第14話 王女様と村の人々 Ⅱ
§1
「邪魔するわ。」
扉を開けると受付にいるメガネを掛けた若い職員が居るのが見える。
……5年前はいなかったわね。少しカッコイイかも。
集中していて私達に気付いてない彼の事を観察していたら、何かが私の背後から飛び出して受付の奥に走り去っていったわ。
……!!!!
「アルフェさまぁ!?」
私は目を見開いてしまったわ。
……やっぱり森で暮らしているとアレなのかしらね。
なんて失礼な事を考えていたら、メガネのお兄さんもあんぐりと口を開けてアルフェ様の後姿を眺めていたわ。
……あっ、これはまずいわね。彼、ロッドに手を掛けているわ。
彼の意識を逸らす為、魔力を込めて大声で声を掛ける。
『ちょっと! 聞きたい事があるわ!』
彼はギョッとしながら、私達の方を向く。
「……アレは君達の知り合いかい?」
「ええ。」
そう答えたら、お兄さんは体を震わせたと思ったら受付の机を両手で殴って怒鳴りだす。
「一体何なんだ! ここは子供が来ていい場所じゃない! さっさとさっきの子供を連れて帰ってくれ! 大体、魔の森に子供がいるのもおかしいんだよ! 一体誰なんだ! 子供を連れて来たのは! 」
お兄さんは机をガンガン殴りながら怒鳴っている。
……ヒステリック過ぎて幻滅するわ。良くこんなのが森に来られたわね。魔術ギルドは大丈夫かしら?
「……煩いぞ。馬鹿者が。」
その低い声を聞いた瞬間、全身の“鱗”が逆立つ。
ゆっくりと後ろを向くとエル様がすごく不機嫌そうにメガネを睨んでいる。
……終わったわね。
女神様にせめて魂でも救済されるように祈りましょう。
でも、メガネはエル様に矛先を変えてしまったわ。
「……なんなんだ! その目は! 僕は貴族で一級魔……」
「ミィル。追うぞ。」
エル様はメガネが話しているのを無視して受付を飛び越えて走り去る。
まぁ、本当に手を出すとは思ってなかったのだけど。
……はぁ、しょうがないわ。
私も追いかけるしかないわね。
メガネを引き止めておきたかったわ。
案の定、ロッドを振りかざしながら私達の後を追って来ている。
でもまだ私達を攻撃しない理性はあるみたいね。
エル様の後を追って二階に上ると扉が開け放たれている部屋が見える。
……あれかしら?
部屋に入ってみるとアルフェ様が床で……“白賢梟”かしら? それを抱きながら泣いているわ。
しかも、エル様がアルフェ様を背中から抱きしめている。
……それにしても、白賢梟ね。
「……それは僕が苦労して手に入れた“この森”の白賢梟!……何してるんだ!」
追いついたバカが遂にアルフェ様達に攻撃しようとする。
本当、バカね。
私はバカの腹に“手加減”せずに蹴りを入れる。
いくつか“魔法的”抵抗があったけど、私の蹴りの前では無意味ね。
バカは石造りの建物の壁にめり込んでしまったわ。
「!……。ゴホ。…………。ゴフォ、ゴフォ。………………。」
血やら何やら吐き出しているバカはほっておいて、ギルド証を取り出す。
どの魔法陣だったかしら?
私はギルド証に仕込んである魔法陣を軽く起動させていく。
…………これね。
一気に魔力を流し込んで魔法陣を完全に起動させる。
「…………アン。聞こえるかしら?」
「はい。如何されました?」
「確認したいのだけど、白賢梟って魔女様から禁猟指定されてたわよね?」
「少し待ってください。…………シエル様? いえ。何も。……本当に何でもありません。」
はぁ。本当ため息が出るわ。埒が開かないわ。
「アン。シエルにも“開いて”ちょうだい。私が許可を出すわ。」
「……了解しました。」
「ミィル?」
すぐにシエルの声が聞こえてくる。
「シエル。白賢梟って禁猟指定よね?」
「そうね。……でも最近、親が殺されて雛だけ残されていた事があったわね。」
「そう。やっぱりね。多分その親が魔術ギルドで剥製にされてたみたいで、……」
「シエル様! やめて下さい! あぁもう! 『精霊王に我が魔力を。……」
話の途中で大きな音がして魔法陣の動きが止まってしまったわ。
ふと部屋の窓から外を眺める。
煙が立ち昇っている支部庁舎に“空を飛んでいる”シエルとユニコーンに乗ってシエルを追いかけるアン、更に訓練を止めて唖然としている領軍の兵達。
…………庁舎の修理代はハイゲン家に出してもらいましょう。
私はシエルとアンを迎えに一旦外に出る事にしたわ。
§2
「……シーさん?」
「ええ。」
シーさんは涙でぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで拭ってくれる。
「シーさん。何でいるの?」
「……“その子”についてミィルから聞いたからよ。」
シーさんは私が抱いているフクロウちゃんのお母さんを見る。
「そっか。……今から、フクロウちゃんのお母さんのためにお祈りしていい?」
「構わないわ。」
「シエル。」
シーさんの声にミィルさんの声が被る。
「……何かしら。姫様にはこれ以上負担を掛けられないわよ。」
「…………はぁ。分かったわ。“尋問”の結果だけは教えて頂戴。……アルフェ様。下で待ってるわ。」
ミィルさんはそう言って部屋を出ていく。
……私は後ろから抱きしめているエルの手をトントンと叩く。
「……なんじゃ。」
「エルもお祈りしてくれる?」
「よかろう。」
エルはフクロウのお母さんの頭に手を乗せる。
それを見ていたシーさんも手を重ねる。
そして、私はフクロウのお母さんに語りかける。
『フクロウさん。フクロウさんの子供はみんな元気だよ。4羽の雛の内、3羽はすぐに巣立ちました。そして、最後の雛もあと少し。みんな賢くていい子だったよ。…………女神様。この者の魂に安らぎを。』
最後に女神様に祈りを捧げる。
そして、フクロウさんから小さな光が天へと登っていく。
「……アルフェ。気が済んだかの?」
しばらくそのままで座っていたら、またエルに抱きしめられる。
……気持ちは落ち着いたかな。
私はフクロウさんを抱きかかえながら立ち上がる。
「姫様。その子を渡してくれるかしら?」
「……はい。」
私からフクロウさんを受け取ったシーさんはそのまま抱えて部屋を出る。
「姫様。エル様。私達も下に降りましょう。」
「うん。エル、手繋ごう。」
「分かったのじゃ。」
シーさんと一緒に階段を下りると受付に行かずに、奥の部屋に入る。
その部屋では大きなテーブルがあってミィルさんとアンお姉さん、そして知らない女の人が座っていた。
「……姫様。エル様。私はこの後“用事”があるのよ。ここで少し待ってて頂戴。すぐに終わらせてくるわ。」
シーさんはそう言ってフクロウさんを抱えたまま、また部屋を出て行く。
私とエルは適当な椅子を引いて、腰掛ける。
私は知らない女の人をじっと見る。
……黒い髪に鳶色の瞳。
女の人は私に見られてそわそわしている。
私はミィルさんの方を向いて聞いてみる。
「……ミィルさん。この人誰?」
「隣にある薬師ギルドの人間よ。名前は……」
「サクラです。」
「……だそうよ。」
……サクラさん。
何となく例の記憶での“日本人”が浮かんでくるけど、色が似ているだけで顔立ちは私達と一緒だと思う。
ミィルさんはそれだけ言うとテーブルの上で手を組んで目を閉じて何も言わなくなる。
アンさんは私達が部屋に入った時からずっと、何かの書類を片っ端から確認している。
私は凄く疲れちゃってテーブルに突っぷす。……はぁ。
ちなみにエルは雰囲気を読んでくれて大人しい。
「……あの。みなさん。お疲れなら“いい飲み物”があります!」
突然サクラさんの声が聞こえたかと思うと、サクラさんは部屋を飛び出す。
……何なんだろう?
「……アン。あの子ってどんな子なの?」
「グランドマスター。話しかけないで下さい。」
「……あっそ。」
ミィルさんが目を開けたのでこの隙に話し掛ける。
「ミィルさん。」
「何かしら。」
「サクラさんってどうしてここにいるの?」
「さっきの騒ぎの様子を見に来たそうよ。」
?
騒ぎって何?
私が首を傾げているとエルが話してくれる。
「アルフェが泣いておった事をミィルが音を伝える魔法陣でシエルとアンに伝えてのう。それを聞いたシエルが暴れたのじゃ。」
私は顔を伏せて悶える。
シーさんのバカ!
!
悶えていた私の鼻に一瞬甘い香りが漂う。
……“チョコレート”?
私は顔を上げて周囲を見渡す。
次の瞬間、部屋の扉が開けられて甘い“チョコレート”の香りがムッと強くなる。アンさんですら手を止めて顔を上げている。
部屋に入って来たのは人数分のグラスを乗せたサクラさん。
テーブルに着くとみんなに配っていく。
近くに来ると、湯気にスパイスの匂いも混ざっているのに気付く。
「はい。私達ハイゲン薬師ギルドが総力を上げて調達した貴重なカカオと各種ハーブやスパイスを調合した物です。……あっ、ちゃんと砂糖も入ってますよ。」
私が“例の記憶”にある最初のチョコレートドリンクをお思い出して顔を顰めているとサクラさんが付け加える。
……多分大丈夫だと思うけど。
私は人差し指を少し突き出すように手を握って、頭、胸、口の順に動かして最後に軽く吐息を吹きかけると、燐光がグラスに降り注ぐ。
これもお祈りだけど朝昼晩以外の軽い食事向きの物。
お祈りを終えると少しだけグラスを傾ける。
……!
あったかくて美味しい!
甘くてピリッとする。例の記憶がある私には少し変な感じだけどすぐに慣れる。
すぐに全部飲んでしまわないようにちびちび飲む。
「……無くなってしまったのじゃ。」
エルの悲しそうな声が聞こえて来るけど絶対に横を見ないようにしないと。
前の席では、ミィルさんとアンお姉さんがサクラさんに話しかけている。
「……こんな辺境でこれが飲めるとは思わなかったわ。……私が飲んだのは甘くなかったけど。」
「私は初めてです。……サクラ様。後程、ギルドとして相応の礼をさせていただきます。」
「アン様。これは私の好意ですし、そこまで気を遣われなくて結構ですよ。ミィル様? でしたか、これをどちらで?」
「…………南の方よ。貴女が調合したこれの方が随分美味しいわ。」
ツンツン。
私はミィルさん達から目を離して隣を向く。
「……アルフェ。ちょっとだけでいいのじゃ。分けてくれんかの。」
「…………ちょっとだけだよ。」
私とエルで残ったチョコレートドリンクをちびちび飲む。
飲み終わると少ししてシーさんが帰ってきたんだ。




