第四十一話:今度は本気で対峙する(前編)
さて、奴を倒して、向島君を助けるのが現段階での目標であり、最良の結果ではあるが、逆に彼を助けることが出来ず、奴が助かるのは最悪の結果。
「約束は守るよ。『約束』だからね」
フィアーナ殿下やクリスさんと約束したし、なるべくなら破りたくはない。対する相手が、向島君だったとしても。
「ーー」
向島君が使っていた剣は、奴の手により既に抜剣され、こちらを狙ってきている。
もちろん、まだ避けられるレベルではあるが、時間を掛けすぎて、彼の身体で戦うことに慣れられても困る。
「……」
けれど、こちらもやられっぱなしでは、いられない。
『ーーッツ!?』
純粋に驚いたのか、それとも見た記憶と違ったのかは、私には分からない。でも、奴が驚いたのは事実だし、その『隙』を見逃すこともしない。
『……お前、こいつの友人なんだろ? それなのに首を狙うとは、どういうつもりだ』
「どうもこうも、お前を叩き出すこと以外の目的は無いんだけど?」
まさか首が狙われるとは思っていなかったらしい。
『もし、避けなかったら、死んでたかもしれないんだぞ!?』
「そうだね。あんたが避けなければ、だけど」
彼には悪いが、こいつらにはこいつらの目的があるし、消滅させられたくないと考えるだろうから、避けることは想定内と言えば想定内だ。
「さて、どうする? 彼の身体から出て私と戦うか、それとも、そのまま戦うか」
『……』
奴が黙り込む。
『ーー』
何か言ったようだが、はっきりとは聞こえずに、奴が突っ込んでくる。
先程よりは早くなった気もするけど、避けられない程じゃないし、十分に迎撃可能だ。
「まさか、その程度で本気とか言わないよね?」
『ハッ』
何か、鼻で笑われたぞ。
『余裕ぶってるところ悪いが、そもそもお前、一つ忘れてやしないか?』
「……?」
『ーーいくらお前が本気を出したところで、この場の地の利も数の有利さも我らにある』
確かに、先ほど会話に混ざってきた連中から、他に仲間がいることは察せられていたが、一体何が言いたいのだろうか。
まさか、脅し目的? ーーそんなことを考えていれば、周辺から闇のようなものが噴出する。
「……で?」
『……何だと?』
「そんなことは、言われるまでもなく分かってる。それで私は、お前が何が言いたいのかを聞いてるんだけど」
そんなの、私たちが勇者である限り、魔王と戦うことになるのなら、このような状況や似たような状況になるのは想定内のことだし、その程度でパニックになってはいられない。
こっちは勇者になって、三年目なのだから。
『……』
「……ああ、そういえば、私を傀儡にしたいんだっけ?」
こいつの仲間が、そんなことを言ってた気がするが、それこそ本当に馬鹿馬鹿しい。
「お前のような奴に、私をどうにかできると思ってるの?」
『ーーッツ!!』
視線を向けただけだというのに、どうやら、何かを感じたらしく。それが単にビビったのか、(向こうが)嘗められてると思ったのかは分からないが、見ていて分かるぐらいには肩を揺らしたのを見ると、それなりの効果はあったらしい。
『……貴様、何者だ?』
『お前』から『貴様』に変わったか。
「何者だ、って聞かれても、彼の記憶を見たのなら知ってるでしょ?」
ノーウィストの勇者であることを。
(この世界の人たちから見た場合、)異世界出身であることを除けば、それ以外の説明などしようがない。
けれど、奴はその返しが不服だったらしい。
『それでも、納得できないから聞いているんだよーー小娘』
「……」
『だんまりか』
……本当に、何も無いんだけどな。
そして、『お前』『貴様』と来て、『小娘』か。
「……私は私。ノーウィストの勇者だよ」
能力制限はあるけど、それは変わらないし、譲れない部分だ。
『本当に、それだけか?』
「それだけだよ。彼の記憶が何よりもの証拠だというのに、信じられないと? 貴方が見たという事実もあるのに?」
はっきり言って、奴が記憶を見たという証拠を、私は示すことはできないが、彼の記憶を見ていない限り、私について知るわけがないのだ。
もし、それ以外の方法があるのだとすれば、この建物内を監視し、その会話内容などから察することぐらいだろう。
「けどまあ、もし嘗められたことに腹が立ったのなら、お互い様だよね。最初に挑発してきたのは、そっちなんだから」
『ーーッツ、』
空いていた間を詰めて迫れば、またこのパターンかよ、とでも言いたげに、とっさに剣で防いだことから、甲高い音がその場に響く。
「彼と代わったら? そうすれば、私たちによる同士討ちで、貴方の一人勝ち出来ると思うんだけど?」
でも、しないーーいや、出来ないよね。
状況的には二対一になるし、そもそも、こっちにはそうさせるつもりはないから、隙を作らせないように攻撃してるわけだし。
それに、背後からも攻撃は来るけど、そっちも魔法でどうにでもなる。
「……他人のーーそれも、勇者の身体を借りておいて、その程度なんだね」
森や建物など、外から見ていたときは厄介そうな気もしていたけど、蓋を開けてみればどうだ。ラクライールたちほど厄介というわけでもなければ、そんなに脅威には感じない。
もし、脅威といえるものがあるとすれば、その人物への憑依による人格などの乗っ取りぐらいだろう。光属性が使える向島君ですら憑依されたのだから、現状、光属性は指輪頼みな私が気を抜けば、あっという間に飲み込まれかねない。
ーーさすがに、私で強化された奴の相手を、みんなにさせるわけにはいかないけどね。
それに、奴にコントロール出来るとも思えないわけで。
「ーー」
『ーーッ、』
剣で攻撃し続けながらも、時折その動きの延長線上で他の闇たちも倒していくが、数が数なだけにキリがない。
足を床に叩きつけて発動した氷属性魔法で拘束したりもしているが、捕まえられたり、動きを阻害するだけで、はっきりと『倒せた』とは言えない。
「ーー“爆雷砲”」
凄まじい雷の塊のようなビームを、奴に向かって放つ。
火はその場に倒れている人たちがいるために使えないから、使える魔法の手札は氷と雷と風、そして、指輪に込められた光のみだけど、これだけあればどうにか出来る……はずだ。
『ッ、『氷』の次は『雷』かよ……!』
舌打ち混じりにそう言われるが、奴も奴で回避する。
それにしても、向島君の魔力は残ってるはずだろうから、使えないことは無いとは思うんだけど、何で魔法を使ってこない? 使用属性の違いで使えないだけ?
「……」
風属性で素早さを上昇させる。
この戦い方も一度は向島君には見せてるから、対応しようと思えば出来るはずなんだけどーーそう考えながら、雷属性を付与した足で、蹴りを繰り出す。
『ッ、』
どうやら、状態異常の『麻痺』が付与されたらしい。
「……そんな状態になっても戦うんだ」
何とか起き上がろうとはしているみたいだが、麻痺のせいか、奴はふらふらとしている。
『当タリ前ダ……』
『我ラノ望ミハ、マダ果タサレテイナイノダカラ』
周囲の奴らがそう告げる。
でも、『望み』か……でも、こいつらの場合は、『未練』の方が正しいのか?
『ソノタメニモ……』
『ソノタメニモ……』
ゆらゆらと近づいてくる。
『我ラニ、ソノ身体ヲ受ケ渡セ!!』
そのまま襲い掛かってくるが、生身でないのなら容赦なく殺れることから、風で吹き飛ばしたり、切り刻んだりした後、私も私で少しばかり向島君たちとも距離を取る。
「そう言われて、はいそうですか、って渡すわけないでしょ」
バチバチと、手に火花を散らせることも忘れない。
これで少しばかり警戒してくれるはずだ。
「それに、死ぬにはまだ早いんで」
元の世界に居るであろう家族や友人もそのままな上に、他にもやりたいことだって山ほどあるのに、帰ることすら出来ずに死ぬのだけはお断りだ。
「……水が使えれば早かったんだけど、こればかりは仕方ないか」
そう落胆ぎみに小さく呟いたからだろう、奴らにはそれが諦めたように見えたらしい。
『ヨウヤク我ラニ譲ル気ニナッタカ』
「まさか」
何だかんだで話していたせいか、時間を掛けすぎたらしい。
「目的を果たすことなく諦めるなんてこと、私はしないよ」
手だけではなく、身体全体からバチバチと音を立て、さらに周辺へと放電する。聖属性も少しばかり加えてるから、そう簡単に復活は出来ないはずだ。
「だから、もうーーその存在自体を消滅させてやるよ。クソ悪霊どもが」
『このっーー小娘ごときが、あまり調子に乗るなよ!!』
奴の『闇』が一気に膨れ上がったことで、まるで向島君の中から闇が増幅し、彼を包んでいるようにも見える。
自分で煽っておいてなんだけど、向島君、生きてるよね……?




