自らの行いを知らざるもの
とある学園において、上流階級とはいえ家名を汚す行いをしていた者たちが起こした、最後の過ち。
そして、巻き込まれた少女と罪を告げる少年。
「お願いします。もう、佑樹さんを解放してあげてください!」
「はい?」
私は目の前の女性に首をかしげる。私が佑樹を解放? いったい何をいっているのですか?
たしか彼女は帰国子女で、進学科の生徒でしたね。海外では九月から学年が代わりますので、彼女は二学期から転入してこられた生徒でしょう。ですが、私に佑樹を解放しろとは?
「いったい何のお話でしょうか?」
「惚けないでください! 皆さんから聞いているんです。あなたが無理矢理佑樹さんを婚約者として縛り付けているって!」
「……」
呆れて声も出ませんよ。私が佑樹と婚約とかあり得なさすぎます。
そういえば、彼女は最近佑樹の側をうろうろしていましたね。佑樹自身はまったく気がついていませんでしたが……。
側に居ることを許されていると思い込んでいるということでしょうか?
ふと見ると、彼女の後ろにいる男性数名がにやにやとこちらを見ていますね。……そういうことですか。自分の手を汚さず、彼女を使って私を貶めようと、そういうことですか。
……たしか彼らは、佑樹の友人の弟や親戚、でしたね。それも、彼らが優秀だったために比べられて、劣等感から堕ちていった方々、ですね。それで私が目障りだと感じたのですか。
ふう。ひとつ息をついて自分を落ち着かせることにしました。ここに彼女たちがいれば、それだけで片付いたことなのですが、仕方ないでしょう。まあ、どうやら彼女は操られているだけみたいですから、情状酌量をしてあげましょうか。
「一ノ宮佑樹、旧姓二条佑樹は私の実の兄です。そして、私は男です。私が佑樹と婚約などありえません」
「え? …………………………。ええええ!!!」
すみませんが、この事は私自身にとってもコンプレックスなんですけれど。佑樹とちがい母親似で小柄、声も高めで……。ちゃんと男物の服を着ていても、女子と間違えられることしばしば……。制服も似合わないので、私服でいるから余計でしょうか……。改めてみると、落ち込むのでとりあえず気をとり直しましょう。
「それに、佑樹はすでに一ノ宮のご令嬢、蘭華さんとご結婚されております。私と姓が違うのはそのためです」
「ええええ!!!」
ほかに声が出ないようですね。それにしても、後ろの連中のフォローもなしですか。
「ああ、一応いっておきますが、私自身、婚約者もおりますよ。さて、間違ったことを信じ込んで、他人の名誉を毀損したことについて、なにかおっしゃることはございますか」
「え、えっと、あの、その……」
しどろもどろになって、後ろの方々に顔を向けていますが、どう出ますか?
「まあまあ、真理亜ちゃんも勘違いしちゃっただけだし、許してあげなよ」
「そうそう。勘違いされるような隙が、君にもあったってことで」
にやにやと笑いながら、言うことはそれですか。要するに私が戸惑うところか、もしくは怒って彼女を権力をもって押さえつけるのを待って貶めるか、そういうのを待っていたようですね。そのためにわざと怒らせようとしているのでしょうか。
「え、だって、みんながそう言って……」
「あれ、最後に冗談だっていつもいってたでしょ? ちゃんと聞いていなかったんだから仕方ないよね」
「そんな、え?」
やれやれ。まあ、彼らについてはお灸を据えてほしいとも言われていましたからね。
私がまわりを見回すと、面白がっている者や、彼女に同情をしているようなもの、呆れている者もいますね。まあ、こんなカフェテラスという目立つ場所でやればそうなりますが。
「さて、安藤真理亜さん、でしたね。どうやらあなたは彼らの言葉を鵜呑みにし、自分できちんと真実を確かめようとしなかった。その事について反省をしてください。他人を責めるなら、まずは真実を自分で確かめてからにすることです。ああ、佑樹とはどのようなお知り合いかは存じませんが、佑樹は蘭華さん以外の女性を女とは見ませんから、節度を保って浮気を誘ったりはしないでくださいね」
「う、浮気⁉」
「妻のいる男性を誘惑すれば、そうなりますね。きちんとご自身に見あったお相手を探すことをおすすめします。あなたの後ろにいる、愚か者たちのような男に騙されないように」
「騙す……」
表情が抜け落ちた安藤さんは、そのまま後ろの彼らを見つめています。
彼らと安藤さんについて言えば、日本に来てまもなく、世間知らずなのをいいことに操ろうとして甘い汁を吸わせていた、ということですからね。
まあ、安藤さんについては、この程度でいいでしょう。実害はあまりありませんでしたから。……本番は彼ら、ですからね。
「その安藤さんを騙した君たちですが」
「騙した? 人聞きの悪いことを言わないでくれ。かってに彼女が勘違いしたんだろう?」
「おや? それではどうして安藤さんを止めなかったのですか? あなた方は安藤さんと違い、私の素性はよく知っていたはずです。それを止めないばかりか、後押ししていましたからね。あなたたちのほうが、私の怒りを買っている、ということですよ」
ふふふふ。
私の表情をみて、どうやら自分達のしたことをようやく理解できたようですね。全員、怯えていますよ。……ついでに、安藤さんと回りの人たちも。まあ、見せしめにはいいですか。
「皆さんの愚かさについてはすでに報告済みですが、今回のこともきっちりとご家族に伝えておきますよ。皆さん、よくても退学は覚悟しておいてください」
「な、なに……」
「もともと、あたなたちの学内での行いについては、先生方から指導が入っていたはずです。今回の、一ノ宮と二条を侮辱するような真似をした以上は、もはやご実家もかばいきれない、ということですよ」
一ノ宮と二条という、上から数えたほうが早いような格式と支配能力というものをもつ家の人間を敵にまわすとどうなるかは、これで教えて差し上げることができたでしょうかね。
「……連れていきなさい」
「はい」
どこからともなく……ではなく、壁際に備えていた私の警護の方数名が、彼らを連れ去っていきました。自分達の身の上に降りかかることを考えて、身動きがとれなくなっているようですね。
「あ、あの、……」
「あなたには反省はしてもらいますが、私たちに関わらなければどうする気もありません。進学科の生徒として、恥じることのない行いをすることです」
「え、えっと……」
……そういえば、安藤さんには友人がいないのでしたね。転入してすぐにあの連中に目をつけられてしまったせいで。
しかたないですね。私の視線をうけた生徒の一人が安藤さんを連れていきました。とりあえずは保健室、そこでしっかりと言い聞かせてくれるでしょう。
「悠里さま!」
可愛らしい声がした方を見ますと、私の婚約者の五木早百合が
そばによってきました。私のひとつした、現在一年生です。小柄でふわふわした感じで、ほんとにかわいいですね。
「だいじょうぶ、でしたか?」
「大丈夫ですよ。私があの程度の連中にどうにかされるとでも?」
「いえ。悠里さまではなく、彼らに利用されてしまった、女の子、です」
ああ、そちらを気にしていたのですね。
「今は保健室で休んでいますから、大丈夫ですよ」
「よかったです。それでは、悠里さま、いきましょう」
「そうですね」
もともと、今日は蘭華さんの演奏を聞きにいく約束で、待ち合わせをしていたのでした。
ここのところ、文化祭で高名な演奏家の方を呼ぶために、準備として蘭華さんが中心として動いていたために、あまり佑樹と一緒にいなかったのが発端とも言えるのでしょうね。
おかげで腐っていた佑樹をなだめるのに、どれだけ苦労をしたか……。
「準備は終わったのですか?」
「はい。だいじょうぶですよ」
早百合も手伝っていたので訊ねると、可愛らしく返事か返ってきました。よかった。これで、佑樹も腐らなくなるでしょうし、私も早百合とゆっくりできます。
「それでは、蘭華さんの演奏を楽しみにいきましょうか」
私は早百合をエスコートして、この場を去ったのでした。
一ノ宮夫婦は、佑樹の誕生日に籍をいれ、夏休み中に式もあげてしまっています。
身分の関係もあり、学生結婚が推奨されたようです。
悠里はそのひとつしたで、本来二条を継ぐのは佑樹の筈だったのが悠里にまわったため、裏切り者のような感覚で、真理亜の取り巻きにしょっちゅう絡まれていました。
……性格的に、怒ると悠里の方がコワイタイプです。
性別について、制服での区別がつかないことについて加えました(私服可となっております。入れ忘れていました)。
真理亜と佑樹の関係について、一言加えました(話しかけられてはいないです。佑樹にとっては寄ってくるその他大勢の一人)。
分かりにくかったようで申し訳ございません。