聖戦学院 31話 帰路、そして水の守護者の誘い
征伐を終えて帰路につく少年と少女は、互いの秘密を分かち合う。
そこへ、軍服を見に纏う謎の男が現れる。
帰路についていた学院の征伐メンバー達の列の、最後尾に僕はいた。
行きと違って完全に徒歩で帰るのは、会長の魔粒子がまだ完全に回復していないと、本人が皆に伝えたからだ。
小説や漫画でもよく見る魔法は、行使する際に魔力を消費し、無くなると魔法が使えなくなるというのが主な設定だ。
魔粒子もそれに似たようなもので、扱い過ぎると全身に酷い疲れがのしかかる。
この世界での魔法の行使事態が、身体のエネルギーを消費するので、身体を激しく動かすのとなんら変わらない疲労が返ってくるのだ。
つまりは筋肉をほとんど使わない有酸素運動のようなもので、ある程度休憩すれば再び魔法も使えるようになる。
「本当に使えないのかな、魔法」
疑問をこぼしたのはいつのまにか隣に現れていた天野さんだ。
こちらに言ったわけでは無いようで、そのサラサラと流れるようなポニーテールを揺らめかせて僅かにうつむきながら歩く。
「多分嘘だよ。だってあの人にはバルトアンデルスさんが付いてるんだから」
彼女が酔いつぶれた際に見せた、妙に年齢よりさらに少女らしい振る舞いを脳の隅へ追いやって、僕は茶髪の同級生へと声をかける。
朝からずっと言葉を交わしていなかったので、これが今日初めての会話となる。
予想外の場所からの返答に、流石の天野さんも驚きを隠せなかったようで、弾かれたように顔を上げてこちらを見やる。
「そ、そうよね!きっと怠けたいんだわ、うん。そうに違いない」
冗談めかして言う彼女の顔は紅い。
おそらくは昨日の酔いのことを思い出しているのだろうが、そこには触れずに言葉を交わす。
「帰りのモータルの襲撃とかは大丈夫なのかな。この道、行きに通った所とは違うような」
「だ、大丈夫よ。それに君に心配される程皆は弱くないわ」
そう言われれば頷くしかない。何せ三年生の先輩方の力量は、あの戦闘で改めて脳裏に刻まれたばかりだ。
壮絶な戦場の風景を思い返していると、天野さんが何かを決心したかのように頷く。
どうしたのかと尋ねるよりも早く、彼女は表情を消した。
「ルクス君」
これまでの声色とは全く違う、三日月の先端のように鋭利な声で彼女は言う。
「何か、あったでしょ」
その一言は、他人から見れば様子のおかしい友人を心配するそれであり。
僕だけは、それが本当は何を意味するか、直感的に察することができた。
「・・・何かって、何ーーー」
「大丈夫、あたしは味方よ」
警戒しながら返す僕の言葉を遮って、微笑みながら彼女は告げる。
消していた表情はすぐに明るいそれに戻り、しかしそれは少女相応のものとはかけ離れていた。
まるで、戦士の目。
戦士というもの自体あまりよく知らない僕ですらそう感じるほどの、目。
「出発する前に言ったよね、あたしにも目標があるって」
その言葉は征伐に行く前の、僕と天野さんの会話を思い起こさせた。
あの時聞いた言葉の意味する事を、ようやく理解できたばかりの僕は、余計なことは言わず無言で頷く。
「君がどうなりたいかは聞いた。何をしたいのかも・・・ごめん。あたし聞いちゃった」
謝りながら言葉を紡ぐ少女の眼は、一瞬だけ陰りを見せたがすぐに凛とした輝きを取り戻す。
僕はその「何をしたいのか」と言うのが、ヨルムンガンドから聞いた僕の記憶のことだと悟った。
だが、あの場に天野さんがいるはずはない。
何故なら天野さんはあの時猛烈に場酔いしたせいで、霧島先輩に何処かへ運ばれていたからだ。
はっきりと覚えているその事を言い出そうとして、ふと思う。
・・・それを恥ずかしがっていた天野さんにどう言ったものかと。
言葉を喉に詰まらせていると、それを察したかのようにポニーテールの少女の顔が紅潮する。
「も、勿論あの場で盗み聞きした訳じゃ無いわよ?あたしは運ばれてたし・・・あの、その、あの時のことはなるべく早く忘れてくれるとありがたいんだけど、ってそうじゃなくて」
ふるふると顔を横に振り回し、茶色い髪が乱れ舞う。
羞恥心を無理やりねじ伏せるかのように、彼女は腹の底から声を絞り出す。
「・・・「政府」を調べるつもりなんでしょ?」
「政府」。
大変革を予期していたかのように、あまりにも早く立ち上げられたその組織は、学院生に戦いを強い、それを監督する人材を教師として派遣して、僕達を死地へと向かわせる元凶でもあり。
僕の記憶について、何かを握っているらしい、世界全土を統括する最高機関。
「・・・本当に聞いてたんだね。悠や里村先輩にも言うつもり?」
「まさか!」
どこか嫌味な響きを孕んだ僕の言葉を、両手を挙げて否定する。
「それについて話す前に、まずあたしの目標も話しておこうと思うんだけど」
天野さんの目標。
それは即ち彼女の、一年生にしてはずば抜けた強さの根幹。
彼女の力とそれを保ち貫く意思の、源たる理由。
出発前から少し興味をそそられていたその理由を、僕は期待を隠しながら無言で促した。
「あたしは・・・どうしても潰したいの」
前を行く他のメンバーに気取られないよう、こっそりと耳に囁いてくる。
レインとは違った色香を感じさせながらも、その音は不思議と僕の心に当然のように入り込む。
「「政府」を・・・あたし達の全てを狂わせた奴らに、復讐したいの」
それが、彼女の輝きを生み出す、あまりにも黒く光った砥石の正体だった。
時は進んで、滝宮学院前。
すっかり馴染んだ校舎が見えてきた所で、あたしはルクス君と言葉を交わしていた。
いや、それだけだと若干語弊があるかもしれない。
何故ならあたしはずっと、ルクス君に言い寄る形で話していたのだから。
「・・・だから、もしもその精霊が貴方に契約を迫って来たら、真っ先に逃げて。いい?」
「わ、わかった、わかったから。もう何回も聞いたよ」
「忘れられたら困るから言ってるの!」
ぴしゃりと言い放つ。別にルクス君が忘れっぽいというわけでは無いが、それほど大事なことなのだ。
他の誰でもなく、ルクス君だけが気をつけるべき精霊の名前を出しながら口うるさく言うあたしに、目の前の短い黒髪の少年は口にした言葉通りの表情で疲れたように言う。
「そんなにその精霊が危険なことはわかったけど、どうして天野さんがそれを知ってるの?」
「見たからよ」
即答する。
その言葉に偽りはない。
思い出したくもない過去を、脳がかすかに振り返り始めたところで、意識を半ば無理やりルクス君に逸らす。
「とにかく、もしも」
「大丈夫!大丈夫だから!もうこれで七回目だよ天野さん!?」
話を遮られ、無意識に頬が膨れるのを感じながら、前を向く。
「あ、そうだ」
そのまま、自然と頭に浮かんだ思いを口にする。
「今度からあたしを呼ぶ時は、美月って呼んで。いつまでもさん付けされるのも、他人行儀みたいで嫌だから」
「え」
ルクス君が固まった。
死神に対しては普通に話せていたはずなのに、何故あたしにはさん付けして話すのか。
その理由だけでも聞きたかっただけなのに、あたしの口から出たのは全く違う、しかし確かに脳裏に浮かんだ思いだった。
「な、何も別に恋人同士になろうとかじゃないわよ!普通でしょ!?そこそこ仲良いなら、女の子でも名前で呼ぶのは!」
なんとか誤魔化そうと、あるいは説明しようとしたがそれすら上ずって出てしまった。
少年は考えるようにうつむき、頬を染め・・・やがて決心したというよりはわかりやすいまでに緊張を顔に浮かべて、短く言った。
「・・・美月」
「よろしい」
我ながらよくもまあ立っていられるものだ。穴があったら入りたいとはこういうことなのか!
どうにか満足そうに言えたものの、おそらくあたしの顔は少なからず熱を帯びているだろう。
それを手を触れずとも理解したが故に、あたしはルクス君から視線を離し、遠い、けれど近くにある滝宮学院の校舎へと向ける。
どうにもむず痒い、あたしには似合わない桃色の空気に、水を差すようにある「圧」があたしの肌を撫でる。
「・・・?」
「ん?」
それを見てか、顔をすっかり赤くしていたルクス君が、あたしの顔を覗き見る。
けど、それを分かってなおあたしは、その「圧」の元から目を離せない。
やがて、あたしとルクス君の眼に、一つの人影が姿を映す。
老人だ。
だがその身体は活気にあふれ、現にこうして眼に見えない歴史と経験が、まるで鎧のように彼の周りを覆って「圧」を生んでいた。
「こんにちは。天道寺ルクス君、天野美月君」
その声は優しげに掛けられたが、何故かこの人の前では、不要な言葉は出せないという謎の強迫観念に囚われる。
その感覚が、あたしの記憶のピースを呼び出した。
ビシッ!という擬音が似合うような敬礼を、あたしは無意識のうちに取っていた。
「ルクス君!敬礼!敬礼して!」
訳がわからないといった少年の記憶に、彼の姿は無いのだろう。
当然だ。あたしも一度しか見たことがないのだから。
大変革から三年後、丁度魔粒子が世間に広く知り渡ったばかりの頃。
日本海に面するとある都市を、危険種クラスの海棲モータル、「マガツヒノツカイ」が襲撃した。
予測された被害は甚大、引き起こされるであろう水災による二次災害を含めると、死者は万を超えるだろうと予想された。
・・・だが、死者は一人として出ることはなかった。
代わりに現れたのは、英雄。
艦隊を率い、降り注ぐ砲弾の雨と青き不可思議な刀の一閃をもって、水蛇龍を退かせた者。
学院に入る前、心もまだ未成熟な頃。
あたしが眼にした光景を、今でもはっきりと思い出せる
その英雄の、雄々しく、猛々しく、それでいて優しさと誇りに満ち溢れた、一人の男の姿を。
鯨井と名乗った初老の紳士のような男性は、挨拶を終えると、「君達とゆっくり話がしたい」と言って、僕の後に続いて学院の中へ、さも当然のように入っていった。
「うっそぉ・・・」
思わず声が溢れる。学院には許可を得ていない人物は一切入れず、結界のような防衛魔法で弾かれてしまうはずなのだが、鯨井さんには全く反応しなかった。
慌てて口元を抑えたが、鯨井さんはにこにこと笑いながら歩くばかりだった。
「しかしまあ、来る度に思うが随分と広いのだな、ここは」
その代わりに返ってきたのは、まさに今僕が抱いた疑問に対する明確な答えだった。
「来る度ってことは、何度かここには?」
「勿論だとも。まあ最近は任務もあったから中々機会がなかったがね」
笑みを崩さず、朗らかに鯨井さんは言う。
何度か話すうちに随分と気のいいおじさんだと思ったが、天野さん・・・いや、美月はずっと緊張しっぱなしのようで、歩き方がどこかぎこちない。
どうやらこの鯨井という人物は、国の中でも相当偉い人のようで、それに疎い僕はあまりその凄さが分からない。胸の勲章を見ても、綺麗だな、以外の感想があまり出てこない。
「あま・・・美月。そんなに硬くなってたら不自然だよ。もっとリラックスした方が」
下の名前で呼ばれた少女は、バネじかけのようにピンと背を伸ばし、次いで大きく息を吐いて僕に向き直る。
「あのねえ、海将様を相手にリラックスできる訳ないでしょう!?言わば近海の守護者なのよ!?」
ヒソヒソと怒鳴るという中々器用なことをやってのける美月の声を聞いたようで、鯨井さんが口を開いた。
「正確には、海上幕僚長たる海将、だが・・・まあ気軽にクジラさんとでも呼んでくれ。堅苦しいのは苦手でね」
「くじ・・・」
目を丸くし、どう返したらいいのか分からないと救いを求める眼で僕を見る美月。
「ま、まあ会ったばかりですから、今は名前で呼ばせてください。僕はともかく、美月が慣れるまで・・・」
「はっはっは!彼女思いなのだな、君は」
豪快に笑うクジラさんこと鯨井さんは、いつしか僕より先に学生寮へと入っていく。
慌ててそれを追う僕の裾を、軽く美月が引っ張った。
「ど、どうしたの?」
「・・・否定、しないんだ」
「え?・・・あ」
言われて、はたと気付く。
美月を彼女と誤解されたまま、紳士に道の先を行かれたことに。
「・・・レインちゃんのこと、好きじゃないの?」
「んなっ!?」
・・・そして僕の心の揺らぎを更に大きくさせる一言を突き刺して、美月も学生寮へと姿を消した。
「・・・いや!?ちょっと!!レインと僕はまだそんなんじゃないってば!?」
やや呆然として、ようやく反論が出て来たと同時に、僕は自らの部屋へと慌ただしく足を進めた。
学生寮七階、僕の部屋
「ははぁ・・・これが一学生の部屋かね!?素晴らしい!」
一般的な家に比べれば小さな、それでいて結構気に入っている僕の部屋を見回して、鯨井さんが感嘆をこぼす。
「ルクス君の部屋は、他の学生のものに比べて荷物が少ないので、若干広く感じますね」
ガチガチの敬語と説明口調なのは、自分の部屋に荷物を置いて来た美月だ。征伐前にここでポテチや炭酸ジュースを食べながらゴロゴロしていた彼女と同一人物だと、今言ったら一体誰が信じるだろう。
そんな彼女の過去を知る由もなく、苦笑しながら鯨井さんが口を開く。
「硬くならずともよいと言っているのだが・・・いや、君は随分と礼を重んじるようだ。うむ、良いことだ」
苦笑いを普通の笑みに微かに変え、うんうんと満足げに頷く。
だが堅苦しいのが苦手と言うのは本心らしく、軍人のトップにしてはかけらも威圧感や尊厳といったものが感じられない振る舞いの紳士は、軍刀を鞘ごと外して脇に置き、見事に整った正座で話を始めた。
「さて、天道寺ルクス君、天野美月君」
改まって見ると、その佇まいは確かに軍人のそれだ。
いや、僕はそもそも軍人というものをあまり知らないのだが、その知識不足の頭にすらビシッと軍人として映るその姿は、確かに美月が緊張するのも納得できる。
「今日は君達に、君達だけに、我々のことをよく知ってもらうため、ある誘いを持って来たのだよ」
まるで悪戯を企むかのように少年心溢れる表情を浮かべ、鯨井さんは言う。
「誘い?」
僕か、美月か、どちらの声が出たのかは分からないが、確実に出たその問いに鯨井さんは然りと頷いて続ける。
「まあまずは私・・・いや、俺の所属する軍の紹介から始めよう。我々は海上自衛隊と言ってね、一応「政府」の命令で動いている。まあ今は日本近海の見回りぐらいしかやることが無いのだがね」
「政府」。
その一言で、僕と美月に静寂とともに緊張が走る。
目の前のこの男は、どちらだ、と。
「ああ、安心して欲しい。「政府」と繋がってると言っても、厄介払いをされて海に飛ばされているに過ぎないただの老いぼれさ。別に命じられて探りを入れに来たわけじゃない」
心を読んだかのように、小さく笑みをこぼして鯨井さんは言う。
・・・笑いの絶えない人だ、この人は。
そんな感想を心の中で述べていると、不意に美月が口を開いた。
「マガツヒノツカイ・・・というモータルについて、覚えておいででしょうか、海将」
「ほう」
その言葉に、感心のため息が漏れた。
「懐かしい名前だ、俺はせいぜい追い返すのが手一杯だった。次こそは討ち取りたいものだ・・・君はあの街の住人だったのかね?」
「いえ、違います・・・ルクス君、この人は信用できるわ」
後半は僕だけに聞こえる音量で、美月は言うとすぐに立ち上がり、部屋の隅から一枚の紙を取り出し、サラサラと何かを書き始めた。
「外出許可申請書よ。ルクス君の名前も書いといてあげる」
どこに行くとも分からないのに、すっかり乗り気な美月を横目に、僕は誘いを持ちかけられた時からの疑問を鯨井さんに投げかける。
「それで、その誘いというのはなんなんですか?」
鯨井さんの口角が、わかりやすく釣り上がる。
まるでサプライズを用意している少年だ。そう思う僕の心にも、釣られるように好奇心や高揚感といったものが湧き上がる。
「なに、ちょっとした遠足だよ。学校にはつきものだろう?」
そう言うと、どこかお茶目な紳士はある方向を指差して、告げる。
「俺の船に乗ってクルーズと行こうじゃないか。若者よ」
謎なんてなかったんだ!
オルタです。
鯨井さんがブラッドレイなら、鮫島さんはマスタングかヒューズかどっちなんだろうと、どうでもいい考えを巡らせる中、朝の投稿となりました。
データを少し使い過ぎてしまったので、34話は(間違ってないですよ)一日空けて投稿しようかなと考えています。
新編、スタートとなりました!
そんな雰囲気は微塵もありませんがね()
ちなみに〜編、というのはまだ決まっていません。ええ、私の頭の中ですら決まってないんですorz
その辺りも後々発表すると思うので、期待せずにお待ちください…
それでは、今回はこの辺で!オルタでした。




