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聖戦学院  作者: 雪兎折太
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聖戦学院 18話 咆哮

巨大蟷螂「テイオウカマキリ」を退けた征伐メンバーの一行は、改めて新宿へと足を進める。

その新宿では、ある一人の少女が死闘を繰り広げていた。

巨大蟷螂との交戦から約三時間が経ち、全員の傷が大体癒えたのを見て僕達は再び新宿へと足を進める。

人命救助の要請も受けているので、この森までは魔法による跳躍ーーー格闘ゲームの空中ダッシュの高速版みたいなもので、魔法の応用だーーーで来ていたのだが、ここからはそんな手は使えない。

ならばどうするか。それを会長達が議論した結果。

「天道寺くん、あたし思うんだけど」

いや、言わなくていい、聞かずともわかっている。

だけど言葉には出さなかったので、彼女は心を込めて口を開く。

「なんか・・・おかしくない!?おかしくない!?!?」


下された結論は、乗り物による移動。

うん、まあ、そこは確かに普通だ。


それが、安村生徒会長の魔法である影によって、作られた車だということさえ除けば。


車を説明する前に、まずは安村生徒会長の魔法について語らねばなるまい。

安村生徒会長の身体に住む魔粒子は「影」の魔粒子。僕達の「光」とは対をなすように見えて実はあんまり変わらない。

影といっても、要は質量を持つ黒い液体のようなもので、その性質はむしろ光に近いところさえある。

一応光を遮るという影っぽい所はあるし、何より地面から不意に現れるのでそれこそ文字通り不意打ちにも使える上、生徒会長本人の力が強いこともあってか有形の物に変化させることも可能なのだった。

影を展開できる範囲の制限こそあるものの、その強度は尋常でない程高く、先程の戦闘でも数十匹の蜂を一人で相手にし、かつ無双していたらしい。


さて、車の話に戻ろう。

車自体は五人乗りの普通自動車。免許要らずのオートマチックがモデルだそうだ。

細かく再現しすぎたため、運転は必要ではあるがそれでも普通に歩いたり飛んだりするよりはマシだ。

作った本人である安村先輩曰く、「作る手間がいるだけで別にガソリン等の維持コストなどはないから安心してほしい」とのことなので、そちらの心配も不要だ。

問題はこの影。

誰もが想像する普通に真っ黒な影なのではない。

まず色は形容するならば闇色。

あちこちに赤色の目まで付いている。

その上なんか動いてる。

まあ普通に乗っていて心地いいとは正直とても思えないのである。

例えるならホラーゲームの恐怖空間がそのまま車の形をしているようなものだ。

そのため男子はともかく、スカートを履いている女子、つまりは天野さんにとってはかなり、とても、めちゃくちゃ期待、いやきつい。

当然天野さんもそれを言い出したのだが、そこにさらに加えられた案が。


僕の、膝の、上に、乗る。


天野さんがおかしいおかしいと連呼していたのはこのことだ。

ちなみに発案者は悠だ。


「ばっかじゃないの・・・本当ばっかじゃないの・・・!!」

お互いどんな顔をしていいのか分からないので、とりあえず目は合わさない。というか合わせられない。物理的にも精神的にも。

茶化して来た発案者には二人でげんこつを見舞ったが、その際チラリと見えた天野さんの顔は羞恥で真っ赤だった。

一緒に乗っているのは悠と天野さん、そして後方支援班の三年生女子二人、そして僕だ。

女子である三年生二人は短パンを履いているらしく平然としており、むしろこちらを見てたまにくすくすと微笑ましそうに、いやむしろ面白そうに笑っている。

というか、悠の案が出た時二人ともかなりノリノリだった。

まあ当の本人も「もしもあの目が見ているものが生徒会長も見えるとしたらと思うと怖い」と言って最終的には受け入れていたのだが・・・

それでも年頃の男女。恥ずかしいものは恥ずかしいのである。

「だ、大丈夫?重くない?」

「へ、平気です・・・・・・大丈夫デス・・・・・・」

あからさまにぎこちなくなる僕達を見て笑いを堪える上級生達。

「おうおうお熱いカップルだッハァッ!?」

茶化してくる悠に光弾で制裁し、腕に顔を埋めて唸る天野さん。

側から見たら微笑ましいのだろうが、当の僕らはたまったものではない。

それに、さっきからクスクス笑いを続けている三年生二人は、一瞬たりとも自らの得物を手放してはいない。

楽しんでいるように見えて、一番周囲を警戒しているのは彼女達だ。

また周りから風刃蜂や例の巨大蟷螂、「テイオウカマキリ」ーーーー「カイザーマンティス」とも言うらしいーーーーに襲撃されてはたまったものではない。

だがどうやらその心配は杞憂に終わり、影車に乗ってから一時間ほどが経ち、ようやく森を抜けるとついに新宿の街並みが見えて来た。

先程まで通ってきた木々が生い茂った森とは正反対の、都会ならではといった光景が目に入る。

しかしその自然と文明との境目は、

鉄製の看板にペンキで「新宿」と書いているので間違いはないだろう。

「随分とわかりやすい看板ね・・・」

呆れたように言う天野さんにまったくだと同調するが、悠は首を横に振る。

「ああでもしないとどこが機能している都市か分かんねえんだよ。特に日本の三大副都心である、新宿、渋谷、そして池袋には多くの人が避難して暮らしている」

「他の都心はどうなってるんだ?九州とか、関西とか」

「んお?ど、どうだったかな・・・」

思い出そうとしている悠の代わりに、三年生の一人が続きを引き継ぐ。

「モータルが本格的に現れて一年前後で、九州、四国、関西はほぼ全滅。機能してる都市なんて点々としかないわよ。図にするなら・・・RPG?の地図見たいな感じかしら。生き残った人達は全員関東以東に集まったのだけれど、ここ最近やつらの行動が活発化してるみたいなの」

「・・・つまり点々としか残ってないんですか」

そゆこと、と頷く。

「まさか新宿まで来てるとは思わなかったわよねー。あたしらの学校も東京にあるっぽいし、マジでヤバいかもね、あははは!」

口々に危険を仄めかしつつも、彼女達の表情や口調は楽観的だった。

その様子は元気付けられるどころかむしろ恐怖を覚えるほどで。

すがるように天野さんや悠を見ると、二人とも何とも言えないといった様子だった。

「あ、あの、先輩・・・怖く、無いんですか?」

「ん?何がー?」

笑っていた金髪の先輩が振り向く。

「その、今からそんな危険な所に行くのに・・・」

「死ぬかもしれない、って?」

もう片方、茶髪の先輩に続きを言われ、黙り込む。

「何言ってんのよ、あたしら後方支援班だよ?そう簡単に死ぬわけないって!」

「もし襲われてもぶっ倒せばいいだけだからね!余裕余裕!」

頼もしいはずの言葉が、逆に怖い。

彼女達は笑っている。

そう、笑っているのだ。

それも、とても朗らかに。

この二人も征伐によく参加するメンバーとして紹介された。つまりは僕達とは比べ物にならないほど多くの死線をくぐり抜けてきたはずだ。

それなのに、二人はそこに何度も行かされるという不満も述べず、むしろ楽しんでいる風に見える。

彼女達も、普通の少女であるはずなのに。

なんだか、死ぬのが微塵も怖くないといったような。

新宿に入ってからも明るい雰囲気を崩さなかった彼女達に、僕達はもう余計な声をかけることはしなかった。



















ーーーー新宿のとある廃墟ビル・4Fーーー

鳴り響くのは剣戟の音。

暗闇の中で光るのは火花。

その中で蠢く深緑の蛇。

声は出さない。ただ潰す。

相手の動きを、望んだ一撃を、的確に、正確に。

じゃないと、

殺されるから。

あたしは。

まだ、

死ぬわけにはいかない。

目の前の「それ」の口から、また新しい骨が吐き出される。

骨に眼を見張るあたしを見て、ニタリと不気味に笑う「それ」の手からは、次から次へと赤い液体がぽとぽとと音を立てて落ちる。

あたしの血だけじゃない。

ここにいた滝宮学院の征伐メンバーの三年生、その「全員」の血が、今、奴の手から溢れている、溢れている、溢れている。

「それ」の爪はすでに刃であり、剣であり、刀である。

建物の中に不自然に広がる霧の中、音もせず迫るそれを、すんでのところで受け止める。

また、火花。

また、音。

命がゆっくりと地獄へ向かう感触があたしを襲う。

それでもあたしは「こいつ」を振り回す。

その最中、左手を振り蛇鎖を呼ぶ。

後方に噛みつかせ身体を引き戻そうとするが、獲物が逃げることを察知した「それ」はあたしごと鎖を狙い飛びかかる。

反射的に「こいつ」を振り上げる。弾かれた「それ」はまるで狙い通りとばかりに口角を釣り上げこちらを見やる。

あたしが気付いた時には遅く、後ろに飛んでいた蛇鎖は視界に入った時には既に切り刻まれていた。

それでもあたしは鎖を引き戻す。激昂するように、それでも無言で「こいつ」をぶん回す。

この一撃に反撃の機会はいくらでもあったはず。浅はかな行動に死を覚悟したあたしを嘲笑うように「それ」はあたしから飛びのく。

距離が開いた今、このまま逃げられないか。

鎖は何度も引き裂かれボロボロになっている。辛うじて生きてはいるが、ヨルムンガンドは当然限界だ。

しかし引き際を見極める余裕はない。

少しでも足を後ろに動かせば、その一瞬であたしの身体は彼等と同じ末路を辿るだろう。

もう彼等には中身はない。

心臓はもちろん、肺、肝臓、胃、小腸、大腸、十二指腸、膵臓脊髄脳子宮膀胱ーーーー何もかも。

新宿にいたモータルを全て殺め、そしてそこに居た人間も喰らおうとするそいつは。

文字通りの化け物だ。

ああくそ、興味本位で行くんじゃ無かった。

新宿に現れた危険種がどんなものかと来てみれば、なんだこれは。

あんなのが地球にいて良いはずがない。

そもそもあれを生物として見て良いのだろうか。

そう考えるのもおこがましい!

だが。

次々と迫る鋭利な爪は、確実にあたしの命を狩りに来ている。

ただ「こいつ」を構えて斬り結ぶ、そのワンアクションですら全身が軋む。

かれこれ防ぎきれなかった斬撃は、数えるのをやめるまでは五十を超えていた。

さて、今は百に届いているのか、いないのか。

これだけやってもまだ、いやどれだけやっても勝てる望みは、恐らく無い。

あたしがやっていることは所詮時間稼ぎ。

僅かな可能性に賭けて一分一秒でも長くあたしの命を繋ぎ止めているにすぎない。

だけど、それしかない。

あいつは、強すぎる。

霧の向こうで、人の皮で出来たフードが僅かに揺れる。

どうにかそれを見る事が出来たあたしは、また「こいつ」をすかさず盾の如く構える。

一秒、その四分の一も経たずに、目測五十メートルは離れていた距離が、一気に詰められる。

それくらいは見える。問題はその先。

狂ったように振り回される爪を、ひたすら耐える。

二桁で済む回数ではない。

五つの指の一つ一つ、それが全部意思を持ったかのようにバラバラに、あたしの喉を、頭を、心臓を狙う。


ああ、見誤った。

あたしはあたしの「強さ」に溺れた。「誇り」に溺れた。「歴史」に溺れた!!

油断も慢心もしていなければ、こんな相手に遅れをとるはず無かったのに!

ああもう、だけど後悔しても遅い。

今はもう、生き延びることだけを考える!


風車のように「こいつ」を振り回して、ゆっくりと後退する。

こうなったら、一か八か。

ここは四階。魔粒子で強化されているこの身体なら、飛び降りても生命に支障はない。

幸いこの新宿には「政府」が作ったシェルターがある。そこに逃げ込めばあるいは。

だめだ、と。

そこまで考えて、やめる。

あたしはもう皆と同じように生きることは出来ない。

あの日の誓いは破れない!

だったら!あたしは!


「うおおおおおおおおおおらあああああああああああああああああああああああああああ、ああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!」


生涯最大音量の絶叫と共に、あたしは飛び降りる。

そのまま「こいつ」を地面に振りかざし、魔法を放つ。


「破壊」の魔粒子。

ただ物体を壊すエネルギー、即ち「力」だけを扱える魔粒子。

何でもかんでも簡単に壊すと言ったものではなく、宿主に壊す「為の」力を与えるという、ある意味名前負けしている魔粒子。

何故ならこの特性は、今この世界に無数に存在する魔粒子の、そのどれもが基本的に備えているものだからだ。

いわばハズレ。

そう、あたしも前まで思っていた。

こいつの真価は魔法を使う時に発揮される。

それは即ちーーーーーーーーーーーー破壊!!

力そのものが黒き流動体となって、あらゆるものをぶっ壊す!!!!


「あたしが!!!!生きる!!!!ために!!!!!ぶっ壊れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」


戦うのは嫌いじゃなかった。

むしろ好きだった。

友達とゲームをしたり、剣道の試合をしたり。

どんな勝負でも、正々堂々とやれるなら、あたしは好きだった。

いつしか、「戦闘狂」なんてあだ名もついて。

それでも楽しかったあの日々を、「奴ら」が奪っていった。

復讐するために。

そして。

また「戦闘狂」になる為に!!!


手に持つ「こいつ」から、漆黒のオーラが吹き荒れる。

無形のオーラはそのまま剣に纏わりつき、文字通り漆黒の大剣と化す。

この辺りに人がいないことは知っている。万が一に備えてビル侵入前に確認しておいたのだ。

加えてここから他の人が暮らすシェルターまではかなり遠い。

だから。

遠慮なく。

腕にかかる質量に、身体に宿る全エネルギーを持って抗いーーーーーーーー


振り下ろす。


凄まじい衝撃と共に、大地が割れる。

瓦礫が宙を舞い、嵐のような砂煙が巻き起こる。

それを覆い尽くすように、黒いオーラ、「破壊」の力が地面から噴き出す。

まるで大量の爆薬が一気に爆発した時の爆炎のように、辺りが輝く黒に覆われて行く。

ここまでの衝撃を起こせたのは、重力や精神状態による影響がかなり大きい。

それに振り下ろすまでが若干遅いため、まともにやり合ってる時には絶対に使えない。

今のうちに。

「ヨルムンガンド」

あたし以上にズタボロになっている相棒に呼びかける。

言葉はない。だがその代わりにカチカチという音を鳴らす。

「一回だけ、あたしごと全速力で飛んで。あいつが気付かないうちに」

再び、カチカチという音。それと共に左手にゆっくりと深緑の光が集まって行く。

ヨルムンガンドの存在を構成する魔粒子だ。

精霊の生命力でもあり彼等の象徴たる魔法の源でもあるそれが、彼を伝ってあたしの身体を覆い尽くす。

今のあたしの姿は、深緑の巨大な蛇になっていることだろう。

蛇と化したあたしは、この命がすぐに潰えないことを祈って流星のように飛んだ。

飛翔しながら恐る恐る後ろを振り返るが、付いてきている様子はない。

何処に飛んでいるのかは分からないが、ひとまずの危機が去ったことを安堵しつつ、あたしは流れに身を任せ、飛んで行く。

疲れた。

もう、意識を保つことさえ難しい。

眠い・・・でも死の眠気じゃない気がする。

大丈夫。

このまま眠っても、きっとーーーーーーーーー

とさり、と音がした。

閉じかけていた重い瞼をうっすらと開けると、見たことある顔がそこにあった。

ああ、こんな所で彼に出会うなんて。

幸運なのかな。

それとも不運なのかな。


「駄目・・・・・・・・・だよ・・・・・・・・・ここに・・・・・・来ちゃ・・・・・・」


そこで、あたしの意識は途切れた。













「これは一体・・・!?」

新宿に入ってすぐの事だ。

地面が大きく揺れたかと思ったら、遠くの方で黒い柱が登るのが見え、全員が戦闘準備をした時。

こちらの方へ、黒と緑の入り混じった、弱々しい光の蛇が飛んできた。

迎撃せんと構え始める皆をよそに、僕の足は勝手に走り出していた。

見覚えのある色に形。

それは僕達に恐怖を振り撒いた人。

だけど、どこか悲しげな雰囲気を纏った人。

気付いてやってほしいと「彼」は言った。

もし、あの光の主がその人なら。

その本音を聞くことが出来るのではないか。

消えていく光の中から、ゆっくりと地面に落ちた彼女は。

傷だらけで、涙を流し、血塗れになった彼女は。

「なんで貴女が・・・・・・ブラッド・・・・・・レイン・・・?」

ギリギリ間に合ったか!?

と、焦り気味なオルタです。

聖戦学院18話、如何でしたか?

この回はぶっちゃけルクス達よりもブラッドレインの方がメインになっています。

少しだけ彼女のバックボーンが出てきましたね。そのシーンで出てきた彼女に宿る「破壊」の魔粒子ですが、見た目は某なんとかブルーのカグラやラグナの黒色のアレです。

あとは本文通り、自己強化特化ですね。

そんなブラッドレインをあそこまで追い詰めた危険種ですが、文面から分かる通り、相当強いです。

ルクス達はあれと戦うのか、逃げるのか、或いはその爪の餌食になるのか。

それは、また次回の話。


願わくば、その次回で!オルタでした。

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