幼少期4:ついに揃いし『兄弟姉妹』とやってきた『義弟妹』たちーーそして、告げられなかった『現実(うらがわ)』
「お帰りなさい! アール兄様、サム姉様!」
今日は、学院に通っている二人が距離の都合上、月一で帰ってくる日である。
まだかまだかと待っていれば、目的の人物たちが顔を見せる。
「ただいま。セイロン、ティーリア」
「ただいま、二人とも。また大きくなった?」
金茶色の髪に茶色の目というアール兄様は家へ帰ってきたら、私たちを呼び慣れた呼び方ではなく、一度ちゃんと名前を呼ぶ。
ふんわりとした赤茶色の髪に紅茶色の目というサム姉様は家へ帰ってきたら、私たちの頭を一度は撫でる。学院に行ったら、学院で会うことが増えそうだから、こうやって撫でてもらえるのは、きっと今だけなのだろう。
それにしても、本当に美形・美少女だよな。我が兄姉は。
「兄様や姉様に話したいこと、いっぱいあるんだ! あのねーー」
「セイ、まずは中に入ろう。話はそれからだ」
勢いよく話し始めるセイロンに、アール兄様が宥めて、屋敷の中に入るように促す。
「じゃあ、早く行きましょう!」
一足先に屋敷へと飛び込んでいくセイロンを見つつ、私は二人に忠告しておくことにした。
「アール兄様、サム姉様。覚悟しておいてください。以前とは違い、セイが一度話し始めると、惚気という名の婚約者候補自慢が始まります。そのため、ある程度、聞き流すことをお勧めしますよ」
兄様たちには、メイドたちの手も借りつつ、手紙を出したことがある。
その際、私たち二人にも婚約者候補が出来たことを知らせたのだが、私の婚約者候補たちはともかく、セイロンに婚約者候補たちについて説明させたら、とある一人については確実に惚気られる。
「そんなにベタ惚れ状態なの?」
「ベタ惚れ……に近いんじゃないでしょうか。彼女と会った日は、確実に惚気られました」
顔を引きつらせながら聞いてくるサム姉様に、私は遠い目をする。
毎日じゃないだけマシだが、あのまま成長すると、ヤンデレ化しそうである意味怖い。
「それは……ご苦労だったね。ティー」
アール兄様に労われました。
☆★☆
予想通りというか、何というか。やっぱりセイロンは、自身の婚約者候補であるルリエ様のことを自慢したかったらしい。
最初は「ふんふん」と聞いていた二人も、予想外に熱弁するセイロンに引いていた。
もしここで兄様たちが、「俺の婚約者候補(たち)の方が可愛いよ」とか「私の婚約者候補(たち)も格好いいんだから!」と言い張り、対抗するようならともかく、そんな性格ではない以上、セイロンの独擅場である。
「ねぇ、ティー。これ、いつまで続くの?」
「最長で一時間、最短でも三十分ですね。まああれでも、セイの初恋になりますから、私たちは大人しく見守りましょう」
「初恋ぃぃっ!?」
もうすでに遠い目状態の私の言葉に、アール兄様とサム姉様の驚きの声が見事に重なる。
「初恋で、あの惚気っぷり……」
「初めてなら仕方ないとは思うけど、あの子の将来が心配だわ……」
兄様と姉様に不安そうな目を向けてられていることに気付かず、セイロンの自慢はようやく終幕へ向かうらしい。
ああ、もう。私、セイロンの自慢についての解説しかしてないよ……。
☆★☆
その日の夜は、“私のターン☆”である。
昼間はセイロンが独り占めしてたからねー。私も解説じゃなくって、アール兄様たちといろいろ話したいよ。
「ほら、姉様が好きそうな花だから、鉢植えにしてみたんだ」
「あら、本当」
こっそりと育てていた鉢植えを、サム姉様に見せる。
鉢植えの中には、ぽつぽつと小さな花が咲いている。
「学院で育てられるかな?」
「そうねぇ、品種とか生長後にも依るけど、これぐらいなら多分、大丈夫だと思うわよ」
小さな花びらに触れながら、サム姉様が微笑む。
「それじゃあ、姉様に上げるから、大切に育てて上げて」
「でもこれ、ティーのものでしょ? それとも、飽きちゃった?」
「飽きた訳じゃないよ。サム姉様に上げるために育ててただけだし」
私の言葉に「そっか」と呟くと、サム姉様は鉢植えを持ち上げる。
「じゃあ、一緒に私の部屋に運びましょうか」
「うん!」
そのまま一緒に、鉢植えを持って移動しようとすればーー
「ああ、二人は一緒に居たのか」
何か用があるのか、お父様が珍しく私たちの方へと歩いてくる。
「実はな。お前たちに会わせたい子が居るんだ」
その言葉に、「もうなのか」と思う。
「何、アールもセイにも伝えてあるから、明日の昼食は絶対に来てくれ」
そう伝え終わると、お父様は去っていく。
でも、お父様。彼らが来るのはーー『昼』なんですね。
「ティー、何か知ってるの?」
「え? あ、いやーーそれにしても、何なんだろうね。サム姉様。お父様が声を掛けてくるなんて珍しいなーって、思ったんだけど」
何か隠しているのを察知されたと思って動揺はしたけど、今は上手く誤魔化されてほしい。
「そうね。一体、明日の昼に、何があるのかしら」
鉢植えを手にし、私と話していた姉様の声だけが、静かにその場に響いた。
そして、時間は次の日へと過ぎていきーー……
「いきなりだとは思うが、お前たちに新しく弟と妹が出来ることとなった」
「四人とも、二人と仲良くして上げてね」
両親がそう告げてくる。
本当にいきなりだな、とか思わなかったわけでもないが、とりあえず私は両親の側に居る男の子と女の子に目を向ける。
「男の子がレヴィン、女の子がレティーリアよ」
新たに来たーー義弟ことレヴィンは、私たちと同じ金茶色に見えるような金髪に碧眼の男の子、義妹ことレティーリアは、ミルクティーのような薄い茶色のような髪色に、茶色の目を持つ女の子だ。
二人とも攻略対象であるだけあって、幼少期だというのに、後にイケメンと美少女になることが目に見えて分かる。
それにしても、二人の名前が紅茶系じゃないのは、彼らが養子だからなのか、単に関係ないのか。しかも、『レヴィン』と『レティーリア』って、響きが似たような名前だし。
「年齢は、セイとティアの一つ下ですから、年の近い貴方たちが積極的に見てあげてね」
「はい、お母様!」
「……あ、はい。分かりました」
考え事をしていた上に、呼ばれ慣れていない愛称で呼ばれたからか、少しだけ返事が遅れる。
みんなは私を「ティー」と呼ぶのだが、お母様は「ティア」と呼ぶのだ。そのせいか、どうにもすぐには反応できない。
「では、これ以上は料理が冷めてしまうことだし、お食事にしましょうか」
二人の紹介からの、強制食事イベントとは……お母様、恐るべし。
で、だ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
うわっ、空気悪っ。
両親はともかく、兄姉と義弟ーーレヴィンたちも無言で食べ進めることだから、空気を察したセイロンが眉間に皺を寄せ、レティーリアは困った顔をしながらも私たちをチラチラと見ては昼食を食べ進めている。
もう、こうなってくると、マナー云々の問題じゃない。この空気自体が問題なんだ。
そもそも私はゲームの設定だからと理解しているが、お父様たちは二人を任せるとは言ったものの、養子にした理由を私たちには話してないのだ。
一応、この家の子だから二人の面倒は出来る範囲でするつもりだし、その意味も込めて返事はしたけど、兄弟の中じゃ、きっとアール兄様とサム姉様たちが一番納得できていないんだろう。
『過程』よりも先に、『結果』が先に来てしまったのだーー二人を引き取ることになった『経緯』は話されず、彼らは我が家の『養子』になった。その『結果』だけを、私たち兄弟姉妹は与えられた。
そして、今のところ、その内情を知るのは、両親とレヴィンとレティーリアだけでありーー約十一年後には、乙女ゲームのヒロインとギャルゲーの主人公が知ることになる。
これ、クロウにどう話すべき?
私たちプレイヤーの知らない、『ゲームの裏側』が知ることが出来たらラッキー程度だったけど、これはあんまりだ。
「っ、」
「ティー、どうしたの?」
双子故か目聡いセイロンが気付いたせいで、みんなの目がこちらに向けられる。
「……何でもない」
そのまま手早く昼食を終え、「お先に失礼します」と言って、その場を離脱する。
とにもかくにもーー私はあの場から、少しでも早く逃げたかったのだ。