幼少期6:『義妹』の発言と『婚約者候補』の問題
「で、あれから義妹には謝れたが、義弟が捕まらず、謝れてないってか」
「うん」
「アホか。本当に何やらかしてんだよ、お前は」
今日も今日とて我が家に来てくれたクロウと、お茶会もどきをしている。
そんな彼との話題など、先日我が家に来た義弟たちについて、ほぼ一択である。
そして、我が家に来た後のこととその後のことを話してみたら、この反応である。
ちなみに、アール兄様とサム姉様たちは休みが終われば距離が距離なので、学院に戻っていきました。
ただ、「お父様たちからは『二人が来た理由は話せない』と言われてな」と、あの後どうなったのかを簡単に説明された。学院へ向かうための馬車に乗り込む際には、「それじゃ、二人をお願いね」とセイロンとともに頼まれたので、出来る限り目は向けています。
兄弟姉妹仲? 下二人に関しては、これから良くしていくつもりです。
さて、私とクロウのお茶会もどきだが、先程からじーっと向けられている視線に気付いていないわけではない。
「なぁ……アレ、どうするんだよ」
「どうすると言われましても……」
壁越しにこちらをじーっと見てくる義妹、レティーリア。
「参加させて良い?」
「仕方ないな。あそこから、こっちをじっと見られてるよりはマシだ」
クロウの許可も貰えたので、レティーリアを私自ら呼びに行く。
「ねぇ、あそこで美味しいお菓子を一緒に食べたりしながら、お話ししたりしない?」
「でも、ティアお姉様。邪魔では……」
レティーリアは私のことを『ティアお姉様』と呼ぶ。
『ティー』『リア』『ティア』の三択から選べと言ったら、『ティア』になったらしい。
「彼の許可も出てるから大丈夫。ここで、ずっとレティに見られてる方が気になるみたい」
ちなみに私は、レティーリアを『レティ』と呼んでいる。
「分かりました……」
そのまま、レティーリアをクロウの方へ連れて行くのだが、人見知りの気があるのか、私の側から中々離れようとしない。
それを見ていたクロウは苦笑いしていたけど、「何だ。ちゃんと仲良しじゃん」と言ってくる。
「初めまして。ティーリア嬢の婚約者候補が一人、クロウ・ラインベルグです」
「……レティーリア・ダーゼリア、です」
そう自己紹介し合う二人に、苦笑いが浮かんでしまう。
私を除く外面モードのクロウはともかく、レティーリアの方はこの名乗りには、まだ慣れていないらしい。
これがまだ(外面モードとはいえ)クロウだったから良かったが、イアンだったらどうなっていたことかと思うと、自然と遠い目になる。
なお、クロウの私の呼び方は、『様』付けと『嬢』のどちらが良いのかと言われたので、『嬢』を選ばせてもらった。『様』だと何か違う気もするしね。
「レティーリア様は、ダーゼリア家に来たばかりだとお窺いしましたが、もう慣れましたか?」
レティーリアがこっちに視線を向けてきたので、「思ったように答えればいいよ」と答えてあげる。
「はい……皆さん、お優しいので……」
紅茶の入ったカップを両手で持ちながら、口を付け、ほぉ、と息を洩らす。
……何だろう。私よりも年下のはずなのに、一瞬だけ垣間見えた色気のようなものに見惚れてしまった。
ふむ。あれか、攻略対象だからか。そう思えば納得なのだが……
「……」
クロウの方を見てみれば、同じように見惚れていた。
別に見惚れるのは構わないんだが、何か今失礼なことを思われたような気がしたというか『電波的な何か』をキャッチしたので、彼の足を踏んづけてやる。
「ーーっ、!?」
こっちに、何か言いたげな目を向けられても困るのだが。
ちなみに、これは嫉妬ではない。断じて違う。
「お姉、様……?」
どうしたの? と言いたげに、レティーリアが首を傾げる。
あ、可愛い。
「何でもないから、大丈夫。ああ、それとね。レティ。貴女には良い婚約者候補が出来ると思うから、仲良くするのよ?」
「……え」
「まあ、私が言わなくとも、お父様たちが勝手に決めてくるんでしょうけど」
婚約者候補だと紹介されたとき以降、イアンの場合も、クロウの場合も、彼らの方から我が家に来てもらっている。
他の家がどうなのか知らないが、我が家の場合はアール兄様も出向くタイプであるのに対し、セイロンは迎えるタイプだ。
「……私はまだ、ティアお姉様と一緒に居たいです……」
その時、私の中にピシャーンと音を立てて、雷が落ちる。
ーーあ。やっぱり、この娘は(ギャルゲー側の)攻略対象だ。
両手で(私の)服の端を小さく摘み、目をうるうるとさせながらの上目遣い。
狙った・狙ってないにせよ、これは駄目だ。同性である私まで、まだ幼少期だというのに、彼女に落ちそうだ。
「レティ……」
「私……」
しばし見つめ合っていれば、「こほん」とクロウがわざとらしい咳払いをする。
彼の方に目を向ければ、呆れているような、「何やってんだ、お前」と言いたげな目を向けられた。
「そのまま、ずっと見つめ合っていたら、百合の花が咲きそうな雰囲気だったぞ」
「止めて!? 私にそっちの趣味は無いから!」
本当に、何てことを口にするんだ。
思わず、立ち上がって叫んでしまったせいで、レティーリアが驚いて見上げてきている。
「百合……?」
「白くて綺麗な花なんだけど……レティは知らなくて良いから」
花としての『百合』以外については、触れさせるわけには行かない。この子には、まだ早い。
っていうか、この国に『百合』の花って、そもそも存在してるのかな? 後で辞典とかで調べてみよう。
未だに不思議そうにしているレティーリアに苦笑し、椅子へと座り直す。
「そうだね。大きくなったら、ティーリア嬢に教えてもらうと良いよ」
「クロウ様!?」
フォローのつもりか、違うのかは分からないけど、私に面倒事を押しつけたこと、許さないからな。
あと、今の会話を、レティーリアが綺麗さっぱり忘れてくれることを願う。
「さて、と」
クロウが立ち上がる。
「俺は、そろそろ帰るよ。今日は早めに帰ってくるように言われてるし」
「ん、分かった。気を付けてね」
私が見送るために立ち上がれば、それに頷いたクロウが、レティーリアに目を向ける。
「ああ。レティーリア様も、お姉さんと仲良くね」
「は、はい!」
いきなり話しかけられたために驚いたのか、レティーリアの声が軽く上擦っている。
「それじゃあな、リア。また来る」
「ああ、うん。……うん?」
思わず返事したけど、今、何て言った?
「クロウ様?」
「俺、何か変なことを言ったか?」
まさか、無意識……ではないな。口元を見れば笑ってるし。
「今、私のことを呼んだんだよね? 『レティーリア』じゃなくて」
「ああ、そうだが……ん? あ、そうか」
『レティーリア』とあえて縮めずに呼んだことで、どうやらクロウは察したらしい。
「けどまあ、何だ。いくら名前が似ていようが、お前にしか使わねーよ」
「……あっそ」
被っている猫や仮面が剥がれてるぞ、とか突っ込みたいけど、そういう特別扱いは、妙に恥ずかしい。
「もしかして、照れたか? 珍しい」
「うっさい! とっとと帰れ!!」
顔を覗き込まれる前に、と奴の背中をぐいぐいと押せば、肩を揺らしながら小さく笑われる。
「押さなくても、ちゃんと歩くから」
何故、私が宥められなきゃならない。
「……あの、ティアお姉様」
「どうしたの?」
レティーリアが呼んできたので、振り返ればーー
「その……それが、『本当の』お姉様たちなの?」
そう問われて、思わずクロウと顔を見合わせる。
基本的に、いつも周囲にはメイドさんたちしか居ないし、聞かない振り(というか、内容がよく分からないのだろうが)をしてくれているわけだが、今日は違う。今日はレティーリアが一緒だったのだ。
この状態で素が出るとか、ヤバくないか? 我が家だから良いものを、『生徒は皆平等』と謳いながらも、水面下では序列や階級が存在している学院だとアウトなはずだ。
だからこそ、『生徒は皆平等』を信じ、そのまま行動をしていた乙女ゲームの主人公とギャルゲーの主人公は、劇中で何度も注意されていたのだが。
ーーまあ、そんなゲーム情報に意識を向けたくなるほど、レティーリアの疑問にどう答えるべきなのか、戸惑ってもいるわけで。
「ティアお姉様……?」
「うーん……本当のと言われたら、何て答えるべきなのか困っちゃうけど、『どちらも正解』が答えかな」
「そうだな。貴族として生まれたからには義務が生じるし、それを果たさないといけない。時には、顔では笑いながら喧嘩したり、な」
つまり、クロウが言いたいのは、『本音』と『建て前』だとは思うのだが……正直、私もこの説明の仕方以外だと、上手く説明できる自信が無い。
「レティは、これから少しずつ覚えていけば良いよ。難しいことは、今はアール兄様たちに任せれば良いんだから」
って、あれ? セイロン相手に似たようなこと、言った覚えがあるぞ。
「分かった……あと、クロウ様みたいな人、ちゃんと選ぶ」
「……ん?」
幻聴とは思いたくないが、最後に何か言われた気がする。
「……レティはさ。クロウ様以外の男の子に、まだちゃんと会ってないでしょ? それなのに、いきなり『クロウ様みたいな人』って……」
「ティアお姉様が、喜んでたから……」
あ、そういうことか。
レティーリアとしては、『ティーリアも喜んでくれるような人』を婚約者候補にするって言ってるのだ。
「うわぁ、びっくりしたぁ」
てっきり、同じように転生者を連れてくるのかと……まあ、有り得ないけど。
「……クロウ様は、取らない。ティアお姉様のだから」
「あの、レティーリア様? それだと誤解を招きますから、その言い方は止めましょうか」
「そうだね。私とクロウ様は『婚約者候補』であって、『婚約者』では無いんだから、私のっていうのは違うよ」
だから、勘違いしないように。
そういう意味を込めて、レティーリアに告げる。
「まだ、じゃないの?」
「『まだ』も何も……」
困った私がクロウに目を向ければ、肩を竦められる。
「レティーリア様」
「はい」
「君のお姉さんはしっかりしているから、君が心配しているようなことは起きないよ」
レティーリアがこちらに目を向けてきたので、笑顔を返してあげる。
「リアも。あまり義妹に心配させるなよ」
「今までの流れから、趣旨とかが違うような気もするけど……ご心配なく。私にチート的な能力はありませんから」
それこそ、『そういう問題』ではないのだが、多分伝わってはいるはずだ。
それにしても……クロウの『リア』呼びは決定事項なんだ。
「だと、いいな」
「……」
不安を煽るような、思わせぶりな言い方は止めて欲しい。
でも、クロウはそれ以上何か言うこともせず、そのまま帰って行った。
「……」
あのさ、クロウ。『転生チート』はあっても困らないんだろうけど、同時に悪目立ちする覚悟も必要だと思うんだ。それが、どんな能力であれ。
「中に入ろうか、レティ」
レティーリアにそう促せば、頷いたので一緒に家の中へと入っていく。
もし、あの思わせぶりな言い方から察しろと言うのなら、そうするけどーーまさか、目立つタイプの『チート』を貰ったんじゃないよね?