聖戦学院 40話 光の魔粒子
滝宮学院生の考えていることは、皆総じて一つの事柄に集約された。
滅び。
破壊。
憎悪。
その統合者たる怪物に。
彼らの思考の先の、行動はーーー
ぼんやりと外を眺めながら、トントンと机を指で叩く。
木と何かを混ぜて作られたと見るそれは、小気味好い音を耳へと届けてくれる。
「・・・はあ」
ーーー帰ってくるまで、私達には何をすることもできない。
ーーー待つのだ。海上自衛隊のトップも、何か思惑があってのことだろう。
脳裏に、戦闘面で師事する教師の声が思い出される。
一度は反論したその言葉を、結局俺は受け入れた。
だが、待つというのは退屈でもあり、もどかしくもある。
「・・・遅えな、あいつら」
あいつら、とは、俺の友人である一年生二人。
明るく、無垢とは言い切れないまでも、素直さは人よりもある天道寺ルクス。
何処か生意気で、小悪魔と天使が同じ身体に入っているかのような性格の、天野美月。
征伐から帰って早々に、鯨井繁光という男に連れられて海上に引っ張られていったのだ。
正直、不安でならない。
「急すぎるだろう、全く・・・」
あの二人が行ってから、そろそろ三時間になる。
いくらなんでも、一日中向こうにいるというわけでもないはずだ。
俺はそこまで考えて、しかし何をすればいいのかは分からず、腰を落としたまま溜息をついた。
どうしようもないことを脳の隅に置き、代わりに別のことを考える。
既知の仲であるホワイトレディが語った、災厄の襲来についてだ。
「暁」。
遠くない過去、地球全土を揺るがし、多くの死者を出して、破壊と恐怖の限りを尽くした、絶望の化身。
全身が太陽のように燃え盛るその様から、「暁」と名付けられた。
それは、俺がかつて恋い焦がれた、ある一人の女性を奪ったものの名でもある。
「死んでなかった・・・となると、殺しきれなかったのか?」
「暁」との死闘は一年に及んだ。
勿論一年間ずっと斬り合いだの撃ち合いだのしていたわけではない。
撤退と攻撃を繰り返し、徐々に徐々に奴を追い詰めていったのだ。
それでも一度の衝突において、少なくとも千単位の死者を出し、かつ多くの町や大陸に傷痕を残している。
「・・・もしも、「暁」が復活したとして」
俺は、一体どうすれば良いんだ。
その言葉を出す前に、答えは決まっていたのかもしれない。
ーーー私が、守ってあげますから。
脳裏に浮かぶのは、もうこの世にはいない少女の姿。
長く美しい、清らかな清流のような髪に、彫刻のように整った出で立ち。
そしてその全てに見合う、上品な、優雅な振る舞いは、瞬く間に俺を魅了した。
ーーー悠?どうしましたの?
ーーーえっ?わ、私と、お付き合い!?
ーーーわ、私などで良ければ、その、よろしくお願いします・・・
ああ、今でも昨日のことのように思い出せる。
俺の恋が、想いが届いたあの日を。
そして全てを奪い去った、あの日を。
「戻っtaゾ、主ヨ」
奇怪な声に、更にエフェクターを加えたような歪な声が、生徒会室に響く。
声の主は影。比喩ではなく、影そのものから音は響く。
「漸く戻ったか。どうだった、彼らの動きは」
常軌を逸した状況に、何一つ動じることなく、主と呼ばれた男は声を返す。
「・・・特に異常はナい。四精霊もまた然りダ」
「そうか」
影、バルトアンデルスからの報告を受けた、生徒会長安村久遠が手を振って影を下がらせる。
代わりに現れたのは、数人の生徒達。
男子女子が入り混じった彼らは、滝宮学院の生徒会、その幹部のメンバーだ。
「皆、集まってくれてありがとう」
声を受けて、各々は軽く礼をしたり、鼻息を飛ばすなど、様々な態度をとった。
彼らの中には、先の征伐で戦闘の総指揮を執った嵐山や、救護や治療を務めた霧島もいた。
「なんなん、俺らを急に呼び出して。なんかでかい用事でもあったんか?」
関西方面に伝わる独特な口調で話すのは、生徒会会計を務める新垣荒谷だ。
会計とはいうが、実質予算を管理しているのは理事長である館林なので、彼は役目を果たしているとはあまり言えない。
本人もそれを自覚しているので、あまり生徒会の仕事には関わりたくないと思っているのだが。
「あったから呼ばれたんやろ?しかもウチら含めて役職付き全員や。めんどいことこの上ないけどな」
気怠げにそう言うのも生徒会のメンバーだ。
書記を務める敦賀美井音。滝宮学院の中でも珍しい鞭使いだ。
男のような短い髪型にそこそこ発育のある胸という、ミスマッチな外見の女子生徒は、不満げな目線を安村へ向ける。
「さっさと済ませてや。ウチらも暇ちゃうねん。今回の征伐の記録とかもやんなあかんし」
同感だとばかりに新垣が頷く。二人は交際こそしてないもののかなり親密な関係だ。
二人の抗議に、嵐山が苦言を呈するべく口を開いた。
「お前ら、生徒会の仕事をなんだと思ってる。やりたくないなら抜けてくれ。それとも外で野垂れ死ぬ方がマシか?」
「別に死ぬくらいどうってことないけどな。俺はただ面倒くさいのが嫌なだけや」
自らの得物である四本のナイフを、両手の指で器用に弄りながら、新垣が言い返した。
霧島も敦賀も何かを言おうとしたが、それより早く最後の一人が口を開いた。
「今、話、聞く」
必要最低限の言葉から更に単語を差し引いたような、非常に短い言葉を投げかけたのは、生徒会副会長である飯田友美だ。
「けどな副会長。そっちかって新しい武器の開発の途中やってんやろ?別に一言くらい文句言っても、バチは当たらへんやろ」
敦賀が笑いながらそう言うが、飯田は何も答えない。
代わりに口を開いたのは、生徒会長の安村だ。
「話を始めさせてもらってもいいかな、新垣や敦賀の言う通り、暇じゃないのは私も同じなんでね」
表情こそ穏やかだが、二人を含んだ全員は、安村の身体から吹き出すような威圧感を敏感に感じ取っていた。
従わなければならない、そんな超越者めいた空気を、目の前の同い年の人間が発しているという事実を、ただ受け入れるしかできなかった。
全員が押し黙るのを見て、一度頷き。
安村はその口を開く。
「それでは、会議を始めよう」
「来たる災厄の王との決戦についてだ」
その言葉に、全員が息を飲む中、生徒会会議はその幕を開けた。
「・・・おい、翔。何をしている」
「おや兄さん、どうしたのですか」
滝宮学院三階、廊下、エレベーター前。
二人の一ノ瀬が、瓜二つとは言えないその外見を向かい合わせて対峙していた。
片方は兄、一ノ瀬潤。
片方は弟、一ノ瀬翔。
恭しく一礼する弟に、威圧するようにその身を僅かに反らして、潤は腰のポケットに指を入れながら言う。
「お前の次の授業は五階のはずだ。何故下に行こうとする?用事があるわけでもない」
「あるから、行くんですよ」
一見それは爽やかな声だ。双子とはいえ、整え方が変わればその顔も印象も変わる。
だが兄はそれを飄々と、掴み所のない幽霊のようなものだと感じていた。
若き男性俳優のような語調の弟に、どこか不良めいた兄が不満げに言う。
「お前の担当するのは音楽だ。不調和、扇動、その他の補佐を楽器で行うという、今の時代から見ても異色の技」
彼の言葉通り、音楽科で教えるのは、何も簡単な演奏や合唱といったお遊びではない。
戦場で味方の兵士を鼓舞する、あるいは敵の力を削ぐ、魔の力を宿した音色。
それが翔の教える技術。伝えるべき技だ。
「ええ、改めて説明されなくても分かっていますよ、兄さん」
柔和な笑みは崩さず、肩をすくめて翔は言う。
その仕草に乱れがないのが、むしろ潤の気に障っていると知ってか知らずか。
「だったら何故下に降りる?楽器類が置いてあるのは六階だろう」
「そんなことまで一々言わなければいけないんですか?全く、兄さんの束縛癖にも困ったものです」
ヘラヘラ、ヘラヘラ。
からかい嘲り、それでいて清涼な笑顔に、今度は潤が笑みを向ける番だった。
「もう地下には誰もいねえぞ」
その一言で、翔の笑みは消え失せる。
「・・・逃したのですか」
「さあな?俺もさっき気付いたばっかりでなあ」
ニヤニヤ、ニヤニヤ。
さっきまでのお返しだと言わんばかりに、嘲るような笑みと視線を弟に向ける。
「あれがどのような役割を果たすのか、兄さんが知らないはず無いでしょう。何故このような勝手なことを」
「ウゼェんだよ」
責めるように早口で言う弟を、その一言で黙らせる。
「いいか?俺はあいつらの思い通りにはならねえ」
まるで闇と闇が向かい合っているかのような、暗く重い空気の中、一ノ瀬潤は低く吐き捨てる。
その言葉を聞いた一ノ瀬翔は、エレベーターが来たのにも気付かずに、ワナワナと震えることしかできなかった。
「せいぜい犬畜生以下にならないよう気をつけな、秩序の番犬様よ」
「帰って・・・来たああああっ!」
両手を上げて、大地を踏みしめる。
思いもよらない死線を超えて、僕は漸く滝宮学院への陸路に戻れたのだ。
「・・・本当に貴女もついてくるの?その、色々と大丈夫?」
「あら、あたしは滝宮の生徒よ?自分の通う学校に行って何が悪いのよ」
美月とレディの会話を聞きながら、僕は船を見る鯨井さんに声をかける。
「あの、鯨井さん」
呼ばれた老紳士は、側にいた秘書官の紫月さん共々こちらに振り向く。
「何かね、天道寺君」
紫月さんは無言だったが、表情から鯨井さんと同じことを言っているのが分かった。
「あの、知っていたんですか?僕達が・・・光の魔粒子の宿主だと」
それは、艦の中で問おうとして、結局聞けなかったことだった。
ちらりと視線を向けた秘書さんに小さく頷き、鯨井さんは口を開いた。
「ああ、知っていたとも」
「何故ですか」
自然と口から言葉が出てくる。今度はあの時のような怒りではなく、純粋な疑問だった。
「何故僕達を乗せてくれたんですか。光の魔粒子はモータルを」
引き寄せる。そう口にしようとしたその時だった。
鋭いかまいたちのような否定の声が、僕達に届いたのは。
「いや、それは違う」
僕の言葉を遮ってぴしゃりと否定したのは、鯨井さんでは無い。
他の仲間が学院に帰還した中唯一船に残っていた、四精霊の一角、シルフィードだ。
「・・・おい、干渉が過ぎるぞ」
「貴様らの態度に嫌気がさしただけだ。悪いが私は私の信ずるところを行かせてもらう」
ドスの利かせた鯨井さんの声を、そよ風が吹いたかのように流してゆらりとこちらへ近づいてくる。
「いいか、天道寺ルクス、そして天野美月」
「えっ、あたしも?」
思いがけずといった風に、美月が声を返した。
「そうだ。お前達二人は、ひいては学院の皆はこう思っているのだろう?光の魔粒子は数が少なく、そしてモータルを寄せ付ける、と」
そうだ。
それを言おうとしたのだから。
そしてそれに偽りはない。
現に、夏の襲撃、ジャックの狙い方、そして今回の海上襲撃。
疑いようのない事実ではないか、そう言おうとした僕の心を読み取り、先んじてシルフィードが語り出す。
「考えはしなかったのか?何故それほど貴重な魔粒子の情報が出回っている?お前の友人も、お前が狙われやすいと知っているのだろう?それに、私から言わせれば狙われやすいなどと危険物、早めに追い出すなりして処分したいものだ」
「よさぬか!シルフィードッ!!」
水の長刀を突きつけて、鯨井さんが怒鳴る。
一歩間違えれば首を飛ばされそうな状況で、それでも風精はむしろ語調を強めて口を開く。
「それでも学院はお前達を受け入れている!今回の襲撃にしても、まるで「光の魔粒子がそういうものだ」ということを、改めて知らしめようとしてるとも考えられる」
「シルフィード。お戯れはそこまでにしていただきたいのですが」
紫月さんまでも止めに入るが、僕はその先を聞きたくて仕方がなかった。
好奇心でも使命感でもない。
ただ、知りたい。
だから、僕は目の前の、語ることを渋々やめようとしている精霊に頭を下げる。
「シルフィード、お願い。教えて」
「天道寺君!」
鯨井さんが向けてくる、聞き分けのない子に向けるような視線に耐えながら僕は頼む。
「知りたいんです。もし今の話が本当だったのなら、僕はこの力について、何も知らないことになる。そんな状況でモータルと戦えるはずがない!」
「・・・あたしからもお願いするわ。あたしだって、この力についてなんでも知っているわけじゃないもの」
美月もまた考え抜いた末に、僕と同じように頭を下げた。
僕達二人のその様を見たシルフィードは、暫しの間唸ってから、大きく頷いた。
「分かった。それでは教えよう。二人の持つ力のその正体を・・・」
「光などとは程遠い、その魔粒子の秘めたる闇の歴史を」
光の魔粒子。
それは、自然界で観測されることはない。
ある特定の精霊だけが持ち得る、人類が扱うことはない異端の力。
その精霊は、確認されているだけでも五つ。
中でも名前まで判明しているのは、三体、いや、三「柱」だけだった。
アマテラス。
ツクヨミ。
スサノオ。
その三柱は日本神話でも「三貴神」と呼ばれる高名な神である。
尤も精霊である彼らは神でもなんでもなく、ただその名を冠しているに過ぎないのだが。
その三柱のどれかの力を受け入れ、元の精神を捨て去って始めて得ることが出来るのが、光の魔粒子だ。
天野美月はルクスにこう語っていた。
「あたしがこの魔粒子を手に入れることができたのは、ツクヨミのおかげもあるけれど、あたしがあたしで無くなったから」
「新たな自分で過去を押しつぶして、今の天野美月になったから」
その言葉は概ね正しいといえる。
彼女の場合、自分を偽り新たな自分として存在することで、光の魔粒子の力を受け入れられていると言える。
では、ルクスの場合はどうなのか?
彼の記憶では、学院に入る前からこの力を使えたということになっている。
それが正しければ、彼もまた元来からの精霊契約者であるはずだ。
だが、今現在、彼と契約している精霊はいない。
しかし、過去は捨て去ったと言える事実が彼にはある。
「・・・それが、僕の記憶喪失・・・」
「正確には記憶操作だ。誰の手によってかは知らぬがな」
長々と語り終えたシルフィードが、疲れたとばかりに、ふうっ、と小さな風のような一息をつく。
「レインとヨルムンガンドの言ってたこと・・・嘘じゃなかったんだ」
自覚すると同時に、身体に嫌な何かが走る。
悪寒か、予感か、それとも不安か。
それを抑えるように、シルフィードは再び口を開く。
「あの二人も、お前に気付いて欲しかったのだろう。お前が、お前達が知るべき真実に」
「くだらん。何が真実だ」
吐き捨てるように言ったのは鯨井さんだ。
苛立ちを隠せないとばかりに何度も足で地面に叩く。
「そんなもの、証拠も何もないだろう。現に我が艦が化け物に襲撃された。それを魔粒子のせいでないと何故言い切れる?」
「過去だ」
「過去?」
苛立つ老紳士の問いに、風精は短く返す。
「光の魔粒子の情報が発表されたのは三年前。そこから大規模な襲撃はおろか、特定の箇所を狙ったモータルの進撃は、一度たりとも起きていなかった。学院を除いてな」
まるで歴史の教師のようなその振る舞いからは、僕達の記憶に少しでも言葉を残そうという意思がありありと伝わってくる。
「何故だ?光の魔粒子は、ひいてはそれを操る精霊は、三年前に既に現れていた。なのに襲撃も、そしてモータルが集結するといったことも今までなかったことだ」
「・・・つまり、どういうこと?」
「・・・光の魔粒子は、モータルを寄せ付けたりはしない」
「だが、一つだけ例外があるのだ」
「何故なら光の魔粒子の研究は、それをこの世に顕現させるために行われたのだからな」
「忌まわしき歪なる太陽、「暁」を創り出し、この星を支配させるために」
あとがきとなります。オルタです。
さあここからがまたややこしい。光の魔粒子の本格的な解説です。
流石に今回は一話では説明しきれないので、夕方辺りに次の話を入れようかな?なんて考えてたり。
というかカラーズの更新もしなければ、でもこっちを書きたくて書きたくてうわああああ。
なんて私情はさておき。カラーズのあれは予告ということでお願いしますorz
え?カラーズって何かって?
毎月投稿とかほざいておいて結局諦めた、ぼくのかんがえたじゅうにたいせん
みたいなものです()
さて、今回はこの辺で。
オルタでした。




