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聖戦学院  作者: 雪兎折太
13/56

聖戦学院 13話 嵐の爪痕

嵐は去った。

彼らがそう実感できたのは、ブラッドレインが去ってから数分経った後だった。

半壊した校庭を眺めながらルクス達は治癒を受けるが・・・

「終わった・・・のか?」

月が美しい夜の校庭で、誰かが呆然と呟いた。

既に固まって黒くなった人血と無惨に引き裂かれた大地の痕が惨劇を物語る。

当事者である5人の少年少女と1人の教師は、立ち尽くしたまま、あるいは座りつくしたままただ放心していた。

さっきまで目の前にいたものは、もういない。

それが信じられないという風に。

だが。

死神、ブラッドレインは天道寺達六名による決死の戦いにより撤退した。

これは事実だ。

その証拠に、いたる所に彼女の凶刃による痕跡がこれでもかというほど刻み付けられている。

まるで負傷した彼らの深刻さを、記憶から剥がさせまいと一層際立たせているかのように。

吹きすさぶ風も、舞い上がる砂埃も、空から差す月の光さえもが、彼らに自らの生存を祝福しているかのような錯覚を覚えさせる。

竜や魔獣といった異形の怪物ではなく、同じ種族であるはずの、「人」との死闘。

互いに命と命を賭けた、文字道理のデスゲーム。

初めての、真剣での対人戦を終えた彼らには、勝利の喜びを分かち合うその僅かな余力さえも残されてはいなかった。




生徒会長による救護班が到着したのは、開戦から三十分、激戦の終わりから五分が経過した頃だった。

百を超える救急箱を抱えながら到着した彼らは、驚愕を隠しきれない、動揺を滲ませた表情で傷ついた仲間たちを手当てする。

その動揺は同級生や下級生達の負傷からくる、僕たちが生き残っていることが信じられないといったような、なぜ死んでいないのかが不思議だと言いたげなものだろう。

負傷した僕達の元へ、男子が、女子が、それぞれ救急箱を携えてけが人の手当てというには大人数というべき人数で囲む。

1人あたり10人体制で治療を開始し、残った救護班のメンバーが生徒会長と校庭の修理に向かう。

滝宮学院の校舎はモータルを惹きつけるような役割ではあるものの、それ以外の第三者からの襲撃を防ぐため、そして容易に学院が陥落されるのを防ぐため、校庭を起点としてドーム状に、言わば結界のようなものが張られている。

滝宮の生徒や教師、彼らから許可をもらった人物以外の人間が立ち入ろうとすると、問答無用で弾き飛ばされるようになっており、今まで破られたことは一度もない。

生徒会長と修理班のメンバーが何やら深刻に相談を交わす中、生き残った6人は、僕も含めて感謝も述べずにただじっと治療を受けていた。

治療している救護班も、それに異議を唱える気はないというのを態度で証明しており、彼らもまた同じ表情をしている。

警戒しているのだ。

最大の脅威である死神は一旦去ったとはいえ、また戻ってこないという保証もない。その上このタイミングでモータルの襲撃に会えば、ルクスや美月はともかく桜木や里村、生徒会長達といった主力メンバーがいない状態で応戦しなくてはならなくなる。

前回のドラゴンが今現れたら、被害は過去最大級になると皆容易に予想できた。

だからこそほとんど死に体となった体を一秒でも早く回復させるために、自分の魔粒子をも回復につぎ込みつつ、あるいは治療のための魔粒子とは別に戦闘用の魔粒子も残しつつ、すぐに戦闘態勢に入れるように身構えているのだ。

治療が始まって五分が経った頃、ある女子がこちらに向かいながら叫ぶ。

「結界の修復、終わりました!!」

彼女がやってきた方を見やると、校庭に刻み付けられていた絶望の痕跡が跡形もなく綺麗さっぱりと消えており、後には生徒たちが走り回るいつもの校庭がそこにはあった。

その言葉で、全員の緊張が一気にほぐれる。

とりあえず、一気にモータルに攻め込まれるという最悪の事態は避けられた。

生徒会長に一言、ご苦労、とだけ返された彼女は、同じ学び舎で学ぶ者に送るものとはとは思えない、余りにも整った敬礼を返し、その身を学校の中へと翻していった。

おそらく残っている仕事を片付けに行くために戻ったのであろう彼女を見送り、生徒会長はゆっくりと永江先輩の元へ歩み寄る。

辺りに彼の足音だけが鈍く響く、静寂というには少し遠いその空間を、

「・・・・・・お前達はどうやって生き残った?」

救護班の一人が不意に破った。

その言葉に、当事者を除いたその場全員の身体が微かにぴくりと震える。最も反応を隠せていた生徒会長さえもその場に立ち止まり、無言ながらその耳をじっとすませている。

お前達。

つまりは僕と天野さんの二人、一年生のことを指している。

常識的に考えれば、僕達一年生は一般のモータルにすらまともに戦えない、言わば兵士にすらなれない雑魚。

そのはずの僕達が、刀を構え鎌を携え、傷だらけで座り込んでいるのだ。彼の疑問はもっともだと言える。

信じてもらえる算段は完全に捨て、僕達は顔を見合わせて、頷き、同時に。

「「戦った」」

真実を告げる。

たった一言、自分たちはあの死神と刃を交えたのだと。

命を賭して、あの嵐に抗ったのだと。

僕達は、取り戻した気力ではっきりとそう告げた。

「・・・・・・・・・そうか」

目を伏せながら先程質問を投げた本人が呟く。

そのまま体を震わせながら、悠に包帯を巻き続ける。腕も、足も、怪我だらけの体を痛々しそうに見つめ、声にならない思いをひたすらに押しとどめようとする彼の双眸には、僅かに涙が浮かんでいた。

だが、彼が言いたいことは、不思議とこの場全員に伝わった。


「ありがとう」と・・・


辺りに、暖かい何かが染み渡るのを感じた。

それが感謝の気持ちというやつなのか、それとも回復の魔法による癒しの感覚だったのか、僕にはわからない。

それでも、きっと皆も感じているであろうそれを、否定する気は当然、全く起きなかった。

ゆっくりとこの心地よさに溺れて、心身の傷を癒そう。

そう思っていた時だった。

「お前から連絡を受けた時は本当にどうなることかと思ったが・・・無事で何よりだ、永江」

唐突にその重い口を開いた生徒会長の口調は、そのかなり整った身なりに反してとても穏やかなものだった。

決して事務的ではないその話し方は、まるで生徒同士というよりは教師の話し方によく似ていた。

一応旧世界で換算すると、恐らく彼は大学生と呼ばれていた立場になっていたのであろう。

そんなことを感じさせる雰囲気だった。

「桜木くん、里村くん、そして一年生たちもご苦労だった。とりあえず、治療を済ませたら今日はゆっくり休め。聞きたいことは色々あるが、それは全部明日にーーーーー」

彼女の無事に安堵の笑みを浮かべ、自分も永江先輩の治療を手伝おうと腰を下ろした瞬間。


「遅い」

「何?」

ぽつりと呟かれた言葉を、生徒会長が聞き返す。




「遅い!!遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い!!!遅い!!!!!!」




突如、永江先輩が狂ったように叫び、連呼し始めた。

耳をつんざくような狂声で、張り裂けそうに声を張り上げ、周りの人目も気にせず怒鳴り散らす。

肺を酷使し、喉を濁らせ、ひたすらに同じ言葉を繰り返す彼女は否応なく狂気を感じさせる。

余りの癇癪に周りの空気が一気に固まり、目線が永江先輩の方を向く。

普段の飄々とした彼女はそこにはなく、まるで憤怒に狂う鬼姫のような形相で生徒会長を睨みつける。

「あたしが連絡してからどれだけ待たせてんのよこのノロマが!!三十分だぞ!一体皆がどれだけ必死で食い止めてたか分かってんのか!?ふざけんなよ、天道寺くんと天野さんまで命を投げ出して戦ってくれてたってのに、あんたは全部片付いてから悠々とご到着かよ!クソ野郎が!この子達がどれだけ・・・どれだけ辛かったか!どれだけ怖かったか!!どれだけ!どれだけ!!どれだけ・・・!!!ずっと安全な所にいたあんたには分かってないんだろうなあ!!!」

まるで魔竜の咆哮のような、ものすごい声量で辺り一帯の空気を震わせる。

信じられない、あのいつも考えを読ませない、飄々とした態度の永江先輩が、こんな姿を見せるなんて。

彼女の両眼からは大粒の涙が滝のように溢れ、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。眼と顔を真っ赤にして、ぱっつんと整っていた髪を乱れさせたその姿は不条理に抗議するというよりは少女が可哀想な生き物に涙を流すような、優しいだだをこねているような感じだった。

その言葉に心を打たれ、自然と僕の顔も赤く、熱くなる。

だが生徒会長、安村久遠はその穏やかな微笑みと態度を僅かに崩すこともなく、しかし先ほどまでの優しさは完全に消えた物言いで反論する。

「お前はそんなわがままを言うやつじゃないだろう、永江。死神の襲撃に間に合わなかったのは不本意だったが、仕方がなかったのだ。校舎の復旧を行なっていたからね。あの場所は武器庫としても機能している。君も知っているだろう?」

「校舎の復旧?武器庫の修復!?ハッ、そんなもの後でも済ませられるだろうが!!馬鹿なこと言ってんじゃねえ!!武器を携帯しているテメェだけでも真っ直ぐここに来りゃ良かっただろうが!正直に言えよ、死神ブラッドレインが怖かったってなあ!!」

受けた言葉を怒りに変え、再び猛烈に怒号を飛ばす先輩。今度こそ生徒会長の身に響いたようで、少しだけ表情を歪ませる。

「ああ、怖いさ。怖いとも。そういうのは私の仕事ではないからね。ましてや精霊を従えている相手に単身無策で挑むのは愚者の極みだ。」

芝居掛かった動きでわざとらしく発声する会長の周りで、皆の怒りがゆっくりと溜まっていくのを感じる。

「ここまで遅くなったのは申し訳なかったが、君達が思いの外持ちこたえてくれて、本当に助かった・・・ありがとう」

煽るように長々と言い放った会長に怒りを爆発しそうになる面子を尻目に、僕は一つの違和感に囚われていた。

だが、それを解消しようとするよりも早く、救護班の一人が慌てて僕を学生寮の医務室へ運ぼうと駆け寄って来た。

異議を呈する暇もなく担架の上にかつぎこまれ、同時にかなり遅れてやってきた微睡みの中で僕が最後に見たのは。

怒りに囚われている皆がいる中、唯一ずっとこちらを心配そうに見ていた、天野美月の姿だった。









ああ、彼は大丈夫だろうか。

険悪な雰囲気の中でただ一人、憂鬱な面持ちで相棒を心配しているの天野美月は考えていた。

彼、天道寺ルクスが医務室へ運ばれる間際に見せた表情。

何かに気づきかけ、踏み込むべきではない領域を知りかけている人間の顔。

もしかして、今知るべきではないことに近づいてしまっているのでは。

「・・・流石に杞憂よね」

ぽつりと、自分の考えを否定する。

それよりも気になることは、生徒会長安村が発した一つの単語。

「精霊」。

精霊とは、精霊型魔粒子と呼ばれる特殊なアルゴリズムを持つ魔粒子が、億を越える数で集合・結合し、一つの生命に生まれ変わった、言わば新生命と呼ぶべきものである。

魔粒子一つ一つが細胞のようなもので、意外にもメカニズムは人間に近いと言える。その後姿は様々だが、共通しているのは「精霊は人間に伝わる伝承を元に誕生し、その形を象る」というところだ。

彼らの力も十人十色であり、大半のモータルを圧倒する猛者もいれば、人間にすら敵わないような非力な者もいる。

また感情を有してもいるのでコミニュケーションを取ることも可能だ。

しかし、彼らが人智を超えた能力を持っていることは確かであり、凶暴な精霊は人を襲い、喰らい、やがてはモータルへと変質してしまう。

反対に人間に協力的な精霊もおり、彼らと協力関係を築き、彼らの言う契約を交わす事が出来ればその力を扱うことも可能になる。

(でも、精霊はかなり希少な存在の筈。ましてや死神に手を貸すようなタイプの精霊なんているの?)

言葉には出さず脳内で呟き、自分のものではないツインテールをゆらゆらと揺らす。

そのまま自問に応えようと思考を巡らせようとしたその時、不意に脳内に直接古めかしい雰囲気の女性のような声が響き渡った。

(おらぬとは言えぬな。我が弟もああいう人間は好むであろう)

(っ!?)

ビクンッ!と身体を硬直させ、すぐさま周りを見渡す。

不自然な自分の態度を見ている者は一人もおらず、天道寺くんが医務室へ行ってから数分経つというのに会長と永江先輩は未だに言い争いを続けている。桜木先輩や里村先輩も乱入して乱闘一歩手前といったところで、誰もこちらを見てはいない。

その彼らの前に、紫紺の美しい羽衣を纏った女性が立っている。

煌びやかな紫の髪をなびかせ、人間のものではない金色の眼からあたしを見下ろし、驚きの視線を向けるあたしにニコッ、と返す。

あたしの相棒である精霊、『ツクヨミ』だ。

精霊と行動していることはあまり知られたくないので、誰も見ていなかったのはまさに幸運だろう。

念のために悟られないよう顔をうつ向け小声で声の主に答える。

「あ、あんまり公の場では出てこないでって言ってるでしょ、ツクヨミ!」

(すまんすまん、あまりにも退屈だったものでな。流石にお主らが遊んでいた時には自重しておったが。)

ツクヨミは日本神話の月の女神である月夜見を象った、あたしの友人であると同時に契約を交わした精霊だ。

天道寺くんに渡した刀も、別に手品や魔法で生み出したものではなく単に彼女に借りたからである。

彼女はバツが悪そうな雰囲気を纏う口調で謝罪するも、どこか愉快そうに彼女の脳内へ言葉を紡ぎ、あたしの隣へと体育座りで腰掛けた。

(あの蛇は間違いなく精霊じゃ。それも妾と同じ神話の伝承から生まれたものと見て間違いはなかろう。何処の神話かは分からぬがな)

「神話から・・・てことはやっぱりあの蛇も神様な訳?」

納得出来ないというよりはしたくないというあたしの問いに、意外にも彼女は否定で返す。

(恐らくは違う。知っての通り妾達精霊はお主らが遥かな昔に紡いだ信仰の物語から生まれたものではあるが、その物語の中にいるのが神だけであるはずがなかろう?)

まるで教師が生徒へ言い聞かせるように語るツクヨミの口調は、どこか上機嫌なものだった。多分退屈を紛らわせて嬉しいのだろう彼女は、正座に座り直して言葉を続ける。

(つまりは英雄、王、それらに打ち倒される怪物、手助けをする精霊・・・本来の意味のな。各地に残った神話の言霊が産むのは、光だけということはないという訳じゃ)

「要するにあれは怪物の精霊なのね、把握したわ」

長々と喋るツクヨミをバッサリと切り捨てると、拗ねてしまったのか若干不機嫌そうに両手でぱたぱたと地面をたたき、むーむーとその身に似合わず可愛くこぼす。

どこか子供っぽいところもあるが、月の女神の名にふさわしい強大な力でこれまで何度もあたしを助けてくれたことは確かだ。

本当、普段は弱冠子供っぽいのだが。

(しかし)

その彼女が唐突に再び話を切り出し始めたので、呆れながらも止めようとするが、次の一言であたしが沈黙せざるを得なくなった。

(この程度で済んで良かったと言うべきだな)

この程度。

校庭を見る影もなくなるほど壊し、あたし達六人を圧倒しておいて、この程度。

食ってかかろうとしたが、ツクヨミの語調はかなり真剣なものになっていた。

(ミツキよ、お主らは幸運だぞ)

先ほどまでの子供っぽさは完全に消え失せた彼女は、たった一言だけ残すとその姿を消した。

(力の半分も出してないとはいえ、二体の精霊相手に生き残れたのだからな)

あとがきとなります、オルタです。

ようやく13話が投稿となりました!

遅くなってしまい、申し訳ありませんでした・・・え?誰も見てない?気にしない!


今回登場した、「精霊」というキーワード。

研究室でもちょろっと紹介しましたが、結構現実味をもたせている(はずの)聖戦学院の世界において、唯一超ファンタジーな要素です。

基本的にはffでいう召喚獣的なものと大差ないのですが、既に登場した二人(二体?)を見ていただければ分かる通り、その形は様々です。

死神側の精霊は鎖になっていましたし、ツクヨミも人間の姿をしていました。

これけらどんな精霊が出てくるのか、そしてどんな活躍をするのかも、楽しみにしていただければと思います。



さて、次回「から」は遅くても1週間までに投稿するというペースを保とうと思っております。

恐らく字数も減ってしまうと思いますが、最低でも5千はキープしていこうと思っております。


それでは、願わくば次回でも!

オルタでした。

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