聖戦学院 37話 明暗のデュエット
戦いを止めたツクヨミは、クレアと終戦の論争を始める。
戦いの邪魔をされて怒り心頭のクレアを、ツクヨミは説得できるのか。
「・・・なんですって?貴女が、終わらせる?」
ツクヨミの終戦宣言に、まず食い下がったのはクレアだった。
不良や強盗もかくやという、ドスの利いた声を上げながら月の精霊を睨みつける。
「たかが精霊の分際で、私のショーを邪魔するというのですの!?」
「この場で妾に八つ裂きにされたいならば、好きにするがよい」
冷たく三日月のような鋭さを孕んだ目線が、真っ直ぐにクレアを射抜く。
その言葉もまた決して脅しなどではなく、その気になれば言葉通り、一瞬でその身を血肉の山へと変えられるのだ。
それを理解出来ない程、クレアは精霊に対して、そしてこの世界に対して学がない訳ではない。
しかし本能に近い回路がそれを非とし、この少年を殺したいという欲望を成就すべく、思考の回転を早めながら吐き捨てる。
「私が良くても、彼がそれを飲みますかしら?」
言って、その視線を殺し合っていた少年の方へと向ける。
「・・・」
片膝立ちの姿勢のまま、無言を貫く天道寺ルクスに、苛立つようにクレアが戦意を煽る。
「どうしましたの!?まさか序曲で終わりという訳じゃありませんわよね?私と貴方のシンフォニーは、これからが本番という所ですのに!」
まるで舞台に上がっているかのような、芝居掛かった台詞を吐くクレアをルクスが見つめる。
その眼差しに、もう戦意や殺意といったものは無い。
恐らくそれを感じ取ったのだろう。顔を赤くしたクレアは怒りを爆発させ、少年に対してありったけの力を込めて叫んだ。
「何をしているんですの!?ほら、私は!「ブラッドレイン」はここにおりますわよ!?『お姉様』の名前を汚されて!悔しいでしょう!?憎らしいでしょう!?ならば戦いなさい!殺しなさい!!私と殺し合いなさい!!!」
少年は静かにかぶりを振り、あれほどドス黒い剣気を漂わせていた得物を、なだめ、落ち着かせるようにゆっくりと持ち上げ、鞘に収める。
「なん・・・ですのよ・・・!!」
完全に戦う気を無くしているルクスに、クレアの怒りが爆発した。
「どうして!どうしてですの!?何故私に剣を向かないのです!私は貴方を信じてここまで来たのに!貴方は『お姉様』の大切な人では無かったのですか!!」
涙をこぼしながら叫ぶ、吸血鬼というよりも悲恋の少女を思わせるクレアの姿を見て、ルクスは静かに口を開いた。
「貴女が何者で、何を知っているのか。僕には全く分かりません。ただ戦う理由がなくなっただけです」
「貴女・・・!?私のことを貴女と言いましたか!!」
再び張り詰める緊張の糸を、ツクヨミの一言が断ち切った。
「もう良いじゃろう!死合は終わったのじゃ・・・」
歯軋りして二人を睨むクレアの、豊かな胸元から新たな声が響く。
「我が友よ、ここは一旦退こう。地獄を作るのは、また今度にするとしないか」
クレアの仲間と思しき声は、しかし吸血鬼に撤退を進言した。
「ヘル・・・!「ヘル・イン・ア・セル」!ツクヨミを逃すとはどういうことですか!?貴女は・・・ッ!」
何度も何度も薪に火を配られたかのごとく、彼女の怒りが右肩上がりに増していく。
対してヘルと呼ばれた、おそらく精霊らしき声は、軍師や参謀の如き気配を漂わせて、ただ冷静に考えを告げる。
「己が目的を見失うな。天道寺ルクスの殺害も叶いそうに無い今、我々が下手に動けば、四精霊とツクヨミ、この場の海上自衛隊、そして彼等を全員相手取っての殺し合いになるぞ」
そうなってしまっては、クレアと言えども苦戦は免れない。
下手をすればそのまま討ち取られる可能性もあると、ヘルは告げた。
「・・・っ!〜〜〜〜〜〜っ!!」
短いふんわりとした髪を、爪を立てて搔きむしりながらも、彼女は怒りを鎮め始める。
「・・・いいでしょう。ここは一旦」
退きましょう。彼女がそう言おうと口を開いた刹那。
「あら〜?私を閉じ込めておいてタダですむと、本気でお思いなのですか〜?」
ゆったりと、しかし濃厚な敵意を孕んだ声。
精霊ウンディーネが、水面の揺らめきからその見目麗しいすがたを現した。
「気に入りませんね〜。自分は安全な所に隠れ、主人に戦わせるだなんて」
言いながら、彼女は自らの胸を強調するように身を逸らし、手を大きく広げる。
それが号令となったかのように、静かに波打つ海面が、荒ぶり、猛り、逆巻くその身を見せつけて彼女の元へと集まる。
「ヘル、と仰いましたか。貴女には少しお灸を据えなくてはならないようですね〜」
水の槍を何本も作り出し、宙に浮かせてその穂先を定める。
「もう良さぬか、ウンディーネ!戦いは終わった!無駄に犠牲を出してどうするというのじゃ!」
「やられたらやり返しませんと〜!それにあの精霊、あんな大きな谷間の中が定位置だなんて羨ま・・・いいえ、けしからんです!」
半ばズレた答えに、何言っとんじゃとツクヨミが怒るより早く、クレアが口角を吊り上げ吼えた。
「そうです・・・そうですわ!そうですわよ!!精霊ウンディーネ!貴女を殺せば、天道寺も私にまた敵意を抱くでしょう!」
収めようとした血槍を再び構え、まるで今から心臓をえぐり取るとでも言うかのような殺気を込める。
「私の・・・糧となれ!精霊いいいいいいい!!!」
「私の水よ!穿ちなさい!」
クレアが翼を大きく羽ばたかせ、その身を空へ踊らせるのと。
ウンディーネが真っ向からそれを撃墜するべく、槍に命令を下そうとした。
まさに、その刹那。
運命が、調停者を呼び寄せた。
キュウウウウウイイイイイイイイイイッ!!!
鳴き声が深海から、二人を咎めるかのように鳴り響く。
人のものでは無い。モータルのものだ。
そう認識するのは容易かったが、どのような種かが想像できない。
「っ!」
「あ、あら?」
流石の反応速度で踵を返して、船上に戻り海の下を睨むクレアに対して、ウンディーネは出鼻をくじかれたのが気に入らないのか、少し拗ねたようにため息を吐いた。
「あらあら〜、まさかここまで優しい子だったなんて。・・・仕方ないですね〜」
その言葉は、調停者の正体を知っていなければ成立しないものだ。
「おい!今の声は何だ!?」
「ウンディーネ!敵の正体を知ってるなら教えてよ!」
先ほどまで互いに殺し合っていた二人が、言葉は違えど同じ問いを投げかけてくるのに、水精は苦笑しながらも答える。
「敵じゃありませんよ〜。モータルなのはモータルなのですが〜」
水面が飛沫を立てて、数メートルはあろうかというその存在を、海上へと迎え入れる。
波の音は歓迎の演奏。
風は祝福を謳うタウンクライヤー。
それは深海より出で、この世全ての海を渡り歩く命の散歩者。
モータルという身でありながら、唯一。
人に殺意を「抱かなかった」、優しい怪物。
「名を「アビス」。優しい子なんですよ〜?」
ユウレイダコ、ムラサキダコと呼ばれるタコを媒介として生まれたそのモータルは。
つぶらな瞳をぱちくりと瞬きして、少年達と目を合わせて、無垢に鳴く。
「きゅい?」
「・・・日和見主義者が、平和主義者に成り代わったとでも言うのですか」
アビスと言うらしいモータルの瞳をじっと見つめ、クレアは小さく呟いた。
「なんというか・・・すごいね」
「あ・・・」
呆気にとられたように、笑うしか無いといった様子の美月が、いつのまにか隣にまで来ていた。
「・・・どうしたの?ルクス君もびっくりしちゃった?」
こちらを覗き込み、無邪気に笑う彼女の目を、僕はまともに見られない。
先ほどまでの激昂と、それに伴う人格の変質。
・・・美月にも、迷惑かけちゃったな。
そう思っていると、遠くのクレアから声がかけられた。
「まさかモータルに邪魔されるなんて思いませんでしたわ・・・ですが」
じゃりんっ!と鉄を引きずる音を伴って、クレアの血槍が構えられる。
「やはり納得いきません。せめてあの精霊だけでも首をーーーーーー」
まだ諦めていないのか!
その言葉を、誰が叫ぼうとしたのか。
僕か、美月か、ツクヨミか、それともウンディーネか。
だが、それが口に出されることはない。
代わりに響いたのは。
ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
世界が、怯えたように感じた。
まるで、目覚めてはいけないものが目覚めてしまったかのような。
それは微かに、しかしはっきりと僕達の耳に届いた。
「まさか・・・」
クレアは慄き、その顔を彼方へ向ける。
「もう目覚めたのですか」
彼女の目を見て、今のがとてつもない予兆なのだと知った。
何故なら。
その眼は、恐怖の色に支配されていたからだ。
「・・・状況が変わりすぎですわ。なんですの?ここは怪物すらも私の敵ですの?」
「モータルは元々人類の敵じゃろうが・・・今は争っている場合じゃないということじゃろう」
次々に出される終戦勧告に呆れ果てたのか、それとも完全に戦意が萎えてしまったのか。
クレアは妖艶にため息をついて、槍を構成する血液の結合を解除した。
「ようやくやめる気になったか、手のかかる女子じゃ」
「私はもう成人済みです。・・・今すぐにでも貴方達を刺し殺したい所ですが・・・繰り返しになりますが、状況が変わりすぎました」
その続きを、誰もが耳をすませて聞き取ろうとする。
それに答えるかのように、主演女優は高らかに、己の次の一手を宣言した。
「ここは一旦、帰らせていただきますわ」
どつ、と全員のーーー僕も含めてーーー安堵のため息が密かに流れる。
それを感じ取ったのか、若干苦笑の気配を滲ませながら、クレアは小さく腕を広げた。
彼女の身体に纏っていた「何か」が、剥がれ落ちるようにその身を崩して液状へと変わっていく。
僅かに健康そうな柔肌を覗かせて、すぐにそれを新たな衣類が覆っているのが見えた。
「・・・精霊、ドラクリヤ」
吸血鬼伯爵の名前を冠した、クレアのもう一つの精霊。
レインから聞いていた、擬似精霊ダインスレイヴと同じようなものなのだろうか。
だとすると、あれにもまた代償が・・・
「ね、ルクス君」
そこまで考えたところで、栗色の髪を揺らす少女が、僕の耳へと囁いた。
「この後、ゆっくりお話しよ、ね?」
清涼な川のせせらぎのような、優しい声が耳を撫でる。
・・・僕は顔を赤らめた、のだと思う。
それは羞恥か、それとも彼女に対する申し訳なさか。
考えるより早く、波濤のようなクレアの声が耳を打つ。
「天道寺、ルクス!」
その声には抑えきれない戦意が滲み出てはいるが、先ほどまでのものに比べれば、それは些細なものだった。
「いつかまた殺し合いましょう。それまで私の名を覚えていなさい。あと・・・ふふっ、そうですわねぇ」
そこで小悪魔のような笑みを浮かべ、ゆらりゆらりと近づくクレア。
「何よ、だまし討ちでもしようっての?」
棘のある言葉を投げかけられても、吸血鬼は気にせず歩みを止めない。
僕まで三歩、二歩、一歩というところまで近き、覗き込むように僕を見る。
白く、血の通っていないような色をした、それでいてどこか蠱惑的なボブカットの髪がゆさゆさと揺れる。
さっきまでの殺し合いがなければ、クレアはいささか発育のいい中学生にしか見えなかっただろう。
「だまし討ちなんて、とんでもない」
そう言いながら少し逡巡した後僕の手を掴み。
警戒する間もなく、それを自らの胸に押し当てた。
「んなっ!?」
「はあっ!?」
「なんじゃとお!?」
「あら〜、大胆」
周りの全員が、クレアの奇行に目を丸くする中。
僕だけが。
戦慄していた。
(教えてやろう)
(「政府」指定の危険人物、死神とは・・・本来、我等のことを指す)
その言葉とともに、ビジョンが流れ込む。
悲鳴。
絶叫。
屍。
槍。
血。
大剣。
少女。
少年。
ーーーーーーー死神。
(理解したか?)
(其方が守ろうとしたものを)
(・・・何れまた、暁の死戦場で会おう)
(余がその時、其方の敵となるか、味方となるかは分からぬがな)
「っ!」
気がつくと、目の前にはクレアの顔が。
そしてーーーーーー
「・・・あ」
僕の手は、綺麗なまでに少女のーーーーー
「はい、お触りはここまで。あまり大人だからといって、甘えすぎるのは良くありませんわよ?」
悪戯っぽく微笑み、しかし底知れぬ何かを感じさせながら、少女は唇に当てた指を僕の唇へとそっと当てた。
「次に殺しあう時まで、全部。覚えていてくださいね?」
ーーーー『お姉様』の、ために。
そう、付け加えたような気がした。
少女は飛び去る。
舞台を荒らし、災禍を呼び。
深淵の調停者に見送られながら。
吸血鬼少女、ドラクリヤ・ブラッドレイン。
クレア・ツェペシュ・バートリーは、船から去っていった。
「どうやら終わったようですね」
船の、どこか。
安心したように、人知れず呟いたのは、騎士然とした格好の男だった。
時代錯誤も甚だしい格好だが、しかしそれは人間ではない。
「・・・解せぬな。我が主といい貴様といい、この船に起こったイレギュラーが多すぎる」
喉元に刃を突き立てるように、別の声が男の耳へと入る。
「ウンディーネから聞いた。リチャードとかいったな、なんなのだ?あの少年の変貌も、死神クレアの襲来も、全ては貴様の筋書き通りと言うのか?」
烈風吹きすさぶという声を響かせる風の精霊、シルフィードはリチャードと名乗る精霊に対して冷たい視線を向けていた。
そもそもいつから彼女がいたのかも分からない。だがリチャードはそれらを些細なこととばかりに、優しげな目線を返す。
「筋書き通り、というよりは・・・願い通り、ですかね」
「願い?」
猜疑の視線を絶えず送り続けるシルフィードに、獅子心王を名乗る精霊は柔和な笑みを崩さず告げる。
「少年・・・天道寺ルクス君でしたか?私は、彼が私と契約するに足る人間かどうか、この目で見極めたいだけです。私個人としては、今すぐにでも契約したいのですが、「彼」の意も汲まねばなりません。それに」
そこで肩をすくめて苦笑いを浮かべ、視線を虚空へとやり、第三者にも告げるかのように口を開いた。
「どうやら先客が仰せのようなので、少々荒っぽい取り合いになりそうです」
「・・・ほぉう、余の気配を悟っておったか、愚物風情が」
古代の女王や女神を思わせる声が虚空より響き、それにシルフィードが風の刃を突き立てる。
現れていたのは、古代日本を思わせる、高貴な服装に身を包んだ背の高い女性。
ツクヨミのそれにも似た、しかし真逆の雰囲気を醸し出す着物に身を纏い、額には輝きの象徴らしきシンボルを象った冠が乗せられていた。
「無礼であるぞ?余を日出づる所の女神と知っての狼藉か」
「・・・完全に記憶に飲まれているようだな」
忌々しく呟くシルフィードの言は、新たに現れた精霊の耳へとは届かない。
だが、日出づる所の女神は聞こえていたかのように不満げに彼女を睨み、次いでリチャードに挑発的な笑みを浮かべて言う。
「あの子は余のものだ。余の所有物なのだ。ぽっと出の雑兵が、余とあの子の間柄も知らぬのに口を挟むな」
「人をモノ扱いか。我らの本分も忘れた神崩れに、とやかく言われる筋合いは無いな」
火花をバチバチと散らして、二人の精霊が言い合う様を、シルフィードは固唾を呑んで見守っていた。
ーーーーなんだ、こいつらは・・・一体この船でなにが起きていたのだ。
ーーーーいや、そんな次元では無い。
天道寺ルクス・・・貴様は一体何者なのだ?あの時見せた優しい表情や、私が感じ取った穏やかな気質は、偽りだったというのか?
それとも・・・何かを抱えているのか?
「もうよい、余はこれにて帰るとしよう」
「なんと、帰る場所があるのか。是非招待願いたいものだ」
皮肉を言うリチャードに、嘲笑うようにその精霊は告げる。
「ぬかしおる。宿無しは雑種の貴様とて同じだろうに」
くつくつと笑い、そして焦がれるように独り叫ぶ。
「ああ、愛しい子よ!我が子よ!待っておるがよい。すぐに余を求めさせてやろう。すぐに力になってやろう!我が寵愛と仁愛と熱愛と狂愛の全てを、お前に捧げてやろう!」
あっははははははははははははははは!!!
あーっははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!
けたたましい笑い声をひとしきり響かせた後、その精霊は姿を消した。
一転して静かになった船室で、次に声を上げたのはリチャードだった
「私もそろそろ行きましょう。ツクヨミ殿を待っていては、下手をすると彼に見つかってしまう」
「お、おい。待たないか」
慌てたように制止するが、シルフィードの手は騎士の鎧を掴むことはなかった。
「どうか、彼女達にも口止めをお願いします。私は・・・今はただ傍観者でありたい」
貴様は何者なのだ。何故この船に来た。
あの少年にとって貴様はなんなのだ!
かける問いなどいくらでもあったが、それを一つも言えないまま。
リチャードと名乗る精霊は、まるでその存在が蜃気楼だったかのように、その場から姿を掻き消した。
後に残ったシルフィードは、ただ呆然としかいられなかった。
やっと彼女の心に浮かび上がって来たのは、これから何を、どう報告すればよいのかという悩み。
ただ、それだけだった。
やっべ37話入れ忘れてた!?
もはや自分の不手際がやばい、オルタです。
ええ、このあとがき、マッハで書いてます!?
書き溜めしてるとよく見えなくなって辛いなあorz
それもこれも全部ウルティマの・・・え?早くしろ?ごめんなさい!!
それではこの辺で!39話は月曜深夜つまりは日曜の23:59の少し後に投稿しますと、オルタでしたっ!!




