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聖戦学院  作者: 雪兎折太
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聖戦学院14話 「蛇」との対話

医務室にいるルクスの前にふらりと現れた、ブラッドレインに付き従う精霊、ヨルムンガンド。

北欧神話の魔獣の名を冠する彼は、彼に何を伝えるのか。

瞼を開けると、視界には少し濁った白色の天井が映っていた。

少しぼやけている頭をたたき起こして、同時に此処がどこかを把握する。

学生寮1階、医務室。

有り体に言うと保健室といった方が正しいこの部屋は、千人の生徒を収容できる食堂並みの広さと総合病院並みの設備を兼ね備えた、普通の学生用としてならば完全に過剰待遇な部屋である。

横になっていた体をゆっくりと起こし、僕の意識は完全に覚醒した。

ふと自分の体を見やると、いたるところに包帯が巻かれ胸や腕に電極が取り付けられている。

電極の先を見ると、今は時代遅れになってしまった医療用の電気機器がポツンと設置してあった。

どうやら怪我人として運び込まれ、眠っている間に全ての医務的処置を済まされベッドの上に寝かされていたようだ。

医務室に人の気配はない。窓から外を見る限り、保険医も救護班も皆の救助に手一杯のようだ。

死神と戦ったのは僕達六人の他にも、天野さんの要請に応えてくれた上級生達も居た。恐らく彼らの応急処置にも時間が掛かるだろうから、暫くはこの部屋が満室になることはないだろう。

ため息をつき、体の力を抜いてぐったりとリラックスする。

未だに死神と戦い生き残ったのが信じられない。

治癒のおかげで動かしやすくなった右手を見つめ、最後にブラッドレインが言っていたことを思い出す。

まだ、殺さない。

そう言った彼女の眼差しは、戦いの時のような狂気や凶悪さはまるでなく、あれは。

と、そこまで思ったところで意識を壁際に向け、言葉を投げる。

「一応聞いておきますが・・・ここで戦うんですか?」

「うおっと・・・気付いてたのかよビビらせんな!」

虚空から投げられたその返答に、僕は後々自分でも驚く程冷静に反応していた。

「やっぱりいた・・・んですね。えっと、鎖の蛇さん」

「おいおいなんだよその呼び名は・・・俺、じゃなくて我にはヨルムンガンドっつーカッケェ名前があるんだよ」

呆れ半分面白半分にぼやく「それ」は、自らをヨルムンガンドと名乗り馴れ馴れしく僕に話しかけてきた。

そのカタチは人間ではなく、いやそもそも生命体にすら見えるはずのないそれは、蛇のような形をした鎖、としか形状できないものだった。

ブラッドレインが操っていた、あの蛇鎖である。

「最後の一撃で薄々気づいてはいましたが、あなた喋れたんですね」

「おうともよ、なんてったってこの俺・・・じゃなくて我も精霊だからな!」

淡々と話す僕にどこか面白みを感じたのか、ヨルムンガンドはどこか上機嫌そうに語る。

精霊というのがなんなのかはわからないが、声だけ聞くとまるで改心した不良青年のような声だ。荒々しくはあるが、決して恐ろしさは無い。

それに先ほどの戦闘から考えるまでもなく、この鎖の力なら僕を殺そうと思えばいつでも殺せるはず。

なのに僕を生かしているということは、少なくとも今は危害を加えるつもりはないのだろう。

なので、時間の許す限り僕はこの何処か愉快な蛇に付き合ってみることにした。

「いつから気付いてた、って聞くのは野暮だな。んで、なんで俺が来たのか、お前さんは分かってるのか?」

その長い体をくねらせ僕に問いかけてくるヨルムンガンド・・・長いからヨルムンに、僕は思ったままを口にする。

「ブラッドレインの本当の目的・・・誰にも聞かれていない場所での対話、とか?」

ビンゴ!、と子供のように嬉しそうにはしゃぐヨルムン。

適当に言って見ただけなのだが、どうやら本当に対話しに来たらしい。

「そうさ、あいつは訳あって常に世界各地のお偉いさん方から監視されてる。勿論ここの奴らにも、な。だから不用意にあいつの不利になることは話せないんだよ」

「訳あっても何もないでしょう、普段暴れまわってるんですから。・・・それに今この時が一番監視が強いんじゃないですか?あれだけ派手に暴れたのにノーマークなのは流石にあり得ませんよね」

僕が訊ねると、ヨルムンは無機質な口をつり上げながら意味深そうに語り出す。

「ああ、そうだよ。今あのお嬢さんについてる監視はかなり多い。だがそれはあくまでお嬢さんに付いてる監視なだけで俺じゃあない」

なので自分は完全にノーマークな存在なのだと、ヨルムンは語る。

「勿論やっこさんらも俺の存在事態には気づいていない訳じゃあない、まあそこらへんはうまく偽装してるから気にすんな」

「・・・一応信じますよ。で、ブラッドレインがここまでしてしたい話っていうのは何なんです?」

暫くの沈黙の後、カチカチと口を鳴らし、ため息の気配。妙に人間臭いその動作に軽く吹き出しそうになるが、堪える。

そして気づく。その動作はどこか僕に遠慮していたものなのだということに。

「あ、あの、どうかしましたか?」

恐る恐る確認すると、先程までとは打って変わって重苦しい雰囲気でヨルムンは口を開いた。

「お前はあいつのことをどう思った?」

「へ?いや、まあ・・・怖い人だな、とは思いましたけれど。あと滅茶苦茶強いです」

まあそうだわな、とヨルムンは納得だとばかりに深くその鋭利な刃物のような蛇頭を頷かせながら続ける。

「質問を変えよう。お前はあいつと戦って、何か感じたことはあるか?どんな小さなことでもいい。頼む」

その様子はかなり真剣で、同時にどこか悲痛そうな感じがした。

なので、ここも素直に思ったことを言う。

「手加減、なされてましたよね、あの人。まるで僕達の実力の、その僅か上を常にキープしているようでした」

「・・・お前本当に素人か?それともあの精霊の刀のせいか・・・まあどっちでもいいか」

若干驚いてはいたものの、すぐに気を取り直して話を続ける。

「確かにあいつは手加減してたさ、その理由までは・・・」

「・・・流石に分かりませんよ。初めて会ったんですから」

返答に沈黙で返し、そのまま溜息をつく鎖蛇。

金属質の体をジャラジャラと鳴らしながら、窓の方へゆっくりと身体を向け黄昏る。

「ま、それもそうか」

「教えてくれるんですか?何故死神ブラッドレインが僕達を襲ったのか」

思わずベッドから半身を乗り出してヨルムンに詰め寄った。

「そうポンポン教えてやれるようなことじゃねえのさ、すまんな」

「こ、こちらこそすみません。立ち入り過ぎたようで」

申し訳なさそうに苦笑しながら謝罪する蛇鎖にこちらも謝罪を返すと、またしても驚いたようにこちらを見つめ、一言、気にしないでくれ、とだけ言ってきた。

悪人のような感じはしないのだが、それ故にあの破壊活動に大きな疑問が残る。

「んでよ?」

不意に、ヨルムンが切り出してきた。

思わず身構えつつ、次の言葉を待つ。

「お前さんと一緒にいたあのべっぴんさんは、所謂彼女ってやつか?」

思わず噴き出した。

いや、ちょっと待て。

この空気を、このシリアスな雰囲気をブレイクしてまで聞く事なのか、それは。

「ち、違いますよ!彼女はその、友人ですよ、多分」

「ただの友人同士があんな連携とれるかよ!お嬢さんもビビってたぜ?絶対あいつらデキてるわー、とか言ってたしよ」

突っ込みたいところは山ほどあるが、何より目の前でケラケラと笑うヨルムンや、あのブラッドレインにも色恋沙汰への理解があったことにまずは驚く。あんな露出の多い格好しておいてまさか色恋沙汰を知っていたとは。

「お前さん今なんか失礼なこと考えてなかったか?」

「考えてませんよ!あと、本当に天野さんは彼女とか、そういうのじゃないですから!」

心を見透かされテンプレのように動転してしまう僕を、ヨルムンは面白そうに見つめ、笑っている。

でもその雰囲気は、どこか切なそうで。

羨ましそうでもあったのかもしれない。

「お?そろそろ誰か来るな、そんじゃ俺・・・じゃなくて我は退散するとしよう」

「もう俺でいいんじゃないですかね?」

「威厳ってのは案外大事なのさ。我ら精霊にとってはな」

僕には足音も気配も感じ取れなかったが、誰かが来る感覚を察知したヨルムンは、全身を碧色と黒の光の二重螺旋で包み、僕に窓を開けるように促す。

もう身体の重さは取れたので、身軽にベッドから降りて窓を開ける。

「ありがとよ。ボコボコにして悪かったな、あいつも謝ってる」

「!?・・・待ってください、なんで謝るんですか!?やっぱり何かわけが!」

「さっきも言ったがそいつは言えねえんだよ・・・生きろよ、お前たち!!そじゃな!」

慌てて駆け寄るも遅く、精霊ヨルムンガルドはその身を黒と碧の螺旋と化して、矢よりも速く彼方へと飛んで行った。

僕が窓に手を伸ばすのと医務室の窓から天野さんが入ってくるのは、殆ど同時だった。

彼女は目を丸くしてこちらを見た後、呆れ半分安心半分といった表情でこちらに近寄ってきた。

その後、彼女に事の顛末を話した後、軽く1時間ほど怒られた。












滝宮学院から、約10km離れた場所にあるとある電波塔にて。

「あいつ・・・おっせえなあ」

一人の少女が電波塔の天辺に立ち、廃墟と化した小都市を見下ろしている。

見下ろされる街に一切の人影はなく、無残に破壊されたビル群やショッピングセンターの残骸が、まるで遺跡のように並んでいる。

カタカタと音をする方を見れば、人間の子供程度の大きさの蟹がディスカウントショップだった場所の瓦礫の山を住処とし、石と石の隙間を器用に渡り歩いている。

彼らの向かう先にあるのは、死体だ。

人間の死肉を求め、六本の足を気味悪く動かしカサカサと移動する。

死臭が漂い、奇妙な蟹が住処とするその都市を見下ろす少女の手には、黒を基調としたデザインの上から乱雑に塗りたくられた血が目立つ無骨な大剣。装備は露出の多いセーラー服と膝上まで上げた短いスカート。

先刻滝宮を蹂躙した死神、ブラッドレインだ。

もしこの場に男がいたならば、下から彼女の下着が覗けて天国であっただろう。

だが今彼女の下着を覗くのは、モータルに襲われ力尽きた人間の屍を喰らう蟹の魔獣。

名を「ネクロファジー」。

「ギャギャギャッ!」

未だ鮮やかな肌色を保つ獲物を視界に捉えた、屍喰らいの意の名を冠する彼らの小さな目は、蟹のものとは思えないほど赤く血走りその身体を興奮と殺意で震わせる。

どこから発声しているのか、まともな生き物の声ではない鳴き声で威嚇し、分不相応にも死を喰らうものが死神の名を冠する者に牙を剥く。

歪に歪んだ甲羅を纏った蟹のようなモータルが、その節足をカシャカシャと鳴らして猛スピードで電波塔を登る。

狼のように全方位から飛びかかり、獲物を死体に変えようとしたその時。

「あーもう、うざったい!」

苛立つ感情を言葉に込めて吐き出しながら、ゆっくりと大剣を構えた彼女の手から、回転斬りが放たれた。

ぶんっ、と振り回す音に続いて、グシャッ、という音とともに魔獣どもの鮮血が宙を舞い地に堕ちる。

「キシシャアッ!?」

幸運にも一匹だけ生き残った魔蟹は恐怖にかられ、その身を電波塔から投げ出し死神の魔の手から逃れようとする。

ネクロファジーの甲殻は鉄よりも硬く頑丈なので、二〜三百メートル上空からの自由落下程度ではヒビ一つ入ることはない。

このまま逃げ仰せられる。そう魔蟹が確信した時だった。

「たっだいまァっと!!」

「ギッ!ギフシュガベギッ!?」

不幸にも、見計らったかのようなタイミングで帰ってきたヨルムンガルドにその身を甲羅ごと何度も貫かれる。鉄をも通さないその甲羅はいとも容易く砕け散り、その肉ごと意識を刈り取られながら魔蟹は遥か下の地面に墜落した。

「遅い」

ぶっきらぼうに言い放ち、戻って来た相棒を自分の左腕に巻きつける。

そのまま左腕に同化し、鎖の蛇は誰の視界にも映らなくなった。

「悪かったなあ、思わず話し込んじまって遅くなったぜ」

あまり悪びれる様子もなくへらへらと蛇が謝罪するが、ブラッドレインはそれには全く反応せず短く問う。

「それで、あいつはなんて?」

「どうせ聴いてたんだろうが」

ため息混じりに鎖蛇が呟くも、すぐに気を取り直して問いに答える。

「やっぱり感づいてたようだ。お前が手加減してたことも、恐らくはその裏にあることも。直感的にだがな」

そう、とだけ死神が返す。静かな空気が一時場を包み、夜の空に冷たい風がなびく。

しばらくして、じゃりいん!と大剣を電波塔から抜きはなち乱雑に肩に担ぐ。

「女の方は?」

「鎌使いの方はずっと警戒されてたが、こちらの真意に気づくことは無かったな。あの眼鏡は・・・視界に入るのも怖かったから逃げて来た。」

「ああ、あの眼鏡女の方はどうでもいい。にしてもあの二人、なんだか特別扱いみたいでムカつくぜ」

ぺっ、と唾を自らが立つ電波塔に吐き捨て左手を上に掲げる。

「まあ光のやつらは無駄に正義感強いだけだから気にすんな。んで今度は何処に行くんだ?」

「そうだなあ」

ブラッドレインの態度はそっけないが、ヨルムンガンドに対する信頼は厚い。その証拠に、地上から二百メートルは離れている電波塔の頂上から飛び立とうとしているのにも関わらず、彼女には微塵の不安もない。

右手の大剣をゆっくりと北に構え、凶悪そうに口角を釣り上げ目的地をパートナーの精霊に告げる。

「最近危険種が出たっていうあの地下迷宮、新宿にでも行ってみるか」

言葉と共に宵闇に碧黒の鎖が放たれ、シャリリリリリンと鈴のような音色を響かせ数十メートル飛翔。その刃にも似た顎門をガチンッ!と閉じて虚空に噛み付き自身を固定する。

すると、まるでワイヤーを引き戻すごとく鎖が左腕に巻き取られ、ブラッドレインの身体が天空に舞う。

顎門の所へ彼女の身体が近づくと、ヨルムンガンドはその口を開き鎖ごと再び左腕に収まる。

そしてまた遠くの空に放たれ、噛み付き、引き上げる。

まるでアクション映画のワイヤーアクションのごとき彼女の動きを、空を縄張りにするモータル達が見逃すはずもなく。

氷鳥の群れが彼女の肉を喰らわんと、つららのように鋭く尖ったくちばしで投擲槍のように突撃してくる。

空を飛ぶ死神は、まるで目もくれず次の鎖を投げ打ち。

五〜六発の鳥の弾丸を容易く躱し、何もいなかったかのように通り過ぎて行く。

せっかくのご馳走を逃すまいと、水色の鳥達は急旋回して空をかける少女を付け狙う。

しかし、彼らは数秒後に自分たちが獲物になっていたことにその命を以って気づく。

旋回から一秒後、太ももを狙っていた鳥が堕ちた。

二秒後、腕を狙っていた鳥が斬られ、腹を狙っていた鳥が頭を潰され息絶えた。

四秒後、両手を狙った一羽づつがその身を無数の肉片へと変えられ、

後に残った一羽は蛇に喰われて意識を無くした。

仲間の屍肉の匂いにつられて新たに集まる氷鳥を、死神は虚空を自由に飛びながら斬り飛ばしていく。

死体と化した獣の身体からは次々と鮮血が噴き出し、地上に赤い雨を降らせる。

まさに鮮血の雨ブラッドレイン。彼女の名を表すその光景を、眼にした「人間」は誰もいない。

ただ一人の少女が踊るように空を飛び、敵対者を鏖殺しているだけだ。

二度目の太陽が昇る時、彼女の飛び去った空の下には赤い赤い血の道が出来ていた。

後書きとなります、オルタです。

設定がポンポン出て来てどれを詰め込もうか、非常に迷っております。


今回の主役らは死神ブラッドレインの相棒ともいえる、鎖蛇の精霊・ヨルムンガンド。

恐らく色んなゲームやアニメ、はたまた小説だ名前を聞いたことある、という方は多いのではないでしょうか。

前書きの通り北欧神話に登場する魔物なのですが、何故数ある蛇系の魔獣や神からヨルムンガンドを選んだのか。

実はこの人選にはちょっとした伏線があるのです。いずれ回収するのでお楽しみに!

という建前は置いておいて、本当はウロボロスを出したかったのです。

ですが、鎖、ウロボロス、となるとどうしてもあのヒャッハー!でジャヨク!な人と被ってしまうので・・・蛇の鎖ってだけでもかなり危ないとは思いますが。そこはパクリにならないように頑張ります。

(ちなみにヨルムンガンドは本編で蛇鎖、と書かれていますが じゃさ と読みます。)

さて、それでは次回でお会いできれば!

オルタでしたー

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