第四十三話:いろいろと見て回って
何とか動ける範囲で、手早く荷物を纏めていく。
さすがに、初心者レベルでもないのに、いつまでも滞在しているわけにはいかないので、旅立つための準備である。
あの後、森を出て、城へと戻ってきた私たちを待っていたのは、どこで話を聞いたのか、桐生君たちだった。
「おかえり」
「……ただいま?」
返事は疑問系になってしまったし、何より内緒にしていたことに対して、怒っていてもおかしくはないのに、彼らは出迎えてくれた。
「みんな無事で良かったよ」
「そうだね」
正直、報告に向かうなら向かっておかないと、溜まった疲れから気を失いかねない。
「とりあえず、陛下に報告してくるよ」
ラクライールの件があったから、久々に大暴れしたとまではいかないけど、疲れてるのは確かなので、一分一秒を無駄にするのが惜しいぐらいに出発前に訪れていたあの部屋ーー執務室へと、着の身着のまま向かう。
「まずはご苦労様。そして、ありがとう。ところで……大丈夫か?」
「ええ、まあ」
帰ってきて早々に報告しに直行してきたようなものだから、疲労が滲み出ていることには変わりないのだろうが、まさか陛下にまで心配されるほど、顔色も悪いなんてこと無いだろうに。
「それでは、報告させていただきますね」
報告したのは、四つ。
・森の中に神殿らしき場所があったこと。
・森から出ていた黒い靄のような闇は、その神殿らしき場所から溢れ、森にまで漏れ出ていたこと。
・神殿らしき場所には悪霊のような存在が居り、そいつが原因で行方不明騒動が起きていたこと。
・そして、そいつらの目的は、行方不明扱いになっていた人たちを憑依するなどして、利用し、あるものを探すこと。
・そいつらとの戦いで、向島君も利用されそうになっていたこと。
「つまり、その悪霊のような存在が何かを探すためだけに、この騒動を起こしたというのか?」
「はい、その解釈で間違いないかと」
はた迷惑な連中である。
「その『探し物』とは何か分かるか?」
「分かりません。『それ』が何であり、どのようなものなのかは、彼ら以外には分からないと思います」
私たちに役に立つものであれば良いが、役に立たない物である可能性もある。
「何かの為になるものであれば探させることは出来るんだが、役に立たないとなると……ふーむ」
考え込む陛下を余所に、少しばかり、左腕を擦る。
「イースティアの勇者殿は無事なんだな?」
「そうですね。憑依されていたと言っても、他の方々のように長時間憑依されていた訳ではないようなので、近いうちに目は覚めると思います」
「それなら良いんだが……」
そこで、改めて陛下がこっちに目を向けてくる。
「ノーウィストの勇者殿も、我が国のことだというのに、ご苦労だった。改めて礼をさせてくれ。ーーどうもありがとう」
「こちらとしても、いろいろとお世話になりましたから」
きっと、助けられるのは、多分これが最後だ。
「それと、私が言うまでもないことだとは思いますし、目覚め次第、イースティアの勇者も報告に来ると思いますが、あの神殿もどき等を今後どうなさるのかは、お任せいたします」
「ああ、分かってる」
この先は自分のやるべきことだと、陛下は告げる。
あんなことがあったとは言え、あれはサーリアンの物だから、私やフィアーナ殿下たちがとやかく言うことではない。
「それでは、陛下。これにて失礼いたしますね」
本当に頭が働くなり、何かおかしなことを言う前に、部屋を出て、自室へと戻る。
「あー、眠い」
何とかギリギリだったらしく、ふらふらとベッドの上に横になれば、そのまま眠ってしまう。
そして、目覚めたのは、朝である。朝になれば、ちゃんと起きてしまうのが恨めしいし、二度寝をしたような気もするが、軽く首や肩を動かし、少しの間ぼんやりと部屋を見つめる。
「……お腹空いた」
時間的にも朝食の時間が終わってしまい、けれど昼食の時間はまだ数十分も先という、何とも微妙な時間帯。
服も着替え直してしまえば、特にやることもなく。
ーーまあ、そんな経緯があって、冒頭に繋がるのだが。
「……」
準備をしながらも、時折左腕に目を向けるが、変化も何もない。
そうこうしているうちに、荷物整理などの準備も終わってしまった。これでいつでも旅立てるんだろうけど……
「お前、何か話したらどうだ?」
その存在の大半を消されておいて話せるわけがないのだが、それでも無言では居たくないから、一方的に話しかける。
「私が探し出すのが早いか、お前の消滅がは早いか。どっちなんだろうね」
相変わらず返事はないが、それでいい。
下手に返されても、こちらが困るだけだし。
「さて、と」
フィアーナ殿下たちに顔を見せに行きますか。
☆★☆
「あら」
「あ……」
部屋を出て、廊下を歩いていれば、クリスさんと会った。
「昨日、夕食に来なかったみたいだけど、大丈夫?」
「ご心配かけたみたいですみません。どうも自分で思ってたより、結構疲れてただけみたいで、部屋に戻った途端に寝てしまったんですよね。それより……」
偶然か否か、私たちが会った場所ーー向島君の部屋の前で、その扉へと目を向ける。
「椿樹、まだ目が覚めてないのよ。他の冒険者の人たちもまだ目が覚めていないらしいから、やっぱり貴女の言った通り、憑依されていた時間が原因なんだとは思うけど……」
「そうですか……」
まあ、まだ一日しか経ってないから仕方ないけどね、とクリスさんは言うが、何だか普通に目覚めてしまった私としては罪悪感が湧く。
「あ、別に責めてるわけじゃないの。私たちがこうしてここに居るのは、間違いなく貴女のお陰だから」
「クリスさん……」
「あ、ついでだから、顔、見ていく?」
誰の顔……は聞くまでもないか。
「いえ、大丈夫です」
そう言って、クリスさんの申し出を断る。
きっと顔を見た方が『向島君が無事』だという事実に安心は出来るのだろうが、だからと言って、今会う必要は無いだろう。
「ところで、フィアーナ殿下たちは訓練場の方ですか?」
「そうね。サーリアンの勇者たちの相手をしてるはずよ。私は椿樹の様子を見に来ただけだから、それが終わったら、すぐに戻るつもりだったし」
あ、だから、さっきのお誘いだったわけか……しまったな。
「それじゃ、私はそろそろ行きますので……」
「本当にありがとうね」
この場を離れようとすれば、再度お礼を言われる。
もう、お礼を言われるだけで何度目なのだろうか。
そのままその場を離れ、訓練場に向かいつつも、城内をゆっくりと歩いていく。
「ここでお茶会したんだっけ」
あの時はラクライールが来る前だったから、その理由を知らない桐生君たちがギスギスした空気に首を傾げたりしてたんだよな。
「鷺坂?」
「みんな訓練場の方に居るみたいなにのに、君は相変わらず、ここに居るんだね」
ブレないというか、何と言うべきか。
見上げて返したからか、鷹槻君が木の上から降りてくる。
「そういうお前も、ここに居るだろ」
「私はさっき起きたばかりだから、今から向かうところなんです」
堂々とサボってる人に言われたくないんだが、どちらかと言えば、私もサボってる部類には入るのだろう。
だから、顔を逸らしていたこともあって、呼ばれたことにすぐに反応出来なかった。
「鷺坂」
「ん?」
……!?
何故、私は頭を撫でられてるんだ。
「えっと……?」
「ご苦労様」
戸惑いながらも理由を聞こうとすれば、労われる。
陛下やクリスさんたちならまだ分かるが、彼にまで労われる理由が本当に分からない。
「だって、頑張ったんだろ?」
「……それだけ?」
「本来なら、鷺坂たちが動くんじゃなくて、桐生や俺たちがやらなきゃならなかったはずだ。でも、お前たちは代わりにやってくれた。だからこそ、俺にも労う理由はあると思うが?」
なるほど、ね。
「……まあ、せっかくだし、受け取っておくよ。ところで……」
そう言いながら目を向ければ、不思議そうにされる。
「いつまで手を置いてるの」
「ああ、悪い」
指摘したからなのか、手は下ろしてくれたけど、絶対、悪いと思ってない。
「それで、私は今から訓練場の方に行くけど、鷹槻君はどうするの?」
「そうだな。俺は後で行く」
そっか、と返して、その場を後にする。
「ーー!」
「ーー!!」
訓練場に近付くにつれて、そちらからの声が届くようになってきた。
私たちがこの城に居られるのも、彼らと共に居られるのも、あとわずか。
「私にやれることがあれば良いんだけどね」
先輩勇者として、出来る限りのことをしようじゃないか。




