第21話 王女様と魔術塔 Ⅰ
サクラさんは私達の格好を見て苦笑いしている。
「シエル様。初めはどこに行かれるのですか?」
「そうね。まずは魔術塔に行く事にしましょう。あの場所からなら街の説明もし易いわ。」
「お母様! 魔術塔の一番上も登れるのですか?」
「ええ。」
「やった!!」
シエラちゃんはすごく嬉しそうにシエルさんの手をにぎにぎしている。
……まぁいいかな。本当はお話ししたかったけど。
私は嬉しそうにお話しをしているシエラちゃんを見て一歩後ろを歩く。
「? どうしたアルフェ?」
「……何でも無いよ。エル。」
左手を見上げると朝日を浴びる大きなお城と高い塔がいくつか見える。
近すぎて、全部の塔は見えないけど。
お屋敷の門を出て大通りに出るとお城とお屋敷の間を回り込んで一つの高い塔の真下まで歩いて行く。
高い塔はずっと見えているからわかり易いね。
お城とお屋敷の間の細い道を歩いていると、いつのまにか隣にやって来ていたサクラさんが私とエルに話し掛ける。
「……シエラ様とお話しされました?」
私とエルは顔を見合わせて一緒に首を振る。
するとサクラさんは一瞬シエラちゃんの方を向いて肩を落とす。
「そうですか。私も殆ど話せて無いんです。」
私はシュンとしたサクラさんを見て声を掛ける。
「サクラさん。チョコレートドリンク作ってみたらどうかな? 多分シエラちゃんも喜ぶよ。」
「分かりました。お屋敷に帰りましたら作りますね。…………あっ、見えて来ました!」
サクラさんが指差す方を見ると少し広場みたいになった所に10人くらい人が集まっていて、その先に塔の台座が見える。
台座と言っても3階建ての大きな建物でその上に先が細くなっている黒い塔が立っている。
この位置からだとギリギリ先端が見えるけどこれ以上近づくと見えなくなると思う。
ずっと、見えていたせいでそこまで驚かないけど。
暫く塔の方を見ていたら広場の人の中から一人のお姉さんがこちらに向かってくる。
……あっ、昨日後ろの馬車を護衛していた人!
私達を見て最初は驚いていたけど、手を振ってくれたんだよね。
お姉さんはすごく不審そうな顔をして私たちを見回してサクラさんに目を止める。
「……サクラ?」
「あー、レティさん。こちら、シエル様です。」
「レティシア。昨日振りかしらね。」
シエルさんはサクラさんに紹介されてフードを払う。
……よくよく考えたら、シエルさんってこの街に住んでいるんだよね?
フードを被る必要ない気がする。
案の定、お姉さんが不思議そうな顔をしている。
「……シエル様。何故そんな怪しげな服装を?」
「詮索不要よ。」
「……分かりました。」
「そう言えば、レティさんは何でここに?」
「あーあ、あのファイセル伯爵家の坊ちゃんの受け入れについて話に来たのよ。」
「? 誰の事かしら?」
「シエル様。昨日の“メガネ”の坊ちゃんの事です。」
「あーあ、貴族出身って言っていましたね。……シエル様? あの魔術ギルドの職員さんの事ですよ。」
「……思い出したわ。結局どうなったの?」
「はい。貴族籍の剥奪と10年間の魔術塔での奉仕が決まりました。」
「10年間ですか!?」
「サクラ。“私達”なら死罪なんだし、そこまで重くないわよ?」
「……もう少し重くできなかったのかしら?」
「三男坊と言っても他領の貴族なので…………。」
私は大人3人が話し込み始めたので、エルの手を引いてシエルさんの横に居るシエラちゃんに声を掛ける。
「……シエラちゃん。」
すると、シエラちゃんはこっちを見て目を丸くする。
「……えっと。」
「私はアルフェ。こっちはエル。」
「うむ。」
「……アルフェ様とエル様?」
「アルフェで良いよ。」
「わしも好きに呼ぶと良い。」
「じゃあ、アーちゃんとエルちゃん。」
シエラちゃんが恥ずかしそうに手を差し出す。
私とエルはシエラちゃんの手に手を重ね合わせる。
「シエラちゃん。これで友達だね!」
「じゃな。」
「……うん。」
そんな事をしていると、私達にシエルさん達が気付く。
「…………って事になったのよ。」
「本当、あのメガネさんは…………、アルフェお嬢様?」
「サクラ? ……あぁ、姫様。退屈だったのね。レティシア。」
「はい。」
「私達、魔術塔を見学したいのだけど。」
「はい。では私が案内します。付いて来てください。」
お姉さんはそう言って塔に歩き出す。
……そう言えば、塔を見に来たんだった。
そんな事を考えていたら、シエラちゃんはシエルさんの手を握りなおして私達から離れてしまう。
「アルフェ。わしらも行くぞ。」
「うん。」
私とエルを待っていてくれたサクラさんと一緒に後を追う。
塔の建物の中に入るとエルはフードを外してしまう。
「部屋の中でフードはいらんのじゃ。」
「……エル。」
私も一緒にフードを後ろに払うと驚いているお姉さんと目が合う。
「……もしかして昨日の?」
「うん。」
「なら、改めまして。私の名前はレティシアよ。」
「私はアルフェ。」
「エルじゃ。」
そう自己紹介しているとシエルさんの声が聞こえてくる。
「レティシア。」
「……はい。」
レティシアお姉さんは案内を再開して奥の方に進んで行く。
「シエル様。」
「何かしら?」
「何処を案内しましょう?」
「まずは塔の一番高い所を。」
「分かりました。」
そうこうしていると、例の記憶にある“エレベーター”そっくりの扉の前に着く。
“エレベーター”と言っても“ヨーロッパ”や“アメリカ”の古い建物にありそうな物だけど。
レティシアお姉さんがみんなを見る。
「これで、ある程度の高さまでは登る事が出来ます。…………皆さん乗ってください。」
みんなが乗り込むとレティシアお姉さんが壁に付いている宝石に触れる。
すると、床がゆっくりと上昇し始める。
「……これは面白いのう。部屋ごと浮かび上がらせているようじゃな。」
エルは目を輝かせながら小さな部屋を見回す。
……エルってやっぱり好奇心いっぱいだよね。
上昇が止まるとレティシアお姉さんが扉を開ける。
「次は階段です。」
レティシアお姉さんの後を追うと目の前に長ーーーーい螺旋階段が現れる。
……
…………
………………
暫く登っていると上から光が差し込んでくる。
「ここまで来ると後は梯子を登るだけです。……誰もバテないなんて。」
レティシアお姉さんが最後に小声で付け足す。
私は平気だし、エルとシエルさんはドラゴン。
……シエラちゃんは大丈夫かな? って、私も思ったけどシエラさんの娘だもんね。絶対平気。
レティシアお姉さん、シエルさん、シエラちゃん、私、エル、サクラさんの順にハシゴを登ることになった。
私の番が来る。
「アルフェ。早よう登るのじゃ。」
「……うん。」
エルに急かされて、ハシゴを登ってゆく。
でもエルってドラゴンだよね? 高い空は珍しくないと思うけど。
少し腑に落ちない。
……んっ。
すると一気に視界が開ける。
……うっ、朝日が強い。
上には大きな魔石が“浮いて”、周りは見張り台みたいになっている。
シエルさんとシエラちゃんが居る朝日と反対方向の手摺に駆け寄る。
「…………凄い。」
“私の森”が全面に広がっていて、朝日を浴びて光り輝いている。
「姫様。あれが私の家です。」
シエルさんが下を見るので私も覗き込む。ミニチュアサイズの家が沢山並んでいる。
「……小さい。」
「ほう。中々良い風景じゃな。」
「エル。」
いつのまにか隣にエルが来ていて一緒に下を覗きこんでいる。
「……凄いですね。レティさん」
「サクラは平気?」
「そうですね。むしろ好きです。」
「私もよ。……私もたまに来て考え事をしたりするのよ。」
後ろでサクラさんとレティシアお姉さんが話しているのを聞きつつ、シエルさんの方を向く。
「シエルさん。今どこに行くの?」
「そうだったわね。……まずあれが魔女教大神殿ね。」
シエルさんの指差す方向を見ると灰色をした石造りの大きな建物が大通り沿いに見える。
……何だろう。
大神殿の建物の周りは何もない空間が広がっていて、水路かな? 細い線で不思議な模様が描かれている。
じっと観察しているとシエルさんの声が聞こえてくる。
「次に、あれがミィルのギルドね。」
シエルさんは少し指を北側に向ける。
それはお城を中心にした円状の道沿いにいくつかの建物と砂地がある場所。
……こっちも広い空間があるね。
ただ、大神殿とは違ってあまり整理されていないみたい。
「……次は反対側ね。眩しいけど少し我慢して。」
私とエルとシエラちゃんはシエルさんに引っ付いて移動する。
「……あの一帯には色んなギルドの支部が集まってるわ。」
街の北東部、円状の道沿いにある建物を指差す。
……あの細長い“かまぼこ”みたいな建物は何だろう。
首を捻っているとサクラさんの声が聞こえてくる。
「あっ、あれが私達薬師ギルドの建物です。」
サクラさんが指差す方向を見るといくつかの温室が見える。
……ちょっと面白そう。
「……あっ、魔術ギルドの建物はあそこね。ただ、あの地区は殆ど倉庫しか見えないわ。」
レティシアお姉さんが指差す方向を見るとさっきの“かまぼこ”みたいな建物が目に入る。
……あれって、魔術ギルドの倉庫なんだ。
こくこくと頷いているとシエルさんの声が聞こえてくる。
「教会の大聖堂と時計台はあれね。……時計はこちらからは見えないけど。」
真っ白で頭一つ飛び出ている大きな建物が大聖堂で、お城越しに直線上にある正方形の建物が時計台らしい。
「お母様。」
「何かしら?」
「また、向こうに戻っても良いですか? 少し眩しいのです。」
「ふふ。そうね。戻りましょう。……姫様もエル様も目が悪くなるわ。」
「うん。」
「…………そうじゃったな。」
そうして西側に戻った私達はこのお星様の形をした、朝日に輝く街をしばらく眺める。
時々、シエルさん達のお話を聞きながら。




