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聖戦学院  作者: 雪兎折太
34/56

聖戦学院 29話 舞台役者と裏方の小さな饗宴

戦いは終わった。

しかし、渦巻く謎に疑念を抱いた、人と、ヒトならざる者達が。

各々の時間に、各々の場所で。

小さな饗宴を開いていたのだった。

新宿、地上。

霧の殺人鬼を打ち破った少年少女が、祝いの宴を開いているのと、同時刻。

夜空から差し込む無数の星々の光を押しやって、満月がその綺麗な円状の輝きを惜しみなく地上へ降り注がせる。

「ふう、やはり「しゃば」の空気は良いものよ」

既に死体も全て埋葬され、誰も居ないはずの地上に、美しいメゾソプラノの声が澄み渡る。

滑らかな絹糸で編まれたかのような美しい紫紺の着物に、荒々しく猛々しい武士を連想させる緋色の甲冑に身を包むそれは、丁度月光が最も輝く場所に立っていた。

ツクヨミ、それが彼女の名だった。

日本神話の月の女神の名を冠する精霊は、着物によく似た色の長い髪を揺らめかせ、空に浮かべる一本の刀を横に倒し、テーブルのようにした鞘にグラスを乗せて月を見る。

グラスの中に入っている白い清涼感のある液体は、パーティー会場からくすねたノンアルコールワインだ。ボトルも持ってくる辺り抜かりはないのが伺える。

「ぷはぁっ・・・んん・・・っ!なによりこうして声を出せるというのは良いのう!妾に窮屈なのは合わん!」

月下美人という言葉がよく似合うその出で立ちと、いささかそれに似合わぬ振る舞いは、誰も見ていないからこそある種の美しさを際立たせていた。


「そこのお主も一杯どうじゃ。出歯亀が趣味なーーーーーなど、笑い話にもならんぞ?」


否。

彼女の言葉を受けて、いないはずのそれは虚空より浮かび上がるように姿を現わす。


もう一人。


殺人鬼を追い、彼方より空を駆け、地を駆け、そしてその滅びに立ち会った者が。


「なんじゃ、随分と意外そうな顔をするのう。妾に気付かれてないとでも思うたか、たわけが」

ぴしゃりと言われたその者・・・彼が、ばつが悪そうな表情で肩をすくめる。

「おーおーいたいた。やっぱお前さんか、あの気配は。にしてもなんだ、見かけねえ奴もいるじゃねえか」

声を聞きつけてか、はたまた最初から彼か、それともツクヨミを探していたのか、静寂と風情に満ちていた空間にまた一人の闖入者が現れる。

いや、それを「人」とは呼べない。

何故ならそれは人のものではなく、鋼鉄と刃で精密に作られた蛇のような姿なのだから。

「なんじゃ、お主まで来たのか翠の蛇よ。少女のお守りは良いのかえ?」

「もうそんな歳じゃねえだろう、あのガキ共は」

ケラケラと笑い、そして当然のようにグラスを尾で器用に掴み中身を飲み干そうとするが、ツクヨミが何かを言う前に数滴の味見のために流れた液体は、蛇に味を与えることなく金属の口を通って地に落ちた。

ガックシ、というヨルムンガンドの様子を見てツクヨミも、そして彼も、噴き出しそうになるがどうにか堪える。

「し、しかしお主よ、お主の主人たる少女のあの立ち振る舞い、本当にあれで良かったのか?」

ツクヨミが言っているのは、殺人鬼が倒れたのち、ブラッドレインが全員に告げたある一言のことだ。


ーーーこれでお前達とあたしの共闘関係は解消された。もう次からは敵同士だ。


大剣を掲げてそう叫ぶ少女の意図を、悟れないほど滝宮生達は愚かではない。

「政府」による衛星監視の監視の目が届かない新宿地下での、レインと少年達の振る舞いがその証拠だ。

元から酷く警戒していた数名を除けば、概ね関係は良好とも言えるだろう。

ーーーそれでも、襲撃の際に植えつけた力の差は、その襲撃に立ち会ったかを問わず生徒達の心に深く、恐れとともに刻まれているのだが。

「いーんだよアレで。衛星に頼ってねえ人の眼の監視は、後々ゆっくりと騙していくからよ」

ワインが飲めなかったのが不満なのか、ヨルムンガンドの声は多少拗ねているようにも聞こえた。

「しかしそう簡単なことでもあるまい。「政府」の役人も無能の衆というわけでもなし、流石にお主とあやつだけでは骨が折れるじゃろう」

そう言うと、空気を撫でるようにツクヨミの手が揺らぎ、彼女の契約者のものともその友人のものとも違う、まさに月光と呼ぶべき光が生まれる。

淡く、微かな光が徐々にある形を作り・・・それは一人の人間そのものになった。

「政府」の役人の制服を身に纏う、壮年の男性に。

「ほう・・・」

「・・・!」

興味深そうに眺めていた鎖蛇と、沈黙を守っていた精霊が、ほぼ同時に感嘆のため息を漏らす。

それに気分を良くしたのか、しゃりんと透き通った鈴の音色を何処からか響かせながら、嬉しそうな声でツクヨミは言う。

「妾の力は月の光。月は恵みと狂気の象徴・・・こうして世界を「狂わせ」れば、本来存在せぬ者を偽造することなど造作もないわ」

要は実態を持つ幻影を作り出したということなのだが、驚くべきことにその声は途中から作られた男の口から紡がれた。

口調こそツクヨミのものだったが、声色などは完全に男性のそれだ。これを「政府」の支部なりに送り込み報告をすれば、確かに一時的に監視は欺けるだろう。

「だが、そこに本物が来たらどうする?自分たちを欺けるほどお前達が強いと思われたら、それこそやばい状況になりかねねえぞ?」

それに答えたのはツクヨミではない。

ずっと沈黙を守っていた、彼だ。

もっとも口を開くことはなく、代わりに黄金色の斬撃を飛ばし、離れたところにある岩を切り落とす。

そこに、黒いスーツに身を包んだ若い男と女が、気を失って横たわっていた。

「・・・マジか。全然気付かなかったぜ」

「なんとまあ・・・流石はーーーーーと謳われただけはあるのう」

一人と一体の賞賛を浴びてなお、彼は言葉を発さない。

だがおもむろに口を開き、小さく息を吸って、どこか気落ちしたように吐く。

「・・・まさか無辜の民を傷つけた、などとは思っておるまいな?あれは言わば敵軍。お主が気に病むことなど微塵も無い」

そう言うツクヨミの顔には微笑が浮かぶ。気絶した二人を運んできたヨルムンガンドが尾先でツンツンと顔をつつくが、ぐったりと身体を大の字に横たわらせたまま動かない。

「まさか二人も付いてるとはな・・・今まで一人だったのによ、いつのまに増えやがったんだ?」

言って、すぐに合点がいったのか軽く舌打ちする。

そもそも舌があるのかわからないが、チッ、という音は聞こえたので、何かしらで鳴らしたのだろう。

「まあ順当に考えて・・・お主らがここに来た時か、妾達が接触した時じゃろうな。だとすると恐るべきは「政府」よ。こんなにも早く人員を送り込めるのじゃからな」

「それもそうだな。ったく、クソが、いい加減鬱陶しくなって来たぜ。せめて衛星監視だけになってくれたら、俺達も気兼ねなくお前達に協力できるのによ」

その言葉の意味は、衛星だけなら巻くのは簡単だ、ということだ。

二人が考えを口にする間も、彼はじっと黙って動かない。

視線をただ一点に定め、何かを待っているようなその様は、まるで岩に深く突き刺さる聖剣だ。

「お主もいい加減何か話したらどうじゃ?いつまでもはぐれの精霊のまま一人でいるつもりだとしても、たまには誰かと言葉を交わさねば孤独で死ぬぞ」

最後のは半ば冗談めいた言い草だったが、少なくとも彼に何か喋って欲しいというのは本心だったツクヨミが、半ば呆れながら彼に話を振る。

またもやばつが悪そうに苦笑して誤魔化そうとした彼が、不意に残像を伴って剣を抜き放つ。

ぴたりと止めたその先に、黒い影が揺らめいていた。

「これこれ、止めよ。お主は初対面じゃろうが、そやつもまた精霊じゃ」

「なんだよ、バルトアンデルス。いるならいるで声ぐらいかけてくれよ」

今度はツクヨミが苦笑しながら彼をたしなめ、ヨルムンガンドも同調するように苦笑いしながら影の名を呼ぶ。

バルトアンデルスと呼ばれた黒い影は、瞬く間にある人物の姿を模してその場に立つ。

「わ、我は憎まれていると思っていたが・・・そんなことはなかった、か」

千変万化の獣は、どこか安堵した風にそうこぼす。

その口調に今まで見せた機械的な、あるいは狂気的なものは一切なく、むしろ思慮深く冷静、その上温厚さまで感じさせているではないか。

その様子を見て、剣を突きつけていた精霊が眼を丸くさせながらゆっくりと剣を下ろす。

「ああ、俺達が吹っ飛んで来た時のアレか?気にすんな気にすんな。もう俺も嬢ちゃんもお前さんを憎いだとか思っちゃいねえよ。なにせ・・・」

朗らかに話していたが急に言葉を濁し、どう言ったものかと考える蛇鎖の続きを、ツクヨミが引き受ける。

「・・・お主の思考回路は普段は意図的に崩されているのじゃろう。妾達には分かる。アレではまともな判断や会話は到底難しかろう・・・」

同情や哀れみといったものを感じさせない、それでいて悲しげな、悲痛な表情でツクヨミが語る。

「・・・バレていたか」

表情を悟られないように顔をうつむかせて呟くバルトアンデルスの顔に、笑顔はない。

剣を突きつけていた彼が、会話の途切れた所を見計らって頭を下げる。

謝罪の意を汲み取った影の獣は、首を横に振り微笑みかける。

「ああ、気にしないで欲しい。怪しまれるような出方をした我も悪い・・・ここに来たのは、ある件について二人に謝っておこうと思ってな」

申し訳なさそうにそう言ってバルトアンデルスは向き直る。

彼は安村の命によって姿を変え、ルクス達に安村として振る舞ってはいたものの、突然現れたレインに刃を向けてあからさまに敵意を露わにしたところで、安村にその身を両断された。

事の顛末を知るツクヨミとヨルムンガンドは、改めて謝ることはないと、そう声をかけようとしたのだが。

「我は影。命令や指示のあるうちは余分な思考が出来ぬ故、「死神を監視し、想定外の事態になればまず彼女を処分せよ」という指示をただ実行していたのだ・・・言い訳になってしまったな、本当に・・・すまない」

その言葉に、ヨルムンガンドが激昂する。

「んだと!?そんなの初耳だ!!・・・てことはあの野郎、最初から嬢ちゃんを利用する気だったってのか!?」

矛先はバルトアンデルスではなく、安村久遠。

その場にいない生徒会長に向けて、鉄鎖の蛇は吠える。

「・・・そういうことになるな。我にもあやつの考えは分からん。こうして自由に動けるのも、何かの罠だと疑ってすらいる」

その声は震えていたが、それを隠すように平静さを保とうと努力しているのがにじみ出ている。

「お主が気に病むことではなかろう、そう自分を追い詰めるでないわ。しかしあの生徒会長とやら、何を考えている・・・?」

「殺人鬼討伐自体は前期征伐メンバーが行なっていたが・・・これは私の憶測に過ぎないのだが」

一旦区切り、三人の目線が自分の前で交差するのを確認して、バルトアンデルスが重い口を開く。

「あやつは・・・前期征伐メンバーを、ジャック・ザ・リッパーの力量を測るための捨て駒として考えていたのやも知れん」

「・・・その根拠は?」

「眼だ」

そう語る影の獣の表情は、何か恐ろしいものを想起しているような青暗いものだった。

「あいつは目の前で仲間が死んでいるのに、何一つ取り乱さなかった・・・それどころか何も変わらない。表情筋、指先、身体のあらゆる全てが、人の死に何一つ反応してないんだ。そしてその眼には・・・人の命は入っていなかった」

聞いている誰もが、怯えている、と感じる話し方だった。

「あいつは!・・・人間を、いや、・・・あらゆるものを自分のための道具としか考えていないのかも知れない・・・」

震えが激しくなるその人を模した身体を、ツクヨミが優しくさする。

「もうよい、十分じゃ。それが事実だとすれば・・・警戒すべきは学院上層部じゃ。生徒会長の思惑が知れぬ以上、学院の教師にすら疑惑の目を向けていた方が賢明じゃろう」

新顔である彼を除いた二人と一体が、無言ではっきりと頷く。

何のことやらと思っている彼を見て、ヨルムンガンドがまとめにはいる。

「まあなんだ、お互いお偉いさんには気をつけようってことだ。そして言うまでもないが」

「政府」。

その場にいた、意識のある誰もが心の中でそう付け加える。

ツクヨミも、ヨルムンガンドも、バルトアンデルスも、そして「彼」も。


今回の戦いで、それぞれの目線から人間を見定めた彼女達は、各々の拳を合わせて、饗宴の終わりを告げるように口々に、高らかに己の意思を宣言する。

「妾はこの命ある限り、我が友に月の加護を授け必ずやその命を守る」

「俺は嬢ちゃんを絶対に死なせねえ。・・・まあ今は、あいつも、な」

「我は影。光あるものに付き従うのみ。だがあの者が非道を為すというならば、この身にいかなる誹りを受けようとも叛逆の意を持つことを誓おう」


そして、彼は。

円卓に属するある人物の名を冠する彼は、今宵初めて言葉を紡ぐ。


「借り物とは言え、円卓の騎士王の名にかけて、そして我が剣にかけて誓おう。この世界に住む多くの民草に、救いの光を与えんことを」


この場において、いささか場違いとも取れるその発言に、二人と一体の精霊は目を丸くして、次いで各々の笑みを浮かべる。

それは苦笑でもあり、ちょっとしたからかいの笑みでもあり、しかし確実に好意的な笑みであった。



イギリスのロンディニウムの悲劇の最中、その精霊は誕生した。

皮肉にも騎士王の名を冠する彼が最初に見たのは、滅び行く祖国の惨状だった。

怒りに震えた彼は英国を飛び出し。

数年間、各国を彷徨い歩き。

そして、見た。

光の剣が、祖国を滅ぼした魔物を討ち倒す瞬間を。

彼に恩返しがしたい。

いや、しなければならない。

しかし、見定めなければならない。

力を貸す時を。

少年が自分の力を求める、その時まで。


その精霊は、はるかな高みから彼の行く末を見守るだろう。

いつか訪れると信じるその日を待って。

騎士でもあり、王でもあり、そして獅子の心を持つ彼は。

いつの日か少年と、契約を結ぶことを夢見ながら、その饗宴の場を去る。


その精霊の名はーーーーーーー
















同時刻、とあるビルの上。

「我が主、四体の精霊がここから一キロほど離れた所に集まっているが、どうする?」

訪ねてくる刀に、無言で首を振る。

何もせずとも良い、と言う合図だ。

主と呼ばれた少年は、ただビルの上から一点を見つめて微動だにしない。

彼の見つめる先は、自らも属する滝宮学院の征伐メンバー達が、ある魔物を討ち倒したことを記念して行なっているパーティーの会場だ。

少年がビルの上に現れたのは、その開催より少し前。

戦いを終えた征伐メンバー達が、救護班らしき集団を筆頭として難民の救助活動に当たっていた、丁度その頃である。

「我が主よ、少し宜しいか」

先程と同じ刀が、少し遠慮がちに声をかける。

小さく首をかしげると、それを続きを促す合図だと取った刀が続きを述べる。

「一ノ瀬からの連絡が入った。「あれ」の活動に備えてモータルの戦力を削いで欲しいとのことだ」

刀の言う連絡とは、一ノ瀬の持つ携帯電話からの電波である。

メールや通話の際に送られる電波をキャッチし、それを人間の常用語に言語化したのだ。

並みの刀にそんなことできるはずもないが、「彼等五本に限って」は、それが可能だ。

「・・・好きにしろと言ったくせに、奴が寄越すのは命令ばかりか?炎雷」

苦々しく、そして憎らしく言ったのは、少年では無い。

少年の背に付けられた、三本の刀の真ん中。

女性の声色で吐き捨てるように言うその刀に、今度は少年がたしなめるように言う。

「恩返しというわけでは無いが、ヤツガレが彼奴に感謝しているのもまた事実。力になれるなら、出来るだけなっておきたいんだ、咲雷」

そう言われて押し黙る咲雷と呼ばれた刀に、別の刀がからかうように言葉を投げる。

「そうだぞー、我が主はお優しいからなぁ。例え百年閉じ込められようが出てくる感情は出してくれた一人への感謝だけだ」

咲雷に投げられたはずの言葉だが、その皮肉の矛先は少年に向けられていた。

否定の言葉を出さなかった少年は、代わりに苦笑する。

「そう言わないでやれ、若雷。優しいのは良いことだろう。・・・すまぬな我が主、この大雷が謝罪しよう」

言葉の上に更に申し訳なさを乗せて、自らを大雷と呼ぶ刀が謝罪する。

対して若雷と呼ばれた刀は、どうやってか、フンッ、とつまらなそうに息を吐き、そのまま黙り込んでしまった。

「別にいい。ヤツガレ自身も甘さは感じている。ただそれを直す気になれないだけだ」

またしても苦笑しながら、というよりはいつものやりとりにすっかり慣れているという風に、少年は言葉を返した。

「とりあえず、一ノ瀬が言っていたモータルを潰しに行こう。ここから一番近いのは・・・ここだな」

いつのまにか取り出していた地図を見やり、自らに言い聞かせるように呟いてある場所を指さした後、その身は黒と濃紺のコントラストと、それを飾る星々に彩られた夜空に飛び、消える。


その少年は、自らの本名を忘れていた。

本名自体は一応あるのだが、今は確認する手立ては無いに等しい。

故に彼に与えられたのは、とある男に付けられた、願いを込めた四つの文字。

夜の闇のように黒き意思を持ち、神すら切り裂く刀となれ。

その願いを名として彼はここにいる。

夜闇に溶け込むような黒い制服に身を包みながら。



黒神刀夜、それが今の彼に付けられた「願い」だった。














自警団本部

二つの宴の、その最中。

一人の男が、目を覚ました。

「良かった・・・貴方までっ、居なくなっ、しまっ・・・かと・・・!」

歳に似合わない程涙を流す二十歳近くの若い男が、壮年の男に言葉をしゃくらせながら言う。

涙をぽろぽろとこぼす若者を見た男は、全身に巻かれた、血で紅く滲んだ包帯をどこか他人事のように見下ろし、次いで若者に小さく笑いながら声をかける。

「俺がいなくなるわけ無いだろう。俺がいなくなったら、ここが終わっちまう」

そこで、男の右腕に針を刺すような痛みが走る。突然のことに言葉を切るが、何事もなかったかのように口を開く。

「そう簡単に終わらせるかよ。あいつが作ったこの自警団を」

どこか挑戦的にそう言って、壁にかけられたある一枚の写真を見やる。

写っていたのは、一年前の写真。

自衛隊の、それもかなり上の役職に就いているであろう初老の男性と、傷を負う前の壮年の男性が、肩を組んでにこやかに笑みを浮かべている。

その周りに、迷彩色の制服を着た男女が、ざっと見ただけでも百はいた。

どの顔も口角を上げ各々の笑みを浮かべ、しかしその瞳には確固たる信念が宿っていた。

「しかし驚きました。まさか・・・あんな化け物と戦って、生き残った、だなんて」

まだ涙が収まらない若者が、眼からこぼれ落ちる液体を意に介さず口を開く。

「生き残った・・・そうだな」

男は胸に手を当てて、様々な人の顔を脳裏に浮かべる。

まず浮かべたのは、今回の防衛戦で最も活躍したと言っても過言ではない、ある学院に所属する女子生徒。

ぱっつん頭に丸眼鏡の、男より大分身長の小さいその女子は、男達よりも更に低い年齢でありながら、心身ともに大きく削りその差を埋めて余りある働きをしてくれた、永江と言う名の少女。

面と向かって告げた言葉に上乗せするように、胸中で再び感謝を込める。

次に浮かび上がってきたのは、目の前にいる若者とは別の、二十歳頃の男。

家庭に恵まれ、これからと言うところで運悪く襲撃に遭い・・・命を落とした。

次いで、三十代、四十代、老、若、男、女。

あるいは自警団に入ったばかりの威勢のいい十八の若者も、男の脳内にはっきりと投影されている。

・・・皆、今回の防衛戦で命を落とした者達ばかりだ。

そして、彼らの犠牲の上に、自分が立っているということを、男は改めて認識する。

一人一人全員に胸中で感謝と、そして黙祷を捧げ、男は静かに口を開いた。

「感謝と、そして詫びを伝えないとな。・・・あいつらに」

「詫び、ですか?」

そう言って、壮年の男は、若者に顔を見られないようにそっぽを向く。

その瞳には、若者のものよりも大粒の、涙がこぼれかけていた。

「俺の力不足で・・・死なせてしまって・・・すまなかった・・・ってな」

若者は、悲痛なまでのその声に何も返せず立ち尽くす。

やや時間をおいて息を整えた男が、重々しく口を開く。

「香月、電話を頼む」

「?は、はい。何処にかけましょうか」

香月と呼ばれた若者が、自らの腰のポケットからスマートフォンを取り出し、ダイヤルの画面を素早く呼び出す。

「今からいう番号にかけて、俺の耳元へ持ってきてくれ。いいか、ゼロ・・・」

ゼロから始まる電話番号を十一桁、ゆっくり明確に順番に告げて、それを入力した若者が、コール音がなるのを確認して男の耳元へマイクを近づける。

『もしもし』

初老の、たった一言だけで辺りに厳格さを漂わせる声が、スマートフォンからこぼれる。

「おう、俺だ。いくつか伝えたいことがあってな・・・」



男の名は、鮫島 純一郎。

かつて陸上自衛隊に所属し、電話相手の男とともに国を守っていた英雄であり。

新宿自警団の創始者、その一人である。

なんというか、これ新章開幕と言うよりは接続章ですね・・・

あとがきとなりました、オルタです。

要は長ったらしい後日談、という感じのこの話ですが。

新キャラや「政府」の思惑、安村久遠の謎など、色んなキーワードが出てきました。

あと1〜2話の接続章の後、いよいよ新章開幕となります。

その時をどうかお楽しみにしてくれたら嬉しいです。

オルタでした。

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