第9話 王女様と初めての村 Ⅰ
§1
ハイゲン辺境伯領の東の国境付近。
なだらかな山並みにある砦の見張り台から魔の森の方向を望む少女がいる。
彼女の名はミィル。
武力ギルド“白銀竜”五代目グランドマスターである。
彼女は今まで東の帝国に居たのだが西の魔の森で変事ありとの連絡を受け、幾つもの国を中1日の強行軍で移動してきた。
本来なら1年以上掛かる距離だが、ギルドの人員や伝手を頼り転移魔法や転移陣の使用を繰り返しここまでやって来た。
少し目線を下げれば、ハイゲン辺境伯の居城が彼女の背後から登る朝日で光を反射させている。
ここから歩けば1日の距離だが、領軍の移転陣を借りられるので直接街に入れる。
ただ、目的地は魔の森に一番近い村で転移陣は無く、魔の森周辺での転移魔法の使用は“禁止”されている。
森で転移魔法を使用するとどこに飛ばされるか分からないからだ。
結局、街から半日は歩く必要がある。道が整備されているので馬が使えるのだが彼女が“歩く”方が早い。
ミィルは大きな欠伸をする。
「眠いわ。眠すぎる。」
連絡を受けたのが一昨日の夕方。
それからずっと睡眠も取らず食事も必要最低限で移動していた。
体力的には何ら問題ないが眠いのは辛い。
目から少し溢れた涙を拭いていると後ろから声を掛けられる。
「グランドマスター。転移陣の使用に少し時間が掛かるらしく、兵と同じ物ですが食事を用意しました。如何しますか?」
「頂くわ。」
ミィルは自分を呼びに来た兵を連れ砦に戻る。
数日振りにまともなご飯が食べられると少し機嫌が良くなる。
しかし、目的地の村で何が待っているのか彼女はまだ知らなかった。
§2
私はエルと一緒に崖から見下ろすように街を見る。
先端に魔石を付けた高い塔が四隅にあるお城が中心に見える。
私達はシーさんが来た後、お仕事をしてシーさんにお昼を作ってもらって、太陽が少し傾き出した位に家を出た。
ちなみに、私が街に行っていない間はベルさんが家を見てくれる。
家を出て家の周りの結界を越えてみんなで森に入ると、ずっーーーーと森を歩いてやっとここまでやって来た。
最初の頃はエルとお話しする余裕もあったし、警戒をシーさんだけに任せないで自分でもしていたけど、何も起こる気配が無い比較的安全な道だったからシーさんの後を付いて行くことだけ考えていた。
それでもすごく疲れたし何も喋りたくない。
「もう少し下に村があるわ。今日はそこで泊まるわね。明日は昼頃に馬車を手配しているから……。」
「!!!! シーさん! 明日は歩かなくていいの!?」
「ええ。」
私は少しだけ元気になる。
私達は少し休憩して崖から離れるとまた森の中を進んで行く。
ここら辺まで出ると魔物さん達はあまり居ない。
でも、“何か”の気配を薄っすらと感じる。
私はローブで頭を隠して、左手に杖を握り締めながら、右手でエルの手を取る。
「アルフェ。どうしたんじゃ?」
「何か気配を感じるの。」
「…………多分、何処かの武力ギルドの人間じゃないかしら? 今から行く村は森への拠点だから人は結構多いわよ。」
「……そうなんだ。」
シーさんについて森を進んで行くと徐々に“何か”……“人”の気配が増えていく。
……落ち着かないかも。
そんな私にエルが声を掛けてくれる。
「アルフェ。この程度の気配でそわそわするでない。街に行けばこの比では無いぞ。」
「……エルは街に行ったことあるの?」
「あるのう。」
ええー。
私はパンツも知らなかったエルが街に行った事あるなんて驚いてしまう。
「エル。大丈夫だったの?」
「……別にアルフェに教えてもらった事は知らんでも街は面白かったのじゃ。それに、大抵は男に姿を変えておったからの。おなごの服を殆ど知らんかっただけじゃ。」
「パンツは男の子も女の子も関係ないと思うけど。」
「…………。そう言えばのう、アルフェ。わしもそろそろ、ローブを着るべきかの?」
エルが露骨に話題を変えてくる。
……まぁ、ローブを着てくれるなら良いけど。
「うん。シーさん。村はそろそろだよね?」
「そうね。後、10分って所よ。」
シーさんから私達の容姿は目立つのでローブで隠した方がいいと言われている。
だけど、エルはローブを着るのを嫌がったので、今も私が貸したワンピースのまま。
多分、今着ても直ぐに脱ぐと思う。
せめて宿屋に入るまではローブを着てくれるといいけど……。
エルがすっぽりとローブで覆われると私達はまた歩き出す。
森の切れ目を越えると大人の背の高さぐらいある木で出来た壁が現れる。
その壁沿いに歩くと“人”が集まっている所が見えてくる。
そう言えば、“純粋な”人間達は初めて見る。私はぎゅっと、エルの手を握る。
エルは黙って私の手を握り返してくれる。
シーさんはそんな私達を引き連れて人が集まっている所に向かう。
すると、ちょっとした騒ぎが起きる。集まっていた人達がシーさんを見ると一斉に喋り出したんだ。
「まさか、シエル様!?」
「あー、本当だ! シエル様だ!」
「なんか、ちっこいの連れてない?」
「本当だ。……こんな所に連れてきて大丈夫か?」
「お前ら、バカか? シエルさんの事みんな良く知ってるだろ? 何か理由があるんだろうよ。 」
「お前ら! 退け! 退け! ……お前も邪魔だ! …………シエル様。お久しぶりです。連絡は受けております。」
なんか、大剣を背負った大きな男の人が騒ぎになっている人達の中から出てくる。
熊さんによく似たその男の人は私達を壁にある門まで先導してくれる。
シーさんが近づくとみんな静かになる。
だけどそのかわり、じっとこっちを見る視線が沢山あるのがちょっとヤダ。
「……シエル様。今回門を通られる方は“居られない”と確認しました。」
「ええ。いつもの通り護衛は不要よ。」
男の人は私とエルをちらっと見ながら、門を開ける。
「うっそー。連絡あったのに“記録”残さないんだ。」
「訳ありだな。これは。」
後ろでまた声が上がるけど、シーさんは無視して門を潜る。
私達も後ろをついて行く。
でも、シーさんって結構有名人なのかな?
あそこに居た人は全員、シーさんの事知ってそうだった。
「ねぇ、シーさん。門でのやりとりってどういう意味?」
「そうね。私と姫様、エル様は“記録上”ここには居ないって意味よ。本当は全ての出入りを記録しないといけないのだけど今回は特別。……あれが、今日の宿よ。」
シーさんが指差す方向を見ると村で“唯一”の3階立ての建物が見える。
私達が入ってきた門から伸びる道の突き当たりにある。
この村はかなり小さくて、建物が10軒程しか無いから目立っている。
そして、道を進んでその建物の近くに行くと看板が掲げられているのが見える。
“武力ギルド “白銀竜” アーヴェン王国本部ハイゲン西部総支局直轄 “魔の森” 支部”
すごく長かった。ちなみに、白銀竜の所は“古語”が使われている。
扉を開けて建物に入ると右手にはテーブルや椅子が置かれて、左手には受付と奥の方に階段が見える。
そして、受付ではお姉さんが何か作業している。
「すみません。ここでは依頼を受けられな………………シ、シエル様!申し訳ございません! 何の御用でしょうか?」
「別に構わないわ。そうね。……姫様は少し休憩した方が良さそうね。」
シーさんは何か受付のお姉さんと話す事があるらしい。
シエルさんに目を向けられた私とエルは誰もいないテーブルや椅子が置いてあるスペースに移動する。
椅子に座るとフードを払って水筒から水を飲む。
「ふぅー。つかれたよー、エルゥー。」
「確か昼の残りがあったはずじゃ。食べるかの?」
「腐ってない? 大丈夫?」
「……アルフェ。流石にそれは大丈夫じゃ。……ふん!要らないのなら食べなくて良いわ。」
「エル。ごめん! 食べるから出して!」
私は機嫌が悪くなってそっぽを向いてしまったエルの頭をなでなでする。
「……ふん。暫し待つのじゃ。」
少し顔を赤くしたエルはそう言うと椅子から立ってローブを脱ぎ捨てる。
そして、“空中”に手を入れてワゴンを取り出す。
……そのまま、持ってきたんだ。
私は立ち上がるとワゴンから適当取って口に入れていく。
……うーん、本当に疲れた。
「…………っん。エルは疲れてない?」
「平気じゃな。……しかし、風呂には入りたいのう。」
「あるのかな? そう言えば、お夕飯もどうなるんだろう?」
「人がおるのじゃ。食料はあると思うぞ。」
「そうだよね。それじゃあ、これも程々にしないと。」
私はサンドイッチを口に含みながら周りを見渡す。
私達と受付のお姉さん以外は誰いない。
だけど、テーブルと椅子はそこそこ数があって、掃除も行き届いている。
今度は受付の方を見る。
奥には紙の束が積み重ねられた棚があって、その横にドアが付いている。
そして、ドアは開けられていて階段が見えている。
でも、外から見た建物の受付側の奥行きと一致してないから倉庫になっているか、隠し部屋でもあるのかも。
もう一度、受付に目を戻す。
すると、シーさんと受付のお姉さんは私達の方をチラチラ見ながら余り大きな声ではないけど言い争っている。
「……ですが。一切の記録無しというのは私の職域を超えます。後に本部の許可を得ての記録の破棄ではいけないのでしょうか?」
「ダメね。」
「……せめて、“彼女達”が何者なのかを教えて頂きたいです。そうしなければ、判断つきません。」
「さっきも詮索無用と言った筈よ。……“あいつ”を呼びなさい。ここに居るのは分かってるわ。」
「……どなたでしょうか?」
「チッ。ミィルよ。ギルド総長の。」
「シエル様にお教えできる事はありません。」
「…………。いいわ、自分で呼ばせてもらうわ。『ミィル! 出てきなさい!』」
……うーん。シーさんがイライラしている。
ちょっと怖い。
しかも、階段の方を向いて怒鳴っている。
私はそっと受付から目を外す。
「……なんじゃ。揉めとるの。」
「だね。……階段から誰か降りてくる?」
私は気配を感じて、もう一度受付の方を見ると半分目を閉じた金髪の女の子が欠伸をしながら階段を降りてきている。
「……誰かしら? “煩くて”起きてしまったわ…………ヒィ!」
目を擦りながら部屋を見回した女の子は私とエルの方を見ると声を上げて飛び上がる。
ちょっと失礼だと思う。
私とエルは顔を見合わせる。
「なんじゃあれは?」
「さあ?」
……何でもいいから早く話が終わって欲しい。
私は女の子の欠伸が移ったのか眠くなってきた。




