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聖戦学院  作者: 雪兎折太
25/56

聖戦学院 24.5話 霧の中の記憶

それは、後にある都市の悲劇として歴史に残る小さな事件。


彼女はかつて、まだモータルという存在があまり世界的に知られていない頃、遠い国のとある都市で生まれた。

英国、イギリス、ブリテン、様々な名で呼ばれるその島国に生まれた彼女が最初に見たものは、霧だった。

霧、霧、霧。

辺り一面に立ち込める霧の中で彼女は彷徨う。

脳裏に響くドス黒い声が、人を殺せ人を殺せとしきりに叫ぶ。

三叉の音が反響するように、何度も何度も。

人を見かければ、それが親を殺した仇のように映り。

人の声を聞けば、それは脳を揺さぶるノイズになり。

人の匂いを嗅げば、それは胃液とハラワタを揺さぶり逆流させる衝撃となる。

殺意を、殺意を、殺意を。

殺せ、殺せ、殺せ。

血を吸い肉を喰らい骨を断て。

皆殺し、皆殺し、皆殺し!!

繰り返す。

何度も。

辛くて、苦しくて、抗うのをやめてしまおうと何度も思った。



そう、彼女はモータルだった。

人類の天敵たる存在として、世界に君臨せし怪物の一体。

本来ならば彼女も例外なく殺人衝動に飲まれ、欲望のままに人の肉を裂き骨を砕き、命を奪う化物となっていただろう。

ーーーーーーーーだが、彼女は人を殺さなかった。

ただの猿からモータルとなり、歪んだ命となったその日からも、彼女はただ一人として人を殺める事はなかったのだ。

その原動力は単純だった。

彼女はモータルになる前、怪我をしていたところをある少年に救われていたのだ。

少年の名はジャック。正義感の強い警察官志望の学生である。

弱きを助け強気をくじくを地でいく彼は、密猟者の罠にかかってしまった彼女を

動物がモータルになる前の記憶は大抵は全く残らない。

しかし彼女は違った。

助けてくれたことに対する恩義と人間に対する感謝、何よりその少年への強い思いが、彼女の記憶を留まらせた。

それでも一部のモータルを敵対視する人間には「ビッグフット」などと呼ばれ、蔑まれ、時には剣を向けられることもあった。

そう、彼女の望みは「ワタシを助けてくれたジャックに会いたい」「強くなったこの身体で人間に恩返しがしたい」ーーーーーーーそれだけだった。

まだうまく言葉を喋れない彼女だが、身振り手振りや文字を駆使して都市の西端から東端へ、長い時を掛けて辿り着く。


しかし、肝心のジャックに会うことは出来なかった。


そんな彼女に東端の街の人間が提案したのは、意外なことに共存だった。

最初は異形の存在に戸惑いこそしたものの、彼女の穏やかさはあっという間に街全体に広まった。

やがて彼女のことを知った市長が彼女を探し、仕事を紹介して、この街に住まないかと声をかけたのだ。

「人間への恩返し」。

彼女のもう一つの願いは、ついに叶ったのだ。

普通の人間にとって過酷な仕事でも、彼女にとってはお茶の子さいさい。

あっという間に彼女は街の人気者となった。

そのうち彼女は思っていたのだろう、ひょっとしたら、と。

ジャックには会えなかったが、子供は遊んでくれるし、大人は食べ物をくれるし、彼女もその優しさに応えようと仕事をしたり地域に貢献したり。

モータルのワタシでも、このまま生きていけるかもしれない、他の同族達が人間を憎もうとも関係なく、ワタシの意思で人間達と生きていく事が出来るかもしれない、と。

事実、当時の彼女は市民からは本当に慕われており、都市を攻めてくるモータルを撃退し、お礼として衣食をもらうなど、まるで人間のような生活を送っていたのだ。


このまま上手くいくーーーーーーーーそう思っていた。


きっかけは、霧が深く立ち込めていたある日に起きた、たったひとつの小さな事件。

彼女が住まわせてもらっていた家の近くの銀行で、銀行強盗が起きたのだ。

何事かと彼女が銀行へ向かうと、多数の警官が強盗犯と銃撃戦をしているところへ出くわした。

この街の人達以外の人は、ワタシが無害だと知らないから、あまり近寄らないほうがいい。

そう聞いていた彼女は素直に引き返そうとしたのだが。

彼女は見てしまった。

彼女が旅していた長い時間の間に、立派な警察官となった、ジャックの姿を。

抑えられなかった。

ずっと会いたかった人が、今そこにいる。

けど、危ない人たちと戦っている。

ーーーー助けなきゃ!!!

彼女はモータルとしての身体能力を駆使して銃撃戦をかいくぐり、警官隊の前へと躍り出た。

困惑する彼等をよそに、なおも銃を構える五人の強盗犯を、一人、また一人と気絶させていく。

最後の一人を捉えたところで、その身柄を警察へ引き渡そうと運んでいると。


彼女の心臓を、鉛玉が貫いた。

何が起こったのか、分からなかった。

撃たれた?ワタシが?何故?ワタシは貴方達を傷つけてなんて・・・

呆然とするも、彼女の身体は既に既存の生命体を超越している。

ただの銃弾が一発身体を貫いたところで、致命傷には到底なり得ない。

だが、それでも彼女は傷つけられたのだ。

何故なら。

その銃弾を撃ったのは、ジャックだったのだから。

「じ、じゃっ、く?じゃっく!!!」

ずっと練習していた発声が出来たという喜びすら忘れ、恩人の名をただ叫ぶ。

咎めるためではなく、再会を喜ぶために。


待っていたのは、たった一言。


「死ね!!化物!!」


拒絶。

彼女の心は砕け散ったーーーーーーーように思われたが、彼女は諦めなかった。

「じゃっく!ワタシ!あのとき、たすけて、くれた!」

必死に呼びかける。思い出して、と。

「ば、化物・・・喋るな、喋るな!!俺はお前なんか知らない!!」

震えた声で叫ぶ。

怯えているのは彼女に対してではなく、周りの警官からの目線だ。

彼女が知る由もなかったことだが、警官になってからの彼は所謂エリートコースを順調に進んでおり、出世街道を順風満帆に歩いていたのだ。

そんな時にこんな化物と、モータルと知り合いだと思われてしまっては、せっかくの苦労が水の泡だと危惧した彼は。


かつて助けた小さな猿の面影を残す目の前の化物を、容赦なく撃ち殺す事に決めたのだ。


「知らない、お前なんか知らない!」

「おもい、だして、じゃっく!ワタシ!ワタシ!」

銃声、銃声、銃声。

何度撃たれても抵抗すらしない彼女の様子に、流石の警官達も疑念を抱いているが、ジャックは御構い無しにリロードし、撃ち続ける。

「お、おい、もうやめた方が・・・」

「うるさい!!」

見かねて止めに入った警官にまでも銃口を向け、邪魔をするなと暗に告げる。

「こいつは化物だ、ここで殺さなきゃなんないんだよ!!」

だから自分は正義なのだ、こいつの敵なのだと高らかに叫ぶ。

その一言一言が、彼女の心臓を抉り、穿ち、刺し、貫く。

「おもいだして、じゃっく」

「・・・もう黙れ」

いつしか彼女の目からは、大粒の雫が溢れていた。

それでもジャックは鉛玉を撃つ。

手加減も、容赦も、慈悲も、一切なく。

昂ぶる感情に呼応して、心なしか銃弾の威力が増しているような錯覚すら起こす。

「お前のことは知らない、知らない知らない知らない知らない知らない!!!!」


「全く、駄目ですねぇ、ジャック」


ぱち、ぱち、ぱち。

ジャックの背後から、柔和な笑みを浮かべた長身の男が、拍手をしながら現れた。

警官隊の服装を着た、恐らくジャックの上官であろうその男は、ポケットに入れていたナイフを取り出し、周りの部下全員、そしてその様子を見ていた街の住人達へと投げつけた。

「隊長?何をーーーーーガッ!」

「痛・・・な、何をするんですか隊長!?」

「身体が、う、動かない・・・これは一体!?」

「まさか、し、神経毒・・・!?」

「お、おまわりさん、何を・・・」

戸惑う警官達や住人達を一瞥した後、上官の男は感情の全くこもってない声で淡々と告げる。

「モータルに加勢する「お前達」は要らないのです。僕に必要なのは望むままに動く「お前達」なのでね。そんなわけで」

そこで言葉を区切り、左手から紫色の光を解き放つ。

光は泥水のような液体となって左手からこぼれ落ち、警官隊の方へと流れて行く。

「あなた方のその邪魔な意識は、消させていただきましょうかね」

水は突如ばね仕掛けのように跳ね上がり、そのまま吸い込まれるように群衆の傷口へと入り込む。

あまりに一瞬の事に、誰も、彼女すら声を上げられなかった。

紫水が最後の一滴まで各々の身体に入り込んだ後、彼等の身体に明確な変化が起きた。

ジャックを除いた全員の眼が、破裂したのだ。

「ひ、ひいっ!?」

「!?、あなた、なにを、した!!」

怯えるジャックと怒りに震える彼女を他所に、上官の男は不敵な笑みを浮かべ彼女の方へと向き直る。

「言った通りですよ、彼等の意識を消させていただきました。貴女にはこの木偶どもを殺してもらわねばなりませんので」

くっくっ、と笑う上官。

追加で取り出したナイフをジャックに向け、次はそこの男だと暗に告げる。

彼女は湧き出る殺意を必死に堪え、ジャックの安全を最優先させる。

「じゃっく、下がって。ワタシ、まもる」

「お前・・・何で・・・」

彼女はジャックに懸命に笑顔を向ける。

大丈夫だと。

貴方を裏切ったりなどはしないと。

「だって、じゃっくはワタシをたすけてくれたから」

恩返しがしたかった。

感謝の言葉が言いたかった。


ずっと、会いたかった。


「だから、にげて!じゃっーーーーーーーーーーー」



その言葉がジャックに届くことはなかった。

彼女が聞こえたのは、ジャックの声ではなく。

大切な人の心臓を抉り穿ちながら飛翔する、鋼鉄の槍が放たれた轟音だった。

何が起きたのかわからないまま、鮮血を撒き散らしてジャックは倒れる。

痛みに喘ぐ彼の元へ駆け寄るも、彼女の目で見てもジャックが助からない状態にあるというのは、すぐに分かった。

「あ、ああ、いや、いや!いや!!」

子どものようにわんわんと泣く。

涙をあふれさせて、こぼして。

鮮やかな赤色の血と、透明の清廉な涙が混ざり合う。

それを無感動に踏みにじる影を、彼女は睨みつけた。

小さく煙が立つ銃口を向けていたのは、ジャックの同僚、仲間であるはずの警官の一人。

糸に操られる人形のように不自然な、ぎこちない動きでもう一度引鉄を引こうとして、銃を落とす。

とうに意識を消され、上官の傀儡となってしまったことなど知る由もなく、彼女ははち切れんばかりの憎悪をその同僚へと向ける。

「おまえ達・・・ゆるさない・・・!!!」

人形と死人に口は無し。

彼女の怒りの矛先が自分に向こうとも、彼等は何も言わずにただ不穏分子を始末するのみ。

だが糸を手繰る人形師の命令をただこなすだけの機械を壊すのは、彼女にとっては赤子の手をひねるよりも簡単だった。

瀕死のジャックに更なる痛みを与えようとする者達を、頭を裂き、ハラワタを抉り、心臓を潰す。

その中には、一緒に遊んだ子供達がいた。

彼女によくしてくれた肉屋のおじいさんがいた。

結婚するんだと微笑ましく語った若い夫婦がいた。

彼女は、彼女は。


いつしか、泣いていた。


悲鳴の一つすら上げずに次々と倒れていく人形を、上官は満足げに見つめる。

「素晴らしい・・・こうも上手くいくと恐ろしさすら感じますね」

彼女にとってもう上官はどうでもよかった。

ただこれ以上ジャックを傷つけさせないという、確固たる意志によって彼女は動く。

「これで、さいご!!」

言葉の通り最後の一人、警官隊のハラワタを引き裂く。

辺りに溢れる血の海を渡って、倒れるジャックの元へと駆けつける。

「じゃっく、じゃっくじゃっく、じゃっく!!」

傷つけてしまわないようにそっと指先で身体に触れる。

冷たくなって生気の無くなった骸となっていることなどとうに分かっていても、彼女はジャックに語りかける。

「ごめんね、ごめんね、ごめん・・・ね・・・」

何度も何度も繰り返す。

声はかすれ、身体は返り血で赤く染まりながら、大勢の人を殺したことへの贖罪と。

守れなかったことへの、切ない後悔を、詫び続ける。

ごめんね、ごめんね。

ごめんなさい、ごめんなさい。


「誰か!誰か来てくれ!!!こっちだ!人殺しだ、化け物だ!!」


泣き叫ぶ彼女の周りを、いつしか多くの人が取り囲んでいた。

皆一様に手に武器になる物を持ち、畏怖と憎悪の眼差しを彼女に向けている。

「・・・みん、な」

「お、お前、やっぱり化物だったのか!?」

「お、おまわりさんが殺されてるよ!」

「へ、ヘンリー!?ローザも・・・ひでえことを・・・」

違う。

違う。

みんな、ジャックを殺そうとした。

「そうです!!私の部下達が必死に食い止めようとしましたが、皆あいつに殺されてしまいました・・・!あいつは悪魔なんです!人の街に溶け込んで私らを騙し、気を見計らって殺そうとずっと企んでいたんです!」

違う。

違う!!!

おまえが、おまえが!!!

「おまえが、じゃっくを、ころしたんだ!!!!」

「ああ、化物よ。お前の企みは全て暴かれた!今更嘘をついても無駄だ!」

そんな。

どうして。

ワタシは何もしてなかった。

今まで誰も殺さなかったのに。

ジャックを守ることは、そんなにも悪いことなの?

彼女の精神は徐々に蝕まれていく。

何も知らない知人からの、非難、怒号、怨嗟、憎悪。


「そしてあろうことか、あの警官、ジャックはその凶行に加担した!」


一瞬、彼女は上官が何を言っているのか分からなかった。

「あの人間は悪魔の仲間だ!他にもいるはずだ!探し出して殺さなければ、この街は滅びてしまう!」

待って。

待って。

それは違う。

たとえワタシが悪魔だとしても、彼を悪魔などと呼ぶな。

「ぼ、僕見てた!全部あのお巡りさんが悪いの!」

「そ、そうだ!あいつがみんなを殺したんだ」

「そいつは悪くねえ!」

「・・・ああ、なんてことだ。ここにも悪魔の手先が!」

怯えながらも勇敢に彼女を庇った者達は、悪魔の手先としてすぐに殺された。

「さあ皆さん、我々でこの街を守りましょう」

警官隊の死体から何丁か拳銃を取り出して、武装出来ていない街の人へと手渡す。

逆らったら悪魔の烙印を押されて殺されるという見せしめまでした上官は、彼女を殺せと皆に命令する。


これが、これが人間なのか。

ジャックを殺し、罪もない街の人を殺し、挙げ句の果てにはジャックを悪魔の手先と罵り。


もう、見ていられなかった。


「じゃっく、ごめんね」


彼女が最後に告げたのは、恩人への謝罪だった。




激情のままに殺意を受け入れた彼女の記憶は、今は深い霧の中。

イギリスのとある一都市で起きた数千人を超える死者を出したこの事件は、後にロンディニウムの悲劇と呼ばれる事になる。

無意識のうちに恩人へ恋をしていたそのモータルは、一つの街を滅ぼした後。

彼の亡骸の元へと戻り、その身体を喰らい尽くした。

忘れないために。

一つになるために。

やがて彼女はこう名乗る。

その名の理由も忘れて。


ジャック・ザ・リッパー・・・

「切り裂くジャック」と。

あとがきとなります、オルタです。

今回は24.5話、ちょっとした外伝となっておりましたが、如何でしたか?


現在本編は誠意制作中ではありますが、それに合わせてたまにこうした外伝も投稿していこうと思います。

今回は敵側でしたが、滝宮陣営の過去などもバシバシ書いていく予定です。


それでは早めですが、この辺で!

オルタでした。

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