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 ディアナが入社した翌日、遼太郎は昼の時点で荷物を片付け退社の準備をしていた。


「おや、平山殿まだ昼でゴザルが?」


 先日の件で彼女が出来たらしい岩城は、締まりのない緩み切った顔で遼太郎に声をかける。


「あっ、すみません。ちょっと別件で外にでなければ行けませんので。今日はそのまま出先から直帰します」

「おや、仕事大好きな平山殿が珍しいでゴザルな」

「すみません。何かあったらデバイスに連絡ください」


 慌ただしく遼太郎は外へと出て行く。


「別件とはなんでゴザろうな」


 岩城が首を傾げていると、徹夜明けで疲れ切っている麒麟がぐでーっとデスクでのびながら、少し不機嫌そうに答える。


「ディアナさんの新しい住居探しですよ。彼女サンライトミュージックが用意したマンションに住んでたんですけど、退社したのですぐに引っ越さなきゃいけないんです。でも彼女未成年なので賃貸契約ができませんから保護者、もしくは代理人に該当する人がつきそう必要があるんです」

「なるほど、それで現在の雇用主であるウチが代理人として向かったわけでゴザルか。しかし、なぜそれが平山殿なのでゴザルか? 総務などが担当しそうでゴザルが」

「私も総務に頼もうと思ったんですけど、誰かつけて欲しい人の希望があるか聞いたら、捨てられた子犬みたいにずっとリョタローさん、リョタローさんって言ってたので平山さんに行ってもらうことにしました」

「それででゴザルか」

「姫、姫見たでふか! 昨日のディアナちゃんの動画配信!」

「見ましたよ……サンライトミュージック脱退のお知らせと、グッドゲームズカンパニーへの移籍のたかだか5分にもならないお知らせ動画ですよね……」


 麒麟は駆け込んできた椎茸が何を言いたいかわかってるようで、デスクの上でぐでっとしたままだ。


「反響が凄いでふよ! 再生数わずか一日で100万越え! まとめニュースにもとりあげられて、お祭りみたいになってるでふ!」

「それも知ってます」


 盛り上がっているところに高畑が顔を出す。


「それ、大丈夫なんすか? 問題が起きたのがつい先週っすよね? あの時は太陽TVが叩かれてたけど、片棒を担いだとして彼女も少なからず叩かれてましたし」

「動画はチェックしてOK出しました。特に問題なかったので。ただ私も思ったんですよ、この子人気出るだろうなって」

「どういうことっすか?」

「もうね、一挙手一投速全て可愛い。何この可愛い生き物、私と同じ種族カテゴリーなんですかって本気で思いましたよ」

「具体的には?」

「声が甘い、甘え声って言うんですか? それでいてあの綺麗系のビジュアルのアンバランスさ、そしてうまく日本語を喋れないけど頑張って話してますって感じ。しかも女の子って大体そういうのって計算でやってたりするんですけど、彼女ほんとに純真なんですよ。卑怯だと思いましたね。私男だったらあの子持って帰りますよ」

「ま、まぁ彼女は人間って見た目100%だと実感させてくれる存在でゴザルからな」

「まさしく偶像アイドルに相応しい人間だと思いますよ」

「トゲはきますね姫様」

「トゲくらい吐かせて下さいよ。あんなのに参戦されたらたまったもんじゃないです。本気で靴に画鋲でも仕掛ける陰キャラに闇落ちしそうです」

「そんなことしたら姫の人気ガタ落ちでゴザルな」

「彼女が自分のビジュアルを鼻にかけるような二面性のある嫌な人だったら良かったんですけど、本気で自分の魅力を理解していない、純真無垢なんですよ。そんな綺麗な目で私を見ないでくれって思いましたよ」


 麒麟の脳裏にはキラキラとしたディアナの光に当てられ、消え去る悪魔の格好をした自分の姿が浮かんでいた。

 麒麟はゴンゴンと額をデスクに打ち付ける。


「はぁ、なるほど。しかし、そんなに動画のびてるんですか? 炎上してのびてるんじゃないっすか?」

「ほとんど祝福と賛辞でふ」

「元よりサンライトミュージックはかなり悪名高い会社でゴザったからな」

「それがまともな会社に引き取られて、ファンたち歓喜でふ」

「元からゲーマーズタレントをやりたいとは何度も動画でこぼしていたようでゴザったからな」

「はい……思いのほか高評価で、ウチの株価うなぎ上りで上がってるそうです。時価総額にすると私たちがゲーム作ってるのがバカらしくなるので言いませんが、彼女一人で私たち全員が束になっても敵わないくらい貢献されています。しかもそれをたった数日でやってのけました」

「もう絶対クビにできないでふね」

「はい、社長は喜んでました。それとディアナさんに使うはずの契約金が当初の予定の3分の1以下でおさまったので、更に雇用を拡大してもいいと認可もおりてます」

「もしかして拙者らに今まで足りなかったのはバグ取りなどではなくてプロモーションでゴザったか?」

「言わないで下さい。それを言ってしまうとゲーム屋がゲームを作る意味を見失ってしまいます」

「ぶっちゃけ良いゲーム作るより、人気で可愛いタレントに楽しくゲームさせてた方が売り上げ上がるってことですもんね」

「言わないでーーーーー!!」


 麒麟はゴンゴンと激しくデスクに頭を打ちつける。


「でも姫様が心配してることは起きないっしょ。それだけ売れっ子なら男の影があるだろうし、平山ちゃんは平山ちゃんで超鈍感系だし」

「あの人たまに変に鋭い時あるんですよね。後、彼女に男はいません。その辺はサンライトミュージックがしっかりやってたみたいで、言い寄る男は全てシャットアウトしてたのと、しつこいものに関してはマジで法的処置をとって追っ払ってました。イメージ操作ではないですが、あの会社外から守ることに関しては優秀でしたよ」

「でも籠の鳥でゴザったがな」

「そうですね、彼女本当にサンライトミュージックに軟禁状態にされてたみたいで外出もほとんどできず、ずっと歌の練習ばかりさせられていたそうです」

「可哀想に」

「しかもとうの本人は本当に人見知りで、ライブをするときは始まるまでずっと吐き戻しを繰り返していたそうです。ZAKのメンバーは彼女を残して辞めてしまって一人っきりだし、サンライトミュージック社長の泣き落としで辞めるに辞められなかったそうですよ」

「許せんでゴザルな」

「しかしなんで彼女一人でZAKでい続けたんでふかね? もう一人しかいないなら解散でソロとして活動するでふ」

「サンライトミュージックがメンバーを補充するつもりだったでゴザルか?」

「いえ、違います。辞めて行ったメンバーがもしかしたら帰って来るかもしれないから一人で待ち続けていたようです」

「だからZAKの名前は残した…………孤独だったでしょうね」

「彼女はメンバーのことを真に仲間だと思っていたのでゴザろう」

「しかしメンバーはそうは思ってなかった」

「でも、そんなに人見知りじゃ日常生活に支障出るでふ」

「はい、しかも日本語もまだちゃんとマスターできてませんしね」

「やっぱ誰かつけた方がいいんじゃないですか? 平山ちゃんとか」

「拙者もそう思うでゴザル」

「なんならぼくがずっとサポートしてもいいでふよ」

「椎茸殿、彼女にチクるでゴザルよ」

「や、やめでほしいでふ! ぼく今人生の絶頂でふよ」

「よく絶頂でそんなこと言おうとしたっすね」

「でも、ディアナちゃんは超では言いあらわせないほどかわいいふよ」

「氷の妖精を二次元から連れて来たみたいな女子でゴザルからな」

「私も、遼太郎さんつけるしかないかなーって思ってるんですけど、つけたら関係発展しそうだし、つけないと私が嫌な奴みたいだしで……あーーー誰か助けてくれーーー」


 麒麟はゴスゴスとデスクに頭を打ちつける。


「姫も大変でゴザルな」


 その頃駅で待ち合わせをしていた遼太郎はディアナと合流する。

 彼女はフワフワの毛でできた耳あてに、大きい黒ぶちの眼鏡をかけて変装していたが、風にたなびく銀色の髪に日本人離れした整った顔立ちに全くオーラを隠しきれていなかった。


「すみません、遅くなりました」

「リョタローさん」


 沈んでいた表情をしていたディアナは遼太郎の顔を見てパッと花を咲かせる。


「道、大丈夫でしたか?」

「はい、親切な方が教えてくれまシタ」

「それは良かったです」

「すみませんリョタローさん、お茶しよーとはどういう意味なのでしょうか。皆さんそう言います」

「……ナンパされてたんですね。ちゃんと断れましたか?」

「マエバラさんから大体理解できないことを言われた場合、しかめつぃらしながらロシア語を話せば追い払えると教えてもらいまシタ」

「ツィラ? あぁしかめっ面ですね。ちょっとやってみてもらっていいですか」

「ハイ」


 そう言うとディアナは眉を寄せながら、ロシア語でツラツラと話す。

 確かに眉を寄せていると、怒っているように見えるし、わからない言語をその表情で話されると、どこか「失せろ、あっちへ行け」と言われているように思えてしまう。


「ちなみに今のは今日は気温が低いですねと言いまシタ」

「なるほど、その追い払い方はいいと思います」

「Спасибо」

「スパスィーバがありがとうってことはわかります。あとダーがはいとかイエスって意味だってゲームで知ってます」

「おぉ、とてもいいゲームデス」

「ギャルゲ―ですが」

「ぎゃるげ?」

「あまり気にしないで下さい」

Даダー


 二人はタクシーに乗り込むと、不動産屋を目指す。

 その車内ディアナはずっと珍しそうに外を眺めていた。


「あまり外には出ませんか?」

「外に出たら怖い人いっぱいいると言われていまシタ」

「そんなことはないですよ」

「ハイ、マエバラさんの言うこと、ディーナの日本のイメージとかけ離れてます。でも、日本のこと教えてくれるのマエバラさんしかいませんでシタ」

「学校はどうしてたんですか?」

「初めはナショナルスクールのゲイノウ科に通っていました。でも歌のレッスン、とても多くて学校通える余裕ありませんでした。だからずっと授業内容を録画したムービーで勉強してまシタ。でも、ナショナルスクール多言語なので、翻訳機誤訳多いデス。どんどんわけがわからなくなってついて行けなくなりまシタ」

「録画の授業だと質問もできませんしね」

「ハイ……それにディーナは友達もいませんでしたし。外に出てもわからない言葉いっぱい言語の壁、凄く厚く感じました。だからほとんど引きこもりになってしまいました」

「翻訳機を使っても喋れなかったですか?」


 現在遼太郎もディアナも多言語対応の翻訳機を耳にしており、タクシーの運転手からしたら片方はロシア語、片方は日本語で会話する全く話の内容がわからないやりとりが続けられている。

 しかし現代社会、特に仕事関係でこういった光景はごくごく当たり前になりつつあった。


「翻訳機はつけてる人同士でしか会話できまセン。ディーナは言葉わかっても相手はディーナの言葉ワカラナイです」

「そうか、相手にも必要なんですね」


 遼太郎はなぜディアナが日本語を喋れるように努力しているのかがわかる。

 相手からの言葉は自分が翻訳機をつければいいが、相手に自分の言葉をわかってもらうには自分がその国の言語を話すしかないのだ。

 いくら翻訳機が発達していると言っても、未だ日常生活で外国人とコミュニケーションをはかることは稀であり、大多数の人間は日常的に翻訳機をつけているわけではなかったのだ。


「ZAKのメンバーも皆辞めてしまいましたし、ディーナの頼れる人マエバラさんしかいなかったデス」


 ディアナは寂しさがこみあげてきて、目じりに涙がたまっている。

 遼太郎はこれはマズイと滝のような冷や汗が流れる。


「だ、大丈夫ですよ。我々はそんな縛りつけたりはしませんし、ある程度ルールさえ守っていただければ、自由にしていただいて結構です。それに友人も、その月並みではありますが僕や岩城さん達、少し年上ではありますが友達と思っていただいて大丈夫ですし。麒麟さんも少し怖そうな人ですが優しい人ですから。その……頼りないですが頼ってください。僕がなんとかしますから」


 まくしたてるように言ったつもりだったが、ディアナは口元をおさえ、目じりから涙をこぼしながら頬をピンク色に染め上げていた。


「本当にいいんデスか?」

「ええ、もちろんですよ」

「ありがとう、本当に。リョタローさん、あなたに会えて本当に良かったデス。あなたはとても優しい人デス」


 グスグスと泣くディアナをあやすが、彼はディアナの中でとても大きな存在になっていることに気づいてはいなかった。


「これからたくさん楽しいことがありますから泣かないで下さい」

「Да」


 ディアナをあやしながらタクシーは進む。

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