第25話 王女様とお昼前の紅茶の時間
「…………、お義姉さま。」
「何かしら。」
「シエラの学校はどうするの?」
「…………そうね。」
シエルさんは顔を動かしてお菓子に夢中だった私達の方を見る。
……学校?
隣に目を向けるとシエラちゃんがじっとシエルさんを見ている。
「……今はまだ考えてないわね。」
シエラちゃんは肩を落とし残念そうな感じだけど、少しほっとした顔もしている。
……学校には行きたいけど不安って事かな?
ルシティアさんはシエラちゃんをちらっと見る。
「……シエラはセレン大司教領の大聖堂附属辺りが良いかも。女の子しか居ないし、お義姉さまの育て方にも合ってると思う。」
「……話は聞いた事があります。男子禁制の大聖堂敷地内にあって、“外”の身分は通用しないとかって。」
「そうそう。サクラ様。教皇様も王女様時代には通われていた所だし、結構厳しめの所だから、いずれ“ハイゲン”の爵位を継ぐシエラにぴったりだと思う。」
教皇さまが王女さま?
私はルシティアさんの方を見る。
「教皇さまって?」
「? ……あっ、教皇様は陛下の叔母様で継承権も持ってた方だよ。」
……と言う事は教皇さまって私の大叔母さんって事?
ミィルさんの“鱗”に名前があった気がするけど……。
でも、“学校”……。
例のゲームではほとんど出て来ない。
でも、お母さんからどう言う場所か教えて貰っているし本でも読んだ事がある。
紅茶を飲みながらゆっくりと周りを見ていると、ふと窓の方に目が止まる。
……花瓶の影がだいぶ短くなっている。
懐中時計を取り出すと太陽の位置に目を通す。
…………!
私はみんなを見回して声を出す。
「……多分、お昼まであと一時間ないと思う。」
シエルさんは紅茶に口を付けながら額にシワを寄せる。
「……時計台に行くにしても、ギルドはあまり回れないわね。……どこか行きたい所はあるかしら?」
「わしはどこでも良いぞ。」
「……お母様。ギルドは良く分かりません。」
エルとシエラちゃんが順に答える。
……私はちらっとサクラさんを見る。
「私は薬師ギルドが良いかな。」
「そう。……サクラ?」
「はい。大丈夫です。」
サクラさんはシエルさんに頷くとシエルさんはカップを置いて立ち上がる。
「ルシティア。今日は突然来て悪かったわ。」
「平気。……皆さん。敷地の外まで案内するね。」
私達は全員カップを置くとサクラさん以外フードを下ろす。
ルシティアさんの案内で芝生の広場を抜けて大聖堂の外を回り混むと通りに面した正面に出る。
振り返ってみると真っ白な二つの塔を持った大聖堂が目に入る。
「……では、シエル“様”。私の案内はここまで御座います。……次回は連絡を入れて頂いた上で、お越しください。」
「……分かったわ。」
外に出て司祭さまに戻ったルシティアさんはシエルさんに深く頷くと膝をついて私とエル、シエラちゃんに目線を合わせて微笑む。
「……次回は生クリームを使った生菓子やアイスクリームなどを用意しましょう。……なので、シエル様に“よくよく”言っておいて頂ければ幸いです。」
私は目を丸くする。
……流石にそう言うお菓子はほとんど食べた事がないよ。
横を見るとシエラちゃんが目をキラキラさせている。
……知ってるんだ。
「はい! ルシィおば様!」
シエラちゃんはルシティアさんに抱き着くけどシエルさんに引き剥がされる。
そんな3人の隣できょとんとしているエルに私は声をかける。
「……甘くて、ふわふわしてるお菓子だよ。アイスクリームはそれでさらに冷たいの。」
「……なんじゃと。」
エルは目を丸くして私の顔を見ると、ルシティアに向き直って声をかける。
「……良いじゃろう。『我がエルリンの名において誓約する。シエルに連絡を絶やさぬ事を言い聞かせん。』」
あっ、エルが誓約しちゃった。
シエルさんの方を見ると凄い顔でエルの事睨んでいる。
……私は知らないっと。
ルシティアは苦笑いしながら立ち上がる。
「では、よろしくお願いします。……またの再会に願いを。」
ルシティアさんがお祈りをして目線を下げる。
「ふぅ。また会いましょう。ルシティア。」
「ルシィおば様! また会いましょう!」
シエルさんに手を引かれながらシエラちゃんが声を出す。
エルの手を繋ぐと私もお別れの挨拶をする。
「ルシティアさん。またね。」
「またの。菓子を楽しみにしておるぞ。」
「……では、ルシティア司祭様。またお会いしましょう。」
サクラさんがお別れの言葉を言うと私達は道に沿って歩き始める。
人はあまり居ないけど、時々すれ違うとぎょっと二度見されてしまう。
……うん。しょうがないと思う。我慢我慢。
時々、振り返って見てみるとルシティアさんは私達が見えなくなるまで大聖堂の前で見送ってくれていた。
……
曲線状になった通りからお城まで続く大通りと交わる部分までやってくると、丁度大通りの“上”に時計台の建物があるのが見える。
下はトンネルみたいになっていて馬車とかが行き交っている。人もかなり多い。
……少し怖いかも。
手前には大通りを跨ぐように大きな門があって衛兵さん達がじっと私達を見ている。
「……通して貰えるかしら?」
シエルさんはその内の一人に近付くとローブの下からナイフを取り出すと柄の部分を見せる。
……ワイバーンに双頭の飛竜? あと王冠と木? ……何か複雑な紋章だけど衛兵さんは何の紋章かすぐに分かったみたい。
衛兵さんは目を丸くすると目線を下げる。
剣を解いてシエルさんに差し出すと膝をついて頭を下げる。
「失礼致しました。……そちらの方々は?」
「私の娘と客人よ。」
「成る程。向かわれる場所は?」
「時計台ね。…………広場がよく見えるのかしら?」
「左様です。」
衛兵さんは少し考えるように動きを止めるとシエルさんに声を掛ける。
「……“通路”を進まれる事をお勧めします。その間に広場の人払いを行います。」
「そう。任せるわ。」
シエルさんは剣を衛兵さんに返すとそのまま門の詰所みたいな所に向かう。
……シエルさんって貴族だったね。そう言えば。シエルさんはシエルさんだと思うけど。
ちょっと複雑に思いながら、ついて行く。
シエルさんは詰所に入ると石でできた床を足でトントンする。
すると、一瞬、石組みの間に光が走ったと思うと床に階段が現れる。
……これってもしかして街中にあるのかな?
階段をゆっくりと降りると大聖堂まで来た時と同じ様な通路に出る。
「今回はあまり歩かないけど逸れない様にして頂戴。」
さっき降りて来た階段が消えて壁が出来て、魔石が光り出す。
……全部魔導具だよね? さっきは聞く余裕が無かったけど。
歩き出したシエルさんに色々と聞いてみる事にする。
「シエルさん。これってどうやってるの?」
「……魔石は単に光らせているだけ。ただ、階段は空間を“二重化”しているわ。……そもそも通路全体がそうなのだけど。」
後ろではサクラさんが息を呑んでいる。
街全体に張り巡らせた通路全体に魔法掛けるなんてすごく大変だよ。
……でも、階段が消えたりした理由が分かった。
「……と言うことは、“普通”に地面を掘っても通路は“無い”って事?」
「そうよ。姫様。」
「? お母様。どういう事ですか?」
じっと私とシエルさんの話を聞いていたシエラちゃんが頭に? を浮かべている。
……どうしよう。説明の仕方が分からない。シエルさんも少し困った顔をしている。
でも、私達にエルの声が割り込んでくる。
「……シエラ。ルシティアの所でジャム乗せクッキーと何も乗ってないクッキーがあったじゃろ?」
「……ジャムが乗ってる方が好きです。」
「うむ。そこでじゃ、クッキーの上にジャムが乗っておると知ってる者以外にはジャムの味が分からん魔法を掛けるのじゃ。」
「……それは嫌です。」
「ただのたとえ話じゃ。ジャムを通路と考えたら良いのじゃ。」
「…………! 魔法で通路があるか分からなくしてるんですね!ありがとう。エルちゃん。」
……まぁいいや。
本当はジャム乗せクッキーとジャム無しクッキーを魔法で重ね合わせてシエルさん以外にはジャム乗せクッキーを食べられない様にしてるって所だと思うけど。
シエラちゃんにはまだ“重ね合わせ”は分かりにくいと思う。
シエルさんはシエラちゃんを見て少し微笑む。
「……まだ。シエラには早いわね。……着いたわ。」
シエルさんは壁に手を当てて階段を出現させる。
「今回はすぐでしたね。」
「ほとんど直線だからこんなもんよ。」
シエルさんはサクラさんと目を合わすと階段を上り始める。
私達も後を追って外に出ると太陽の光で一瞬目を閉じちゃう。
目をゆっくりと開ける。
すると、私達は丸い広場の真ん中に居て、目の前に大きな時計台が見える。
それは沢山の文字盤と針、そして丸い形をした“星”が散らばっている天文時計だった。




