幼少期9:新たなる『出会い』と『公爵家』
さて、自己紹介することなく、私たちの間に割り込んできた彼は誰なのだろうか?
つか、この子ーーいや、こいつとは六年間の記憶が正しければ初対面のはずなのだが、そんなことお構いなしに私とセイロンをじろじろと見比べてきてやがる。
「それで、何て言おうとしていたの?」
セイロンさーん! 堂々と彼を無視しましたね。
「っ、オレを無視するな!」
セイロンが無視したことにイラッと来たのか、噛みついてくる。
それにしても、くすんだ金髪に赤い目……見覚えがあるようで無いような気もするけど、ゲームに出てきたかなぁ?
まあ、とりあえず、だ。
「……それで、貴方はどこの誰で、私たちに何のご用でしょうか?」
「どこの誰だと? 名前は自分から名乗るものだし、用なんて、そんなものは無い。オレは噂のダーゼリアの双子が居ると聞いたから、見に来たに過ぎん」
わー、正論も混じっているけど、超偉そう。
つか、さっきから言ってる『噂』って何だ。その詳細な説明が欲しい。私たち本人が知らないだけで、実は結構有名だったりするの?
でも、彼に関しては、ゲーム知識の方だと引っ掛からないので、記憶が戻る前のティーリアが覚えたであろう記憶の中にある『貴族一覧』を開かなければ。えーっと……
「噂される程だから、どの程度かと思えば……わざわざ見に来る必要も無かったな」
ふん、と鼻息を荒くしてこの場から去ろうとする少年に、ルリエ様がびくりと肩を揺らしたので、こちらに引き寄せる。
「尊大不遜、か」
私の呟き(よりやや大きめの声)に反応したのか、少年が足を止め、こちらを振り返る。
「……何か言ったか?」
「いえ、何も言っていませんが」
「嘘を吐くな。オレはこの耳でちゃんと聞いたぞ」
しれっと嘘を吐いてみたけど、どうやら騙されてはくれないらしい。せっかく空いた距離が、すぐに埋められた。
というか、これだけの人の中、よく私たちの方から聞こえてきたって、分かったな。
「でも、私たちは何も言っていません」
「お前の後ろの奴が言ったのかもしれないだろうが」
私の後ろ……って、ルリエ様?
「でしたら、側に居る私が気付いています」
暗にルリエ様は悪くないと示す。
セイロンはセイロンで、奴の矛先がルリエ様に向いたからか、眉間に皺を寄せている。
「彼女も妹も何も言っていない。もちろん、僕も。だったら、それで良いじゃないか」
「何だと……?」
「それがどんな呟きだったとしても、数分後には何て言われたのかなんて、覚えていないんだろうし、二人に詰め寄るほど、気にすることでもないでしょ」
セイロン……?
「お前……」
奴がセイロンの正面に立つ。
「オレに意見する気か?」
「意見も何も、僕は思ったことを言ったまでだよ。そもそも、君はどこの誰なの? 僕たちのことを知っているなら、こっちから名乗る必要は無いよね?」
そう言って、笑みを浮かべる双子の兄。
一瞬、『もしかして、ブラック降臨?』かと思ったけど、あれか。怒ってるんだね。怒ってるんだよね?
「オレはエルヴィン・ヴォルテール。ヴォルテール公爵家の第三子だ」
第三子で偉そうにされても、と思いつつ、「だってよ」と言いたげにセイロンから目を向けられる。
「ヴォルテール公爵家の御子息と言えば、彼の兄であるお二方とも王子殿下がたの側近をなさってる方たちで、第三子であるエルヴィン様も第四王子殿下の側近候補らしいです」
ルリエ様の小声による解説に、なるほどね、と小さく首を縦に振る。
ヒロインはもちろんだが、私たちの年代は第四王子とも同年代だから、公爵家の子息である奴ーーエルヴィンが候補に挙がるのは無理もないってことか。
ちなみに、現王家は王子四人、王女五人という兄弟姉妹構成(詳細に言うと、第一王女→第一王子→第二王子→第二王女→第三王子→第三王女→第四王子→第四王女、第五王女)である。ただ、末の二人は双子であり、兄弟姉妹の人数が多いのは、王妃様と側室様の子であるため。
いつだったか、私たちが双子なために、お父様たちが双子に関する育児の先輩として陛下たちに呼ばれたことが有るとか無いとか、話していた気がする。
閑話休題。
エルヴィンがこの場で堂々と名乗ったことで、こちらに向けられる視線などが明らかに増える。
いくら今居る場所が神殿内とはいえ、貴族が嫌いな一般の人や貴族の子供の誘拐を企む輩も居るかもしれないというのに……もしかして、こいつは『バカ』なのか。
「エルヴィン様」
本当はこいつに様なんて付けたくはないけど、我が家よりも上位である以上、付けないわけにはいかない。だって私たちのせいで、お父様やアール兄様の手を煩わせたくはないし。
「何だ」
何が気に入らないのか、不機嫌そうに返される。
「お帰りになる際には、気を付けてください。ただいまエルヴィン様が大声で名乗られたために、出入り口付近で待機しているであろう誘拐犯たちが、貴方様を標的になさったようなので」
もし、誘拐が成功してしまった場合、王家を除けば、爵位を持つ公爵家ほど多額の金銭を要求できる家は無いのだから。
「は?」
「あくまで忠告ですから、お気になさらず」
「ーーいや、その忠告は聞いておこう」
今にも口を開こうとしたエルヴィンを遮るかのように、一人の男性が姿を見せる。
「父上!?」
……ってことは、ヴォルテール公爵ご本人ですか。
「我が息子が迷惑を掛けたな」
「いえ、特には……」
迷惑にはなりかけはしたが。
「それにしても、君たちのご両親はどこかな? 息子の相手をしてくれたことの礼と挨拶がしたかったのだが」
そういえば、セイロンに連れてこられてから、お父様たちのこと放置してたんだった。
「しかし、参ったな。子供たちだけで残すわけにも行かないし……」
公爵が困ったような顔をする。
私たちとしても誘拐云々を話した手前、ルリエ様も一人でご両親の元に返すわけには行かない。
「セイ。ルリエ様、送ってきたら?」
「え、でも……」
「私なら、ここに居るし、セイなら大丈夫でしょ?」
嫌なことがあったときの逃げ足早いし。
「分かった。なるべく早く戻ってくるから」
「行ってらっしゃーい」と、ルリエ様の手を引いて、セイロンがこの場を離れるのを見送るのだが、エルヴィンがじっとこっちを見てくる。
「……何ですか?」
「……」
やだ、さっきまでの勢いはどうしたの。何か怖いんですけど。
「そういえば、君の名前をまだ聞いていなかったね」
私たちの間にあるやや重たい空気を壊すかのように、公爵が聞いてくる。
「あ、申し遅れました。ティーリア・ダーゼリアと言います。先程の二人は双子の兄であるセイロンと、その婚約者候補であるルリエ・アットグラフ様です」
「これは失礼しました。ダーゼリア家のご令嬢でしたか」
「我が家のことをご存知で?」
「存ずるも何も、お父上の能力と貴方がたの存在が一番でしょうね」
私たちの存在はともかく、お父様の能力?
「彼は有能だから。私も、いろいろと助けてもらっているんだよ」
「ああ、なるほど。そういうことでしたか」
そういえば、お父様の仕事って見たことないけど、王城勤務なのは間違ってないよね?
「あ、居た!」
聞き覚えのある声と聞き覚えのない声が、同時に聞こえてくる。
「お父様」
「ヴィクター?」
聞き覚えのある声はお父様、聞き覚えのない声は公爵が呼んだヴィクターという人のものらしい。
「ん? セイロンはどうした」
「ルリエ様と会って、ご両親の元まで送りに行きました」
「そうですか。それで、この方たちは?」
お父様の後ろからやってきたお母様に尋ねられるのだが、その声に気付いたらしい、ヴィクターさん(?)へ現状を説明していたらしい公爵が振り返る。
「やあ、ダーゼリア殿」
「え、ヴォルテール公爵?」
どういうこと、と説明を求められたので、魔力の計測等が済んだ後、ここでルリエ様と会って話していたら、エルヴィン(様)が来て、何か突っ掛かられて、現在に至るーーと説明した。
「あと、エルヴィン様と話す途中で、セイが軽くキレかけた」
「僕、キレてないし、キレかけてもないから」
呆れた目をしたセイロンのご帰還である。
「えっと……つまり、状況をややこしくしたのはエルヴィンだと」
「違う!」
状況を纏めたヴィクターさんにエルヴィンが噛みつくけど、公爵が冷静に対処する。
「違わんだろうが。すまない、ダーゼリア殿。お嬢さんの方は気にしてないと言ってくれたんだがな」
「なら、気にしないでください。この子たちにも自業自得な所はあるので」
あれー? もしかして、お父様。遠回しに『私たちも悪い』って言ってない?
「ごめんね。弟のことだから、偉そうに何か話していたんじゃない?」
思わず、セイロンと顔を見合わせる。
何故分かった。あと……弟?
「エルヴィンの兄の、ヴィクター・ヴォルテールと言います」
にっこりと微笑む所がイアンと似てるなー、と思いつつ、くすんだ金髪に赤眼のエルヴィンと違い、赤茶色の髪に同色の目であるヴィクターさんはあまり兄弟に見えない。
レティーリアはともかく、サム姉様と私たちみたいな色彩分けだ。下手をしたら、サム姉様よりもレヴィンの方が本当の兄弟姉妹に見えるのかもしれない。ーー真実、レヴィンは義弟だけど。
「この子は二番目の子供でね。今は学院に通っているんだ。確か、君たちの所も……」
「ええ、二人すでに通っています。次はこの子たちの番なんですが、慣れたとはいえ、やはり準備は大変で」
苦笑するお母様だが、自分たちで増やしてしまった、あと二人が待ってますよ。
それにしても、と、ヴィクターさんーーいや、ヴィクターに目を向ける。
乙女ゲーム側・攻略対象者『ヴィクター・ヴォルテール』。
ヴォルテール公爵家第二子である彼は、我が兄・アール兄様と同学年で、現在第三王子付き。
学年も違うというのに、どうやって攻略するのかと言えば、『広大な学院の敷地で迷った末に』とか『(所属する科次第だけど)学年合同授業』とか。後は学校行事ぐらいだろう。
あと、(さっき私はそれっぽいことを思ったけど)イアンと雰囲気等がキャラ被りしてるなどと言ってはならない。いや、ゲームでは『キャラ』とか違うんだけどさ。
ちなみに、弟であるエルヴィンは、ゲームで少しばかり可哀想な役回りなので、なるべく触れてやらずにいる。
「学院に入学してくるということは、君たちは僕の後輩になるわけか。学院の先輩として、君たちが来るのを楽しみにしているよ」
「はい!」
「何かあったときは、よろしくお願いします」
メンバーは違うけど、イアンとの時も似たようなことを話した気がする。
「さて、それじゃあ、我々はそろそろ帰るとするか」
「どうか、お気をつけて」
「君たちも、あまり遅くならないようにな」
そんなやり取りを経て、私たちも数分後には帰宅した。
ーー後日。
「なあ、ティー。ヴォルテール家のあの二人、もし婚約者候補にするなら、どっちがいい?」
「どちらもお断りで。どうしてもと言うのなら、サム姉様かレティに話を回してください」
私の候補者はイアンとクロウの両名だけで良い。あの二人まで候補者にしたくない。
「いやな、この前の件が申し訳ないからと、お前に話が来てるんだが」
申し訳ないと思ったのなら、話を持ってこないでほしい。こっちとしては、家族以外の攻略対象者たちと接触したくないんだが。
大体、あの程度のことで婚約者候補にするとか、エルヴィン辺りが何か言ったか?
つか、ヴォルテール公爵家の子供たちがもし娘だったら、私じゃなくて、セイロンに話が来ていた可能性もあったんじゃ……うわー。
「とりあえず、お断りしてください。私、今居る二人のお相手と学院への入学準備で大変なので」
「じゃあ、保留にしといて貰おうか」
「お断りを。何かあった場合、助けてもらうという約束ならともかく、あの程度のことで婚約者候補になっては我が家が脅したとか何とかという変な噂が立つ可能性もあります」
その場合、悪役になるのは私だろうが。
「む……だが、相手は公爵家。敵には回したくないぞ」
「ですから、婚約者候補などではなく、先日の件でのお返しで助けてもらえませんか、と約束させれば良いではありませんか。そこからどうなさるのかは、お父様次第ですが」
そう告げた私に、お父様は肩を竦める。
「全く、そんな考え方をするとは……成長を喜ぶべきか、どこで覚えたんだと注意するべきか」
お父様、そこには触れないでください。
公爵家側が、ダーゼリア家へ「婚約者候補に」と話を持ってきた理由については、後々ということで。