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第15話 王女様と村の人々 Ⅲ

 ドリンクを飲み終わってみんなでゆったりとしていたら、扉が開けられてシーさんが入ってくる。


「……姫様。エル様。何飲んでたのかしら?」

「あっ、シーさん! サクラさんが“チョコレートドリンク”を作ってくれたの!」

「“チョコレートドリンク”?」


 …………あっ。

 そう言えば、チョコレートなんて呼びかた有ったかな?

 内心焦っていると、サクラさんが説明してくれる。


「シエル様。お疲れだったようなので、お嬢様方にはカカオを使用した薬湯を飲んでいただきました。」

「…………アレね。確かに言われてみれば香りが残ってるわね。……でも、姫様の口には合ったのかしら?」

「砂糖が入って美味しかったよ。」

「じゃな。わしもまた飲みたいのう。」


 シーさんが少し苦そうな顔をしていたので、私はエルと一緒に答える。

 甘いチョコレートドリンクが不味い訳ないもん。

 シーさんは少し驚いた顔をすると、サクラさんに向き直る。


「サクラ。その砂糖入りの……チョコレートドリンクだったかしらね? 街では入手できるかしら?」

「……材料だけなら有ると思いますが、調合は私オリジナルなので無理だと思います。」


 サクラさんは申し訳なさそうな顔をしてそう答える。

 ……砂糖入りってサクラさんオリジナルだったんだ。

 またここに来ないと飲めないんだね。

 サクラさんにまた会いに来られるかな?

 そんな事を考えていたら、私の方を見ていたシーさんがサクラさんに声を掛ける。


「サクラ。私について街に来てくれるかしら?」

「えっ。……は、はい。それは構いませんがギルドの方が……」

「それは私の方で処理しておくわ。」

「……はい。よろしくお願いします。」


 サクラさんがシーさんにペコリと頭を下げる。

 ……権力?

 シーさんがサクラさんを悪い様にするとは思えないし、私もチョコレートドリンクを飲めるから何も言わないけどね。

 そんな感じでシーさんとサクラさんの話が終わったらミィルさんが顔を上げる。


「さてと、話が済んだなら続き行くわよ。続き。シエルはどうする?」

「姫様達に着いて行くわ。」

「そう。アンは?」

「私は領軍の捜査を手伝います。」

「分かったわ。で、サクラは?」

「……私は街に戻る準備をしたいので一旦ギルドに戻りたいです。……同僚のジル君や錬金術ギルドのフィエさんにもこの事は話しても大丈夫ですか?」

「構わないわ。」


 シーさんがサクラさんにそう答えると、ミィルさんがみんなを見渡す。


「丁度良いわ。みんなでサクラに付いて行きましょう。」

「ミィル様?」


 サクラさんが不思議そうな顔をするので私が答える。


「私とエルはミィルさんに村を案内してもらってたの。」


 するとサクラさんがすごく困った顔をする。

 ……どうしたんだろ?

 そんな事を考えていたら、また書類の山に向かっていたアンお姉さんが顔を上げる。


「……グランドマスター。状況を考えて下さい。魔術ギルドでの密猟品の売買が発覚したのですよ。薬師ギルドと錬金術ギルドにも“協力要請”が行ってるでしょう。その状況下でシエル様の“命令”で街に帰還する準備があるサクラ様に案内させる気ですか?」


 アンお姉さんがミィルさんを睨みつける。

 そっか、“あの子”ってそう言う事なんだ。

 ……また涙が出て来そうになるのを堪えていると慌てた様子のサクラさんの声が聞こえてくる。


「お嬢様! わ、私は大丈夫ですよ! 案内でも何でも出来るので……そうだ!また、チョコレートドリンク作ってきます!」


 そんな事を言って、出て行きそうになるサクラさんをエルの声が止める。


「待て。サクラとやら。アルフェはお主が案内出来ぬ事を悲しんどる訳では無いのじゃ。」

「……そうなのですか?」


 私はエルに頭を撫でられながら目を拭って、首を傾げているサクラさんを見る。


「はい。……もし、また来たら案内してください。」

「……分かりました。今度来られましたら、精一杯案内します!」


 私達から目を離したサクラさんはミィルさんに声を掛ける。


「……ミィル様、えっと……。」

「ふぅ。無理を言った私が悪かったわ。」

「ごめんなさい。……シエル様、いつ出発ですか?」

「今日の12時半よ。」

「…………分かりました。失礼します。」


 サクラさんは時間を聞くと目をまんまるにしていたけど、頭を下げて部屋を出て行く。

 ……多分、シーさんの言ったことって結構無理があったのかな。

 そんな事を考えていたら、ミィルさんが立ち上がって声を出す。


「そう言えば、今何時かしら?」

「……11時10分前ですね。グランドマスター。」


 えっ。エル以外のみんながキョトンとする。

 私はいつも太陽の運行で時間を見ているけど、1時間40分がどの程度の感覚か分からない訳じゃない。

 ……小さい村だけど、余りゆっくりしていると時間が無くなっちゃいそう。

 シーさんが申し訳なさそうに私に声を掛けてくる。


「……姫様。ごめんなさい。私はお昼を作らないといけないわ。」


 シーさんはそう言って急いで部屋を出て行く。

 私は目線を立ったままのミィルさんに戻して話し掛ける。


「ミィルさん。早く行こ?」

「そうね。」


 部屋の扉に向かうミィルさんの後を椅子から立ち上がって、追いかける。


「……ふむ。」


 エルも椅子から立ちあがると私の隣に来る。

 ミィルさんと部屋を出ると、アンお姉さんの声が後ろから追って来る。


「グランドマスター! 私は今手が離せないので“今朝の話”を受付所に通知しておいて下さい。」


 それを聞いたミィルさんは肩を竦める。


「アルフェ様。エル様。次に行くのは“受付所”で良いかしら?」

「うん。」

「構わんぞ。」


 私達は何故か破壊されている受付を跨いで扉の無くなった入り口を潜る。

 外に出ると例の大剣のおじさんを初めとした領軍の人達が集まっていた。

 そして、遠くに目を向けると私達が泊まった建物の二階部分に穴が空いている。

 じっと、ミィルさんに目を向ける。


「全部シエルのせいよ。」


 ……シーさん。暴れすぎだと思う。

 領軍の人達は私達に一瞬目を向けるけどすぐに何かの作業に戻っていく。

 私達もミィルに従って道なりに進んで魔術ギルドの建物から離れて行く。

 私達が泊まったギルドの建物が見えて来ると他の建物も見えてくる。


「左手に見えているのは、私達以外の武力ギルドの受付所が集まってる所ね。……人様の事は言えないけど、柄が悪い所が多いから注意した方が良いわ。更にその奥は武器屋ね。剣から杖まで大抵の物は揃うわ。まぁ、あるのは消耗品か規格品だけど。で、右の手前は私達の受付所で、奥にあるのが商店。こっちも魔法薬から生鮮食品まで大抵あるわ。」


 ミィルさんの説明を聞きながら歩いていると、さっき柄が悪いと言っていた所から男の人が出てきてこっちを睨み付けている。

 ……


 何かしてくるかなって思ったけど何もして来ない。

 結局、受付所の建物の影で見えなくなるまで睨んでいただけだった。

 そして、私達は一周して今朝出てきた入り口に戻る。

 ……入り口は破壊されてない。良かった。

 向かい側に目を向けると目的地の二階建ての建物が見える。

 ギルドの受付所って言うには小さい扉しかない。


「……こっちは裏口だけど構わないわ。」


 ミィルさんはそう言ってその扉を開ける。

 ……裏口だったんだ。

 中に入ると確かに倉庫みたいになっていて、近くには薪や炭が積み上げられている。

 ミィルさんは私とエルが入ったのを確認すると扉を閉める。


「ふぅ。ついてきて頂戴。」


 ミィルさんと一緒に倉庫を出て廊下を進むと扉に突き当たる。

 その扉を開かれると受付の中になっていて受付所の外を見ると人は少ないけど何人かはテーブルで話をしている。

 ミィルさんは受付の女の人に背後から声を掛ける。


「ねぇ、貴女。今、大丈夫かしら?」


 その女の人は肩をビクッとさせるとこちらに顔を向ける。

 訝しげに私達を見ていたけど、ミィルさんに目が止まるとゆっくりと目が開いてゆく。


「……もしかして、グランドマスター様ですか?」

「そうよ。」


 ミィルさんはそう言って、あの金色の“鱗”を差し出す。


「………………申し訳ございません!! ミィル様! 私は受付嬢をしているアミレと言います!」


 女の人……アミレさんはミィルさんのギルド証をじっと見たあと、思い切り頭を下げる。

 するとテーブルで喋っていた人達も会話を止めてこちらを観察している。

 ……ミィルさんは少し引き気味になっちゃっているけどね。


「……えっと、アミレ?」

「はい。」

「貴女、受付嬢とは言っても“ここ”の職員だから通常時支部長権限は持ってるわよね?」

「はい。そうですね。ただ、いつもはアン様が執行してますし、私以外にも職員がいるので執行した事はないです。」

「そう。なら良いわ。『武力ギルド白銀竜グランドマスターミィルがアーヴェン王国本部ハイゲン西部総支局直轄魔の森支部アミレに命ず。魔の森の無期限封鎖を直ちに執行せよ。最高評定のギルド員以外の森への滞在を禁ずる。』」

「は、はい。『支部アミレは直ちに執行する事を約します。』」


 アミレさんはそう言って受付に戻ると何か作業を始める。

 受付の外の人たちの何人かが凄い勢いで外に飛び出して、残った人も色々と喋り出している。

 でも、ミィルさんはそんな様子を無視して扉を閉める。


「さてとアンのお願いは終わったわね。ちょっと上で休憩しましょうか? 確かお菓子はあったと思うわ。」

「うん。」

「わしも構わんぞ。」


 私とエルはそれにつられて直ぐに頷く。

 私達は二階に上がるとちょっとしたバルコニーにテーブルが置かれている場所があった。


「アルフェ様。エル様。ちょっと待っていて頂戴。」


 ミィルさんはそう言って何処かに行ってしまう。

 私はテーブルにでろーんとなる。


「……エル。」

「なんじゃ。アルフェ。」

「さっきの森の封鎖って何かな?」

「うむ。……恐らく森が危険になると予測しておるのじゃろう。」


 森が危険になる?

 私は首を傾げる。


「……アルフェが一人前でないからの。お主、森を支配しきれてなかろう。」


 私の中にじわじわ言葉が染みてくる。

 ……そっか。最近はマーシェリーの事ばかりだったけど森の事も忘れないようにしないと。

 そんな感じで話していると、ミィルさんが紅茶と……クッキー? かな、を持ってきてテーブルに乗せる。

 ミィルさんもテーブルに座ると私の方を見る。


「アルフェ様。貴女の年齢を考えたら仕方ないわ。シエルから聞いたけど見守るって言われてるのでしょ? 最低でも100年は猶予あるわよ?」


 ミィルさんはそう言うとクッキーを口に入れて紅茶のカップを傾ける。

 ……100年。

 確か弟子から見習いの魔女として“巣立ち”するまでがそれぐらいかかるってお母さんが言っていた。

 今の私だと全然想像出来ない長い時間。でも、魔女って1万歳になっている人もいるらしい。

 考え事に耽っていると横からエルの声が聞こえてくる。


「ミィルよ。少し人が少なく感じるのじゃ。昨日感じた気配を考えるともっと多い気がするんじゃが。」

「あぁ、それは朝の早いうちにみんな森に入るからね。昼間は殆ど常駐人員しか居なくなるわ。」

「なるほどの。……して、ならばさっきの睨んできた男はなんだったんじゃ?」

「……さぁね。でも、あの手の人間については余り深く考えてはダメよ。」

「? そうかの?」

「まぁ、ただ警戒するに越した事は無いわ。……二人には悪いのだけど馬車が来るまでここで時間を潰して欲しいの。またシエルに暴れられたく無いし。」


 私とエルは顔を見合わせる。


「ふむ。理由は分かったが武器屋や商店は見てみたいのじゃ。」

「……あそこにある商品なら街で見られるわよ?」

「うーん。」


 エルはクッキーを頬張りながら唸っている。


「私はエルに任せるね。」

「ふむ。……まぁ街を探索すれば良いかの。それにこの村にはまた来る機会がありそうじゃ。」


 私は紅茶を飲みながら少し安心する。

 任せるって言ったけど“人間”はまだ慣れないし、さっきの睨んでいた男の人も気になる。

 やっぱり、お茶しているのが一番平和でいいと思う。


 私達が時間を潰して受付所を出ると庁舎の建物の前には大きな馬車が止まっていたんだ。


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