第四十四話:いつかまた、再会できるその時までに
訓練場に入れば、相変わらず、騎士たちや桐生君たちが素振りや剣を交えたりしていた。
魔導師組の姿が見当たらないのは、魔導訓練場の方に居るからなのだろう。
「お、来たか。サボり魔」
「……止めてくれないかな、その言い方」
訓練場に来た私を見つけたらしい吾妻君が、声を掛けてくる。
来なかったのは事実だけど、それは私だけじゃないだろうに。
「団長はもう、諦めの境地だったんだから仕方ないだろ」
「そんなこと言ったってさ……」
私にはどうすることも出来ないぞ。
使用属性が限られてるだけで、剣の腕も制限されてるわけでもないので、一般の騎士相手にはオーバーキルにしかなりかねない。もしそこに手加減があったとしても、決められた時間内には終わってしまうのが予想できる。
「それに勇者だって分かった今、私が出るとやる気が削げるでしょ?」
「……凄い自信だな」
「少なくとも、君たちよりは勇者経験があるからね。そう簡単には追いつかれても困ります」
まあ、追いつかれたら追いつかれたで、その時は頼りにさせてもらうけど。
「ーーそれで、いつまで話してるつもりだ?」
「あ、ウィルはこっちに居たんだ」
「居たも何も、最初から視界に入っていただろうが。あと、あっちにはララが居るから問題ない」
話しに来てるだけなら帰れとでも言いたげにウィルは言うけど、何となく安心してるのは目で分かる。
「んー、それじゃあ、ウィル。久し振りに手合わせでもする?」
「旅をし始めた頃のお前ならともかく、今のお前だとなぁ……」
嫌そう、というわけでもないが、何とも気が進まなそうではある。
なので、軽く仕向けてみることにした。
「おやぁ? 確実に勝てると分かってる相手としか、ウィルさんは戦わないんですかぁ?」
少しばかりからかう感じで言ってみれば、さすがにイラッとしたらしい。
「誰もやらないとは言ってないだろ。よし、相手してやる。今すぐ準備しろ」
「模擬剣?」
「逆に聞くが、何で真剣でやると思った?」
まあ、そうだよね。
「じゃあ、取りに行ってきます」
個人的に持ってるのはあるけど、それだと好き放題打ち合いしそうなので、少しでも加減するために、武器庫の方に模擬剣を取りに行く。
そういえば、元からある模擬剣を使うのは、向島君と模擬戦をしたとき以来か。
「前はどんなの使ったっけなー」
別に同じやつである必要はないのだが、同じものの方が使い勝手は分かってるので、多少の無茶をしても大丈夫……なはずだ。
とりあえず一度握ってみて、しっくりと来たものを選ぶ。
そして、使う模擬剣が決まれば、ウィルと模擬戦の開始だ。
ーーで。
「全く、何やってるのよ!」
正座させられた私たちは、フィアーナ殿下たちに説教されてます。
「もー、夕飯も食べずに寝オチした人が無理しちゃ駄目でしょ」
「ウィルもウィル。何で乗っちゃうの! たとえイラッとしたとしても、スルーしなさいよ! 何年一緒にいるの!」
「……」
「……」
こういうことがあると、フィアーナ殿下は厳しいからなぁ。
ラクライールの時は復興云々で何も言われなかったけど。
「……榛名。聞いてる?」
「聞いてるよ」
毎度のことだから慣れてるけど、とは言わない。
冗談だとして言ったとしても、彼女たちの説教の時間が長引くだけだ。
あー、それにしても……
「お腹減った」
時間的にも昼食にちょうど良いだろうし、いい加減、夜、朝と抜いているので腹に何か入れたい。
「全くもう……」
呆れたように頭を抱えたフィアーナ殿下だが、どうやら説教はそこまでらしい。
「ほら、さっさと食べに行くわよ」
そう促され、立ち上がる。
食堂に向かうのであろうフィアーナ殿下の先導に付いていこうとして、足を止める。
そして、振り替える。
そこには鷹槻君と栗山さんも加わったサーリアンの勇者一行が居て、何かを話していて。でも、何となくーー何となく、この国は大丈夫だと思った。
あの五人は、私や向島君たちがサポートやフォローしなくなったとしても、きっと大丈夫なほど強くなるだろうから。
「榛名?」
「あのさ、みんなに少し話があるんだけど」
だから、一足先にこの城を出ようと思うんだ。
☆★☆
「何も、こんなすぐに出なくても良かったんじゃない?」
そう言うのは、見送りに来てくれたクリスさん。
フィアーナ殿下は、同じく見送りに来たレアちゃんや栗山さんと、ウィルはアスハルトさんや桐生君たちと話している。
「せめて、椿樹が目覚めるのを待ってからでも……」
その言葉に、首を横に降る。
「それでも良いかと思ったんですが、さすがに怪我とかしていないのに、長いこと三勇者が一ヶ所に固まり続けるのもどうかな、とも思ったんです。それに何より、魔王もまだ倒せてませんから、フレイヤたちだけに負担を掛けるわけにも行かないんですよね」
「ハルナさん……」
どこにいるのかは分からないが、彼らに任せっぱなし同然のこの状況から、そろそろ私たちも手を動かし始めないといけないのかもしれない。特に私はタイムロスが多く、長いのだから。
「これは、向島君に返しておいてもらえますか?」
「でも、これは貴女を思ってのことでしょ? それを……」
差し出した指輪を、クリスさんは受け取ろうとしない。
「最初はそう思ったんですが、これが無くても大丈夫だろうから、返しておこうかと思ったんです」
この前のラクライール戦で風属性が解放されたことから、今は使えない属性が解放されて、使えるようになる日がこの先に来るだろうから、きっと今、返しておくべきなんだと思ったのだ。
「うちの勇者様は一度決めたことは曲げない主義だから、受け取らなかったら、無理矢理にでも渡されるわよ。クリス」
渋るクリスさんに、ララが横からそう告げる。
それにしても、それは頑固だとでも言いたいのかな。ララさん。
「無理でも渡すことは否定しませんが、そのついでで構わないので、向島君に伝言を頼んでもいいですか?」
「渡すのね……まあ、伝言をぐらいなら良いけど」
呆れを含ませながらも、クリスさんが私から指輪を受け取り、伝言の内容を聞いてくる。
「もし、私に何か話したかったり、言いたいことがあれば、次会った時に話そう、って伝えておいてください。多分、それだけで通じると思いますので」
きっと、目覚めたら私に言いたいことや聞きたいことがあるんだろうけど、私だって聞かれて素直に答えるほど馬鹿でもない。
「分かったわ」
クリスさんも内容の意味を聞いてこない辺り、その事を分かっているのだろう。
「鷺坂さん」
栗山さんが声を掛けてくる。
「また、会えるよね?」
「死なない限りはね」
この世界、元の世界のように平和じゃないから、お互いに死んだりしない限りはまた会えるはずだ。
栗山さんは少しだけ悲しそうな顔をするが、「そうだよね」と呟くように返してくる。
「鷺坂さんに会うためには、死ぬわけには行かないよね」
私に会うためだけに生き続ける、っていうのも何かおかしい気もするが、本人がそれで良いのなら良いのだろう。
「……けど、それはこっちも一緒なんだけどねぇ」
サーリアンの面々が、この先どれだけ強くなるのか。先輩勇者として、私は見ていかないといけないし。
「ん?何か言った?」
「何でもないよ」
何故かララとクリスさんがニヤニヤとしているが、きっとさっきの呟きが聞こえていたのだろう。
「鷺坂さん」
「何かな」
「今度は俺とも手合わせしてくれると嬉しいんだけど、だから、その……」
今度は桐生君が声を掛けてきたかと思えば、何やらはっきりしない。
そんな彼に焦れたのか、溜め息を吐いて、吾妻君が背中を叩く。
「ほら、隼斗。ちゃんと言う」
「っ、分かってるよ」
そして、軽く咳払いして、桐生君は言う。
「鷺坂さんたちの相手を出来るぐらいには、俺たちも強くなるから」
「そっか」
「おいおい、居るのは勇者様たちだけじゃなくて、俺たちも居るんだが?」
ウィルとアスハルトさんが「俺たちも忘れるな」とばかりにそう告げれば、「あっ」と桐生君がおろおろとする。
「別に忘れてたわけじゃ……」
「じゃあ、俺たちとも戦えよ? どれだけ強くなったか見てやるから」
「勇者たちと戦いたかったら、まずは俺たちを倒さなきゃなぁ」
「えー……」
騎士組の言葉に、桐生君たちが顔を引きつらせる。
「そうだね。ウィルたちを倒すまでは行かなくとも、それなりに戦えるようにならなきゃ、相手は出来ないかなぁ」
「鷺坂さんまで!?」
ぎょっとする桐生君に、みんなで噴き出す。
「まあ、大変だろうけど頑張れ」
「うん」
彼と並ぶようにして立っていた彼らにも目を向ける。
「吾妻君たちもね」
「もちろん」
「ああ」
「はいっ!」
桐生君を除くサーリアンメンバーが返事をする。
「さてそれじゃ、そろそろ行きますか」
フィアーナ殿下たちにそう告げれば、「そうだね」と返ってくる。
「気を付けてね」
「次会うときまで、どれだけ強くなってるのか、楽しみにしてるから」
多分、その言葉は予想外とまでは行かなくとも、不意打ちにはなったのだろう。私は背中を向けているからどんな表情をしているのかは分からないが、彼らが驚いているのが容易に想像できる。
「あいつら、どのぐらい強くなるんだろうな」
「武器もそうだけど、私は魔法も使えるようになっておいてほしいなぁ。撃ち合いしたい」
「それじゃあ、私はクルミと治療の準備しなきゃね」
ーー榛名は?
と、面々から目を向けられたので、「そうだなぁ……」と少しだけ上を見上げてみる。
「その時は持ちうる全力で、相手をするだけだよ」
こうして、私たちはサーリアンの城を後にしたのである。




