第24話 王女様と竜王様の大聖堂 Ⅱ
「アルフェ。」
私が顔を下げるとエルはそっと背中を撫でる。
ふぅー。
お母さんが私の名前を教えてくれた時の事を思い出しちゃった。
私は息を吐くと顔を上げて振り向く。
「……大丈夫だよ。エル。」
正面を見るとルシティアさんが少し気まずそうにしている。
「……えっと、何か悪い事言っちゃった?」
「大丈夫。」
私が首を振ると気を取直したルシティアさんが笑顔を向ける。
「うん。分かった。えっと、確か床から顔を出してたよね?」
……あー。
私は少し気まずくなって顔を逸らす。
でも、ルシティアさんはクスクス笑うと私に声を掛ける。
「……大丈夫。怒ってないから。叫び声上げそうになって焦ったけどね。……アルフェ様とエル様?」
ルシティアさんはちらっとシエルさんを見る。
「ええ。それで良いわ。……今日は私達にここを案内して欲しいのよ。」
「……シエルお義姉さまは根回しを覚えて下さい。……まぁ、シエラとも会えたし構わないけど。」
ルシティアさんはシエラちゃんの頭を軽く撫でた後、立ち上がってステンドグラスを見上げる。
「……まずはこれ。女神様が竜王様の寝首を掻こうとした魔王を退けた時の……」
「間違っておるぞ。」
エルが突然声を上げてルシティアさんの説明を遮る。
「“あの”時は起きておったぞ。大体、“あんな”あからさまな罠に掛かる訳ないのじゃ。あれは女神が竜王と魔王に“本気”で争って欲しくなかったからのう。割り込んだだけじゃ。」
エルは頰を膨らませてぶすっとしている。
……!
ルシティアさんとエルの話で神話の内容を思い出す。
確か、魔王が竜王様にお酒を差し入れた時、薬を混ぜてたんだったかな?
その後、熟睡しちゃった竜王様の首を落とそうと魔王がやってくるんだけど女神様が宝杖を掲げて、聖なる光で魔王を追い払う。
その間ずっと竜王様は寝ていたって話だったと思う。
これだけ見るとそこまで重要そうな神話じゃないけど魔王が“13”柱の神々から追放されるきっかけのお話なので、かなり大切な場面だったりする。
竜王様は神話だとちょっと抜けている性格で描かれている事が多いけど、エルの言う通り流石に敵対していた魔王の持って来たお酒なんかに口付けないよね。
多分。
……なんで、思い出せなかったんだろう?
うーんと悩んでいるとルシティアさんの声が聞こえてくる。
「……エル様? そうなの?」
「“ドラゴン”の間では常識じゃ。……のう、シエル。」
「……私に振らないで頂戴。……ただ確かに“聞いた”事はあるわ。」
「シエル様? ドラゴンとお話しされた事が?」
「……ええ。」
「凄いです! お母様! 私、エルちゃんと話した事が初めてで……」
「……シエラ? どういう事?えっ、エル様ってドラゴンなの?」
「はい! 真っ白で小さなドラゴンさんでした!」
「……!!!!!」
私があっ! って思った時にはシエラちゃんはエルの正体をバラしていた。
ルシティアさんはシエラちゃんの声を聞いて飛び上がると床に頭を擦り付ける。
……何しているの?
シエルさん以外はみんなぽかーんとする。
でも、エルはすぐに顔を歪めるとルシティアさんに声を掛ける。
「……やめい。ルシティア。わしはアルフェの“友達”の小さな竜でしかないのじゃ。……面を上げるのじゃ。」
「そうよ。ルシティア。こんな“抜けてる”ドラゴンに頭を下げる必要は無いわ。」
シエルさんの声を聞いてエルはばっと顔を向ける。
「シエル。わしが抜けてるとはどういう事じゃ?」
「そのままの意味よ。エル様。」
シエルさんとエルが睨み合っているとルシティアさんがさっと立ち上がる。
「……分かった。エル様はエル様ね。それ以上でもそれ以下でも無いと。…………私は何も知らない。私は何も知らない。」
ルシティアさんは最後の方は小さな声で何かブツブツ言ってるけど私も何も聞いてないよ。
……そう言えば、エルって白銀竜だったよね。
聖竜さんと一緒の種族だからかな? 正確には子供らしいけど。
私が一人で納得しているとサクラさんの声が聞こえてくる。
「えっと、皆さん。そろそろ移動しませんか?」
「……分かった。サクラ様。…………外に出るからシエラは手を繋ごうね。」
「はい。」
ルシティアさんはシエラちゃんの手を握って歩き始める。
「行くぞ。アルフェ。」
「うん。」
私は差し出されたエルの手を握るとルシティアさん達を追い掛ける。
ルシティアさんは正面の大きな扉じゃなくて、ステンドグラスの下の少し高くなった所を降りると脇にある扉を開けて中に入る。
「シエルお義姉さまがちゃんと言ってくれてたら、塔にも登れたし宝物庫や神具殿も開けられたんだけど…………あっ、ここが聖域。ここに逃げ込めば“確実”に教会の保護が受けられるから覚えておくと良いかもね。大抵は教会の敷地に入るだけで充分だけど。」
ルシティアさんが指差す方向を見ると祭壇が置かれていて、女神様と竜王様を象徴する絵が壁と天井一面に描かれている。
へー、ここも女神様と竜王様だけなんだ。
そして、ルシティアさんはここでも細々とした解説を始めた。
ルシティアさんの説明を聞き終わるとまた歩き出す。
ここでもエルは少し機嫌が悪かったよ。
教会の持っている神話と“実際”の出来事と食い違っている事が多いらしい。
……しょうがないと思うよ。エル。数万年どころの話じゃ無いもん。
「まぁ、後は私の住んでる所と大聖堂の外観ぐらいしか見せる所が無いんだよね。……でも、時間が有れば霊廟も案内できるかな?」
そう言って裏口みたいな扉を開くと光が差し込んでくる。
私は目を細めて外に出る。
「ルシティア。この後、午前中で時計台と専門職ギルドを回るからあまり時間は無いわ。」
「分かった。……だとすると、私の家でお茶するくらいしか時間が無いね。」
「ルシティア。菓子はあるのか?」
ルシティアさんがエルに頷くとエルは笑顔になる。
お菓子かぁ。どんなのだろう?
ルシティアさんについて芝生の広場を歩いて行くと真っ白な小さな家が見えてくる。
「ここが私の住んでる司祭用の家だよ……っと。」
ルシティアさんは家の扉に手をかざして鍵を開ける。
「みんな、適当に座ってて、お茶とお菓子持ってくるから。」
玄関を入るとすぐにテーブルが置かれていてみんな席に着く。
少しすると、色んな種類の焼き菓子と紅茶をお盆に乗せたルシティアさんが奥の部屋から出てくる。
「はい。一杯食べて良いからね。」
「お母様! お菓子がたくさん!」
「おおー。どれ、わしは1種類ずつ頂くとするかの。」
シエラちゃんとエルはきゃっきゃっと騒ぎながらお菓子を取っていく。
私もビスケットやクッキーをいくつかお皿に取って紅茶を飲む。
うん。美味しい。
私はエルとシエラちゃんと一緒に紅茶を飲んでいたけど、サクラさんの声が聞こえて来る。
「……そう言えば、ルシティア司祭様はどうして結婚なさらなかったんですか?」
「シエルお義姉さまも言ってたけど相手が居なかったんだよね。国内の貴族、伯爵辺りは一応こちらを上位として扱ってたけど辺境の田舎者ってバカにしてたのが見え見えだったし、世襲侯爵の三家は目がギラギラしてて近付きたくなかった。王族出身の貴族はそんな事はなかったんだけど……、まぁ色々有ってそっちもダメで。国外の貴族やここの貴族で探しても良い所がなくて、結局、教会に入るしかなくなった訳ね。」
「大変なんですね。」
「本当はサクラ様みたいに強かったらアン様みたいに武力ギルドに入ってお父様やお兄様達を手助けしたかったんだけど……。」
「アンが私に突っかかるのは何故なのかしら。」
「……それはシエルお義姉さまがアン様を魔の森送りにしてレイお兄様と引き離したからだと思うけど。」
「あー、アン様ってそうなんですね。……という事はアン様もお貴族様なんですか?」
「確か、北部のガシリエ伯爵家ね。……ただ、今の状況でハイゲンと結び付けるのは好ましくないのよ。父親がどこの侯爵か忘れたけど妾として差し出そうとしてたらしいわ。姉が家督を奪い取って助かったみたいだけど。」
「あー、納得。ガシリエの家長交代はそれが原因だったんだ。別にアン様がレイお兄様と結ばれても良かったけど、せめてあっちの父親が“消えて”くれないとダメ。」
「……そんな話を私が聞いて良かったんでしょうか?」
そう言えば例のゲームでも貴族の娘さんが結婚出来ない時は教会に入るって言ってたなぁーと思いつつお話に耳を傾けていたらかなりドロドロした話を始めたのでお菓子に意識を戻す。
「美味しいね。」
「うん。アーちゃん。」
私の隣ではエルが笑顔でクッキーを紅茶に浸して食べている。
うん。エルの笑顔を見ていると私も自然と笑顔になった。




