第17話 王女様と馬車の旅 Ⅱ
§1
「サクラ! 戦闘準備だ! 上に登れ!」
お嬢様達のチェスを観戦していたら、突然ジグさんの怒鳴り声が聞こえてくる。
…………はっ!
私は急いで弓と矢を背負うとお嬢様達に声を掛ける。
「アルフェお嬢様!エルお嬢様! シエル様を呼んでくるのでここで待っていて下さい。」
シエル様は奥の寝室で休まれていたので、急いで揺り起こす。
「シエル様! 敵襲です!」
「……? サクラ?」
「はい! 私は今から出るのでお嬢様達の所に行って下さい。」
私はシエル様が起き上がったのを確認して、すぐに寝室を出るとハシゴを登って馬車の上に登る。
……お嬢様達の話を聞いていて良かった。
私自身はこの馬車を見て回ってないけど、ハシゴの位置がすぐに分かった。
馬車の上は要塞級の耐魔付与された矢避けが完備されている。
「……流石、領主様の馬車。」
私は馬車を止めて大剣に手を掛けているジグさんに声を掛ける。
「ジグさん! 馬車を走らせて強行突破しないんですか?」
「ダメだ! 後ろを見捨てる事になる!」
私はあっと思いながら後続の馬車を見遣る。
魔の森の村と街を往復している商業ギルドの馬車と例の魔術ギルドの人の護送馬車、そしてその周りで武器を準備している人達が見える。
ただ、護衛や商業ギルドの馬車に乗り合わせた客は白銀竜様の魔の森の無期限封鎖を聞いてすぐに街に戻る事を選んだ人で、馭者さんや商業ギルドの人も、一通り見て“英雄級”は居ない。
護送を担当している領軍のレティさんは英雄級だけど、馬も私達とは差がある。
彼女だけでは100を超える敵からは守りきれない。
そのレティさんがこっちに来てジグさんと話し始めた。
「ジグラルド!アンタ、その馬車にはシエル様が乗ってるんでしょ? 何で止まってるのよ!」
「あぁあ!!レティシア、お前言ってる事分かってんのか? 心配せんでも良い。こっちには薬師ギルドのサクラが居る。」
ジグさんはそう言って、私を指差す。
レティさんは目線を上げて私を見つけるとぱっと笑顔になる。
「サクラ! 貴女居たのね!……流石に今回は“覚悟”はしてたけど、なんとかなりそうね。」
「分かったらとっとと戻れ!……それとサクラ!」
ジグさんが大声を出す。
「はい!」
「お前が臨時の司令官だ!レティシア!お前もそれで良いな?」
「良いわよ! サクラ頑張って!」
私が目を丸くしているとレティさんは護送馬車の方に戻って行く。
私はジグさんを睨みつける。
「ど、どう言うつもりですか!?」
「サクラ! 来るぞ! 早く準備しろ!」
でも、ジグさんは私の声を無視して大剣を構える。
あぁー、もう!
私は魔法で声を拡散させる。
「全員! 武器構え!」
それと同時に私は弓に千本矢をつがえて千里眼の魔法を行使する。
『我に地の果てまで見定める神の眼を与えよ。』
瞬間、膨大な視覚情報で頭が破裂しそうになる。
でもすぐに“敵”にのみ視覚を限定して抑え込む。
そして、弓を引き絞りながら千本矢を真上に向ける。
「サクラ! 出来るだけ殺すな!」
「はい! でも“幾らか”ミスしても勘弁して下さい!」
私はジグさんにそう返したけど自分で自分が怖い。
……ダメだ。考えるのは後にしないと。
私は頭を空っぽにして、でも敵を射抜く事だけは忘れずに弓を放つ。
瞬間、矢が四方八方に散らばり敵を次々と射抜いてゆく。
敵の足が引きちぎられ、腕が吹き飛ぶ、胴体の一部が消えている敵もいれば下半身が丸々無くなっている敵もいる。
ただ、皆一応は生きているようだ。
……私はこんな事を止める為に薬師になったのに。何をやっているんだろう?
私は吐き気を抑えて千里眼の魔法を切る。
「……ジグさん。残21です!」
「分かった!」
ジグさんはそう言って、敵に切り込んでいく。
馬車の後ろを見ると味方が森から出てきた敵が私の矢で次々と倒れたのを見て呆気に取られている。
まともに交戦しているのはレティさんくらい。
「あなた達! 何してるの!? 早く武器を構えて!」
私は弓に新しい矢をつがえながら大声を出す。
……ちょっとマズイ。
私の弓を潜り抜けた敵の内数人はジグさんとレティさんを抑える事が出来ている上、残りの敵も数の上では私達を上回っているので押されている。
特にジグさんが相手にしている敵が不味い。
短剣使いでジグさんの大剣と相性が良くない。
リーチはジグさんの方が長いけど動きが素早くてジグさんの攻撃が当たらず相手の攻撃が少しずつ蓄積している。
レティさんの相手も剣士で魔術師のレティさんと相性が悪いけど、こっちはレティさんが押している。
ただ、他の味方の支援が出来てない。
……ジグさんもレティさんも魔物ばっかり相手にしているから、対人は苦手って言っていたっけ。それでも、並みの相手なら負ける事はないのだけど。
私は味方を弓で援護しつつレティさんとジグさんの相手を射抜こうとするけど、その度に射線に必ずレティさんとジグさんが置かれる。
千里眼と組み合わせて回り込んで射抜ける千本矢は一本しか無いし、他の魔法矢もそう言う事が出来る物は無い。
歯痒く思っているとジグさんと一瞬目線が交わる。
“朝の矢を使え”
そう、ジグさんの口が動いた。
……攻撃を受ける気?
私は無言で聖術が付された矢をつがえ引き絞る。
でも、その矢は“ジグさん”に放たれる事は無かった。
ジグさんの相手の短剣使いは金色の閃光に心臓を撃ち抜かれて固まっている。
閃光が放たれた先を見ると、金髪に紅い目をした少女が真っ黒なドレスを夕日にはためかせ村の方向からゆっくりと歩いてくる。
「ミィル様?」
……結局その後すぐに戦闘は終了して、沢山の捕虜を引き連れて街に帰る事になる。
時間にしてみれば僅か10分にも満たなかった。
§2
「……それにしても凄いわね。この馬車。」
ミィルさんは紅茶とクッキーをテーブルに置きながら馬車の中を見回している。
テーブルには私とエル、シーさん、ミィルさんが着いている。
サクラさんは外でさっきの襲撃をした人達を監視しているみたい。
……ちょうど良いかも。
私はシーさんの方を見る。
「シーさん!」
「何かしら?」
「私と名前を交わさない?」
シーさんはそれを聞いて目を丸くする。
けど次の瞬間にはミィルさんを睨みつける。
「ミィル。貴女。余計な事喋ったわね。」
「……別にいいじゃない。もっと“色々”喋っていいのよ?」
ミィルさんは涼しい顔をしながらシーさんを受け流している。
……シーさん。
私はシーさんをじっと見る。
そんな私に気付いたシーさんはため息をつく。
「……姫様。名を交わすのは構わないわ。でも、“姫様”と呼び続ける事は許して欲しいの。」
「? うん。分かった。」
私は不思議だったけど頷く。
「……姫様。『私はフィルシアの眷属シエル。姫様の名を私に与えて下さい。』」
私は少し驚く。
……でも続けなきゃ。
「……『私はフィルシアの娘アルフェ。』……シエルさん。何でお母さんの名前を?」
もうシエルさんはお母さんの眷族じゃない。
「……どうしてかしらね。」
シエルさんはそう言って目を瞑ってしまう。
私も何となく居心地が悪くなって、クッキーを口に入れる。
「話は済んだわね。……ねぇ、アルフェ様?」
「? なに?」
「オーベリィの件で気になる事があるんだけど。」
!!!!
私はさっとシエルさんを見るけど平然としている。
? どういう事?
「あぁ、シエルに話したわよ。貴女の星読みの力について。」
ミィルさん!何考えているの!
シエルさんを見るとゆっくりと頷く。
「……えぇ、姫様。そこの“白銀竜”より先に話して欲しかったわ。」
「ふん。お主らはアルフェの母の眷族じゃろ? アルフェが一線を引くのも道理じゃ。」
エルはそう言って紅茶に砂糖をドバドバ入れる。
「……エル。砂糖入れすぎじゃない?」
「確かにそうじゃな。」
エルは紅茶を口に入れて微妙な顔をしている。
私はエルから目を離すとシエルさんとミィルさんを見る。
「シエルさん。ごめんなさい。でも、エルの言う通りだよ。私が何とかしないと。」
「……そう。」
シエルさんはそう言って目を伏せる。
「ミィルさん。」
「何かしら。」
「ミィルさんのバカ!」
「ふふ。ええ、私は“バカ”よ。」
ミィルさんがクスクス笑うので、私は頰を膨らます。
ミィルさんは笑うのを止めると真顔になる。
「……ごめんなさい。アルフェ様。……オーベリィの暴動ね。貴女は止めたいのよね。何故かしら?」
私はミィルさんに聞かれて答えに困る。
暴動は止めたいけど“それ”が目的じゃない。
……もう、話すべきだよね?
私は口を開く。
「……オーベリィ公爵の娘さんマーシェリーが不幸になるの。」
「! どう言う事かしら?」
ミィルさんはこっちに身を乗り出す。シエルさんも目を上げてこっちを見る。
「えっと、暴動でマーシェリーのお父さんが亡くなって……。」
「ちょっと、待って頂戴。確かに南部では治安が悪くなってるけど、流石に公爵様が死ぬなんて事はあり得ないわ。オーベリィの都の支部からも変な情報は上がってないし、只の暴徒が公爵家の警備を突破出来ると思えない。それに、あの領は暗部が優秀だから領都で何かが起こる前に潰してるはずよ。」
……確かにミィルさんの言う通りかも知れない。
確かに、私も半信半疑だもん。
でも、見過ごすには余りに私の境遇と似ていて、余りに彼女の運命が悲惨すぎる。
私はシュンとなって目線を落とす。
……ミィルさんに相談したのは失敗だったかも。
でも、そんな私の頭の上からシエルさんの声が聞こえてくる。
「……ミィル。“殺す”わよ。」
「!! ぃたぁー! ちょっと、“本気”で殴らないで頂戴!」
顔を上げると頭を抱えて蹲っているミィルさんとミィルさんを睨みつけるシエルさんが目に入る。
シエルさんは私の方を向くと顔を緩める。
「姫様。私は信じるわ。それに、ベル達も姫様を疑うなんて事はしないはずよ。……確か1ヶ月後だったかしら? それまで、“私達”が姫様の代わりに森を守るわ。姫様がしたい様にしなさい。エル様をこき使って構わないから。」
「シエル。言ってくれるのう。」
エルがシエルさんに笑い掛ける。
私はそんな2人を交互に見てしまう。
「……いいの?」
「ええ。」
「アルフェ。頼ると良いぞ。」
「ありがとう。」
私はジーンときて窓に目を逸らす。
窓の外では夕日の色が森の方に後退する中、街の塔の先端の魔石が仄かに脈動しながら光を放っている。
「……あの塔の魔石って昔バカな“小さな飛竜”が夜に激突した事があって、それ以来付けてるらしいわよ。」
「本当、何処のバカかしらね。」
「………………。」
隣でエルがプルプル震えているけど私は知らない。
…………
しばらくして街に近づくと4つも橋を通ってやっと街の門まで着く。
……街だ。
夜になったけど門の中は光に溢れている。
「エル!凄いよ!人が一杯いるよ!」
私は隣で窓から外を眺めているエルに声を掛ける。
「…………ごちゃごちゃして良く分からないのじゃ。」
エルは少し困った顔をしている。
……確かに分からないかも。
「でも、探検する所が一杯ありそう!」
そう言って、私はエルに笑いかける。
そんな風にエルと話していると段々と人通りが少なくなって、大きな建物が増えていく。
その中の一つの門を潜ってお家の玄関? の前で馬車が止まる。
……玄関と言うにはすごく大きい。
じっと、窓の外を見ているとミィルさんの声が聞こえてくる。
「……シエル。今日は泊めて頂戴。」
「嫌よ。」
「貴女。支部の建物壊したでしょ?」
すると、シエルさんのため息が聞こえてくる。
「……分かったわ。……姫様。エル様。馬車を降りるわよ。」
私とエルはシエルさんに促されて馬車を降りる。
すると、小さな金髪の女の子が玄関を開けて飛び出して来る。
「お母様!!」
みんなが驚いている中、その女の子はシエルさんに抱き着いた。




