第11話 王女様とギルドの二人 Ⅰ
§1
魔の森の間際に作られた村。
馬車が乗り込める道の終端である。
その村で唯一の三階建ての建物。
その一階ロビーで、2人の金髪の女性がグラスを交わしている。
「……でも、ビックリね。竜王様があそこまで気を使うなんて。お姫様に膝枕してたのは驚いたわ。」
ミィルに言われ、シエルは顔を歪める。
「姫様には無理をさせてしまったわ。食事も程々にすぐに寝室に行かれたもの。……後でお風呂の準備をしても良いかしら?」
「ええ。大浴場を使っても構わない。……でも、あのお姫様が王都の森の魔女様の娘なんてね。」
シエルはグラスを口に当て傾ける。
「……絶対にアイツには会わせないわ。確実に“ドラゴンと王国”に出てくる王みたいに姫様を自分の妃にしようとするはずよ。」
「それって、ここら辺で伝えられてる話よね? 流石にそこまで狂ってはないと思うわ。確かに今の王は以前とは別人みたいだって話は聞いてるけど。」
「……姫様は王女になんかなる必要は無いのよ。」
「でも、無理そうじゃない? オーベリィに首を突っ込む気満々よ。お姫様。」
ミィルは少し楽しげにグラスを傾け口に含む。
対してシエルはため息を吐き、少し寂しげな表情をする。
「姫様も“私達”をもっと頼って欲しいわ。」
「仕様がないわよ。」
「ぽっと出の“お友達”にその日の内に相談出来るのに、私達に相談してくれなかったのはやっぱり悔しいのよ。」
シエルはグラスに継ぎ足しまた口に含む。
夏の夜は短い。
例によって、ドラゴンである2人は空が白むまで静かに語り合っていた。
§2#1
「……フェ、アルフェ。起きるんじゃ。」
私は身体を揺すられて、薄暗い中目を覚ます。
……?
私が寝ていたのは知らないベッドの上だった。
天蓋付きのすごい大きなベッド。
そして、エル。…………!
……思い出した。
私は昨日“人”の村に来たんだった。
夕食の時、すごく眠くてエルに膝枕されて寝ちゃった。
私は身を起こすとベッドの上で私を揺すっていたエルをじっと見る。
「何?」
「シエルがのう、風呂を用意してくれたんじゃ。一緒に入るぞ。」
「……分かった。」
私は眠い目を擦って、エルと一緒にベッドを降りる。
「着替えは?」
「あそこにシエルが用意しておる。」
エルが指差したテーブルの上に置いてある着替えを見て頷くと私はエルに手を引かれて一階にあるらしいお風呂に向かった。
#2
「……はぁ。昨日は失敗だったな。」
私は石鹸に魔法を掛けて体を洗浄しながらひとりごとを言う。
昨日はご飯を食べている途中で意識が飛んじゃっている。
せめて、お風呂には入っておきたかった。
半日歩いたんだよ。汗とか泥とか……。
一緒に寝ていたエルには悪い事しちゃった。
私は広いお風呂の熱めのシャワーで目を完全に覚ました後、エルを洗ってあげた。
今は石で出来た広い浴槽に浸かっている。
体を洗い終えると私もエルの隣に浸かる。
お家のお風呂よりは小さいけど、私達2人が入っても泳げるくらい十分広い。
「エル。今日は馬車が来るお昼まで何しようかな?」
家にいるなら午前中はお仕事をしているけど、ここだと何したら良いんだろう?
マーシェリーについてもまだ「オーベリィに行こう!」位しか決まってない。
ほとんど家から出た事がない私には実際に人の街に出るとなると考えが出てこなかった。
……ここは村だけど。
「……そうじゃのう。わしはこの村を見て周りたいの。」
「そっか。なら、シーさんとミーさんに相談しよう!」
「じゃな。」
エルはお風呂に浮きながらこくりと頷いた。
しばらくしてお風呂を出た私とエルは、すぐに2人を探すことにする。
でも、2階と3階を探しても見当たらない。
1階を探そうにもお風呂に降りる以外の階段は全部ドアに魔法で鍵が掛けられていて、私達は途方にくれてしまう。
鍵を開けること自体は出来るけどお客さんの私達がやっちゃいけないよね?
そんな事を考えていると階段に一番近い部屋のドアが開いて昨日の受付のお姉さんが顔を覗かせる。
私達を見たお姉さんは少しびっくりしている。
「……“お嬢様”方。お早う御座います。お早いですね。まだ、4時過ぎですよ。」
えっ。
私はすぐに懐中時計を確認しようとするけど、部屋に置きっぱなしだった。
私はじーとエルを見る。
「ねぇ、エル。シーさんが起こしに来たんだよね?」
「……紙が置いてあっての。早く起きたなら着替えを用意しておるから風呂に入れと書いてあったんじゃ。」
「で、待ちきれなくて私を起こしたんだ。」
エルはゆっくりと私から目を逸らす。
私は手を伸ばしてエルをよしよしする。
「……なんじゃ。」
「別に良いんだよ。いつもお日様と一緒に起きてるから少しだけ早いぐらいだもん。」
「……ふん。アルフェ手を離せ。」
私はエルが機嫌悪そうに言うので手を離す。
すると私達の様子を伺っていたお姉さんが口を開く。
「……すみません。それで、お二人は何故この様な所に?」
「シーさんとミーさんが見当たらなくて。」
「シーさん? ミーさん?」
「シエルとミィルの事じゃ。」
「……。そうですね。私が寝室に下がった時は確か、1階受付ロビーでお酒を飲んでいましたよ。」
お姉さんからその事を聞いたエルは、一階ロビーへの階段を降りていったので私もすぐに後を追う。
私は階段の先にあるドアの取手に手を掛けようとしていたエルを抱き止める。
「ちょっと、エル。勝手に“鍵”を開けようとしちゃダメだよ。」
「あやつら、確実にこの先におるぞ。」
「……なんで分かるの?」
「わしはドラゴンじゃからの。……しかも、アルフェでもこの先に気配を感じるじゃろ?」
……確かにそうだけど。
後ろを見ると階段を覗き込んでいるお姉さんが見える。
私はお姉さんの顔をじっと見る。
お姉さんは渋々と言った感じで階段を降りてくる。
「……少し下がって貰えますか? 一応、私が確認します。」
私がエルをドアから引き剥がして、階段の所まで引くとお姉さんはドアの覗き窓を開けて外を見る。
「……大丈夫ですね。どうぞ。」
「ありがとう。」
お姉さんは鍵を解除して、ドアを開ける。
私とエルが外に出てみたら、手にグラスを持ったシーさんとミーさんが私達の方をぎょっと見ている。
「……おはよう。姫様。エル様。ごめんなさい。もう日の出かしら?」
「アン今何時?」
「4時15分です。グランドマスター。」
シーさんはグラスをテーブルにおいて、私とエルに挨拶する。
ミーさんはお姉さんに時間を聞いていた。お姉さんってアンって言うんだ。
私はエルと一緒にシーさん達が座っているテーブルに行く。
「おはようございます。シーさん、ミーさん。……お酒?」
私は、幾つか空いている瓶を取ると匂いを嗅ぐ。
「おはよう。お姫様にエル様。……そうよ。シエルと貴女達が寝た後で飲んでいたの。それ貸してもらえるかしら?」
「あっ。はい。」
私はミーさんにお酒の瓶を渡す。
「……うまいの。」
ぎょっとして横を見るとエルがまだ中身が残っている瓶に直接口をつけて飲んでいた。
すぐにエルから回収してミーさんに渡す。
「……アルフェ。少しぐらい。」
「ダメ。」
「わしは人間の子供ではないぞ。」
「ダメ。」
「…………分かった。」
エルが肩を落としてトボトボと歩くと少し離れたテーブルの椅子にちょこんと座る。
そして、すごく悲しそうな目でこちらを見てくる。
「……ダメなものはダメだよ。」
私はため息をついてエルの横に椅子に座って頭をなでなでする。
エルは顔をプイってして私から顔を背ける。
……実際の所、エルはドラゴンさんだから平気かもしれないけど、エルは私と同じくらいの年齢に人化している。
「……エルって人化してるよね? 人間の子供の体だとどうなるか分かる?」
「……分かったのじゃ。村を見て周りたいと言ったのはわしじゃからの。」
エルは子供ぽい所があるけど、聞き分けは良い。
周りを見てみるとシーさんがお酒を飲んでいたテーブルを綺麗にしていて、ミーさんはお姉さんと何か真剣な顔で話している。
お酒の瓶をまとめていたシーさんと目が合う。
「姫様。お風呂には入ったかしら?」
「うん。」
「それなら、この後朝食を作ってくるわ。」
うーん。どうしようかな。
私は閃いた事を試してみる事にする。
「シーさん。エルが村を見て周りたいんだって。」
「そうなの?」
手を止めたシーさんはエルを見る。
「そうじゃな。」
「で、みんなの話を聞きたいからみんなで“一緒に”ご飯を食べちゃダメかな?」
エルが頷いた後に私も続ける。
昨日の夕ご飯はエルと2人だけだった。
結局、お姉さんの紹介をして貰ってないし。
ここは“家”じゃない。もう眷属じゃないって一線を引いていたシーさんも一緒にご飯を食べたかった。
当然、話を聞きたいのも本当だけど。
シーさんは少し目を瞑って考えていたけどすぐに答えてくれる。
「……分かったわ。一緒にご飯にしましょう。……貴女達もそれで良いわよね。」
シーさんに聞かれたミーさんとお姉さんは頷く。
「私は構わないわ。貴女も平気よね?」
「……構いませんが、ならば私とグランドマスターもシエル様を手伝いますよ。」
「……何故私も、なのかしら?」
「グランドマスター、“シエル様”に私達の食事も用意させるつもりですか?」
「あーあ、そう言うの。面倒だわ。……まぁ、でも仕方ないわね。」
そんな感じで、ミーさんとアンお姉さんが話しているので私も聞いてみる。
「私も一緒に作るよ?」
「アルフェがするならわしも手伝うぞ。」
私とエルの言葉を聞いたシーさん達は顔を見合わせる。
「こうなったら、皆で作るしかないわね。炊事場に案内するわ。」
ミーさんがそう言って、結局みんなで朝ご飯を作る事になったんだ。
テーブルはすぐにみんなで綺麗にしたので、階段を上って炊事場に向かう。
2階に上がって奥の方にあった炊事場に入ると、ミーさんに私とエルは声を掛けられる。
「……お姫様、エル様。アンの事を紹介してなかったわね。この子はアン・ガシリエ。私のギルドでは“そこそこ”偉い人よ。……そして、アン。この方達は……そうね。この森の魔女様の関係者って所ね。」
「成る程。……お嬢様方。私はこの村に常駐している人員では一番地位の高い人間です。何かありましたら仰ってください。」
アンお姉さんは私とエルの方を向くと腰を落として礼をしてくれる。
……これってどう返すんだろう?
しょうがないので、お母さんに教えられている初対面の魔女同士の挨拶をしようとする。でも、ミーさんに止められてしまう。
「……お姫様、アンには私の時の様に何もしなくて結構よ。そのまま言葉で返せば良いわ。」
「はい。……アンお姉さん。よろしくお願いします。」
「わしもよろしくの。」
「……よし。みんな。ご飯作るわよ! ご飯!」
私とエルがアンお姉さんに返すと、ミーさんの掛け声でみんな炊事場に散っていく。
私はエルを連れてオムレツを作ることにする。
昨日の朝は結局オムレツを作ってあげられなかったから、材料と道具を用意して魔法を掛ける。
すると、エルは私の横で踊っている材料や道具さん達をじっと見ている。
「…………わしは何をすれば良いのじゃ?」
「うーん。エルも作ってみる?」
「良いのか?」
「うん。」
私は頷きながらエル用に卵とフライパンを用意する。
「エル。今からお手本を見せるから。」
「……うむ。」
今度は丁寧にゆっくりと魔法をかけていく。
卵をボールに割り入れかき混ぜる。
フライパンは火にかけバターを溶かしていく。
そして、十分熱くなったら卵を流し込む。
……フライパンを傾けてヘラで形を整える。
…………よし。
フライパンを火から下ろしてお皿に移す。半熟プレーンオムレツの出来上がり!
私は作っていたトマトソースをかけて、スプーンと一緒にエルに差し出す。
「味見してみて。」
「……トロトロふわふわじゃ。」
エルはすごい勢いでパクパクと食べている。
私はその間にシーさん達の方を見てみる事にする。
「…………グランドマスター。朝からステーキは流石にやめてくだい。しかも、こんな量誰が食べるんですか?」
「ねぇ、シエル。別にこれぐらい平気よね?」
「……知らないわ。気が散るからあっちへ行ってくれるかしら?」
「シエル様まで…………あっ、グランドマスター! そんな塊で焼かないでください!」
「もう遅いわ! ふふふ、ハイゲンの牛は絶品なんだから! 大体、昨日、肉食べられなかったのよ。シエルのせいで。」
「……仕方ないわ。昨日は姫様が正式な祈りが出来そうになかったのよ。」
「グランドマスター! それを開けて何に使う気ですか? そのワインは辺境伯様の物ですよ!」
「えっ、フランベしようと思って。……シエル、別に良いわよね?」
「……どうでも良いわ。」
……
…………
私はそっとシーさん達から目を離すとエルの方に視線を戻す。
エルはもう殆ど食べ終わっている。
「エル。次はエルの番だからね?」
「……分かっておる。」
エルは空のお皿にスプーンを置きながら答えてくれた。
……エルが半熟オムレツに成功したのは、それから10回以上失敗した後だったんだ。
自分も初めての時は似た様なものだったけどね。




