第四十五話:その後の王城で
「……」
イースティア帝国の勇者である向島椿樹が目を覚ましたのは、自身と同じ召喚勇者であり、友人でもあるノーウィストの勇者、鷺坂榛名たちが旅立ってから数時間後のことだった。
一瞬、今いる場所がどこなのかは分からなかったが、次第に意識がはっきりしてくれば、そこがサーリアン国の王城で自室として使わせてもらっている部屋だと理解できた。
側には一行の治癒担当であるレアトリアが、ベッドに凭れ掛かるかのようにして眠っている。
「あら、お目覚め?」
そんな聞きなれた声に、レアトリアから視線を向ければ、クリスフィアが安心からなのか、笑みを浮かべていた。
「ここは……王城、だよな?」
「そうね。ノーウィストの人たちと一緒に運んだの」
「……そうか」
それだけしか聞かず、答えもしないのは、お互いにお互いの状態を把握してるからなのだろう。
「……鷺坂はどうしてる?」
「あら、目覚めて早々に気にするのがそれ?」
何となく分かってたことだが、クリスフィアとしてはそう返さずにもいられない。
仮にも『勇者』だというのに、助けた人々より彼女の心配とはーーそう思ってしまうのも仕方がなかった。
(まあ、それ以外にも気になることがあるからこそ、聞いてきたんでしょうけど)
でも、目覚めたばかりの今の椿樹に、クリスフィアは話すつもりはなかった。
「彼女なら大丈夫よ。貴方よりはダメージ少なさそうだったし、何より騒動の原因だったモノに止めを刺したのも彼女だから」
「約束通り、助けてくれたわよ」とクリスフィアは言うが、椿樹は小さく「そうか」と呟き、返すのみ。
「それにしても、彼女に関してばかりで、私たちについてはなーんにも言ってくれないのね」
少し拗ねたかのようにクリスフィアが告げれば、椿樹は首を傾げる。
「何言ってるんだ? 別に俺が一度離脱したところで、すぐに駄目になるような腕の持ち主はこのチームにいないだろ?」
「……」
「魔法と頭脳ならクリスが居るし、遠近関係なく戦えるアスハルトが居るし、治癒に関してはレア以上の持ち主を俺は知らない」
だから、何も心配はしていないのだと、椿樹は言う。
「つか、こんなザマになってる俺の方が、文句言われても仕方ないだろ」
「……そんなこと無いでしょ。ノーウィスト一行も一緒だったとはいえ、サーリアンの勇者一行の代わりに、行方不明者を助けたんだから」
「けどなぁ……」
「おい、それ以上話すとネガティブ思考に陥りかねんから、一旦ここでこの話はおしまいにしておけ」
横から口を挟まれ、二人がそちらに目を向ければ、呆れたような顔をしたアスハルトが入ってくる。
「つか、もうそれだけやり取り出来てんなら、大丈夫そうだな」
「お前には、これで大丈夫なように見えるか?」
アスハルトに胡散臭そうな目を向けるが、当の彼はそんな目を向けられたところで気にしてないらしい。
「そういや、伝えたのか?」
「いや、まだ。というか、タイミング逃した」
アスハルトの確認に、クリスフィアが視線を逸らしながら、そう答える。
そんな二人のやり取りに、椿樹は顔を顰める。
「何だよ、一体」
「ノーウィスト一行は、もうこの城にいないって話」
「は……?」
椿樹が驚くのも無理はなく、てっきりまだ眠っているのか、自分のように起きたばかりでリハビリしてたかの二択と思いきや、まさかの不在。
「だから、旅に出たってこと」
「……」
「伝言と同時に、これも預かってたから渡しておくわね」
そう言って、クリスフィアが渡したのは、自分が榛名に渡したはずの『指輪』。
「もう必要ないだろうから、って返すように押し付けられたの」
「クリスも何度か、そのまま持ってればいいって言ったんだけどな」
「……」
指輪に込めた魔力は減ってはいるものの、全て使ったような様子はなく、そのまま持っていればまだ何度か使えたはずだ。
それなのに、指輪本体は手元にある。
「……伝言は? あるって言ってたよな?」
「『もし、私に何か話したかったり、言いたいことがあれば、次会った時に話そう』だって」
それを聞いて、椿樹は顔を引きつらせた。
椿樹が起きる前に旅に戻り、クリスフィアたちにそういう伝言を任せたということは、きっと予想通りなのだろう。
「……完全に逃げたな」
今は何が何でも答えたくない、という意思表示にしか見えない。
(つか、『次会った時』って、当分先じゃねーか!)
どこをどう進んでるのか分からないため、誰とどこで会うのかなど、ほとんど運任せに近い。
「どこに行くのか、話してたか?」
「残念ながら、そんな話は聞いてないわね」
「それに、追い掛けるのは無理だぞ。移動方法も分からないからな」
それに、とアスハルトは目を椿樹の腕部分に向ける。
「うちの治癒担当が、何が何でも絶対安静と言いたそうにしてるからな」
一体、いつ起きていたんだろう、レアトリアが腕を掴み、じっと椿樹を見つめている。
「……あの、レアさん?」
「……」
「レアさん。どうか大人しくしてるので、放してください。お願いします」
「……もし破ったら、この部屋に閉じ込める」
無言の圧力に屈した椿樹の言葉に、レアトリアはそう返すが、それを見聞きしていたクリスフィアとアスハルトはそっと視線を逸らす。
こういう場合のレアトリアが怖いのは、今までの旅で経験済みである。もし、こういう時のレアトリアに異を唱えれば、普段の彼女からは想像できないような冷たい眼差しを向けられかねない。
「分かった。レアが大丈夫って言うまで、じっとしてます」
「ん、分かった」
とりあえず、解放された腕を見て、椿樹は安堵の息を吐く。
「ま、陛下との謁見も残ってるんだから、しっかり全快してもらわないと」
「は……?」
クリスフィアの何気ない一言に、椿樹は再度固まる。
「あそこでの件、鷺坂が報告したんだろ?」
「それもそうなんだけど、どうやらハルナさんだけじゃなくて、椿樹からの話も聞きたいみたいだよ? あの場で奴と直接会ったのって、椿樹たちしかいなかったわけだし」
クリスフィアの言葉に、椿樹は視線を逸らす。
「仕方ない、か……レア。陛下への報告ぐらいなら動いて大丈夫か?」
「今日は駄目。明日ならいい」
どうやら、目覚めたばかりだから駄目ということらしい。
「明日、だな?」
「体調に問題なければ。無理だって、ちょっとでも思ったら駄目」
「分かった」
そして、この翌日。予定通り、椿樹は陛下への報告に向かい、さらに数日後、イースティア一行もノーウィスト一行に続く形で城を出るのだった。




