第22話 王女様と魔術塔 Ⅱ
§1
「……さてと、そろそろ下に降りましょうか?」
「はい。お母様。」
「じゃな。」
シエルさんに聞かれてシエラちゃんとエルが頷く。
私はもう一度、街に目を向ける。
そして朝日に染まる空を見上げる。
「そうじゃ、アルフェ。」
「何?」
「今、“試して”みるかの?」
えっ。
ぎょっとして隣を見るとエルがローブを脱ぎ去ってエプロンドレスを脱ごうとしている。
……何してるの?
私が目を細めているとシエルさんがエルに話しかける。
「……エル様。空を飛ぶのは構わないのだけど、出来る限り目立たないようにして頂戴。」
「分かっておる。」
「手伝うわ。」
そう言って、シエルさんはエルの服を脱ぐのを手伝い始める。
…………!!
エルは下着も全部脱ぎ終わると小さな真っ白いドラゴンさんの姿に戻る。
……エルとシエルさん以外はみんな目が点になっちゃっている。
「……よし。アルフェ。ワシの後ろに乗るのじゃ。」
「……あ、うん。」
色々と言いたい事があったけど、私はエルの首に手を回して背中にしがみ付く。
「シエル。わしとアルフェは暫く空を飛ぶからの。下で待っておるんじゃ。」
「分かったわ。」
シエラさんが頷いている横でシエラちゃんがじっとエルを見ている。
「……シエラはわしの背に乗りたいのか?」
でも、シエラちゃんはエルに顔を向けられるけど凄い勢いで顔を横に振る。
「ふむ。……まぁ良いかの。行くぞ! アルフェ! ちゃんと掴んでおれ。」
エルは大きく羽ばたくと見張り台から飛び立つ。
一瞬で後方に遠ざかった塔を振り向くと塔の天辺の魔石が色を失っていた。
§2
白銀竜の背に乗り西に離れていくアルフェの背を眺めていたレティシアがシエルに声を掛ける。
「……シエル様。これは一体?」
横ではサクラも大きく頷いている。
「質問は無しよ。……さて、下の広場の人払いをしに行きましょう。」
シエルは2人に目を向け見張り台の中央にあるハシゴに向かう。
そして、シエラはシエルに手を引かれ後に続く。
一度、街の上空を舞う2人に目をやった後、顔を歪めシエルと握った手をぎゅっと強く握りしめた。
§3
エルは一旦高度を上げて森の方面に抜けた後、外壁と堀に沿って右回りに滑空を始める。
……大分、安定してきたかな?
風は不思議と感じない。
私は街の様子を見ながらエルに声を掛ける。
「良かったの?」
「何がじゃ?」
「サクラさんとレティシアお姉さん。」
「ふむ。……シエルが何とかするじゃろう。」
エルはシエルさんに丸投げする気だったらしい。
……シエルさん。ごめんなさい。
私は心の中でシエルさんに謝りつつ、エルの頭に口を寄せる。
「私を乗せても平気?」
「平気、平気じゃ! はぁ! はぁ! はぁ! やはり空は最高じゃ!」
エルは大声をあげると更に上昇する。
……もしかして、エルが空を飛びたかっただけ?
エルの背中から見下ろすと、シエルさんから教えてもらった建物が分からないぐらい高い所を飛んでいる。
その割には魔法を使わなくても全然寒くない
…………炎龍さんのお守りを持っていたんだった。
私はそっと首から下げている護符を撫でる。
「……エル。今度からはいきなり服を脱ぎ出さないでね。」
「うむ。わかったのじゃ。」
私とエルは街を一周すると塔の前にあった広場に舞い降りる。
レティシアお姉さんが人払いの結界? か何かを張っていて、シエルさんとサクラさんがエルの脱ぎ捨てた服を抱えている。
……楽しかったけど、街の様子はよく分からなかったよ。
あまりに低く飛ぶと目立つからしょうがないけど。
私はエルの背中から降りると見当たらないシエラちゃんを探してキョロキョロする。
「アルフェお嬢様。どうしたの?」
するとレティシアお姉さんが声を掛けてくる。
私とエルが広場に帰って来たので幾つかの魔法や魔術を“転換”させているみたい。
……今の私だと何をしているかまでは分からないけど。
私はレティシアお姉さんに目を合わせる。
「シエラちゃんを探してるの。」
「シエラ様ならあそこよ。」
レティシアお姉さんの指差す方向を見ると木の陰に隠れたベンチが見える。
近付くとシエラちゃんがベンチに座ってエルがパンツを着させられている様子をじっと見ている。
「シエラちゃん?」
シエラちゃんはびくっとすると私の方に目を向ける。
「……アーちゃん。」
「隣、良い?」
シエラちゃんは無言で頷く。
私はベンチに腰を下ろすと横に顔を向ける。
「シエラちゃん。エルの事どう思った?」
「……ドラゴンは怖いです。」
シエラちゃんは地面に目を向ける。
……あー、シエラちゃん。シエルさんがドラゴンって知らないんだ……。
私が言わない方が良いよね?
空を見上げながら声を掛ける。
「……でも、エルのドラゴン姿って怖い? 可愛いと思うけど。他のドラゴンさんってすごく大きいよ。」
「……アーちゃん。他のドラゴン見たことあるの?」
空から目を離して横に目を向けるとシエラちゃんが顔を上げてこっちを見ている。
「うん。こーーんなに大きいよ。小さな山ぐらいあるんだから!」
私は手と腕を大きく広げる。
シエラちゃんは目を丸くすると今はワンピースを着てサクラさんに髪を編み込んで貰っているエルを見る。
「なら、エルちゃんは少し怖くないのかも……。」
「だよね! それにドラゴンさんってそんなに怖くないよ? “金色の竜と姫君”や“ドラゴンと王国”のドラゴンさんもお姫様助けてたよ?」
私は前にシエルさんから貰った絵本のドラゴンさんについて話してみる。
“ドラゴンと王国”は例のゲームの“バッドエンド”の一つにそっくりであまり思い出したくないけど。
私と従妹のメルフェが“色々”と手遅れになった後、ドラゴンさんじゃなくて女神様が不憫に思って時間を巻き戻して干渉するんだ。
……あのバットエンドに言葉だけ出てくる“背信者の証”って何なんだろう? 気になる。
まぁ、ゲームの細部まで一緒だとは思わないし、お父さんはまだ正気のはず。
……早くお父さんに手紙を渡してあげないと。
私はそこで意識をシエラちゃんに戻すと、シエラちゃんはうーんと悩んでいる。
「…………でも、ドラゴンは小さな無属性の飛竜種でもすごく強いです。私なんか一口で食べられてしまいます。」
……シエラちゃんは多分その辺のドラゴンさんには負けないと思うよ?
エルに目を向ける。
「でもエルは“あれ”だよ?」
私は一本に編み込まれた髪をまた振り回しているエルを指差す。
シエラちゃんはそれを見て笑みを零すと私を振り向く。
「私達もそろそろお母様の所に行きませんか?」
「うん。」
私はシエラちゃんの手を取ってエルとシエルさんとサクラさんの所に駆け寄る。
「エル! 終わったの?」
私はエルに抱き着くとシエルさんとサクラさんに目を向ける。
「姫様。 大体終わったわ。……サクラはどう思うかしら?」
「……本当はもう少し髪を弄りたかったんですけど。」
「わしは早よう動きたいのじゃ。」
エルの少し不機嫌そうな顔を見てサクラさんは苦笑いする。
そんな私達にレティシアお姉さんが近付いてくる。
「……シエル様。もう人払いは大丈夫ですか?」
「構わないわ。」
レティシアお姉さんはシエルさんに頷くと“結界”を解いていく。
私はエルから離れるとシエルさんに目を向ける。
「シエルさん。次はどこに行くの?」
「次は大聖堂ね。」
それを聞いて私とエルの後ろにいたシエラちゃんがシエルさんに飛び付く。
「お母様! ルシィおば様と会えますか?」
「ええ。」
シエラちゃんはニコニコしながら、シエルさんの手を握る。
そして、私とエルに振り向く。
「……アーちゃん。エルちゃん。行こう?」
私とエルは顔を見合わせるとシエルさんとシエラちゃんの所に駆け寄る。
レティシアお姉さんと少し話していたサクラさんも合流して、レティシアお姉さんに別れの挨拶をする。
次は大聖堂。
私はみんなと一緒に大通りに向かう、さっき通った細い道を歩き始めた。




