幼少期7:同じ『転生者』である彼女との『出逢い』、そして『付き人』について(クロウ視点)
婚約者候補の一人、クロウ視点。
ティーリアたちとのやり取りを終え、迎えにきた我が家の馬車に乗り、ダーゼリア家を出た俺は帰路についていた。
馬車の中には、俺と俺専属の執事であるシエルが居り、そのシエルは、といえば何が楽しいのか、今もにこにこと笑みを浮かべている。まあ、シエルが笑みを浮かべているのはいつものことなので、俺としてはそんなに気にはならないのだが。
「……」
「……」
いつもなら、俺がダーゼリア家に向かう時は、シエルが同行しているのだが、それが今日は無かった上に迎えの馬車でこちらに来たのは、シエル自身に用があったからだ。
「それで、用は済んだのか?」
「ええ、まあ。ですから、こうしてお迎えに上がったのですよ」
「なら良い。だが、無理はするなよ」
「分かっております」
相変わらずの笑みを浮かべられる。そこに胡散臭さは無いのだが、こいつ俺より六歳上の十一歳なのに、年相応の笑みに見えないんだよなぁ。
しかも、俺付きということもあり、学院にはまだ通っていないのだ。だが、ずっとそのままというわけにもいかないので、来年から学院の初等部に編入することになっている。
まあ、一年から三年時の授業内容(主に国語や算数など)は我が家の家庭教師陣からも教えられているようなので、それなりに大丈夫だろうが……学院のレベルについては、先に通っている兄姉が居るティーリアに聞いておけばよかったな。
(そういえば)
ふと思い出す。
ティーリアと最初に会った時も、シエルが居ないときだった。その代わりに父さんが居たけど。
この一年、前世の記憶を思い出してから、色々あったと思う。
まあ、一番の驚きは、やっぱり、ティーリア(の存在)だったけどな。
☆★☆
出水千歳。
今では『クロウ・ラインベルグ』なんて名前だが、それが俺の前世での名前である。
何が思い出すきっかけになったのかは分からないが、ふと記憶を思い出したからか、「前世のことを思い出した以上は、有効活用するしかないじゃないか!」とか「俺の人生イージーモード」と調子に乗ってみたものの、現実は甘くなく、一週間で折れた。
誰だよ、「俺の人生イージーモード」なんて言ったのは。……うん、俺自身なんだけどさ。
そんなとき、父親が『婚約者候補』なんてものの話を持ってきた。
『婚約者候補』って何ぞや? と思っていれば、どうやら将来の婚約者になってもらうために、小さいうちから数人の相手へ唾を付けておこうということらしい。
「いや、間違ってはないが、間違ってはないんだが、もう少し他の言い方は無かったのか?」
って、言われてもなぁ……。
「まあ良い。今度の休日に相手宅にお邪魔することになったから、そのつもりでいろよ」
俺の最初の婚約者候補ということもあり、両親は吟味に吟味を重ねたらしい。
俺の知らぬ間にそこまで話が進んでいたのか、とも思ったが、それよりも相手が我が儘だったり、選民主義だったりしなきゃいいなと、その時の俺は思っていたのだ。
☆★☆
金茶色の髪に、光の加減で紅茶色にも見える茶色の目。
『ティーリア・ダーゼリア』という婚約者候補と会うことになったと父親に言われた時、俺の反応は「マジで?」だった。
いや、馬車に乗って出発したから、もう逃げられないし、引き返せないけどさ(まさか、そのつもりで、相手について話さなかった訳じゃないよな?)。
で、だ。え、相手はあの『ティーリア・ダーゼリア』?
前世の記憶の中にあったとある乙女ゲーム兼ギャルゲーの登場人物の中に、似たような名前の登場人物が居たはずだ。
ーーまさか、俺の転生って、ゲーム系転生?
ゲームでの『ティーリア』は、両親を除く家族全員ーーつまり、義理を含む兄弟姉妹全員が攻略対象故に美形・美人・美少女揃いなのだが、その中で唯一『普通』だった。
ヒロインとなりえるであろうギャルゲーでも、『隠しキャラ』扱い……つまり、乙女ゲームでもギャルゲーでも、彼女は『普通枠』要員だったのだ。
とはいえ、今はゲームだと過去編に入るであろう幼少期なわけだから、どう変わるのかは彼女次第なのだろうが。
でも、俺は頭から抜かしていた。
いくら『普通枠』であろうと、彼女が攻略対象者たちの家族であることを。
☆★☆
「二人目とかマジかぁ。ただでさえ、イアン様の相手もしたりしなきゃらないってのに」
「……」
「うー……有り得ない有り得ない有り得ない。やっぱり、この状況、変だぁっ!」
こちらに気付いているのか、いないのか。空を仰ぐようにして、我が婚約者候補様ことティーリアは何やら叫んでいた。
いや、確かに我が儘だったり、選民主義じゃない方が良いとは言ったけど、有り得ない方にネジが飛んでる奴も何だか面倒くさそうで嫌ではあるのだが。
つか、彼女の呟きから聞こえてきた『イアン様』って、攻略対象であるあの『イアン・アークライト』か?
「っ、あ。申し訳有りません、クロウ様。私ってば、お見苦しいところを……」
「いや、気にしなくて良いよ」
どうにも、俺のイメージしたり、知る令嬢とは違う気がするのだが、すぐに切り替えての謝り方にも優雅さがあるところは、やはり貴族らしい。
「ずっと気付かれなかったら、どうしようかと思ったけどね」
「う……すみません」
「良いよ。次から気を付けてくれれば」
軽くからかったつもりなんだけど、どうやら彼女はせっかく来てくれた俺に対して、申し訳ないことをしたと思っているらしい。
うーむ、どうしたものか……何か話のネタになるようなものは無いか?
「そういえば、君は双子なんだっけ?」
「ええ、まあ……」
ゲームでの設定では、ティーリアは双子の妹で、双子の兄であるセイロンとともに、互いの存在が二人を攻略する上でのキーパーソン(乙女ゲームではセイロン、ギャルゲーではティーリア)となっている。
ただ、ゲームの中では双子が不吉だなんて言う輩も居て、絡んできたそいつらを撃退するようなイベントもあった。最早そんな迷信みたいなものは信じられていない上に、王族として生まれたなら、片方が影武者扱いされたりしているほどだ。
「俺は君が双子だからって、気にしてないよ。気にする奴らはうるさいだろうけどね」
「お気遣い、ありがとうございます」
微笑むティーリアの金茶色の髪が、風で靡く。
「……」
おい、制作スタッフ。
何でこの子を『普通枠』にした。十分、可愛いだろうが。
「クロウ様?」
「いや、何でもないよ」
一瞬だけでも見惚れた上に、制作スタッフに対して愚痴ったとか言えるか。
「また、会えるよね?」
「はい。クロウ様のご都合が合えば」
そんな約束した数日後に、互いが転生者であることを知るまで、そう時間は掛からなかった。
ティーリアも乙女ゲームとギャルゲーの両方をやっていたらしく、お陰で(ダーゼリア家で)会う度にゲームのイベント等の情報交換が主となってしまった。
「さすが、攻略対象の家族。類は友を呼ぶってか」
「うっさい」
貴族としてはあまり良くないのだろうが、丁寧な言葉遣いをされるよりは、気が楽で居られる。
何より、中身が本来の『ティーリア』や『クロウ』のように生粋の貴族ではないため、貴族らしくない言葉遣いや共通の話が出来るということで、俺と同じ『転生者』である彼女に対しては緩み、甘えてしまっている原因でもあるのだろうが。
そして、先日のダーゼリア家でイアンとの遭遇だったり、先程のティーリアの義妹であるレティーリアと一緒にお茶をしたことも思い出せば、やはり誰かと接するときは貴族という猫を被る。
そんな猫を被らないーー本来の俺で居られるのは、きっと後にも先にもティーリアだけだと思うが。
成長して、互いに誰か好きな相手が出来れば別だろうが、個人的にイアンはともかく、ギャルゲー主人公だけは止めておいてほしい。幼馴染が、ハーレム形成する男に引っ掛かるのだけは見たくない。……つか、転生者であるティーリアなら分かってそうだから、近付こうとはしないだろうが。
「むー……」
「おやおや、坊ちゃん。眉間に皺が出来てますよ」
唸る俺に、シエルが眉間を指さして指摘してくる。
「坊ちゃん言うな。……いや、リアとはまた、色々と話す必要があると思ってな」
「そうですか」
何が嬉しかったのか、シエルが俺を見ながら微笑んでくる。
「何だ?」
「いえ、ティーリア様を手放さないように、と。あの方と話された後のクロウ様は、いつも楽しかったと言いたげな空気を纏われていますから」
「そんな坊ちゃんを見るのが、私は嬉しいんですがね」とシエルが微笑む。
「そんなに楽しかったように見えるか?」
「はい。ずっと捜していた友人を見つけたかのように、笑みを浮かべている時もありましたよ」
「そうか」
いや、「そうか」じゃないんだけどな? つまり、その日はニヤニヤしていたということだろ?
しかも、『ずっと捜していた友人を見つけたかのように』って、まるで同じ転生者であるティーリアと話せて、俺が嬉しがっているみたいじゃねーか! 情報交換という点では有り難いとは思っているけども!
「それと、誤解を解くために言っておくが、お前が思っているようなことは、な・に・ひ・と・つ、無いからな?」
「そうですか。では、そういうことにしておきましょうか」
シエルはくすくすと肩を揺らしながら笑っているが、これ、俺の照れ隠しだと思われたりしてないか?
「あと別に、照れ隠しとかじゃないからな?」
「分かってますよ」
あ、これ分かってないわ。
そんなことを話している間にも、馬車は我が家であるラインベルグ家に着いてしまうのであった。
そして、馬車を降りるその時まで、シエルの誤解を解くことは出来なかった。クソっ。