第四十二話:今度は本気で対峙する(後編)
彼女の性格も、強さも、理解しているつもりだった。
だから、彼女があんな表情をするとは思わなかったし、予想すらしなかった。
それでもきっと、こちらが何も知らないかのように接すれば、彼女も普段通りに接してくれることだろう。
「……」
だから、目覚めたら、真っ先に聞かないといけないと思ってしまうのだ。
だって、俺は彼女の『友人』なのだからーー
☆★☆
『ーー小娘ごときが、あまり調子に乗るなよ!!』
奴の『闇』が一気に膨れ上がったことで限界を越えたのか、抑え込めなかったのだろう、向島君の中に居た『奴』が、その背中からついに姿を現した。
「そうだね。でも、ようやくまともに会えたな」
ずっと向島君(の身体)を介していたからね。
多分、これが最初で最後の対面だ。
『余裕ぶっていられるのも、今のうちだぞ!』
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
だって、これで何一つ気にする必要が無くなったんだから。
剣を握り直し、奴と相対する。
『やはり、こいつが気になるか?』
奴が向島君に目を向けながら、尋ねてくる。
奴と向島君の現状は、彼の中から奴が出てきただけで、完全に切り離されたわけではない。
「っ、」
向島君の方にも若干の意識があるだけ、まだマシなのだろうが、やはりくっついてる彼がネックではある。
「気にならないと言えば嘘になるけど、そんな状態じゃ、あんたにとっても邪魔じゃない?」
奴と彼の繋がりは背中な訳だが、意識がはっきりと覚醒してない向島君に抵抗できるとも思えない。
奴次第で、まるで手に持ったぬいぐるみを振り回すかのように、彼が盾代わりにされかねもしない。
『こいつはこいつで、手元にあると便利そうだからなぁ』
これは……盾代わり説が濃厚か?
「それじゃ、しっかりと手綱を持って、コントロールすることをお勧めするよ」
『……? 何が言いたい』
『光』はまだ、残ってる。
『火』、『雷』、『氷』も、まだ手元にある。
「雷氷牙」
いくつかの身体強化魔法を掛けた後、雷と氷を腕に纏わせながら奴に向かって駆け出せば、二人の目を剣と腕に注目してるのを良いことに、剣を向島君に、魔法を纏わせた腕を奴に向けて放つが、予想通りというべきか、向島君を操って防がせる。
『っ、残念だったなぁ』
「いや、想定内だよ」
一瞬焦ったようだが、それだけだと思ってもらっても困る。
だって、彼に近いということは、奴にも近いということであり、それなら私の攻撃も届くのだから。
「っ、」
こっそりと足にも魔法を付与し、彼の横腹を狙って蹴りを繰り出すーーが、繋がってるからか、かなり派手に二人揃って吹っ飛んでいった。
「おお……」
一度彼を気絶させ、足手まといにしてしまえば、奴は切り離すと読んだのだが、繋がっているのなら、一緒に飛んでいくのも予想しておくべきだった。
『……うぅ』
「……」
どうやら生きてはいるらしいが、ぐったりしている向島君に申し訳ないと思いつつ、起き上がろうとする奴に追加で雷を撃ち込んでやる。
『ガアッ!』
起き上がる途中での追撃。
そう簡単に起き上がれる訳がない。
『……小娘、貴様……』
「貴方は知らないけど、これぐらいなら彼は大丈夫だと知ってるからね」
少しだけ近づいてそう答えれば、悔しそうな、忌々しいとでも言いたげな顔を向けられる。
『ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなフザケンナァァァァッ!!』
奴が叫ぶ。
『この程度デ、我をどうにか出来タト? 本気でそう思っているのなら、片腹痛イワ!』
少しだけだが、話し方が会ったときと変わってきている。
だが、腹を立てた奴は横で倒れていた向島君を私に向かって投げつける。
「っ、と」
『モウ、そいつは必要ナイ。我ラガ直々に鉄槌を下シテヤル!』
何とか向島君を受け止めはしたが、どうやら奴は彼との繋がりを完全に切り離したらしい。
でもまあ、これで何も心配する必要は無くなったわけだ。倒れたままの彼に関しても、この後もし仮に私がぶっ倒れたとしても、後はこの場に来たフィアーナ殿下たちが、きっとどうにかしてくれることだろう。
だから、私は何の気兼ねもなく、奴を叩くことが出来る。
「鉄槌、ね」
けらけらと狂ったかのように高笑いする奴を見ながら、そう呟く。
だがーーその鉄槌を下されるのは、どちらか。
「ーー『天の声 地の声』」
今から使おうとする魔法に対して、魔力が足りることを願いつつ、向島君を近くの壁に凭れさせれば、全てを終わらせるための詠唱を始める。
「『火 水 風 地 光 闇』」
足りない『もの』も有るかもしれないけど、込められるだけ込める。
「『全てのモノが集りて その形を成さん』」
『サッキカラ、何ヲ一人でぶつぶつと言ッテイル!』
私が何の反応も示さないために苛立ったのだろう、奴が声を上げる。
「『我が願うはただ一つの真実なりて 審判のみ』」
詠唱を進めれば進めるほど、指輪の輝きが増す。
そして、その輝きを増した指輪を、腕を上げ、奴へと向ける。
「ーー『その聖光を以て 裁きを下せ “聖光の断罪”』!」
『ーーッ、貴様ァァァァッ!!!!』
眩い光がその場を覆い、奴の悲鳴だけが響き渡る。
こんなことなら、最初からこの魔法を使えと言われるかもしれないが、そもそもその時に詠唱したとしても、上手く発動できたかどうかは分からないので、正直発動してくれて助かった部分もある。
「……」
「……」
『……』
光が収まり、そっと目を開くものの、あれから瓦礫などが増えただけで、周辺はここに来たときと何一つ変わらず、静まり返る。
「……おい、悪霊もどき」
試しに、周囲に向けて声を掛けてみるが、特に反応はない。
消滅した……とも判断できないのだが、“聖光の断罪”が下した審判である。おかしなことにはなってないと思いたい。
こちらに向かってくるような足音が聞こえたため、そちらに目を向ければ、
「榛名!」
「やっと会えたよぉっ!」
「良かった。マジで、無事で居てくれて良かった」
どこか嬉しそうなフィアーナ殿下に、半泣き状態のララ、良かったを繰り返すウィル。
そんな彼女たちに対し、イースティア組は冷静だった。
「椿樹……」
「良かった……」
「どうやら、息はしてるみたいだな」
呼吸の確認やら何やら、状態確認していた。
「向島君なら、悪霊もどきに乗っ取られていたから、目覚めるのにもう少し掛かると思うよ」
「悪霊もどき……?」
「私がこの場に来たときには、もう乗っ取られていたみたいだから、いつからその状態だったのかは分からないけど」
「そう、なの……」
イースティア組にあの後のことを簡単にだが教えれば、視線は向島君(たち)の方へと向けられる。
「悪いな、嬢ちゃん。うちの勇者を任せちまって」
「いえ、お気になさらず。それと、感謝するなら、向島君に言うべきですね。指輪を渡してくれなかったら、私も危なかったでしょうから」
「それでも、礼ぐらいはさせてくれ。いくら協力体制にあるとはいえ、礼の一つも言わないのは、こっちが申し訳ない」
本当に申し訳なさそうなアスハルトさんに苦笑いしていれば、「うう……」と向島君が身動ぎしたので、そちらに目を向けたために、気づくのが少しばかり遅れた。仮にもまだ敵陣だというのに、一瞬とはいえ油断してしまったのだ。
「榛名!」
「ーーッツ!?」
焦りを滲ませたかのようなララの声と、背後から感じる『奴』の気配。
先ほど声を掛けたときに反応が無かったのは、私たちを騙すためだと、気を抜くことなく気配を探れば、気付けたことなのにーー!
「っ、うわぁ、最後の最後でやっちゃったかぁ」
「んなこと、言ってる場合じゃないでしょ!?」
特に焦ることなく、引き剥がそうともしないーーというか、引き剥がしたくても、引き剥がせないーー私の身体を包んでいく奴に、フィアーナ殿下が叫ぶ。
「とりあえず、一応は抵抗はするけど、駄目そうなら助けてね」
向島君が起きてないこの状況で、使える光属性なんて限られているだろうけど、光属性魔法の使い手なら、この場に四人も居るから大丈夫だろう。
「ちょーー」
フィアーナ殿下の声が途切れ、目の前が暗闇に覆われる。
どうやら、意識は完全に遮断されたらしい。
きっと、フィアーナ殿下たちから見た私は、私が見ていた憑依された向島君の状態のように見えているのだろう。
「それにしても……随分とまあ、ご苦労様なことで」
ふわふわとした感覚の中、どこかに居るであろう奴に話しかければ、今度は返事が返ってくる。
『言ッタハズダ。貴様ノ身体ヲ貰ウト』
「まあ、確かに言ってはいたけどね。あんたじゃないけど」
あの時は、逃げ道を塞ぐかのように位置していたこいつの仲間がそんなようなことを言っていた。
「でも、私も言ったはずだ。お前ごときが、私をどうにか出来ると思っているのか、と」
奴がどれだけの憎しみや恨みを抱えているのかは知らないが、関係のない私たちまで巻き込まないでほしい。
『身体ヲ奪ワレテオイテ、何ガ出来ルト言ウノダ』
「何、単純なことだよ」
ぶわっ、と私の背後から強風が吹き付ける。
「たとえ精神だけになろうとも、これをお前がコントロール出来るとでも?」
『ーーッツ!』
「これをどうにか出来るのは、これを生み出した私だけ」
十七年間で私の中で生まれ、育ってしまったモノ。
「もし仮に、お前がコントロール出来たとしても、きっと食われるぞ?」
だって、それだけ込められた『想い』は強いのだから。
「だから、今のうちに聞く。お前、何が目的でこんなことをしている?」
『答エルト思ウカ?』
「答えないなら答えないでいい。お前が食われるだけだ」
何となくだが、また一回り大きくなった気がする。
こいつに当てられでもしたか?
「さて、どうする?」
ふと、意識が浮上すれば、私の中に居た奴は、まるで燃えカスのように、少しずつ消滅していく。
「榛名……?」
「ん、大丈夫。もう、完全にいなくなったから」
恐る恐るといった様子のフィアーナ殿下を安心させるかのように微笑んで見せれば、どうやら大丈夫であることが伝わったらしい。
「それじゃあ、帰ろうか」
きっと、桐生君たちや陛下たちが待っているだろうから。
そして、みんなが順番にこの場から出ていく中、最後となった私は振り返り、この場に目を向ける。
『ーー捜し物ダ。ソレヲ探スタメニ、必要ダッタ』
「それだけ?」
『ソレダケダ』
他にも方法があっただろうに、何でこんな方法を取ったんだか。
「榛名ー?」
「どうしたのー?」
「ううん、何でもない。今行くよ」
フィアーナ殿下とララに呼ばれ、そう返しながらもこの場を完全に後にする。
さぁて、これどう説明するかな。




