第三十九話:足を踏み入れる
明けましておめでとうございます。
本年度も『期間限定勇者は』をよろしくお願いします。m(_ _)m
「これは……酷いな」
目的地である森の前に立ってみれば、禍々しい気が奥の方から来ているのがよく分かる。
「……」
無言で、一部の装備を“換装”させる。
「ここに足を踏み入れたとか、凄いよ。イースティア一行」
素直にそう思えてしまう。
さて、この先どうしようか。イースティア一行や冒険者たちを助けるのは大前提だが、何せ情報が少ない。
「さて、行くか」
そしてーーそう言って、私も問題の森に足を踏み入れるのだった。
☆★☆
森の中を進んでいけば、まるでこの先に行かせないとばかりに魔物が邪魔してくるが、全て切り伏せる。
「全く、掛かってこなければ死ななくて済んだものを」
淡々と、森の中を進んでいく。
普段ならフィアーナ殿下たちと共に話ながら進むところではあるが、この場にいないのだから、一人で進んでいくしかない。
「ーーああ、そっか。これが原因か」
森の奥にあった、状況が状況なら幻想的にも見える、木々が遮ることもなく空から射し込む太陽の光に照らされた、遺跡のような場所。
外観は良いのに、禍禍しい気があるだけで一気に残念仕様になってしまうのはどうなんだろうか。
「外から壊すのは……駄目だよね」
もし、中に居るのだとすれば、向島君たちを押し潰しかねない。
「行くしかないのか」
本当は行きたくはないけど、行かないといけない。
指に嵌めていた指輪に目を向ければ、光は遺跡の中を示していたので、イースティア一行が中に居るのは間違いない。
「……っ、」
入ってすぐに身体に纏わり付くような気配がしたが、とりあえず無視して進む。
そして、ある程度歩いていけば、行方不明扱いになっていた冒険者なのか、何人かがその場に倒れている。
「数が増えてきたな……」
奥に向かえば向かうほど、その数は増えていく。
イースティア一行が、この光景を見ていないはずがないのに、レアちゃんからその話は出なかった。焦っていたせいというのもあったのかもしれないが、通ったルートが違うという可能性も否定できない。
「……」
それにしても、この禍々しい気が闇属性系統のものだとすれば、魔族のものとは到底比べものにならないほどのーー
「瘴気、か」
全く、面倒なことこの上ない。
ただ、足を止めることなく、時折、幽霊系の魔物やモンスターを倒しながらも、さらに奥へ奥へと進んでいく。
「ますます濃くなってくるか」
はっきり言って、指輪に込められた光属性がバリア的な役目を果たしているのか、そんなに身体的ダメージは無いが、それも一時的なものでしかないから、帰りの事も考えると、さっさと最奥に到着したいところではある。
まあ、その最奥に居るのは、この行方不明騒動の元凶だろうけど。
「それにしても、どれだけデカいんだよ。この遺跡もどき」
瘴気の影響で、ダンジョン化しているというのも有り得そうではあるが、このままではいつまで経っても到着できそうにないので、一度足を止めて、水分補給をする。
「さて、どうしたものかな」
指輪の光が差す方へと歩いていたわけだが、意図的に遠ざけられてる気がしなくもない。
何らかの意図があるのか、無いのか。
「まあ、それも本人に聞けば分かることか」
とりあえず、聞きたいことを脳内で纏めながら、クリスさんたちを捜す。
どの位置にいるのかは分からないが、捜さないよりはマシだろう。レアちゃんの反応から、手当てとかも必要になるだろうし、手持ちのポーションとかで足りるかどうかも、状態を見ない限りは、何とも言えない。
だから今は、間に合うのを願うしかない。
☆★☆
「……?」
魔力も体力も少しずつ回復しつつはあるが、それでも身体のダメージが減ることもなければ、喋る気力なんて当に無くなっていたので、アスハルトともレアトリアを見送って以降、体力温存も兼ねて話していなかったクリスフィアが不思議そうに顔を上げる。
「どうした?」
目を閉じていただけで、起きてはいたらしいアスハルトが問い掛ける。
「今、誰かがーー……」
来たような気がしたんだけど、という言葉は続かなかった。
「あ、やっと見つけた」
その声で、二人が向けた視線は、次第に見開かれることとなる。
「な……」
「マジか……」
傷を負いすぎたせいで、自分たちの目が信じられないほど、これが幻か現実なのかも分からないけれど、それでも、それでもーー
「お二人をここまで追い詰めるとか、どれだけなんですか」
そう告げ、視線を奥へと向けたあと、鞄の中ををごそごそと漁り、クリスフィアに向かって、何かを取り出しながら尋ねる。
「クリスさん、飲めそうですか?」
「……少しだけ手伝ってくれればね」
分かりましたと言って、身体の向きや位置などを直しつつ、クリスフィアは鞄から取り出されたものーーポーションに口を付ける。
「ふぅ……助かったわ、ありがとうーーハルナさん」
ポーションを差し出した人物ーー鷺坂榛名が、クリスフィアの礼に、苦笑いを向ける。
「いえ、間に合ったので、良かったです」
榛名はそう告げながら、アスハルトにも持ってきたポーションを飲ませながら、状態を確認する。
「……つか、嬢ちゃん一人か」
「ええ。レアちゃんが慌ててたので、とりあえず先行する形で来ました」
「そうか……」
榛名の返事に、アスハルトの視線は俯くようにして、下へと向けられる。
「もし、この先に向かおうとするのなら、あまり勧めたくはないわね」
「そうだな。少なくとも、一人で向かうつもりだというのなら、尚更な」
喋れるほどには回復したのか、二人の意見を受けて、榛名は奥へと視線を向ける。
「お二人の様子から、奥にいるのが厄介な連中であることは分かりました。お二人のお気持ちも」
同じチームや仲間というわけではないというのに、心配してくれるのは有り難いことではあるがーー……
「けど、貴方たちの『勇者様』を見捨てる訳にはいきません」
「っ、でもーー!」
榛名の言葉に、それでも止めようとするクリスフィアに、榛名は持ってきたポーションのいくつかを鞄から取り出し、二人の間に置くと、クリスフィアに目を向ける。
「もし、それでも心配だというのなら、この後にフィアーナ殿下たちが来ますので、その時に一緒に追いかけてきてください」
「っ、」
「そうすれば、イースティア勇者一行はほぼ完全復活できますし、私も気にせずに済みます」
自分たちみたいになってほしくないから、自分たちみたいにノーウィスト組を不安にさせたくないから止めているというのに、そんな榛名に対し、今の自分たちが何を言っても無駄だと、クリスフィアは察してしまう。
「だったら、約束してください。絶対に死なない、と」
これが約束してもらえなければ、この先に進ませることはできない。
「大丈夫ですよ。『光』は無くとも、今は何が相手でも負ける気がしませんし、貴方がたの心配性な勇者様が寄越してくれた指輪もありますからね」
自分たちがよく知る光を放つ指輪を見せられ、クリスフィアは、そっか、と内心理解する。
「椿樹も貴女も、こうなることは予想済みだった、ってわけか」
「この指輪に関しては、あくまで保険、私が光属性使えないから、もしもの時はって、渡されたものですけどね」
この指輪に、恋愛的な意味なんて、何一つない。
あるのは、保険とサポート的な意味のみである。
「……絶対に」
ぽつりと洩らされたアスハルトの言葉に対し、榛名とクリスフィアが彼に目を向ける。
「絶対に、戻ってこいよ。勇者様。少しばかり無責任な言い方になるが、あんたらにはやるべき事がまだ残ってるし、何よりお宅の王女様に責められたくはないんでな」
普段の彼らしからぬ言い方に、クリスフィアは顔を顰め、榛名はおや、と言いたげな反応を少しばかり示しながらも、アスハルトに返す。
「もちろん。貴方がたの勇者様も連れて帰ってきますよ。ちゃんと、ね」
召喚された者と元からこの世界に居た者という違いはあるが、それでもアスハルトが『向島椿樹』という勇者とともに旅をし、共に戦ってきたことは榛名も知っている。
故に、その点に対して、反論はしない。だが、これがもし、城などで傲慢に過ごしている貴族であれば、榛名も榛名で一言ぐらい文句を言っていたのかもしれない。
「だから、貴方たちもきちんと回復しておいてください。向島君と再会しても、心配されないように」
それじゃ、とそれだけ言うと、榛名はその場を後にする。
「あーら、言われっぱなしで終わったわね。アスハルト」
「うるせーよ」
クリスフィアとそう言い合いながらも、最後に榛名が言った言葉をアスハルトは反芻するが、「そりゃ、ノーウィスト組も一緒じゃね?」と結論が出る。
きっと、彼女の指摘通りの反応もされるだろうが、もしその状況になれば、そんなのと比べものにならないぐらいに榛名の方が思いっきり心配されることだろうし、こちらが逆に冷静になってしまう可能性もあるのだが、当の榛名にはその考えが無いように見えた。
「っ、と」
「クリス?」
何を思ったのか、壁を支えにしながらも、何とかその場から立ち上がるクリスフィアに、アスハルトは目を向ける。
「魔力も回復したことだし、簡単な結界ぐらい、張っておこうかと思ってね」
そう言って、クリスフィアは簡易結界を展開する。
少なくとも、まだここには普通に戦えるだけの体力が回復していない人物もいるので、魔物やモンスターを避けるための結界ぐらい張っておいたとしても、責められる事はないだろう。
「悪いな」
「謝るぐらいなら、早く回復しなさいよね」
「ああ、そうするよ」
きっと、フィアーナたちとともに、自分たちのことを転移させるギリギリまで泣きながら治療していたレアトリアも一緒に来るだろうから、彼女を安心させられるぐらいには回復しておきたい。
「そして、絶対に椿樹たちを迎えに行く」
勇者たちだけに任せるわけにはいかない。
だって、自分たちも『仲間』なのだから。




