第30話 王女様と魔女の弟子
「……はぁ。……“魔女”ではないですよ? ただ、……そうですね。少しだけ長い話になります。座りましょうか?」
サクラさんはため息をつくと道の脇にある花壇のレンガに腰を掛けて隣をとんとんと叩く。
……ふーん。でもあんな事出来るのって魔女さん以外居ないと思うんだけど。
でも、とりあえずサクラさんの隣に座る事にする。
じっとこっちを見ていたエルもとことこと私達の所にやってくる。
「……わしも聞いて良いか?」
「構いませんよ。」
エルが私の隣に座ったのを確認したサクラさんは話を始める。
「……さてと、何から話をしましょうか? ……そうですね。アルフェ様は東にある帝国はご存知ですか?」
東の帝国?
どこだろう?
そもそも、魔女としては“人”の国の知識は余り必要無かったし、例のゲームにも“帝国”は出てこない。
私はサクラさんを見て首を横に振る。
「……でしたら“妖精の森”は聞いた事ありますか?」
……
…………!
少しだけ時間が掛かったけど思い出す。
妖精の森。
こことは反対に大陸の東端にある広大な森。
……確か、私の森より広かったはず。
お母さんのお師匠さんの姉妹弟子の魔女さんが支配しているってお母さんが話していた。
私が赤ちゃんの頃に一度会っているらしい。……流石に覚えてないけど。
色々と思い出した私はサクラさんに大きく頷く。
「うん。」
「……“幻想域”じゃな。」
エルも何か知っているらしい。……“幻想域”。
私の森みたいに高位のドラゴンさんじゃなくて、高位の妖精さん達が居るのかな?
……妖精王様も居たりして。
……? って事は竜王様も私の森に居…………ないよね。
居たらお母さんが教えてくれていると思うし、そもそも“あの”竜王様だもん。同じ所にずっとは居ないと思う。
うんうんと頷いている私とエルを見たサクラさんは言葉を続ける。
「……その“妖精の森”の接しているのが、バッファド゠エルチェ。“私達”は単に帝国と言ってました。……私が居た国は長い間、その帝国と戦争をしていて、私は兵として戦っていました。嫌になって逃げ出したんですけどね。まだ成人になってない頃……、15ぐらいの時です。……大陸の中央部にある森も知ってますか? 」
うーん。どうだろう。
特に思い浮かばないので首を横に振る。
「……えっと、ハイゲンの魔の森ほどの危険は無いんですが、それでも普通の人には横断が難しい森です。でも私は森に入りました。……一応、細い回廊は有るんですが、500年前に帝国が西側への侵攻に失敗して以来“教会”側の暗殺教団が監視しています。その上、先には聖獅子騎士団領が控えているので。……その森の中で力尽きた所を助けてくれたのが私の“師匠”でした。」
「その人が魔女さんだったんだ。」
「はい。でも、さっき言った通り私は“魔女”では無いです。……私には“資格”が無かったんです。“弟子の宣誓”すら出来ませんでした。」
……そっか。魔女の弟子になるにはその魔女さんに“相応しい”資格が必要になる。
弟子の宣誓自体は魔法を込めて「魔法を教えて下さい!」みたいな事を言えば良いんだけど、資格が無いと魔法的な繋がりが生まれない。
少し顔を伏せているサクラさんをそっと見る。
「……“人”を殺しすぎたのだろうと師匠に言われました。……師匠は優しいひとでしたから……。それでも、私は10年程師匠の元で修行しました。……この弓は師匠が“森”を離れる私に作ってくれた物なんです。いざという時に大切な人を“守れる”ようにと。」
サクラさんがそう言って手元に弓を取り出す。
金と銀の線が複雑な模様を描きながら木の部分に巻きついている。
……魔の森の村で見た弓にはこの模様は付いてなかった。
「……いつもは普通の弓を使うんですけどね。街中では衛兵さんに止められてしまいますから。……はぁ、でも今日は男の子を傷つけちゃうし、ギルドの前では騒動が起きるし、本当嫌です。…………ギルド長、絶対“あの”男が問題起こす事狙ってたよね?」
サクラさんはしゅんとなりながら、頭をがくっと下げる。
最後の方は凄い小さな声だったけど聞こえちゃった。
……うん。聞かなかった事にしよう。
しばらく座ったままでぼーとしていると、隣からエルの声が聞こえてくる。
「……そうじゃ。アルフェ。今度サクラを魔女の家に招待してはどうじゃ?」
「サクラさんを?」
「うむ。確か“温室”もあったじゃろ?」
「あーそうだね。……サクラさん? 結構珍しい物もあると思うよ?」
「……そうですね。行ってみたいです。」
「うん。『サクラさん。私のお家に招待します!』」
「えっと。『よろしくお願いします。』……で良いのかな?」
「うん! いつでも良いから来てね。」
私とサクラさんが約束をするのを見ていたエルはレンガから立ち上がる。
「……よし。そろそろ続きを見て回ってシエル達の戻るぞ。流石に腹が減ってきたのじゃ。早くミィルの所に行くぞ。」
私も立ち上がってローブのお尻の所をはたくとエルを見る。
「ミィルさんの所でご飯食べる事になってたっけ?」
「……そうだったじゃろ?」
「うーん、どうだろう? ……でもエルって本当にお腹空いてるの? ルシティアさんの所でお菓子結構食べったよね?」
「……腹が空いとるのは本当じゃ。」
「そっか。……はい。エル、手繋ご?」
「うむ。」
私とエルが手を繋いだのを見たサクラさんが口を開く。
「では、続きを案内しますね。」
……
…………
サクラさんの説明を聞きながら早歩きで温室を一周して帰ってくるとシエルさんとシエラちゃん、マーテルさんがテーブルに座っている。
そして、シエルさんとシエラちゃんが“氷”が入ったグラスを傾けているのが見える。……ほとんど透明だけど薄っすらと色が付いてる。なんだろう?
頭を捻っているとシエルさんが私達の方を見る。
「……少し早いわね。」
「シエル。腹が減ったぞ。早くミィルの所に行くのじゃ。」
エルが私の手を引っ張ってシエルさんに駆け寄る。
……エル。本当子供みたい。私が少し呆れていると、シエルさんも少し呆れた声を出す。
「エル様。とりあえずこれを飲んでからにしましょう。……サクラの分もあるらしいわよ。」
テーブルを見ると、シエルさん達が飲んでいるのと同じ物が2つお盆に乗せたままになっている。
「これが私達の分?」
私はエルと一緒にテーブルに座りながら聞いてみる。
「その通りですよ。お嬢様方。……リセラ。お配りして。」
「はい。」
いつのまにか帰ってきていてテーブルの側に控えていたリセラさんが額の汗を拭きながらフラフラとテーブルにやって来る。
…………。
私は無言で立ち上がると自分でお盆を持ってくる。
「はい。エル。…………はい。リセラさん。」
私は自分の分をリセラさんに差し出す。
「……良いんですか?」
「うん。」
「!! ありがとうございます!!!!」
リセラさんはがばっと頭を下げて私からグラスを受け取ると幸せそうな顔をしながら冷たいグラスを傾けている。
テーブルに戻るとエルが私を見ている。
「……飲むか?」
「良いの?」
「うむ。」
「じゃあ、半分こにしよ?」
私とエルは交互にグラスを傾ける。
……うーん。不思議な味。甘くて少し酸っぱくてほんのりと柑橘系の香りがしてる。それに少しだけしょっぱい。
……
すぐにグラスの中が空になる。
少し周りを見ると額に皺を寄せたサクラさんが禍々しい色をした液体が入ったグラスを傾けていてぎょっとする。
「……サクラさん何飲んでるの?」
「…………魔力補給剤です。」
「今のサクラには丁度良いでしょう。」
マーテルさんが微笑みながらサクラさんを見ている。
……本当に大丈夫なの?
もう一度、サクラさんを見ると飲み終わったグラスをテーブルに置く。
「……見たほど不味くは無いですよ。……ただ、かなり“キツイ”ので子供は飲んではダメです。」
……へー。
……でも、私は絶対飲まないよ?
ただエルが少し残念そうにしていたからサクラさんが言ってくれて無かったら危なかったかもしれない。
……
シエルさんとシエラちゃんが飲み終わるとリセラさんはグラスを片付けて少し嬉しそうな様子で温室を出て行く。
みんながテーブルから立ち上がるとシエルさんが口を開く。
「……マーテル、あまり人と合わないように移動する方法は無いかしら?」
「確か白銀竜様の庁舎に行かれるのでしたね?」
「ええ。」
「でしたら、隣の医師ギルドは“大聖堂通り”にも入り口があるので、そちらの建物を通って門の向こうの通りに出るのが良いと思います。」
「そう。なら案内して頂戴。」
「わかりました。」
ふーー。
温室を出ると少し息を吐く。
ふと地面を見ると影の方向が変わって伸び始めている。
……“やっと”午後になった。
色々あった午前の出来事を思い出しながら私はシエルさん達の後を追って歩いていく。




