打開策
「それじゃゲームを体験していただいたところでお仕事です」
麒麟は急場で作ったPCだけが乗った遼太郎のデスクに案内すると、とある表計算ファイルを開く。
「これは……」
「今現状このゲームが抱えている闇、というかユーザーからのクレーム、開発部署が把握している問題点がまとめてあります。それとこっちはゲームのマニュアルですので、それらを読みながらこのゲームが今どういう状況にあるか理解してください」
言われて遼太郎は表計算ファイルをいじると、タブが山のように出来上がっており、仕様、UI、イベント、バランス、アイテム、企画、課金率、アクティブ数と様々なジャンルごとにわけられていた。
「これ、全部ですか……?」
「はい、全部です。読んだら私のところに来て、どういう状況かと打開案を提案してください」
「は、はい……」
エンジェルスマイルの麒麟と違い、遼太郎は若干顔を引きつらせながらゲームのクレームリストに目を通す。
クレーム内容とゲームマニュアルを照らし合わせながら一つ一つ見ていくと、遼太郎が全て目を通し終わったのは翌日だった。
既に麒麟は帰宅して、もう一度出勤してくる朝である。
遼太郎はクレームリストを見て、予想以上にこのゲームがこじれていると感じたのだった。
「すみません、一日かかってしまいました」
翌日出勤してきた麒麟に頭を下げる遼太郎。
徹夜作業だった為、その目には薄くクマができている。
「あっ、早かったですね。じゃあ早速ですが、今このゲームがどういう状況にあるか教えてもらえますか?」
「はい、このゲームの状況を一言で言うなら……停止、いやデッドロックと言った方がいいですね」
「死んでる処理を待ってて動けないという状況ですね。その理由は?」
「クレームの多くは、開発の説明した内容とユーザーへと提供されたものの違い、機体性能のバランス、実際の運営体系の違い、形は様々ですがこれらは全て一つのものによって収束し、何がこのゲームを追い詰めているのかがわかります」
「それは?」
「課金アイテム、デスキャノンです。このアイテムを課金で購入しているか、していないかによって機体性能が大きくかわり、現状デスキャノンを持っていないプレイヤーは持っているプレイヤーには勝てないようになっています。アタッカー、ディフェンダー、SJと三種の機体特性があるにも関わらず、デスキャノンでディフェンダーが簡単に粉砕されてしまう為、実質デスキャノンを装備できるアタッカー一強となり、それ以外の機体が死んでいます。それほどまでに課金アイテムの性能が異常です。仕様書の方も読ませていただきましたが、本来デスキャノンはイベントで敵ビーストが使ってくるだけの予定だったようですね」
「ええ、今まで言ったところではずれているところはないです」
「そして噴出したユーザーの不満、タチの悪いのがこのデスキャノン武器一本のくせに6000円とかなり高額なところです。打開案としてはデスキャノンを下方修正せず、他のプレイヤーにもデスキャノンに近い性能の武器を配布するかです」
「それはできません」
「わかってます。当然ながら課金した方からの不満が爆発します。この方たちはゲームにお金を出してくれるコアユーザーですので敵に回すと非常に怖いです。またデスキャノンに近い武器を配布すると、レベル下位でのバランスが完全に崩壊し、中盤までの雑魚敵はおろかボスですら一撃で倒せてしまい、レベルという概念が全くの無駄になってしまいます。これを嫌ってボスのHPを上昇させたりするのは悪手でしょう。開始3か月のオンラインゲームでいきなりパワーインフレの始まりになります。となると弱体化させてしまうという手ですが、タチの悪いことにこのデスキャノンめちゃくちゃ売れてて、ネット掲示板にもデスキャノンがなければ話にならないとまで書かれている始末です。なら最悪返金してデスキャノンを取り上げるという手もありますが、これはプレイヤーのモチベーションを大きく下げることになるでしょう」
「そうですね、私もそう思います」
「このことからゲーム内でのバランス調整が全く進まず、小さな調整をしたところでデスキャノンをなんとかしろと四方八方から叩かれるだけになっています。そのことから新規でイベントを作ることが難しく、今現在何をやっても叩かれるような地盤が出来上がっており、結果このゲームにプレイヤーが下した評価は」
「クソゲー」
「はい」
「いいです、私が思ってたよりも理解が早かったです。そうです、今このゲームは平山さんが言った通りの状況で進むことも戻ることもできない状況にあります」
麒麟はモーニングコーヒーを飲みながら、さも他人事のように言う。
「それで新人企画マンであるあなたが出した結果はどうですか? デスキャノンをプレゼントできない、返金も出来ない、弱体もできない、この状況は」
「はい、ですのでまず最初に公式から謝罪文をだし、現状開発の想定したバランスでないことを謝罪し、バランス調整の告知を出します。そしてデスキャノンに死んでもらいます」
「だからそれはできないと。課金アイテムの能力調整は最悪起訴沙汰になりますよ」
「はい、ですのでデスキャノンに手は加えず、まず急場しのぎで現在あるディフェンダーにオプション装備でデスキャノンの属性であるデスミサイルを50%無効化するシールドを付与、SJにはデスミサイルを50%で無効化するジャマーを実装します」
「それでもデスキャノンの方が強いんじゃないですか?」
「はい、この調整ではアタッカーには勝てませんし、勝ってしまうとデスキャノンを買ったユーザーが怒ります。これはあくまで場繋ぎ的なものです」
「時間稼ぎということですか?」
「はい、課金武器というのはそもそも時間のないユーザーが時間をスキップさせるためのアイテムとして存在しているものです。ですのでデスキャノンと同レベルの性能を持つ武装、及びオプションアイテムをインゲームアイテムとして生産できるようにします。このゲーム鹵獲したパーツを集めて新たな武装を生産する開発システムがありますので、それを基礎システムに使います」
「デスキャノンに近しい性能の武器を配布するのではなく造ってもらうと……」
「はい、デスキャノンを生産できる期間は現在のレベルカンストである40に到達したくらいから着手できるようにし、そこから約3か月時間をかければ誰でも生産できるようにします」
「その3か月という理由は?」
「このゲームの1か月の月額料金が2000円だからです。3か月分の6000円をプラス前払いすることでデスキャンが即時手に入る。それが課金の本来のあり方だと思います。ただし無課金の方にも3か月続けていただければ同程度の装備を提供します。そうすれば3か月後デスキャノンはめでたく死にます」
「……それはレベル40に上げてから生産に着手するってことですよね?」
「はい、実際新規の場合はレベリング期間を含め約4か月近く時間がかかると思います。このゲームレベル自体は非常に上げやすいので、コアユーザーだけでなくミドル、ライトですらサービス開始からプレイしているユーザーはこの3カ月でカンスト近くまできています。今一番不満を持っているのはレベルをカンストしている彼らと見て間違いありません」
「課金装備の寿命としては少し長いくらいですか……。ただ料金を考えると物足りなくも感じますが。しかしデスキャノンが販売されたのは先月ということは、現在のカンストユーザーが追い付く期間を含めると実質4カ月は最強というわけですね」
「普通のコンシューマーゲームで4か月間も同じゲームをし続ける方はごく少数でしょう。6000円で約4か月最強に君臨できるのならバランスとしても十分ではないかと。それにデスキャノンは死ぬと言ってもそれでも強力な武器です。使えなくなるのではなくユーザーの武装選択の一つになります」
「なるほど、でもその期間が短いと考えるユーザーも多いでしょうね」
「6000円の武器でさすがに一年も最強の座に座られても飽きられるだけです。ならユーザーに新しい刺激を提供しましょう」
「それ以降のプランはできてるんですか?」
「はい、以降3か月ごとにパッチをリリースし、課金なしで武器は全て生産装備として実装します。更に第二段のパッチで機体全体を底上げするシステムを導入します。最初のパッチでは時間をかけて作った生産武器しか使えなくて、他の武器が使えないぞとクレームがくるのはわかっているので、新システムで機体全体の能力を底上げし、どの武器もデスキャノンクラスに引き上げます」
「半年後にデスキャノンは完全に並の武器になるというわけですね」
「はい、また第一弾で実装したデスキャノン殺しの武器は以降もアップデートを続け、バランスを破壊しない程度の最強として君臨してもらいます。ただしこの最強武器はPVEのみでPVPではこのバランスを維持できない為、最強武器を原則使用できないことにします」
「PVEはオンラインバランス、PVPはアーケードのバランスにするということですね。3カ月スパン、苦しいですね……」
「ですが、それをやらないとこのデスキャノンが死んでくれません。委託した運営がやらかしたこととは言え、こちらがまいた種です。それで今現在ユーザーに迷惑をかけています。そのことに関しては謝罪とこれからの開発で答えていくしかありません。僕はこのゲームをこのままクソゲーとして腐らせるのは絶対に嫌です」
「…………」
「無課金の方々がどれほどのスピードで作ってくれるかはわかりませんが、このゲームはまだまだ熱が高いです。きっと課金ユーザーを楽しませる、と言ったら言い方は悪いですが、良いゲームはヘビーユーザーに切迫するミドルユーザーがたくさんでてくると思ってます」
「それで競争意識もめばえるか……。平山さん、これで仕様切ってみてください」
「仕様ってあれですよね、今僕が言ったことを全部まとめてゲームの設計書に組み込む」
「そうです」
「それなら昨日やっておきました」
「えっ?」
麒麟は遼太郎から印刷された仕様書を手渡される。
中身はめちゃくちゃであるものの、他の仕様書を参考にしながら作り上げたのか、わからないなりにも努力して書き上げられたものであると理解することが出来た。
麒麟はふと遼太郎のデスクを見やると、そこには昨日まではPCしか置かれていなかったのにメモ書きや仕様書が山積みにされており、どれだけ熱をこめて考えられたか察するにたやすい。
遼太郎が生半可な気持ちで言っているのではないとくみ取り、麒麟は一つだけ小さく息をついた。
「これより緊急会議を開きます。平山さん、資料の印刷とプレゼンの準備お願いします」
「はいっ!」
※アクティブ数 実際にゲームをしているユーザーの数。アカウントだけ作って休眠しているものは含まない。
PVE プレイヤーVSエネミー(COM)
PVP プレイヤーVSプレイヤー