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聖戦学院  作者: 雪兎折太
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聖戦学院 43話 逃走

歪なる太陽、「暁」は再びこの世に姿を現した。

大いなる絶望を伴い、手始めとばかりに学院の結界を粉々に打ち砕き。


そんな中、滝宮学院が選んだ選択は・・・逃げ、だった。

「・・・割れた」

呆然と、愕然と、里村輝は力なく呟いた。

割れた、とは、彼の身につけるガラス製品などではなく。


この滝宮学院をドーム状に覆っていた、結界。


モータルや不審者を排除するための結界が、壊れたのだ。

ガラスのボールを金槌で叩いたように。

過去、一度破られたことがあるとはいえ、その強度は生半なものではない。

レインですら、極々一部の小さな穴しか開けられなかったのだ。


それを。

この場に存在することなく、いともたやすく破壊できるものがいるとすれば。

それはただ一つ。

この屋上からも見える、水平線から昇る太陽のような「それ」こそが。

ただ遠くに佇むだけで、この場にまでその強大さを届かせるその存在こそが。


結界を破った者の正体であり、この世に形をなした絶望である。


「現れた・・・のか・・・」


「暁」が。

かつて人類を未曾有の大災害に陥れた怪物が、蘇った。

その言葉を口にすることなく、里村は膝から崩れ落ちた。













「どうなってるんスか!!さっきの衝撃は一体なんなんスか!?」

突然の事態への怒りと焦燥に身を焦がす、研究科の三年生、永江菖蒲が下級生に向かって叫ぶ。

「ど、どうもこうもありません!原因不明の大規模なエネルギー反応が、学院の結界を跡形もなくーーー」

「それくらいわっちにも分かってるッスよ!!今聞いているのはその大規模なエネルギー反応がなんなのかと言うこと・・・」

後輩の言葉を遮ってまくし立てるが、不意にその言葉を切って窓へと向かう。

「まさか・・・」

彼女が見たのは、地平線の彼方にちらつく、ほんの小さな炎の揺らぎ。


それだけで、彼女はそれがなんなのかを察することができた。

憎らしいほど、余りにも容易に。


「先遣隊を出しましょうか?」

その提案には首を横に振り、一冊も資料を取ることなく扉へ向かう。

「出すまでもないッスよ。もう正体は分かってるんスから」


「校内の全員に武具を持って外に出るように放送を。こうなったらもう、生き残ることを考えた方が良いかも知れない」
















東京湾。

見渡す限りの青で満たされていたはずの港には、水と呼べるものは殆ど消え失せていた。

代わりにあったのは、赤。

血の色ではなく、それは逆巻く豪炎の色。

あらゆる命を否定して、あらゆる破壊を肯定する、禍々しい、赤。

それが形作るものは、あまりにも有名な西洋の怪物。

人々が「ドラゴン」と呼ぶ姿をしたそれは、かつて滝宮学院を襲撃したものと同一の個体だった。


それを知っているのはただ一人。

死神と呼ばれる少女、ダインスレイヴ・ブラッドレイン。


彼女が殺めたはずの竜は、その身を骸と化してもなお、言わば生ける屍としてひたすらに進んでいた。

勿論いかにドラゴンと言えども、死から完全に蘇った訳では無い。

レインが殺し損ねたのか、或いは別の何かによる影響か、今のドラゴンの意識はあまりにも朧げだ。

リヒトやレインに攻撃された際にも、その存在を認識すらしていなかっただろう。


それ故に、行く手を遮る草木も、小型の魔生物も、思考の片隅にも置くことなく全てを押しのけて、ただ進み。


そして、「混ざり合った」。


その結果、体躯を生前の数倍にまで増長させたドラゴンは、自らの身体に起こった変化にはさして興味も抱かずに、その身を海より陸に上げる。

あらかた蒸発した周囲の海水は水蒸気となり、後光のように立ち込める。

ゆっくり、ゆっくりと。

一歩ずつ、一歩、ずつ。

竜はその足を大地に近づけ、港の崖を登り。


その巨大な身体を、その四肢を、遂に大陸に着けることとなった。


ーーーーーーーーーーーーーー!!!!


ーーーーーーーー!!!ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!


大気を揺らし、地を震わせ、その灼熱に巻き込まれることのなかった大海にすらその波動を伝える、咆哮。


それは新たにこの世に生を受けた者の、歓喜の歌。


それは瞳に映る世界を憎むが故の、憎悪の雄叫び。


文字にも言葉にも出来ないその声は、潮騒を破り果てへと轟き。


この世全ての悪意を詰めた、太陽の化身の産声が上がる。


辺りに潜んでいたモータル達は、その一声だけで絶対の王を認識し、臣下のように付き従う。

奇しくも生前のように群衆の長となった竜は、自らの威光に平伏す者達には目もくれず、ただ己の認識する欲望のままに再び歩き出す。


滝宮学院。

その名前を竜は知る由もないが、そこに求めるものがあると感覚器官が察知した。

あるいは、それは本能なのかもしれない。

完全なるものとして成るべく、炉とも心とも言えるものを欲して彼は歩く。


今や、かの竜を呼称するならば、こう呼ぶべきだろう。

人類を滅ぼし、生物を否定し、極点より降りて終焉を告げる災禍の竜。


即ち、「暁の竜」と。

















「こんな・・・こんなことって・・・」

学院を守っていた結界が粉々に砕け、完全に盾を失い丸裸となった校舎の正門で、僕は呆然と呟いた。

彼方に見える巨大な怪物の姿もまた、僕の感情を大きく揺さぶる。

夏の襲撃の光景を想起させるその姿は、まさしくあの時見た巨大モータル・・・ドラゴン。

まるで溶岩と混ざり合ったかのような、この世のものとは思えない姿の竜は、畏怖を持って僕の身体を金縛りのように地面に繫ぎ止める。


その眼を、真っ直ぐにこの校舎へと向けながら。


「おいルクス!無事か!?」

焦燥しきった声が、僕の鎖をほどいて意識を戻す。

振り返ると、息を切らした悠と、珍しくかなり取り乱しているホワイトレディがいた。

「無事だよ。・・・今のところは」

付け加えた言葉を苦々しく言いながら、後ろの光景を指差す。

悠もレディも遠くの竜を見つけたのか、二人揃って眼を見開く。

「あれが・・・「暁」・・・なのか!?」

「そのはず・・・よね・・・?」

記憶と違うとばかりに首を振る悠と、懐疑の表情を浮かべて地平線の彼方の竜を睨むレディ。

悠はともかく、レディは過去に現れた「暁」を知っているはずだが、今見えている竜は「暁」とは違うのだろうか。

「・・・考えるのは後にしましょう。今はここから避難するのが先決よ」

「避難!?」

信じられないと悠が叫ぶ。

「冗談じゃない!あいつを目の前に避難だと!?今から戦える奴らを全員集めて奴を倒す!」

「無理だ」

否定の言葉とともに上空から飛び降りてきたのは、悠の友人である里村輝先輩。

先輩もまた災禍の姿をその目に焼き付けたのか、険しい面持ちで悠に告げる。

「あれを撃退するのも学院全員が向かってやっとだろう。それでも多数の死傷者が出る。今は撤退した方が良い」

「ふざけるな里村!!」

激情と激昂が荒ぶる感情の炎となって、悠の右腕から吹き荒れる。

業火の烈風をその身に受けても、里村先輩は動じることなく冷静に告げる。

「ふざけているのはお前の方だ、桜木。無闇矢鱈に突撃すれば犬死するだけと分からないか」

「なんだと・・・っ!?」

ワナワナと拳を震わせる悠は今にも飛び出しそうだ。

感情の乱れから魔粒子を制御できていないのか、炎はますます勢いを増していく。


そこに、そっと手を重ねたのは、レディだった。


「お願い、今は耐えて」

「うるさい!!お前に何が・・・何・・・」

水晶のように透き通った声が、炎をゆっくりと鎮める。

悠の激昂もまた収まり、代わりに表れたのは、驚愕。

「お前・・・一体・・・」

それだけ言うと、悠は糸が切れた人形のようにその場に倒れ伏した。

レディの手から伸びた糸が、悠の後頭部に突き刺さっていたのだ。

「悠!?」

慌てて駆け寄るが、意識を失っただけのようで、呼吸や心拍にさしたる変化は無い。

眠るように眼を閉じる悠を切なげに見やっていたレディは、直ぐに顔を上げて真っ直ぐ先輩を見て告げる。

「時間が無いわ。あいつが本格的に動く前にここを離れないと」

「だがどこに?学院全員を避難させるとなると、相当な広さの場所が必要だぞ」

二人が話す間にも、学院の中からは次々と教師や生徒が出てきている。

見知った顔も何人か見かけるが、皆揃って困惑の表情を浮かべていた。


恐らく全員が出てくる頃には、総数は千人を超えるだろう。


それだけの人間を入れることの出来る建物が、この世界に残っているのだろうか。

先輩とレディの疑問に答えたのは、幼さを感じさせる少年の高らかな一声。


「隠れ家をお探しなら、僕について来てください」


この場の全員が武器を構え、その声に対してあからさまな警戒の姿勢を見せたのだが、声の主はまるで見えているかのように挑発的に告げる。

「別に死にたいのなら構いません。姉さんのお手を煩わせるような人なんて、死んだ方がマシですから」

「何だと!?」

「落ち着け、榊原。すまない、通してくれ」

死んだ方がマシ、という発言に怒りを露わにする二年生を抑え、群衆の中にいた進藤先生が人混みを割いて現れた。

「姉さん、と言ったな。君の姉上は何者だ?」

「一々言わないと駄目なんですか?時間が惜しいんでしょ?」

どこまでも人を喰ったような物言いだ。

だけど、不思議と敵意は感じられない。むしろその一言一言には優しさすら感じる。

・・・こんな言い方に、どうして僕は優しさなんて感じているのだろう。

「ほら早く、急いで。鎖を辿れば着くからさ!」

言葉の通りに、地面から突如生えた鎖が、ある方角に真っ直ぐに伸びていく。

僕達から見て右斜め前。当然新宿の時とは別経路だ。

「あくまでも姿を見せないつもりか」

「どうせ後から会うんだし別に良いじゃん」

敬語に疲れたのか、自然とタメ口になる少年の声に、進藤先生はやや不審がっていたようだが、人混みの中から現れたもう一人の教師がそれを断ち切った。

「大丈夫です。彼は味方ですよ」

「一ノ瀬・・・先生」

研究科顧問、一ノ瀬潤。

身の丈程の薙刀を携えて、白衣を纏った不良のような男は、声に対して大きく告げた。


「リヒテルス!テメェは刀夜と奴を足止めしろ!!二分で良い!!」


「はいはーい。相変わらず人使いが荒いねえ」

苦笑混じりの声を最後に、リヒテルスと呼ばれた少年は何も言わなくなった。

恐らく、刀夜と呼ばれる者と共に足止めに向かったのだろうか・・・「暁」の。

「兄さん!顔も知らない奴に「暁」の足止めをさせるなんて!」

責め立てるような物言いの、爽やかな男性の声は、一ノ瀬潤の弟、一ノ瀬翔先生。

人混みを超えることは出来なかったのか、声だけが僕達の耳に届く。

その声に何も返すことなく、一ノ瀬潤は進藤先生に向き直り、今まで見たことのない程真剣な顔で告げた。

「早く移動しましょう。これだけの数です、動くのにも相当な時間がかかります」

「あ、ああ・・・」

困惑しながらもはっきりと頷く進藤先生を見て少しだけ満足そうな笑みを浮かべたが、直ぐに生徒にいつものように罵声を飛ばす。

「オラ、お前ら!!ぐずぐずしてるとシャレコウベになっちまうぞ!モタモタしてねえで付いて来い!!」

乱暴な物言いに舌打ちをする者や、不快な表情をする者もいた。

だがひとまずは言葉に従うことにしたようで、悪態を吐きながらも群衆は二人の先生を先頭にして動き出す。


僕達も少しだけ動いた、その時だった。


聞いてしまった。

ある事を。


それを聞いた僕は、気がつくと人混みを少しだけ逆走し、上手く集団に押し流されたかのように見せて校内に戻った。


そのまま、走る。

無我夢中に、ただひたすらに。


「天野美月がまだ校舎にいる」と、聞こえてしまったから。















暗い。

暗い。

黒くて、暗くて、黒くて、暗い。

何も見えず、何も聞こえない。

「・・・ここは、どこなの?」

目を覚ました、と言っていいのか分からないが、とりあえず意識を取り戻したことだけは確かだろう。

あたしは目の前の、いや、目の前にあるのかすらもわからない、黒一色の世界を見て、呆然とする。

「何なの、これ・・・」

その呟きすら、空気を伝ったかどうか分からない。

というよりも、まずあたしは今言葉を発せたのだろうか、それすらも曖昧だ。

「・・・死んじゃったのかな、あたし」


(そうではない。ただ我の檻に入れているだけだ。そう案ずるな)


何処からともなく響く優しげな声は、あたしの脳裏に立ち込めた不安と恐怖をそっと拭い去ってくれた。

声の主をあたしは知っている。バルトアンデルスという精霊だ。

「・・・そっか、まだ生きてるんだね、あたし。良かった」


(お前も無茶をする。まさか我が主に対して刃を向けるとはな)


呆れているというよりは、よくやったとばかりに声は言う。


だがその主という言葉で、あたしはこうなる前の記憶を取り戻す。


「そう・・・安村、久遠」


(思い出したか。・・・先に言っておくがな、我はお前をここから出すことは出来ない。したくても出来ないのだ)

主とは真反対の優しい影の精霊に、あたしは少し好感を抱いたのかもしれない。

だからこそ、あたしの声色も、自分で言うのもなんだが何処と無く優しげなものに感じた。

「なんとなくそんな気はしてたわ。じゃあ教えてくれない?外は今どうなってるの?」

あたしが尋ねると、頭を振る気配を漂わせた精霊が言う。

(言えない。理由は先と同じだ)

「そう・・・」

外の様子が分からないのは、素直にきつい。

かといって何か手を打つ事も、この状態では出来そうにないだろう。

「一体安村久遠の狙いは何なの・・・?あたしを捉えて、ツクヨミと引き離し・・・」

分からない。

「暁」の討伐に、あたしを使って兵器のようなものでも作ろうというのか?

それならば永江先輩の方が頼みに来るだろうし、そもそもこうして力ずくで捉える必要もないはずだ。

ーーツクヨミから危険だとは言われていたけど、ここまで厄介な奴とはね。

ーーーーいや、そもそも彼は「どちら側」なの?

影の世界でいくら思考を巡らせても、状況は変わらない。

だけど、今のあたしに出来ることは、それくらいしか無かった。


















その影の檻のそばで、静かに時を待つ男がいた。

安村久遠だ。

「・・・もうすぐだ」

そう、もうすぐだ。

求める時はすぐそこまで迫っている。

一分一秒が焦れったい。もどかしい。

早く、早く早く早くーーーー!!


「美月!!!」


バタバタンッ!と、彼のいた部屋のドアが音を立てて開いた。

いや、叫びを発した少年が剣で斬り飛ばした、というのが正しい。

ーーーちょっとした鍵を施しておいたはずなのだが。

僅かに訝しみながらも、その身を侵入者に向けて安村は言う。

「どうした、何をしている天道寺君?避難勧告が出ていたのを聞いてーーーーー」


「黙れ」


瞬間、突風の如き素早さでルクスの剣が迫る。

「!」

すぐさま影を盾のように展開して防ぐが、一歩遅ければ光の剣は安村の身を貫いていただろう。

ーーー加速に磨きがかかっている。炉心を見誤ったか?

彼にしか分からない単語を胸中で呟き、表情は変えずに少年を見る。

「いきなり斬りかかって来るとは、それ相応の罰を受ける覚悟はーーーー」

「美月は」

言葉を遮り、鍔迫り合いのような状態を維持したまま少年は言う。

その言葉に強い怒りを込めて。

彼の持つ剣もまた、その怒りに呼応するかのように輝きを増す。

それが一際大きく輝くのに合わせて、少年は吠えた。


「美月は何処だあああああああああああああッ!!!」

















滝宮学院から数百メートル離れた所。

荒野と森林の中間のような、正反対の風景画を足して二で割ったような光景が広がるこの場所を、数多の生徒や教師に隠れて追従する存在がいた。

紫紺の着物に鮮やかな紫色の髪、天野美月の精霊、ツクヨミ。

友から離れて、姿を消して学生達と共に隠れ家へと向かう彼女は、学院の方を振り返って、そこにいる少年に届けと独り呟く。


「頼んだぞ、ルクス」


「何もできない妾に代わって、どうか美月を・・・救ってくれ」

あとがきとなります。オルタです。

初っ端から結界がおじゃんになってます。パネエ。

とんでもない存在としての描写がうまく出来ているか心配なのですが、ともあれ何とか投稿出来た点には一安心です。


さて、40話あたりから始まった「暁」編ですが。

前にもお伝えしたかとも思いますが、聖戦学院の一章、そのラストボスである「暁」との戦いが、この話から漸く始まります。

・・・というかルクス君、「暁」と全く違う所行っちゃってますね、これ大丈夫なんだろうか。


などなど不安を抱えながらも、この辺で。

オルタでした。

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