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第28話 王女様と薬師の人々 Ⅰ

「……先輩。」

「何?」

「さっきの薬のお金払って下さい。」

「…………はい。これで良い? お釣りは要らないから。」


 少し顔を顰めたサクラさんは後輩の女の子に銀色の小さな丸い物を手渡す。

 ……銀貨かな?

 後輩の女の子は銀貨を受け取ると重さを確かめるように手を振って目に近づけて観察する。

 少しすると女の子は、はぁーとため息をつく。


「……これアーヴェンの正銀貨じゃないですか。 しかも、かなり銀が含まれてる奴です。流石にお釣りは受け取って下さい。」

「……なんで、銀貨の良し悪しが分かって、薬の種類が見分けられないの?」

「一応、商人の娘ですし、薬師と言っても見習いですから。……と。」


 女の子は大きな丸い物を何枚か取り出すとサクラさんに手渡そうとする。

 でも、サクラさんは嫌そうな顔をして受け取ろうとしない。

 ……サクラさんのそう言う顔、初めて見たかも。いつも、大体ニコニコしてるもんね。


「……付けといて。銅貨はかさばるから嫌です。」

「…………分かりました。……で、結局この人達ってお貴族様か何かですか?」


 女の子はお金をしまいながら首を傾げる。

 ……あっ。サクラさんが女の子の頭を叩いた。

 サクラさんはすごく申し訳なさそうな顔をして、私達の方を見る。


「すみません。本当にすみません。」

「……そろそろこやつの事を紹介して欲しいのう。」


 エルはお薬の入った瓶を弄りながら頭を抱えて蹲っている女の子を見る。

 ……それもそうだね。

 私はエルと目を合わせると一緒に頷く。


「……姫様とエル様の言う通りね。サクラ。お願いできるかしら?」


 サクラさんは私達に頷くと蹲っている女の子を無理やり立たせると口を開く。


「この子は私と同じ薬師ギルドで見習いをしてるリセラです。……リセラ?」

「……ボーエンの娘リセラです。ハイゲン薬師ギルドで見習いやってます。今日は露店の売り子をギルド長に押し付けられてここにいます。」


 女の子は頭をさすりながら、ぺこりと頭を下げる。


「……まぁ、良いわ。そろそろ移動しましょう。……サクラ?」


 シエルさんはシエラちゃんの手を握りながらサクラさんを見る。


「はい。……リセラも一緒に来てね。」


 リセラさんは頭を縦に何度も振るとサクラさんに向き直る。


「えっと、サクラ先輩。盗難防止の魔導具、設置するので少し待ってください。」


 リセラさんは灰色の正四面体の物を露店の四隅に設置すると何かを呟いて私達の所にやってくる。

 ……ふーん。あれが、魔導具なんだ。

 ふむふむと頷いてるとサクラさんの声が聞こえてくる。


「……皆さん。案内しますね。」


 さっきとは違ってサクラさんが先頭になって歩いてゆく。

 サクラさんの隣はリセラさんで後ろは私とエル、最後にシエルさんとシエラちゃんが付いていく。


「……サクラ先輩。どこに向かってるんですか?」

「薬師ギルドの本部だよ。」

「…………ええぇ、私大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。シエル様の案内って言えば良いから。」

「? そうですか? なら良いです。」


 周りは人で一杯。目が回りそう。

 ……みんな微妙に私達の事避けてるけどね。


「……ここは食い物を売ってないのじゃ。昔行った街ではミィルと一緒に食ったのじゃがのう。」


 エルは少し残念そうに周りの露店に目を走らせている。


「エルお嬢様。ここには食べ物を売ってる所はほとんど無いですね。…………あっ、あれが私達のギルドの入り口です。」


 サクラさんが指差す方向を見ると大通り沿いに門があって看板が掲げられている。


 “ハイゲン薬師ギルド本部”


 へー。そこそこ人の出入りがある。

 しげしげと眺めていたらサクラさんが門を潜って中に消えて行ったので急いで付いていく。


 すると門の中でサクラさんは誰かと話している。


「……ギルド長捕まるかな?」

「今の時間は無理だと思います。」

「だよね。……先に植物園に案内するしかないよね。」

「……サクラさん……ですか? そちらの方々はお知り合いですか?」


 門の受付みたいな所に居た男の人は手に何かカードみたいな物を持って、後ろに付いて来た私達を胡散臭そうに見る。

 ……全員フードで顔隠してるもんね。

 サクラさんは小さくため息をつく。


「はい。中を案内したいんだけどダメかな?」

「……可能ですが、所属ギルドの証明書等を提示して頂けますか?」

「えっと、ファグさん。あの人達って貴族ぽいですよ?」

「……規則は規則です。それにリセラさん。貴女はギルド長にお仕事を任されて居たのでは?」

「いや。私、サクラ先輩に連れて来られただけです。」

「サクラ“先輩”……ですか? サクラさんはギルド証によるとまだ“見習い”のようですが? 彼女にはギルド長の決定を覆して貴女を連れ出す権限は無いはずですよ。」

「えっと。ファグさん。最近入ったから知らないんだと思うけど、サクラ先輩の“見習い”は年数が足りない“だけ”ですよ? 先輩、議員もしてて……。」

「……議員ですか? また、そんな事を……。」

「ちょっと待ってください。」


 受付の男の人と言い争っていたリセラさんをサクラさんは引きずって、私達の所に戻って来る。

 サクラさんはシエルさんに頭を下げる。


「シエル様。紋章を貸して頂けませんか?」

「ギルドを回る際は元々そのつもりだったから良いのだけど、……“見習い”?」

「……ギルド証が“古い”ままだったので。」

「……そうね。“それ”なら仕方ないわ。……好きになさい。」


 シエルさんは衛兵さんに見せていたナイフを取り出すとサクラさんに渡す。

 サクラさんはリセラさんを私達の所に置いたまま、受付に戻ってゆく。


「……シエルとアンが言い争って所を思い出すのう。」

「……確かに。」


 エルがつまらなそうに受付の方を見ているので私も頷いておく。


「あれは面倒なだけよ。アンとは違うわ。」


 シエルさんは肩をすくめて、シエラちゃんの頭を撫でる。


「お母様。くすぐったいです。」

「我慢しなさい。」

「……ひどいです。」


 シエラちゃんは頰を膨らませながら笑っている。

 ……いいなぁ。


「何ですか! これは!」


 !

 突然大声が聞こえてきて、驚いてしまう。

 見ると、ナイフの柄を差し出しているサクラさんに詰め寄っている。


「ありえません! 領主様の紋章を“分解”して更に“王家”を示す王冠を載せるなんて! 偽造だけでも打ち首ですよ! こんなの一族郎党皆殺しです!!……誰か! 誰か! 衛兵様を!あそこのフードを被った魔女どもを捕らえて下さい!」


 受付の男の人が私達を指差してわめいているのを見て、周りが困惑した様子でこっちをちらちらと見ている。


 ……どうするの、これ?

 リセラさんは顔を青くしてきょろきょろと周りを見渡しているけど、シエルさんとエルは平然としている。


「……面倒な事になったのう。“手伝って”も良いぞ? シエル?」

「手出し無用よ。エル様。そもそも、私が動く事も無いわ。」

「それもそうじゃな。」


 エルとシエルさんからうけつけに目を戻すとサクラさんが額に皺を寄せて男の人を睨みつけている。


「……何を言ってるんですか? 貴方は? これが本物なら貴方こそ打ち首ですよ!」


 男の人はサクラさんを可哀想な人を見るような目で見る。

 ……サクラさん。かなり怖い顔してるのに。


「サクラさん。ただの見習いの貴女がお貴族様に召抱えられる訳ありません。残念ですが貴女は騙されていたんですよ。……だから、同じ見習いの後輩を連れ出しても良いと考えたのかも知れませんが。ですが、その様な偽造された紋章を出した以上貴女達も無事ではすみませんよ!」


 周りの人達もだんだんと私達を見る目が厳しくなって来る。

 ……受付の男の人の話だけ聞くと何となく正しそうに聞こえるもんね。見た目も怪しいし。

 サクラさんはかなり疲れた表情をしている。


「何故? この紋章が偽物だと思うんですか?」

「……見れば分かりますよ。こんな“木”が含まれた紋章なんて見た事ありません! 知識の無い貴女には分からないのかも知れませんが、こんな優美さのかけらも無い極々普通の“汚い”木を紋章にしないんです!」


 瞬間、背筋に悪寒が走る。ゆっくりと振り向くとシエルさんがフードの下で目を細めている。

 ……何人かが私達ににじり寄ってるけど、シエルさんの方がずっと怖いよ。

 ただ、顔を真っ青に染めてにじり寄っている人達を必死で止めている人も居るから“気付いている”人も居るんだと思う。


 ……もう遅いけど。


 サクラさんは男の人の襟首を掴んで受付から引きずり出すと同時に手に魔法弓があらわれる、男の人の頭に向かって弓をぎゅーっと引いて止める。

 ……へー、そう言えばさっきの男の子の時も何も無いところから矢が出てきて気がする。


 ……? 魔法?

 サクラさんが小声で何か喋ると目の色が黄金色に変化する。

 あー、千里眼だ。あれって結構頭が痛くなるらしいんだよね。……大丈夫かな?

 サクラさんを見ていると男の人がわめき出していた。


「!!!! 貴女は一体何……」

「黙って。」

「!!」


 サクラさんは男の人のお腹に蹴りを入れると顔を上げて集まっている人を見渡す。


「動かないで。少しでもその方達に近付いたら首から上が無くなるよ?」


 ……本当これどうなるの?

 私は空を見上げる。

 今度から人の多い所には近付かないようにしないと。


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