第三十六話:今後の方針を説明する
イースティア一行の誰かを捕まえて、一緒に同行してもらうつもりが、まさか全員一緒に行動していたとは思わなかった。
故に、私たちノーウィスト組(といっても、私とフィアーナ殿下のみ)と向島君たちイースティア組(クリスさんとレアちゃんは不在)が一緒に陛下と話をすることになったのだが。
「話は分かった」
陛下が溜め息を吐く。
まあ、気持ちは分からないでもないが、事態が事態だから、こちらとしても仕方がないとしか言えない訳で。
「ずっと気掛かりではあったし、その申し出は非常に有り難いのだが、先日、四天王の一人を撃退してもらったばかりだからな。こちらとしてもこれ以上、他国の勇者である君たちに頼るというのもな」
自国の事だというのに、ラクライール撃退に加え、冒険者たちの失踪事件の解決にまで協力してもらうことについて、陛下としては申し訳ないのだろう。
「だから、今回の件は我々が解決したいのだ。もちろん、ハヤトたちにも経験を積ますつもりで手伝ってもらう予定ではいるんだが」
「でも、今回の件は桐生君たちの経験を積ませられるというメリットよりも、帰ってこられなくなるかもしれないというデメリットの方が大きいと思われるんですが」
正直、彼らに経験を積ませるだけなら、他のやり方だっていくらでもある。
でも、今回の件については、ほとんど初心者レベルの彼らにはきっとキツいしだろうし、行方不明者を増やす要因になりかねない。
「それなら、君たちにも同じことが言えるのではないのか? この世界の者たちにとって、『勇者』という存在の君たちは、魔王を倒すための、ある意味切り札なんだ。それこそ、失うわけにはいかない程にな」
なるほど、『切り札』と来たか。
「だとしても、勇者は他にも居ます。もちろん、俺たちのどちらかがいなくなったところで、戦力が大きく傾いたり、変化することは無いとは思うんですよ。事実、ウェスタニアの勇者・フライアも、俺たちと同じぐらいの実力者です。召喚された者ではない、この世界の人間として、彼のような実力者もいることから、たとえ俺たちに何かあったとしても、今、桐生たちに無理や無茶をさせてまで経験を積ませる必要は無いとは思うんですが」
現状、勇者は四人いる訳だが、中でも戦力として圧倒的に低いのは桐生君たちだ。
それがこの国の方針だというのなら仕方がないが、これで焦った上に、無理に経験を積ませたところで、彼らにとって良いものになるのかどうかなんて、彼らにしか分からない。
「ああ、もちろん、そのことも理解している。だが、彼らの実力を伸ばし、少しでも君たちに追いつかせるためには、それぐらいはしないと駄目だと思うんだ」
「だからって、無理に俺たちの実力に追いつこうとする必要も無いでしょう。一朝一夕で実力がつくのなら、俺たちはもうそれ以上の次元に居ることになります」
でも、そうじゃない。
現状、私たちでさえ四天王相手にも苦労することもあるぐらいなのだ。
「極端なことを言えば、もうすでに『その域』に居るのであれば、他の勇者も必要なくなってしまいますし、下手をすれば『化物』と呼ばれてもおかしくはありません」
その場が静まり返る。
『化物』、か。
「何だか珍しくあまり口を挟んでないみたいだけど、ノーウィストの勇者様のご意見は?」
フィアーナ殿下が振ってくる。
このタイミングでか、とも思わなくはないんだけど、みんなから視線を向けられたから、口を開かせてもらおうかな。
「『化物』云々はともかくとして。誰がどう言おうと何て言おうと、今回の件は桐生君たちでは無理です。彼ら以上の実力者である高位ランカーの冒険者たちまで失踪しているんです。訓練目的とかならともかく、実践経験がほとんど無い彼らを、この件に加えることは賛成できません」
彼らを参加させるということは、殺させに向かわせるようなものだ。
そんなの、見過ごすことも許すこともできるはずがない。
「もし、どうしても参加させたい、と仰るのなら、私たちも同行させてもらいます。けれど、それも納得できないと言うのであれば、彼らや調査員を動かされる前に、こちらが個人的に動かさせてもらうつもりなので、その点についてはご了承ください」
これが、こちらが出来る最低限の譲歩だ。
「君たちを加えない=個人で動いてもらう、ということか」
「ええ、そうです」
陛下から見れば、そうだよね。
というか、そう解釈できるように言ったつもりではいたんだが、少し分かりにくかったか。
「陛下。目の前に利用できる戦力が二つもあるんですよ? 利用しない方がおかしくはないですか?」
「……」
「私たちに対して、申し訳なさとかは二の次で良いので、陛下には最良の判断を下していただければ、こちらとしては文句を言いません」
とにもかくにも、『私たちを参加させる』という言葉が引き出せればいいのだ。
私たちは、陛下のその一言で今すぐにでも動けるのだから。
「……場所も把握しているんだったか」
「はい」
どこか悩ましげな陛下に、頷く。
けれどそれは、私たちは、であって、城の調査組がどこまではっきりとした情報を掴んでいるのかは分からない。
「まあ、勇者だけではなく、前衛担当や魔法要員、治癒要員という必要最低限なメンバーが揃っていますからね。場所以外についての情報収集も、いくらでもやりようはありますよ」
「……」
そう、工夫次第ではどうにでもなる。
それに、こっちにはアイリーンたちも居る。だからこそ、活用できるものは活用しなくてはならないし、何よりーー旅をする私たちが取れる方法でもあり、それがやり慣れた方法でもあるのだから。
「……君はーー……」
陛下が何かを言い掛けて、止める。
正直、何て言おうとしていたのか気になるところではあるが、言われたら言われたで反応に困るようなことを言われそうな気がするので、こちらから何か言うことも止めておく。
「では、陛下。良きご返事をお待ちしておりますね」
にっこりと笑みを浮かべてそう言えば、陛下は顔を引きつらせ、フィアーナ殿下や向島君たちは目を逸らす。何故だ。
「あ、ああ、そうだな……こちらこそ、無理を承知で頼むよ。勇者殿。此度の件への協力の申し出、感謝する」
そんな陛下の言葉を聞いて、一瞬その場に居合わせた勇者一行の動きが止まるが、「はい」とそれぞれが頷く。
そしてーー
「やれやれ、恐ろしいな。ノーウィストの勇者殿は」
「あら、今更それを言うの?」
執務室を後にし、アスハルトさんがぐるりと肩を回しながらそう言えば、フィアーナ殿下がくすくすと笑みを浮かべながらそう返す。
「けどまあ、いくらか予想していたとはいえ、やっぱり交渉とかは疲れるわ」
「それでも許可は何とか下りたんだし、まあ良いんじゃない? ただ、あのタイミングで下りたのは意外だったけど」
どこか溜め息混じりにぐったりした様子で前屈みになりながらも隣を歩いている向島君にそう告げれば、「そうか?」と目を向けられる。
「あんなの、どうするのかの選択肢が少ない時点で時間の問題だっただろ。それに、俺たちが城に滞在中っていうタイミングもあったことから、俺たちの方から訪れなくとも、向こうから協力要請は来たはずなんだしな」
「調査組の犠牲を増やした後で?」
「言うな。まあ、その後に言われる可能性はあったかもしれないが」
でも、実際はそれを私たちが前倒しにした。
「余計な犠牲者を増やさずに済んだ、って言いたいところだけど」
「相変わらず、相手の姿形が分からないままなんだよな」
そう、問題はそこなのだ。
「そっちの奴が見張ってはいるんだろ?」
「うん。何かあっても困るから、遠目だけど見てはもらってる。まあ、見て分かる範囲で何か異変が起きたら、すぐに伝えるようには言ってあるんだけど……」
誰とは言わないが、アイリーンたちのことを言っているのは分かったので、そのまま会話していく。
「まあ、特に緊急の連絡が無いのなら、大丈夫なんだろ」
「それならそれで良いんだけど、こういうときの嫌な予感って、当たるからなぁ」
なるべく気づかないようにはしていたのだが、それでも嫌な予感ってものはするわけで。
「っと。ああ、そうだ。忘れるところだった。鷺坂、手を出せ」
「ん?」
素直に手を出せば、「これをやる」と手のひらの上に何かが落とされる。
それを視認すれば、後ろからも見えていたであろうフィアーナ殿下が「あらあら」とどこか嬉々とし、アスハルトさんが「ほぉ」と感心したような声を出す。
「……向島君」
「何だ?」
「指輪だと、いろいろ誤解されそうなんだけど」
持って分かったのは、渡された指輪が魔道具だってことのみ。
別に告白とか期待していたわけでもないし、そんなつもりがないことぐらい、向島君の反応から予想は出来ていたのだが。
「ん? ああ……別に他意は無いからな? それにお前、光属性使えないだろ。そのための魔道具だよ」
「うん、予想通り過ぎて驚きすら無いよ。でも、今更だね。一体、どうした?」
そう、今更。私が光属性を使えなくなってから、かなり経つというのに、何故今になって渡してきたんだろうか?
「ラクライール戦の時ならともかく、今までもこういうときに渡してこなかったよね?」
「念のため、だな。相手がどんな奴か分からない状態で、光属性が致命的に使えないお前が、光属性を必要とした時どうするんだ?」
「あー、そういうことですか」
浄化系は使えても、光属性自体使えないのが私だ。
図星なだけに反論出来ない。今更ではあるが。
「そのための、一時的なやつ?」
「そういうことだ」
けれど、気になる点は他にもあるわけで。
「ねぇ、向島君。一時的なものとはいえ、指にぴったりな気がするんだけど、私の気のせい?」
「……」
嵌めて見せれば、目を逸らされた。
「向島君?」
「イメージで、何とか……」
……誤魔化されませんよ?
「……いや、その、マジで言わせる気か?」
え、何。そんなに言いにくいことなの?
「前に……いや、また今度で良いか?」
結局、逸らされてしまった。
それにしても、『前に』って、何かあったっけ?
「あ、でも『今度』って、話しはしてくれるんだ」
「……鷺坂」
向島君から恨ましげに見られるが、少しやり過ぎたかな。
そしてーー……
「それじゃ、先に行ってくるわ」
「私たちが行くまでもなく、君たちが先にこの件を片付けてくれることを願ってるよ」
旅装束のイースティア一行を、フィアーナ殿下たちとともに正門から見送る。
裏口でも良かったんだけど、特に悪いことをしたわけでもないし、目的地であるあの森にも近いからね。正門からのご出発です。
「約束、忘れんなよ」
「そのまま返すよ。助けがいるならいつでもどうぞ。こっちはいつだって向かうための用意は出来てるからさ」
そう言えば、そうか、と返される。
「けどそれ、やっぱり、フラグじゃね?」
「なら、そのフラグを折ってみせてよ。イースティアの勇者様」
「後で『出番が欲しかった』って言っても知らねぇぞ? ノーウィストの勇者様」
何についてのフラグかは口にせずとも互いに理解しているので、ニヤリと言い合い、グータッチした後、森に向かう彼らを見送っていく。
「榛名」
フィアーナ殿下に呼ばれる。
「ん?」
「無事に帰ってくると良いわね」
「そうだね。今回は、私たちの出番が無いことを願うよ」
だって、そうでなければ、彼らが帰ってこられなくなってしまうだろうから。
「やっぱり、生きて戻ってくることが、戻ってこられることが、当人たちにとって一番なんだよね」
だから、私もあの世界に戻るために、ララにいろいろ聞いたりはしていたんだけど、進捗状況は芳しくないらしい。
「だから、私もちゃんと生きて帰りたいんだよ。家族に『私は無事だよ、大丈夫だよ』って、その姿を見せて示したいし、伝えたい」
「榛名……」
フィアーナ殿下がどこか心配そうな、不安そうな顔をする。
「大丈夫。ホームシックになんかなってないから」
心配事はあれど、私は私のやるべきことをやるまでだ。
「ねぇ、フィアーナ。貴女の勇者はそんなに頼りない?」
冗談だというのを感じさせないように、少しばかり微笑んで、そう尋ねてみれば。
「……いいえ」
少しばかり驚きを見せながらも、いつも通りの表情に戻った彼女は告げる。
「貴女は、私が知る中で一番頼れる『勇者』よ」
さすがというべきか。やっぱり、彼女は王女だ。
「ありがとう、フィアーナ」
そう笑顔でお礼を返せば、フィアーナ殿下も微笑み返してくる。
「どうせなら、そのままずっとその呼び方が良いんだけど、無理かしら?」
「無理だねぇ。付き合いは長くなってきたけど、それでもやっぱり身分の差から来る意識はどうにもならないから」
そう話しながら、城内へと歩いていく。
「さて、イースティア組がいなくなったことの言い訳考えなきゃ」
「そうよねぇ。結局、見送ったのも私たちだけだし」
今まで口を閉ざしていたララが、そう口を開く。
「知られないようにするためとはいえ、あいつらだって別れの挨拶ぐらいはしたかっただろうからな」
ウィルもこれからが大変だとばかりに、そう告げる。
「さぁて、それじゃ、みんなで納得してもらえそうな言い訳を考えなきゃね」
私がそう言えば、それぞれがそれぞれ、了承の意を示すのだった。




