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聖戦学院  作者: 雪兎折太
28/56

聖戦学院 26話 反撃

傷つき倒れたルクスの代わりに一人ジャックに対峙するレイン。

擬似精霊の真の力を解き放ち、その血を捧げながらもひたすらに戦う。

彼女が稼いだ時間、その狭間に生きる者たちは・・・

「クソっ、思ったより時間かかっちまったな・・・ったくなんでこんな時にトイレに駆け込んでるんだお前は!!」

「それ女の子に聞きますか!?デリカシーのかけらもないですね先輩やっぱり帰っていいですか!!」

「お前が行くって言い出して聞かなかったんだろうが!!」

二人の学生が文句を言い合いながら地下一階を駆け回る。

方やサバサバとした黒髪をなびかせ青色のグローブをした血気盛んな背の高い少年。

方や茶色のツインテールに二振りのチャクラムを携えるどこかあどけなさが残る少女。

滝宮学院在学生、桜木悠と天野美月だ。

「まあ言われた部品は持ってるみたいだから良いが、もう少し緊張感をだな!」

「だから女の子にそういうこと言いますか!?ここで首落としますよ変態先輩!!」

「誰が変態だ!!」

ぎゃあぎゃあと言い争いながらも、その動きは間違いなく素人のものではない。

逃げ惑う人の逆風に乗るように、一切勢いを落とすことなく走り抜けていく。

左に、右に、時には上に、下に。

一陣の風が吹くが如く、吹き抜けるように突き進む。

その人混みもやがて薄れ、外界の自然の光が流れ込むように二人の目に入る。

天道寺やブラッドレインのいる戦場へと誘う、地上一階への階段だ。

「見えた、地上だ!」

「早く永江先輩に会わないと!」

覚悟を決めて光の先へと突き抜けんとしたその時、偶然にももう一つの光が彼等を見つけた。

漆黒と翠の螺旋と、それに連れられる人影。

戦線離脱した天道寺ルクスと、彼を運ぶ精霊ヨルムンガンドだ。

「む?お前たちは・・・」

鋼鉄の蛇にも短剣にも似た顔が二人を捉え、瞬時に全速力の乗用車もかくやという速さで二人の方へと飛び、彼等の目の前で風を巻き起こしつつ急停止。

その様子を呆然とみていた少年と少女だが、ゆっくりと地に降ろされる口に咥えられていた少年を見て、二人の感情は途端に爆発する。

「ルクス!?なんでルクスがボロボロに!?」

「ルクス君!!!」

友人のあまりの容態に驚きと怒りを隠せずに、荒ぶる感情の矛先は運んできた蛇鎖へと向かう。

「おい死神の精霊!!なんでこいつがボロボロになってんだよ!?」

「あ、あたし達がここに来る前に、向こうで一体何があったの!?」

半ば悲鳴のような詰問を、蛇鎖は何も言い返さずに淡々と真実を告げる。

「こいつとうちの嬢ちゃんが例の危険種と交戦した。それだけだ」

「それだけ・・・だと!?テメェルクスに何やらせてやがる!!一年だぞ!?真っ先に逃がしてやらねえとなんねえ奴だろうが!!」

「先輩、今は言い争ってる場合じゃないですよ!」

様子をただ傍観するかのような無感動さを感じさせる佇まいで二人を見つめ、再び静かに口を開いた。

「誤解するなよ、こいつは自分の意思で化物と戦うことを選んだ。無謀だろうが蛮勇だろうがまずはそれを褒めてやるべきじゃねえのか?」

「テメェにルクスの何が分かる!!!」

とうに冷静さを感情の溶岩の中へと落とした桜木が、その余波を蛇鎖へと乱暴に向ける。

だがまるで諭すような口調でヨルムンガンドは言い返す。

「勿論分からねえさ、俺にはな。だがアンタもこいつのこと分かってねえ」

「んだと!?」

「こいつが嬢ちゃんを連れて行く時なんて言ったと思う。「死んでも死なせたくない。力を貸して」だ。自分が死んでもいいと、あいつは言ってのけた!お前はあいつの決意を否定するのか?」

「黙れ・・・黙れ!人殺しの分際で!ルクスを語ってんじゃねえ!!」

感情の昂りを表すかのように炎が溢れる右手がヨルムンを掴もうと伸び、桜木を宥めようと天野が手を伸ばしたその時。


ーーーーーーーヴヴヴヴヴヴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!


遠く彼方から大気を揺るがし、地を震わせる怒号が轟く。

辛うじて人の声に聞こえるそれは、あらゆる怒りを、悲しみを、喜びを無に帰する咆哮。

溢れんばかりの怒りを、恨みを、殺意を、二人と一体の聴覚に訴えかける。

「なん・・・だ、今の、声は」

「何なの・・・聞いたことのない、声」

愕然とする二人に対して、ヨルムンガンドは酷く冷静だった。

だがそれは知っているから、というよりももはや諦観に近いものであり。

それでも告げるべきことを告げるべく口を開いた。

「・・・今のは、お嬢ちゃんの声だ」

もう何度目になるかわからない驚愕。

戦慄でも恐怖でもなく、ただただ名前のつけ難い感情を募らせるその声が、人間のものだと。

「あいつはかつて守るべきものを、大切なものを失った。それが今!自分の命をすり減らしてまでこいつを守ろうと戦ってる!言わせてもらうがな人間!!俺達にとっちゃ貴様らの方がよっぽど人殺しに見えんだよ!!!」

その事実に、その気迫に、二人は愕然とし息を飲む。

その間にも叫び声は何度も飛来し木霊して地下へと届き、今もなお死神と呼ばれた少女が激戦を繰り広げているのが容易に想像できた。

まともな援軍の期待できない、この状況で。

「一応聞いておきてえ。他の滝宮の連中はどうなってる?」

「・・・多分生徒会長が集めているところよ、それでもあと五分はかかると思う」

「・・・・・・状況は最悪か」

忌々しげではなく、憎らしげでもなく、ただ悲しそうな面持ちで静かに呟く。

「・・・・・・頼む」

鋼鉄のこうべを垂れ、ヨルムンガンドが人に請うた。

精霊たる彼が人間に頭を下げるなど、精霊の間では考えられないことだ。

超越者が無能に何を頼む。

支配者が奴隷に何を請う。

天上の意思は人に願いを告げるのではない。

ただ従えと命ずる為に彼等は口を開くのだ。

何故なら精霊とは人間に付き従うものではなく。

人間の頼みを受けて側にいてやってるに過ぎないのだから。

だが。

それでも。

彼は頭を下げる。

「契約者」のためではなく「少女」のために。

「駒」のためではなく「少年」のために。

「意思」のためではなく「命」のために。

「俺のことをどれだけ憎もうが、恨もうが構わねえ。嬢ちゃんを・・・こいつを、こいつらの願いを・・・守ってやってくれ」

懇願。

悲痛。

彼らの事情を深くは知らない桜木と天野は、各々の激情を抑え、困惑しながらも首を縦に振った。

「頼んだぞ」

短く告げて、蛇鎖は人の渦の中へと潜っていった。






「くっ、眩し・・・チッ、やっぱりか!畜生!!」

「やっと着きましたね。しかしこれは・・・」

一階へと辿り着いた彼らの前には二人の予想通り血の海が溢れ、無造作かつ乱暴に敷かれたレッドカーペットの如く地面を覆っていた。

そこにオブジェのように横たわる、人間の死体。

近くにも、遠くにも、これまた乱暴に投げ捨てたように無造作に置かれていた。

あたかも要らなくなった玩具を乱雑に放り投げたかのような扱いに、二人は隠しきれなくなりそうな怒りを必死に堪える。

それでも少年少女は必死に無駄な感情を切り捨て、思考を巡らせるのを止めずにひたすらただ一人を探す。

地上の自警団の中で生きている人間は、おそらく右手の指で数えられるくらいしかいないだろう。

酷い光景だと思いながらも二人は階段を登る。

その足取りは決して軽くはない。

階段を登れば、いかなる言い訳で逃げることもできなくなる。

それでも前へ進むのは、二人が強いからではない。

二人にとって大事なものがあるからこそ、前に進むのだ。

彼等はまだ大人とは言えず、かといって子供でもない。

あやふやな精神だからこそ辿り着ける境地。

社会に従いつつ、いざとなれば何かの為にその身を投げ出せる勇気。

死体の山を越えて、ようやく地上二階の指令部へと辿り着く。

すぐに見えたのは、一階で死亡していた自警団の制服とは、また違うものを着ている大人の集団だった。

彼等がまだ知る由も無いが、新宿駅自警団は総勢二百名から成り立ち、そこから四つのグループに五十人ずつ分けられる仕組みとなっている。

それぞれのグループのリーダーが違うだけで大した差はないが、今動いている男達は総じて地下で避難指示や防壁の作動を行なっていた、言わば裏方だ。

その彼らを指導するのは、剥き出しになった砲身が目立つ窓際から、災禍と災禍の衝突点をじっと見つめる一人の少女。

幼さや可愛さといったものは微塵も感じさせず、ただ静かに立つ永江菖蒲の姿は、二人にはまるで戦場に倒れる兵士に鎮魂歌を捧げる楽師のようにも、死力を尽くして雑兵を指揮する指揮官のようにも見えた。

「せ・・・」

「・・・」

いつも見る彼女の明るい姿、怒った姿、日常の姿、そのどれにも当てはまらない、余りにも現実離れしたその姿に思わず立ち尽くす二人。

そんな二人の気配を敏感に感じ取った永江が音を立てて振り向き、物凄い速さで歩み寄る。

「二人ともよく来てくれたッス!さあ、早く部品を!」

焦燥、衝動、消耗。

言葉の上に乗っているのは喜びや嬉しさといったものでは無く、切望、渇望、勝利へと駒を進めたい欲望ただ一つ。

早口でまくしたてるよりも更に早くその手が閃き、二人の持っていたバスケットボール程の大きさの機械部品、いや何らかの小型機械をひったくる。

二人が何かを言うよりも早く地面に叩きつけ、歯車とネジの血肉をバラバラに飛び散らせる。

「なっ!?」

「・・・なるほどね」

目を見開く桜木とは対照的に、納得したように息を吐く天野。

二人の視線の先では、既にバラバラになった部品が大きな機械に生まれ変わって佇んでいた。

「準備は出来たッス、早く死神の所へ向かうッスよ!」

「ちょ、ちょっと待って下さい!?それは余りにも性急すぎでは!?」

冷静さを失った永江を、慌てて天野が制止する。

彼女が平常でないのも当然だ。

彼女は位置の関係で、警報が鳴ってから僅か三十秒でここへたどり着いた。

これ以上死人を増やさないべく、自ら前線での指揮をかって出て、多くの人に何度も指示を飛ばし、自分の武器を貸し与え、必要な機械を作り、過剰稼働をさせ、それはもう百人力の働きを見せた。

それでも多くの人が自分の采配不足で殺されるのを、彼女は何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、その目で、目の前で、見てしまった。

自分のせいで、自分の力不足で、誰かが死ぬ。

それは、彼女が最も嫌い、最も避けたいと常日頃願っていることだった。

「止めるな、ガキが!!」

その腕を、乱暴に振り払う。

今まで待っていたのは、戦力が来るのを信じていたため。

滝宮の誰かが来るのを、ただひたすら信じていたためだった。

「お前達がもっと早く来ていれば!」

そう、もっと早く来てくれていれば。

「こんなに、みんな、いっぱい・・・死ななかった・・・」

自然と彼女の目から涙が溢れる。

彼女も分かっていた。

自分にもっと力があれば、こんなことにはならなかったと。

決して下級生達、ひいては滝宮生達のせいではないのだと。

天道寺と死神にも、怒るべきだったのだ。

なんで二人だけで来たのか、と。

命を捨てるようなことをするな、と。

だが、彼女にその選択肢はなかった。



「先輩、行きましょう」


悲痛な泣き声を止めたのは、新たに現れた一人の青年。

黒縁のメガネ、短い黒髪。

携えるはセルリアンブルーの弓。

「もう一人も死なせませんよ」

滝宮学院二年、里村輝の姿が。


いや。


滝宮学院今期征伐メンバー全員の姿が、そこにはあった。


「私達が、います」
























鈍い金属音が、次々と鳴り響く。

鉄製のドラムスティックで乱暴にシンバルを乱打するかのような殺意の衝突音が逆巻く波となって空間を歪ませる。

風が、砂塵が、大気が震え、世界が捻じ曲げられ、異界に導かれたかのような光景。

その中心にいたのは、二つの影。

一つは、ヒトの皮でできたフーデッドローブを脱ぎ捨て、長い凶爪を携えた完全なる二足歩行の魔獣として顕現した殺人鬼、ジャック・ザ・リッパー。

対峙者が瞬きする間にその身を白い世界に溶かし、霧に紛れて死角からたった一人の命を狙う、狙う、狙う。

一瞬だけ音を立てて、世界を隔てるように立ち込める霧から何度目ともつかない死を呼ぶ一閃が駆け走る。


それを、もう一つの影が弾き返す。


その突撃に、純粋な力で勝利する一撃を、それは振るう。

担い手を隠す白きベールごと斬りはらい、現世に姿を現したのは一人の少女。

大剣から伸びる漆黒の針を全身に打ち込まれ、紫と紅が織り混ざりったスパークを全身から迸らせて、獣のように再び吠える。

「ヴヴヴアアアアアア・・・アアアアアアアアアアアア!!!!!」

もはや人のものではない、だが辛うじて人のものと認識できるその声は、彼女をよく知る人間でさえ怪物と誤認してしまうようなものだった。

否、誤認というのはおかしい。

なぜなら彼女は既に怪物となっていたからだ。

ダインスレイヴから伸びる魔針から、自らの血を糧として体内に送り込まれる紫紅の光。

それはダインスレイヴという擬似精霊を構築するエネルギー、存在の証。

精霊の細胞を人の身に移すことが、何を意味するのか。







・・・それは、文字通りの人外化。

人の器官、人の骨格、人の筋肉。

その全てを精霊用の物へと一時的に昇華させ、人の意識下で精霊の肉体の操作を可能にする。

だがその代償として、一定レベルの思考回路の停止、即ち一般的な発音や思考が不可能になり、加えて細胞を生成するにあたり担い手の、つまりはあたしの血液が常に吸い取られるようになる。

痛い。

針が、あたしの生き血を吸う。

痛い。

肉をえぐり、骨まで届くかというところまで深く、深く食い込む。

痛い。

その痛みが、力を与える超越者の加護の証。

それがダインスレイヴ。

あたしの、もう一つの、相棒。

もうあたしは、何も考えなくていい。

ひたすらに剣を振り、相手を殺すことだけを、ただ実行すればいい。

人である必要すらなく、ただ獣のように。

やつと同じく、巨人や怪物もかくやという右腕となったダインスレイヴを。

振り回せばいい。


そう。


このように。


虚空を巻き込み引き裂くように、異形の大剣となった精霊を一際強く薙ぎ払う。

殺意と戦意のままにあたしが放った一撃は、霧の中を飛び回る殺人鬼のはらわたを捉え、深く。

まるで大地に鎌を突き立てるように、えぐり、引き裂き、削り取るーーーー!!!

「ーーーーーー!」

苦悶の声すらあげられずに無音で霧へと逃げ帰る殺人鬼に、あたしは獰猛な笑みを浮かべて距離を詰める。

やつと同じように霧の中を突き進むその間にも、水槍が間欠泉のように飛び出して、刑事ドラマで見るような通行止めテープのごとく張り巡らされる。

白き世界に黒き乱入者を許さないそのバリケードに対し、あたしは何もせずにただ突き破る。

本来なら身体がバラバラになる文字通りの自殺行為だが、言うなれば半精霊となったあたしにはその程度の攻撃は対して意味をなさないどころか、児戯にも等しい。

かけっこのゴールテープを次々と断ち切り、異端の決闘相手を追い続ける。

「!」

途端、気の流れーーーーー正確には霧の水の微弱な流れだがーーーーーを感じ取り、あたしは魔剣を盾のように構える。

そこへ吸い寄せられるように、あたしの動きと一瞬のラグもなく魔獣の爪が突き立てられた。

それに続くように、目視で確認する限り、数十もの霧槍がスコールのように降り注ぐ。

少しだけ力を入れて、全身から溢れる紫紅の光を右腕に集中させる。

それは、先ほど一撃を防いだ盾を更に覆うように巨大な壁となり、あたしの身体を覆う。

甲高い音は全て霧に吸収され、無音の絨毯爆撃が繰り広げられてなお、あたしは笑みを崩さずにいた。

普段のあたしなら皮肉の一つや二つかけたところだが、今は言葉すらひねり出せない状態だ。

だから、代わりにこいつをお見舞いすることにした。

雨が止んだ後の刹那、一気に光の面積を小さくする。

凝縮された光が胎動を抑えきれずに不安定な揺らぎを見せーーーーーーー


そこに向かって、あたしは大きくーーーーーーーーー吼えた。


「ガーーーーーーーーアアアアアアアアアアアア!!!!!」


普通の人間が叫んだところで、ただの大声にしかならない。

小さな空気の揺れは何も生まず、握りこぶしのような感情を世界へ突きつけるだけだ。


だが。


今のあたしは怪物だ。


「ーーーーー!?」


あたしの声は、それこそ号砲というのが正しいくらいに辺りへ轟き、無色無臭の鉄槌として周囲に放たれた。

振り下ろされた鉄槌の一つは撃鉄となり、不安定な力の揺らぎを大きく崩す。


まるで引鉄を引いたかのようになめらかに、「それ」は撃ち出された。


光はあたしの放った風を纏い、螺旋を描いてまっすぐ飛ぶ。

さながら小型の竜巻のようにも見えるそれは、おそらく常人には目にも留まらぬーーーーーあたしにははっきりと見えるがーーーーー速さで弾丸のように空を切る。

向こうもただの咆哮だと判断していたのか、遠目に見てもあからさまに対処が遅れているのがわかる。

それでも大きく身をひねり避けようとするが、あたしの声はそれを許さない。

放たれた小さな螺旋は徐々にその面積を増して扇型に広がって行き、回避可能と思われた殺人鬼の身体をすっぽり覆った。

もっとも広いところほど勢いが弱いのはあたしもよく分かっている。

それに、相手も身をひねりながら防御姿勢もとっているあたり察していたのだろう。

だが次の機会は与えない。

大きく踏み込んで、跳躍する。

僅か数秒にも満たない小さな嵐を防ぎきったやつの元へ、間髪入れずに必殺の一撃を叩き込む。

何度も、なんども、ナンドモ。

怒りのままに、怒りのままに、怒りのままに!

霧の中へと逃げて行く殺人鬼をただひたすらに追い求める。


時間がない。


この姿になってからそろそろ四分が経過する。

身体も僅かずつではあるが重みを増して、力をまともに出力できなくなってきている。

それに、あたしがこいつを殺せないのは、実はもう分かっていた。

だからこそ、少しでも手数を増やし。

少しでも手傷を負わせる。

いつか来る彼等のために、それを信じる彼のために。

この命をできる限り燃やし尽くして、あの化け物を弱らせる。


何度目かのあたしの斬撃が、殺人鬼の身体を両断した。

あたしは笑みを崩さない。

それでは、やつは死なない。

「器」を壊すだけでは、やつは消えないのだ。

ほら。

今も周りにいるじゃないか。

それこそが、やつの正体。

白い幕内から再びあの姿が現れる。

氷鳥をも置き去りにする速さで、あたしの首を取るために。

・・・もはや姿を見ずとも迎撃可能。

研ぎ澄まされたあたしの感覚は、既に人のものを超えている。

だからこそ、腕を振るだけで防げる。

ダインスレイヴ越しに見えるやつと視線が交錯する。

その顔が、その目が、憎い、憎い。

彼を傷つけたその爪が。

彼を恐怖させたその霧が。


彼との時間を奪ったお前という存在が!



だからこそ、笑みを崩さないのだ。


人間の笑顔とは。


本来、攻撃的なものなのだから。

















一人と一匹の激戦区を、よく見渡せるとある場所。

黒一色の服装に身を包み、まるで夜の帳がそこだけ降りているかのような闇を感じさせる少年は、一人空から戦況を見ていた。

牢を抜け出し、森を駆け抜け、瓦礫街道をかき分けて。

辿り着いたその地にいるはずの、「彼」を探すために。

だが、彼は人間である。

故に、同族が殺されるのは、嫌いだった。

腰につけた一対の刀を音もなく抜き、じっと一匹を・・・ジャックと呼ばれる危険種を見つめる。

彼女達は気づかない。

この戦場に、新たに一人の滝宮生が現れたことを。


「助太刀、するよ。火雷、土雷」

あとがきとなります、オルタです。

お久しぶりですという割にはあまり期間は開きませんでしたが・・・なんとか更新ができるようになりました。

諸々の挨拶は電脳戦線の方でも申し上げましたが、重ねてこちらでも申し上げさせていただきます。



さて本編ですが、新宿編の大詰め、ジャックと滝宮との全面対決まであと僅かとなりました。

レインも命がけで食い止めてはいますが、それだけで勝てるはずもありません。

会長が示した作戦とは。

謎の黒い少年の正体とは。


次回、新宿編最終話です。

どうかお楽しみに!オルタでした。

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