様に渡してシエラに渡さないなんて出来ないわ。」
「そう言う物かしら?」
「そう言う物よ。」
「……あのお母様。私が持っていて大丈夫なのでしょうか?」
「ええ。構わないわ。」
シエルさんはシエラちゃんの頭を撫でる。
……?
何故かエルが私の頭を撫でている。
「……何? エル。」
「何でもないのじゃ。」
でも、エルは撫でるのを止めない。
……まぁいいけど。
すると、隣から咳払いが聞こえてくる。
「んっん。アルフェ様。エル様。良いかしら?」
「うん。」
「……なんじゃ?」
……少しだけ、エルが不機嫌そうに私の頭から手を下ろす。そんなに撫でたかったのかな?
ミィルさんはエルの様子を無視して私達の目の前でカードと一緒に持ってきていた小さな袋の口をばっと開く。
中身を見ると金色と銀色の丸い物が一杯入っている。……金貨と銀貨?
目線を上げるとミィルさんが口を開く。
「これはアーヴェンの正貨。国内では一番通用する貨幣よ。……しかも50年前鋳造の、ここ最近では一番金銀の含有率が高くて偽造防止用の魔法も手を抜いてない代物ね。……最近の鋳造品は下手すると受け取り拒否されるのよね。」
ミィルさんがボソッと最後に何かを言ったけど、私は知らないふりをする。……最近って絶対、お父さんのせいだよね? 多分。
ミィルさんをじっと見ていると今度は袋から少し大きめの金貨を取り出す。
「……オーベリィならこれ1枚で貴族が使うような高級な宿に1週間は泊まれるわ。……ただ、そう言う宿だとその“カード”を見せればギルド側でまとめて決済出来るからそっちの方が良いかも知れないわね。」
? …………!
もしかして、このお金って!
私は目を丸くしながら横を向く。
「……えっと、ミィルさん。」
「? ……あーあ、ここにあるお金は全部アルフェ様とエル様に用意した物よ。遠慮は要らないわ。カードも好きに使って構わない。……そうね。後で“お買い物”に行きましょう。そこでお金の価値やカードの使い方を教えるわ。」
うーん。私はお金が詰まった小さな袋に目をやる。
「……ええと、でも受け取れないよ。」
「何故かしら?」
「ミィルさんにこんなにして貰う理由がないの。」
……だって、ミィルさんとは一昨日会ったばかりなんだよ?
ミィルさんはドラゴンだけど、“人”として生活しているなら“お金”は大切なんだと思う。
渋っている私を見て、ミィルさんは目線を天井に向ける。
「……なんて言えば良いのかしら。……魔の森から得られる利益は莫大なのよ。」
……なるほどね。
でもそれだと魔物さん達の“素材”のお金って事だよね。
ますます受け取れないよ。
そんな私を見てシエルさんがため息をつく。
「……姫様。お金が無いと何も出来ないわよ。……姫様は私から貰ってもダメなのかしら?」
私は少し悩むけど首を横に振る。……シエルさんに少しだけ貰うのは平気だと思う。
すると、シエルさんはミィルさんに目配せをする。
ミィルさんからお金の入った袋を受け取ったシエルさんはその袋を私に手渡す。
…………?
首を捻っているとシエルさんが口を開く。
「ミィルには後で“同じ額”のお金を渡しておくわ。これで“私”から貰った事になるはずよ。」
シエルさんとミィルさんは少し意地悪そうな顔をしている。
……はぁ。意地を張ってもしょうがないかな。
私はお金の入った小さな袋をローブの下に収める。
「ありがとう。ミィルさん。シエルさん。」
2人にお礼を言うと扉をとんとんと叩く音が聞こえる。
「グランドマスター。ルーラです。お食事を持ってきました。」
「入りなさい。」
扉を開けて一階に居た女の人がワゴンを押して入ってくる。
「……良い匂いじゃ。」
「あっ。いつものお料理の匂いです!」
エルとシエラちゃんの声が聞こえてくる。
……確かに良い匂いだけど、いつもと違って絶対“重い”と思う。
ステーキの匂いとかしてるもん。……大丈夫かな?
「さっきも言ったけど、レイアスの秘書のルーラよ。」
「よろしくお願いします。」
ルーラさんはミィルさんに紹介されてぺこりと頭を下げる。
ワゴンを押してテーブルに近付いたルーラさんと少し話すとサクラさんはシエルさんの方を見る。
「シエル様。食後の薬湯を準備したいので一旦離れても良いですか?」
「構わないわ。」
「はい。」
サクラさんが部屋を出て行くとルーラさんがお皿をテーブルの上に出していく。
全体的に野菜は少な目、お肉は多目。スープもクリーム状の重たそうな物。ただ、あまり見ないお魚の料理が何品かある。
「さてと、いただきましょうか。……ルーラも座りなさない。」
「良いのですか?」
シエルさんとミィルさんが頷くとルーラさんが席に着く。
私がお祈りを捧げるとみんなで食事を始めた。




