聖戦学院 41.5話 ムーン・レコード 前編
部屋に戻ったルクスは、シルフィードから聞いた話を思い出していた。
そして浮かんだ疑問に答えるべく、ある女精霊が姿を現わす。
ルクスも知る彼女が語り、そして見せるのはーーーー
「・・・」
ここは滝宮学院、学生寮。
その中のある一室、僕の部屋だ。
ここに帰って来たのは、今から五分くらい前。
あまつかぜを降りて、精霊と鯨井さんの話を聞いてからの時間も含めると、大体一時間少しだ。
・・・シルフィードは話を終えると、すぐに風となって消えてしまった。
鯨井さんは気にすることはないと言っていたが、どうしても「ある事実」がひっかかる。
それもあってか、剣を置き、ただ床に横たわりながら。
僕は何もせず、ずっとさっきの話を脳裏に繰り返し、そして考えていた。
ーーー光の魔粒子は「暁」の為に研究された。
「暁」は人類が生み出した、出来損ないの破壊兵器だ。
モータルを殲滅する為に、そしてこの世界を再び支配する為に、人類は「暁」を作り出した。
・・・お前は、「暁」の為にその光を宿したのかも知れない。
「僕は、「暁」の復活のためにこの力を・・・?」
自分の失われた記憶は、もしかするとそこに関係しているのではないか。
「暁」の復活のために僕がいるのだとしたら、その存在は早めに抹殺した方が良いに決まっている。
あの時レディが殺しにかかってきたのは、もしかするとそういう意図があったのかもしれない。
そうだとしたら、おそらく僕が知らないだけで、「政府」も動いているのではないか。
・・・それ以上考えるのが怖くなり、僕は思考を逸らして別の名前を頭に浮かばせる。
アマテラス。
吸血鬼クレアとの戦いの最中、僕の脳内に語りかけてきた、謎の精霊。
日本神話の太陽神の名を冠したその精霊は、僕にこう告げた。
「余がお主を勝たせてやろう」
力を貸してくれるのか、そう問えば彼女は微笑の気配を滲ませ答えた。
「当然であろう、余はお主の母なのだから」
「僕の母親・・・?どういう意味だ?」
何度思い返しても、あの言葉の意味がわからない。
僕の母親はただ一人。
名前を・・・・・・思い出せ、ない。
彼女もまた、僕の記憶に関する何かを知っているということなのか。
謎深き精霊、アマテラス。
彼女は人類を、世界を滅ぼそうとした危険種、「暁」の創造に携わっていたらしい。
アマテラスのみならずツクヨミも、その目的を承知の上で協力したと、そう聞いている。
「・・・ツクヨミが、そんな物の開発に協力するとは思えない」
かくいう僕はツクヨミとあまり会話をしたことがない。
だが美月によれば、レインの襲撃の際に刀を貸してくれたのは、ツクヨミの提案だったそうだ。
それに、船の上での一幕。
僕に見せた、幼子を叱るような、そして無事を喜び、慈しむようなあの表情。
あんな振る舞いを見せるツクヨミが、本当に絶望の塊と言われる「暁」を製作することに携わったのか。
「知りたいか?」
不意に、悪戯っぽい、古風な女の声が聞こえた。
慌てて起き上がり辺りを見回すと、丁度僕から見えない背中の方に、件の精霊、ツクヨミが低空に浮かんでこちらを見下ろしていた。
「つ、ツクヨミ!?なんでここに」
僕の上ずった声に苦笑しながらも、割と真剣な面持ちでツクヨミは口を開いた。
「お主のことじゃから、間違いなくうじうじうじうじと悩んでおると思ったのじゃよ。ものの見事に的中したわ」
笑うというより呆れたように、肩をすくめる女精霊。
・・・改めてみると、意外と綺麗な姿だ。
絹のような長い紫の髪は、ブドウともスミレとも言えぬ独特な光を放つ。
気品溢れる顔立ちもまた、表現に困るほど整っており、可愛らしさというよりも清楚な感じだ。
そして身体には、かぐや姫の纏う天の羽衣もかくやという美しい着物。
そこから覗く素肌は、白く、柔らかそうで、しかして触れることなど許されないかのような、神聖さを孕んでいた。
「なんじゃ、妾の顔に何かついておるか?」
言葉とは違い、その表情は僕のことをからかってるような、そんな笑みを浮かべていた。
「あ、す、すみません」
何故か敬語になってしまう。誤魔化すこともできないし、なんだかばつが悪い。
「まあ妾に見とれるのは当然のことよな。良いぞ良いぞ」
うんうんと納得したように何度も頷き、不意にまた真剣な表情に戻る。
「妾が「暁」の顕現に関わっていると思っているのじゃろう?」
・・・どうやら読まれたのは、美人へのちょっとしたーーー本当にちょっとした!!ーーー憧れだけでは無かったらしい。
思わず強張る僕の顔を見て、自分の予想が的中したことを感じ取ったのか、ツクヨミはふうっと息を吐いた。
「・・・当たりじゃよ」
「え?」
何を言ったのか分からなかった。
正確には、今のが聞き間違いで、あるいは意味の取り間違いで。
もっと別のことだと無理やり思いたかっただけだった。
けど、それを否定して。
自らの言葉を肯定するべく、ツクヨミは口を開いた。
「その予測に間違いはない。何故なら「暁」の製作・・・というよりは兵器製作の立案をしたのは、他でもないこの妾よ」
罪を懺悔するような声色で告げるツクヨミの眼は、きつく、自らの感情に耐えるように伏せられていた。
「三年前、まだ美月とも会っていない時・・・丁度、フレースヴェルグという、世界で最初の危険種が初めて地上に現れた時、人類の中で最も力を持っていた「政府」に、妾達は集まった」
ツクヨミの言う自分達とは、即ち「三貴神」。
アマテラス、スサノオ、ツクヨミの三姉弟のことだろう。
「奴らは力が欲しいと言った。契約のことだと思ったスサノオはすぐに了承し、ある者に契約者となるかを問うた」
だが、違った。
彼等が求めたものは、スサノオの意図せぬ力。
即ち兵器。
「暁」のことである。
「激怒していたよ。己が剣にて断つのではなく、紛い物の力でしか生き残れないのなら、滅びた方がマシだとな。・・・愚かにも妾はあやつを笑い飛ばし、そして力を求める彼らに立案した・・・光の魔粒子を使った、言うなれば生体兵器を」
震える声は悔恨の色をさらに強め、彼女の顔は今にも泣き出しそうな程歪んでいる。
その重みも、罪も、結果も、伝聞でしか聞いたことのない僕には、何も言えない。
慰めも、励ましも、否定も、断罪も。
「・・・今となっては、あやつに付いていた方が良かった。妾が提唱した計画に真っ先に食いついたのは、アマテラスじゃった」
別の精霊の名を挙げて、そこでふと思いついたかのように息を吸い。
同時に、それをやりたくないと、他でもない自分自身に訴えかけるように、顔を俯ける。
「・・・良い。これも償いよ」
声をかけようとしたその時、それを遮るように、精霊はそのしなやかな手を出して言う。
「妾の力は知っているな?幻を生み出し、それに実体を持たせることもできる」
「う、うん」
不意に呼びかけられて、詰まりながらも頷く。
彼女の力のことは、美月から聞いていた。
「であれば、これから妾がすることにも予想はつくだろう」
「今から妾の見た、人類最悪の兵器の、誕生の瞬間を見せよう」
言い終わるよりも早く、彼女のかざした手から金色の光が眩く輝き。
僕の部屋を覆い尽くすと同時に、その姿を完全に変えてしまった。
観測者となった少年が見たのは、白い壁に囲まれた会議室のような大きな部屋。
凡そ百人分の椅子と、それに座るものに向けて何かを論じるための、教卓にも似た壇。
その広さとは裏腹に、中にいる人間は椅子と壇の間に円状に立つ、十人程度しかいなかった。
彼らは皆同じ、歯車が幾重にも折り重なった、まるで精密機械を開けたときに見えるような模様の、黒い制服を着ていた。
皆一様に、一切顔を見せない為の、同じ意匠の仮面も付けて集まるその様は、まるで邪神を拝む異端宗教の礼拝だ。
「怪物どもによる被害は、日々増加している」
集まった人の中から、中老の男性が事務的にそう告げる。さながら会議の中で書類を読み上げるように。
「我々が大変革を宣言してから三ヶ月。その間に例の怪物は瞬く間に数を増やし、今では世界全土で凡そ五十万体は確認されている。そうだな?ウラノス」
ギリシア神話の天空の神の名で呼ばれたのは、神でも、精霊でもない、一人の壮年の男性だった。
「ああ。衛星の監視などによる統計が多いがな。今のところは取るに足らない小物が多い」
その言葉を聞いて、四十代近い一人の女性が烈火のような視線を向ける。
「今は貴方の言う小物が多くても、何れは強大な力を得た怪物が次々と現れます!奴らの力は日々眼を見張る速度で増しているのですよ!?」
「イシスの言う通りだ。それに小物ばかりとは言うがな!ロシアで途轍もない化け物が現れたそうではないか!このままでは対策を講じる間の間に我々が全滅する!」
イシス、と呼ばれた妙齢の女性に同調したのは、同じぐらいの年齢の男だ。
「イシスさん、それにベールボグさん、どうか落ち着いてください」
恭順的な、それでいて嘲笑うような笑みを浮かべてたしなめるのは、一転して二十代後半くらいの若い男だ。
シルクハットを深く被るその姿はどこか滑稽でもあるが、何故かそれに違和感を感じさせない。
魔術師や奇術師のような風貌の男を、スラブ神話の光の神の名で呼ばれた男が睨みつける。
「今まで全く姿を見せなかったのに、急に現れたと思ったら、なんだ?その態度は。他の連中ならともかく、貴様が我々に請願できる立場だとでも言うつもりか?」
凄みを利かせるベールボグに同調するように、イシスもまた無言で奇術師を睨みつける。
当の本人は柔和な笑みを崩さずに、恭しく一礼する。
「とんでもありません、滅相も無い。私は純粋に、これからのことを考えようと進言したまでですよ」
「これからのことだと?」
訝しむ目線を向けられたまだギリギリ若者と言えるだろう男は、にへらと笑ってその歪んだ口元を小さく開く。
「はい。今のままでは怪物・・・ああ、モータルって言うんでしたっけ?とにかくあの畜生共にはやられてばかり。特にベールボグさんの言うロシアの魔鳥には、ファランクスもネイビールも苦戦を強いられています。ああいう化け物に対抗するには、それ相応の力が必要です」
仰々しく腕を振り、徐々に口を大きく開けていく。
まるで演説でもしているかのように、男はこの場の全員に対して告げる。
「それに、我々「システム」の威厳と権威を保つ為にも、どうしても我々だけの力というものは必要です。その為に・・・私が彼等を連れてきたのですから」
「彼等?」
男は何も無いところに手を伸ばし、著名人を紹介するかのような仕草で、訝しむベールボグの視線の先を促した。
釣られて他の黒服もまたその方を見やる。何もいない、誰もいない、壇上をだ。
そう、彼等の視線が向く前までは、確かに何もいなかった壇上の。
「えっ・・・!?」
「これは・・・っ!」
驚愕に目を見開くイシスとウラノスが、他の「システム」よりも僅かに早く声を漏らした。
全員の視線の先にいたのは、それぞれが古代日本に伝わる個性的な衣装を着た、コスプレイヤーと見られても仕方ないとも言える風貌の三人の男女。
一人は、肩まで伸びた黒い髪に、紅と白、そして黄金を基調とした巫女装束のような服を着た、人間と対して背の変わらない、女だ。
妖しさと清廉さを兼ね備えた顔立ちの美しさは、文字通り人間離れしており、絶世の美女という言葉すら生温いとさえ感じられる。
背には鏡のようなものを背負い、額の冠を始めとした全身の装飾もあいまって、まるで己が存在を誇示するべく輝く太陽のようだ。
その隣には真逆の、質素や素朴といった印象を抱かせる空気を纏う女が立つ。
しかして紫紺の羽衣や要所に纏う甲冑や、清涼な川の流れを想起させる紫の長髪は、確かに隣の女と同類であると認識させる。
そして首にかけられた勾玉のようなものは、全身に散りばめられるべき輝きを、凝縮して一箇所にとどめたような、濃厚な光を放っていた。
背にかけられたのは、彼女の身長よりも長い、一本の長い刀。
先の女とは対照的に、密かに煌めく月のような印象を抱かせる。
最後の一人は、月の女と共に太陽の女を挟むように、黒服から見て右側に立っていた、男だ。
二人の女と違い、全身を赤い甲冑で覆い、兜は目元まで覆い尽くしてその顔を一切外に晒さない。
背負う刀も、月の女とは比べ物にならないほどの威圧感と重量感を持ち、切れないものなど無いのではないかという気すら起こさせる。
体格も二人に、いや、この場の誰よりも強靭だということが一目で分かる。
太陽、月、と印象を抱かせた二人に続く彼だが、どう見ても星というよりは、まさに「武士」そのものだった。
三人とも、変革した理より生まれし人外の存在であり。
そして人類が絶望を乗り越えるための、友として顕現した存在であった。
「か、彼らは何者なんですか・・・?」
三人を順に見つめて、その圧に気圧されたのか、怯えたような声で最年少らしき黒服が言う。
他の面々も同様のことを口にしたかったようで、その言葉を視線に変えて、皆同じ所を射抜く。
勿体ぶって口を開こうとしない男に、ウラノスが低く言い放った。
「説明しろ、ロキ。彼らは何者だ」
ロキ、と呼ばれた視線を集めた男が、とっておきのショーを披露でもするかのように、その道化じみた笑みを深めて一礼し、再び演説するように告げる。
「彼らは、この世の生命ではなかった存在」
「そして、あの大変革を機に生まれた存在」
「人と共に歩むべく、伝承に名高き神々や魔獣の姿を象り、虚より顕現せし者達」
「皆様もよーくご存知の、精霊、ですよ」
説明フェイズ!スタンド!アンド、ドロー!(トリガー)
そろそろバトルが書きたい、オルタです。
花粉症と風邪の併発で遅くなりましたが、41.5話の前編となります。
ぶっちゃけこれ最初から出せば良かったなと。というかレインの予測大外れじゃないですかヤダー。
と思ったらその旨書いてたので、大丈夫かな?・・・大丈夫ですよね?よね!?
本当は外伝にしようか迷ったのですが、結構本編とも関係深い内容なので、TENGOに。
なんだかそういうことを前にも書いていた気がしますが、もう自分でも忘れてしまったのでこれで行きます。(おい
後編は明日の昼、もしくは夕方辺りとなります。
完成はしているので、あとは投稿だけ・・・まともにネット使えないのがこんなにも厳しいなんて!
今回はこの辺で!
オルタでした。




