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聖戦学院  作者: 雪兎折太
20/56

聖戦学院 20話 ラビリンス

ジャックザリッパー。

影の男。

目まぐるしく変わる戦況に、二人の一年生は何を思うのか。

新宿編となってついに、まともに新宿に突入!

ワタシは、ジャック・ザ・リッパー。

その一言で、あたしはあれをどう殺すか、ではなくどう逃げるか、に意識をシフトさせた。

悪名高い英国の殺人鬼の名を告げたこともそうだが、何よりもまず「言葉を話す」こと自体にあたしは戦慄した。

殆どのモータルは元は動物、獣だ。人語を理解するならまだしも話すということなど聞いたこともない。

つまり、目の前のこいつは完全にイレギュラー。

元々、こういった不測の事態に対する心構えは出来ていたつもりだった。だがいざ当事者となると心が、身体が、思考が追いつかない。

自らを軽々と持ち上げるこの影も、あたしの心を乱す要因の一つだ。

ーーーーああもう、それにしてもさっきからこの影はなんなのよ。

内心毒づきながら自分の身体を捉える影を見やる。

先程まで乗っていた車の影とは違い、これには変な間も目もなく全て真っ黒で、純粋に「影」の色をしていた。

あの変な目が無いのは少し嬉しいが、今はそんなことはどうでも良い。

影の色が違うということは、若干魔粒子に違いがあるということ。さらに一人の人間が操れる魔粒子は、精霊という、言い換えるなら補助ブースターが無い限り一種のみだ。

そして死神襲来の際、ツクヨミが生徒会長には精霊が付いていないということを確認している。

つまり、あの斬られた生徒会長と、今ここにいる生徒会長はーーーーーーーーーーーー

そこまで考えたところで聞き覚えのある声が聞こえる。

(うむ、別人じゃろうな)

やはり、と脳内に直接話しかけてきたツクヨミの言葉を受けて、確信する。

人間の感覚のみならず、魔粒子の感知にかけて右に出るものはない精霊の断定があれば、ほぼ確定だろう。

となるといつから別人だったかだ。

永江先輩の激昂ぶりを見ると、普段はどうやら人命を尊重し我が身に変えても守るという、かなりの人格者だったことがうかがえる。

だが死神襲来の時、彼はあたしたちの目の前で「怖かったから行かなかった」と言った。

永江先輩の言葉が正しいとなると、少なくともあの時以降の彼は別人、という事になるのだが・・・

あたしには、その後会議室で会った彼が偽物だとは思えない。

偶然聞こえた彼らの会話では、会長は確かに「前日の無礼」を謝っていた。

そう、先程までの彼が別人だったとすれば、彼の言う「無礼」を働いていないはずの今の会長が、あの時の会長の「無礼」を知っているのはおかしい。

もしなんらかの事情で両方同一人物だったとしても、どうしても襲撃の時と、そして今の彼と違いすぎる、と考えてしまう。

これら仮定が真実なら、今ここにいる彼は偽物の行動を見逃し、あるいは監視しつつ偽物の居ないタイミングで何かを行っていた事になる。

そしてそれは同時に、偽物もこの征伐の事とその作戦の内容を知っているという事になるのだ。

もう訳がわからない。そんなことをしてなんになるの?

それに何故今の彼は偽物の行動をみすみす見逃していた?泳がせていた・・・?

それでも思考を巡らせようとしたところで、天野美月の思考は急な衝撃に停止せざるを得なくなった。


























獲物ダ。

獲物ガ、たくさんイる。

自らをジャックザリッパーと名乗った怪物は、眼前に広がる光景を見て歓喜に打ち震えていた。

殺しの快感と人肉の食感に飢える彼にとって、大量の人間がいるということは大笑いしてもし足りないくらい喜ばしいことだった。

はしゃぎたい衝動を抑え、じっくりと獲物の品定めをする。

多少ながら年を食っている奴らは既に眼中にない。

怪物の腹を満たすのは、彼等のような欠陥品ではない。

そこでまず怪物が見たのは、影の触手に捕らわれている、というよりただ乱暴に引っ張り上げられている少女。

言うまでもなく彼に性欲というものは無い。よって彼が女性、彼にとっては雌を見る際に感じることは何も無い。

よって彼が少女、天野美月に感じたのはたった一つの、しかし大きな違和感だった。

感じたのだ。

人間でない何かを。

危険なものなのか、どうでも良いものなのかは分からないが、不穏分子であることに変わりはない。

それでもすぐさま殺すようなことはしない。殆ど有り得ないことだが万が一のことを考え、身体の芯から湧き上がる殺意を抑え、警戒を怠らずに他の人間を見定める。

次に彼が見たのは二人の少年。

片方からは人間らしからぬ熱さと冷たさの両方を。

もう片方からはまるでこの世界を見ていないかのような異質さを感じた。

そのどれもが「ジャック・ザ・リッパー」として生まれてから、今まで味わったことのない感覚だった。

そろそろ堪え切れなくなりそうな喜びを必死に抑えながら更に目線を動かすと。

そこにいたのは何の変哲も無いはずの少年。

だが、何か変だ。

他の獲物に隙を作らないように注意しつつも、その少年を凝視する。

他の人間が持っている「光」とはまた違う、別の何か。

好奇心ではなく危機感を刺激され、怪物は戸惑う。

何故自分はこんなにもこの少年から目が離せない?

この少年の何処にそんな価値がある?

振りほどくように目線を移した先にいた、これまで見た全ての少年少女を抱えていた影の主を改めて視界に入れたその時。

彼の理性は、悉く殺意によって砕け散った。




















「ーーーーーー、ーーーーーーーー、ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

最初に僕が知覚出来たのは、言葉にならない叫び声とともに「ジャック・ザ・リッパー」と名乗る怪物が真っ直ぐに突っ込んできたところまでだった。

その後急に方向を変えたかと思うと何度も地面を蹴り飛ばし、二、三メートルはあるだろうその体格に見合わぬ恐ろしい速度でこちらに跳躍しながら、その爪というには余りにも長いそれを振り回す。

それも一直線にではなく、退路を塞ぐかのように囲むように飛び回り、常に死角から猟犬の如く現れる。

だが僕の周りからは耳慣れた、空を斬るヒュンヒュンという音がするのは、影の主が僕達を抱えーーーーー影の腕でだがーーーーーーながら必死に逃げ回っているからだ。

絶たれる退路をまるで予知しているかの如く迷いなく疾走し、間一髪のところでジャックの凶爪から僕達を遠ざけ守ってくれている。

征伐メンバー四十九人全員を影で抱えながらジャックの刃を防ぐその動きは、まさに神業と言うべきものだ。彼の向かう先が多くの人が暮らしているという新宿のシェルターなのか、あるいはこの街の外なのかは分からないが、どちらにせよ逃げに徹したい今ここで彼に異を唱えるつもりは毛頭ない。

霧の中から微かに見える、魔猿を彷彿とさせる怪物の眼は血の色である真紅に染まり、しかし狂っているという割には垣間見える冷静さや落ち着いた動きから、正気なのかそうでないのかもはや判別がつかない。

先程見せたある種理性的な面も、自らの名前を告げたことも、今はもう分かってないのだろうか。

「ーーーーーーー!!」

短い叫びとともに再び瀬戸際の攻防が始まる。

火花も散らず、金属音も鳴らず、しかし自分の心臓の鼓動と死を孕む風切り音だけが鳴り響く。

霧で視界の悪い分見えないという恐怖が余計に強くなり、自分が動くわけでもないのに身体を動かせないことに今更ながら戦慄を覚える。

「お、おい・・・ウソだろ・・・!?」

三年生の誰かか、それとも悠か、里村先輩か、誰とも分からない誰かが絶望の声をあげる。

その声をあげさせたのは、辺り一帯をあまりにも高すぎる瓦礫の塔に覆われたこの場所そのもの。

行き止まりだ。

「オイカケッコ、オワリですカ?」

びくん、と身体がひときわ大きく震える。

女性的なトーンが逆に恐怖を煽る声の方を向くと、若干冷静さを取り戻したジャックがいつのまにかそこにいて、薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ている。

影の主ごと徐々に後ろに下がっている僕達を見据えながら、一歩一歩ゆっくりと地面を踏みしめてこちらに来るのは、もう既に自分の勝ちを確信し、そしてじわじわと恐怖を与えながら殺すためだろうか。

・・・その効果はてきめんとは言い難かった。

影に捕まってる三年生の、見る限り全員死に対する恐れという物が無かったからだ。

恐らく・・・・・・この街に来る、ずっと前から。

もしあの時絶望の声を上げたのが三年生だったならば、それは単に自分たちが「負けること」への絶望だったのだろうか。

彼等にはもう、全生命に平等に存在する、自らの命に対する執着というものか無いのだろうか。

それ、今の僕達のように「死」が間近に迫った時にも最善の選択ができるように特訓された結果なのか、それとも誰かによって強制的にそうさせられたのか。

・・・・・・そんなことを考える必要すら、もう無くなる。

視界がジャックの方へと歪にフォーカスされていく。

自分を殺す相手から視線が外せなくなっていく。

呼吸がおかしくなっていく。

思考もほぼ意味をなさなくなっていく。

身体が、動かなくなっていく。

自分の口から掠れた声が出たのにそれすら耳に届かない。

恐怖で頭がぐちゃぐちゃになって叫び出したいはずなのに、何も出来ない。

身体がもう無力さを悟って死を受け入れてしまっているのか。

僕がそんなことを考えているとはつゆ知らずのジャックが、地面を強く踏みしめ、最後の跳躍に取り掛かろうとした。

と、そこで。

影を操っていた生徒会長と瓜二つの男が小さく笑った、ような気がした。

それを認識した束の間、僕の見ていた世界は光一つない暗闇に閉ざされた。



















目の前にいたはずのあの男は、何をしたのか。

先刻、怪物は影を操る男が小さく笑みを浮かべたのを見逃さなかった。

その笑顔に何か良からぬものを感じ、後ろに飛び退いたまでは良かったのだが、そこにいたはずの五十の人間、全てが地面の中へと溶け落ちるように消えて無くなってしまった。

「逃ゲ・・・られマシたカ・・・?」

ようやくまともに言葉を発せるようになった自らの口を動かし、その身に合わぬ女性を連想させる高いトーンの声で一人呟く。

しかし、不思議と苛立つような感情は沸き起こらない。

自分でも不気味なくらいに落ち着いていると、怪物は自らの感情に対して疑問視し、そしてやめる。

辺りの霧を身体に戻し、晴れた視界の中で改めて辺りを見渡す。

三方向を瓦礫の塔となった廃ビルに囲まれた

裏路地。

隠し通路もない、立派な行き止まりだ。

何処に逃げた。

何処に逃げた。

慎重に考える。多くの人間を抱えて自分からあそこまで逃げ切ったあいつは、自分が次の一手を読み間違えてしまうだけで遥か遠くまで逃げ去ってしまう、そんな予感がしていたからだ。

匂いを嗅ぐ、眼を凝らす、耳を澄ませる。

五感を総動員して逃げた獲物を探し出す。

・・・・・・それにしても自分は何と幸運なんだろう。

怪物は己の近い過去を振り返りながらほくそ笑む。

人間たちが「シンジュク」と呼んでいるこの「巣」に来てから、まるで獲物に困らないではないか。

ワタシと同じような「存在」も、ワタシの殺スべき「人間」も、あの光を四度見るうちにいっぱい殺せた。

あの島にいた時。

ワタシがワタシになった時初めて目にしたものは、「金」と「女」と「子」だった。

「子」は「女」に抱きついて泣き叫び、「女」は「子」を守るように覆い被さり、

そして「金」が空を舞っていた。

・・・・・・思い出す。

殺さないでという声を。

私の代わりにという声を。

助けてくれという声を。


溢れんばかりの欲望、欲望、欲望、欲望、欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望欲望!!!!!!!!


だから、殺した。

イーストエンドで数え切れないほどに。

テムズ川を血に染めるほどに。

その全てを纏める「シティ」に蔓延る、

醜い欲望を、無様な欲望を、愚鈍な欲望を、愚劣で下賤で低俗で惨めで最低で最悪な欲望を殺した。

そして、更に思い出す。

その時食べた人間の味を。

今のワタシにもその味を形容する言葉が思いつかないが、人間ならば「フルーティ」と言うのだろうか?

けど、ワタシを形作るモノは殺意。

ワタシが此処に居る理由は殺意。

殺意殺意殺意。それしかワタシを満たすものは無し。

だから、こうして人間を殺すことはとても楽しいのだ。

とても心地よく、乱れた心が落ち着き、何より自らの力が自然と高まるのを感じる。

知識がまとまり、知恵がつき、不思議と感覚が鋭くなっていく。

気持ちいい。心地いい。気持ちいい。心地いい。

だから殺す。喰べる。

それをずっと、ずっとずっと長い間続けてきたから、ワタシはこんなに強くなれた。

ーーーーーーーお前、お前は!悪魔だ!!地獄から戻って来たんだ!!ーーーーーーーーー

頭の奥に声が響く。

まただ。

あの「シティ」を出てから、ワタシの頭の奥にこびりついた、声。

ーーーーーーー何人も娼婦を殺し、その中にいた子供を殺し!ーーーーーーーー

ーーーーーーーー嫌!やめて!殺さないで!死にたく無い!死にたく無い・・・!ーーーーーーー



ーーーーー男に捨てられ、家も失って、なんで命まで取られなきゃいけないの・・・!ーーーーーー


「五月蝿イ」

思わず口から声が漏れてしまう。

繰り返し鳴る鐘の音のように何度も何度も響く音に、つい苛立ちを抑えられなくなる。

だが、それも直ぐに消えた。

怪物は地面に取り残されていた「それ」をおもむろに拾い上げる。

見つめて、嗅いで、かざして、笑う。

今度は自らの意思ではっきりと、己の口から笑い声を高らかに。



「アアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーハハハハハハハハハハはハハハハハはははははははははハハハハハ!!!!!」












目が醒めると、そこは地下都市だった。

「・・・・・・なんて、どんな三流小説よ、全く」

あの、影に引きずり込まれた、と「思っていた」感覚は、落ちていた、の間違いだった。

落ちた先は、文字通りのアンダーワールド。

そこにあったのは、多くの人間によって作られた大都市。

食べる物にも住むところにも困らず、しかしてどこか不便さを感じ得ない場所。

陽の差す所は何処にもなく、されど光の当たらぬ場所はない場所。

風も、星も、全て人工の、「作られた」街。

その存在理由はただ守ること。

地下鉄の駅やホーム、そして地下街改造して作られた、人々を魔なるものから秘匿し守護するためのラビリンス。

かつて初見の人はおろか慣れた人をも迷わせることで悪名高い、新宿地下大迷宮。

もとい、今は人類を守護する大拠点の一つ。

地下シェルター都市、新宿地下大都市だった。

「・・・いや、新宿駅の地下部分って元々こんな大きくなかったでしょ」

自分のモノローグに自分で突っ込むのも変な話だ。

だが、わりかし誇張ではない部分もある。

新宿駅自体は梅田駅と並んで迷いやすい駅として有名だ。

その広さ、複雑さ、面倒くささは筆舌に尽くしがたい!

その上色んな電車の乗り換えなどで路線を移動するとなれば更に大変だ。

更に。

改札を出ると立ち並ぶ様々な店!

階段を登ると差し込む光の先に見える高層ビルの数々!

まさに都会のシンボルの一つ!あたしも昔は憧れてたものだ・・・・・・

だが如何に新宿が迷いやすい迷宮だとしても、大人数を長期間住まわせることが出来るほど広くは無い・・・はずだったのだが。

今あたしが見ている新宿駅は、なんと言えばいいのだろう。

元々の駅の広さや構造自体は大体把握していた。

そして広さ「自体」はそれほど変わっていないように感じた。

だけど、違いすぎる。

今見ている新宿駅は、シェルターという役割を果たすために貼られた防壁、食材を絶やさないための大規模な菜園、最低限の生活どころかこの時勢では最高クラスの生活を保障されている空間と化している。

「・・・・・・ジャック・ザ・リッパーになぞらえるわけじゃ無いけど、シティ・オブシンジュクって感じね、コレ」

(いや、あやつの現場はイーストエンドじゃろ?)

さらっと人外の存在にツッコミを入れられたが無視する。イーストエンドだってシティの一部なんだから別に良い、はずだ。

まあ流石に「街」と言うのは言い過ぎかも知れないが。

「おんや、もう起きてたんスか?天野さん」

丁度ファッション店の前で永江先輩に話しかけられた。

「どうも・・・先輩こそ、随分と回復早いんですね」

「わっちを誰だと思ってるんスか!これでも伊達に研究科を束ねてないッスよ」

そこはあまり関係ないと思うのだが。

「それに、わっちが寝てたら誰がみんなを守るんスか」

ヘラヘラと言ってはいるが、この人はさらりと「自分以外の四十九人を一人で守る」と行っているのだ。それも冗談ではなく本気。

「いや、私がいる」

カツカツと音高く靴音を鳴らして横に来たのは、あの影の使い手。


もとい、滝宮学院生徒会長、安村久遠その人だった。

あとがきとなります、オルタです。

ようやく投できました・・・行った事ない新宿の描写に戸惑いましたが、なんとか無事に投稿できて、一安心です。

まあ次回、更に細かい新宿の描写があるのですが・・・


さて、今回の話はルクス以外にも様々なキャラの視点で物語が進んで?いますが・・・

ジャックの描写が多すぎるくらいなのには一応理由がなくはないです。

なくはないのですが・・・それでも多めかなorz


中々書ける環境にいることが出来ませんが、それでもオルタは元気です!

ではできれば次回、お会いしましょう!

オルタでした!

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