第三十四話:勇者同士で、ある約束をする
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部屋に戻り、リボンを外し、上着だけを脱いで、ベッドに横になる。
精神的に疲れているとは思っていたけど、私が思っていた予想以上に疲れていたらしい。
「……今後、か」
今まで通りに、魔王が居るとされている魔王城に向けて、旅はすることになるんだろう。
けれど、今目の前にある『問題』も、無視は出来ない。
「どうにかしないと」
だって、気付いてしまったから。
ラクライールたち四天王の仕業だろうが無かろうが、あのまま放っておくことなんて出来ない。
そのタイミングで、ドアがノックされる。
「……はい」
「よ」
起き上がり、ドアの隙間からそっと窺ってみれば、着替え終えたのだろう向島君が片手を上げて、そこにいた。
「……何、どうしたの」
向島君の場合、用が無ければ来ないから、何らかの用があるとは思うのだが。
「いや、少し話しておきたいことがあってな」
「明日じゃ駄目?」
「まあ、別に今じゃなきゃ駄目ってわけでもないが、早い方が良いと思ってな」
一体、何なのだ。
「とりあえず、入りなよ。来客を立ちっぱなしにさせとくわけにはいかないからさ」
「……お前、今は夜だぞ?」
「そうだね。でも、私たちはそんなことをするような仲でもないし、邪推したければ、させとけばいいだけのことでしょ?」
「……言うなぁ」
呆れたような、何か言いたそうな表情をしながらも、部屋の中に入ってくる。
適当に座るように言いつつ、何が飲みたいのかを尋ねる。
「で、何飲む? 色々あるけど」
「そうは言うが、緑茶とかは無いだろうが」
「コーヒーと紅茶だけだね」
そりゃあ、東にあるとされている日本似の国に行けばあるのだろうが。
「じゃ、コーヒー頼む」
「ん、了解」
用意するために、一度場を離れる。
「……」
「……」
暫しの無言。
「はい、お待たせ」
「ああ、悪いな」
コーヒーを差し出し、私も向かいの席に着く。
「それで、用件は?」
「まずは、残党退治。ご苦労様」
「……向島君」
わざわざそれを言うためだけに来たわけでも、部屋に入ってきたわけでもないことは、私にだって分かる。
その程度のことなら、ドアのところで用件を聞いたときに、言い淀んだりはしない。
「あー、俺が悪かったから、そんな顔をするなって」
そんな顔って、どんなだ。
「で?」
「鷹槻と、今後のことを話したって言ってただろ?」
「そうだね。私はノーウィストの勇者だから、いつかはこの城を出ていかないといけないわけだし。君だって、そうでしょ?」
「そうだな」
そこで一度、コーヒーに口をつける。
「鷺坂は、」
「ん?」
「ーーいや、何でもない」
「そう言われても、気になるんだけど」
途中で止めるぐらいなら、最初から口を出さないでほしい。
「……そうだな」
一体、どうした。イースティアの勇者様。
「鷺坂は、敵意とかに敏感な方だもんな」
「……」
さて、どう言ったものかね。
「向島君さ。言いたいことがあるなら、はっきり言おうよ」
「……」
「高ランク冒険者たちの行方不明についてとその行方不明先なら、私も分かってるから」
「分かってるって……」
ハッとしたような顔でこっちを見てくるが、何となく気にはなっていたらしい。
「さっきから、あの森ーーまあ、ここからでも見えてるんだけど、あそこから嫌ってほど負の気が表れているからね。その影響で魔物たちが凶暴化するのも分かるよ」
「……まさか、行かないよな?」
「行ったところで、今の私に何も出来ないよ」
たとえ私に光属性魔法が使えたとしても、解決できるかどうかは分からない。
「それに、こっちにはフィアーナ殿下が居るからね。いくら旅や危険に慣れたとはいえ、あのレベルはさすがに無理かな」
「王族を死なせるわけにはいかないもんな」
「そういうこと」
フィアーナ殿下の同行に関しては、勇者の召喚者だからという表向きの理由が大きいが、本人にそのことを言うと、文句を言われそうなので言わないだけだ。
「向島君さ」
「何だ?」
「もし、あそこへ行くつもりなら、絶対に帰ってくるっていう約束だけはしてよ?」
温くなり始めたコーヒーに口をつけて、何気なく視線を向ければ、目を見開いたまま固まってた。
「……は?」
「だからーー」
「あ、いや、二度も言わなくていい。ただ、鷺坂からそう言われるとは思わなかっただけだ」
ふぅん?
「私がそういうことを言うの、おかしい? 向島君なら大丈夫だって分かってはいるけど、危ない場所に向かうかもしれない友人を心配するのって、変?」
「分かった。分かったから」
落ち着いてくれ、と言われるが、あちこちに目を泳がせておきながら、どの口が言うんだか。
「つか、いきなりデレられても……」
「今すぐに大声で叫んだり、クリスさん呼んだりしても構わないんだけど」
「すみませんでした」
ジト目を向けてやれば、あっさりと頭を下げられる。
「でも、心配してるのは事実だからさ」
「それならちゃんと分かってるし、鷺坂は俺のことよりも、自分のことをもっと心配しろよ」
他人事じゃねぇだろ、と言われてしまう。
「ん、まあ正論だね。ありがとう」
温くなってしまったコーヒーに、互いに口を付ける。
正直、これを飲んだせいで寝られるかどうかは疑問だが、それは向島君も同じだろう。
「……何だよ」
「それ飲んだら、さっさと部屋に戻ってよ」
「自分から部屋に入れておいといて、言う台詞がそれかよ」
「否定はしないけど、そっちの本題も話し終わったんでしょ?」
そっと目を逸らすの、確認したぞ。
「……まあ、それもそうなんだが、言いたいことは他にもあって、だな……」
「というと?」
聞いても答えない。
まあ、未だに言うべきかどうか、迷ってるのは分かったけど、何を言う気だ。
「……これはお互いに、だが」
「うん」
「もし、クリスたちが助けを求めてきたら、手を貸してくれ。こっちもそっちが困っていたら、手を貸すから」
何を言ってるんだ? こいつは。
「とりあえず、向島君」
「何だ」
「フラグみたいなのを立てないでもらえる?」
絶対に何か起こるパターンじゃないか。
「当たり前だ、って返してくるかと思えば……第一声がそれかよ」
「だって、あの森に調査に行った向島君(たち)が、うっかり何らかの罠に掛かって、誰かが私たちに助けを求めに来るパターンとか、有り得そうじゃん」
「不透明だったフラグを明確にするんじゃねぇっ!!」
「本当になりそうで怖いわ!!」と突っ込まれるが、私自身も言いながらそう思ったから、否定できない。
「ーーけどまあ、」
「……?」
「困っているなら、助けるよ。同じ勇者兼同郷のよしみでね」
それでも、かれこれ三~四年の付き合いだから、私がこう返すことは予想済みのはずなのだ。
なのに、驚いたように目を見開かれるのは、何故だろうか。
「ああ、頼むよ。そして、頼りにしてるよ。『約束』な。ノーウィストの勇者様」
「そのまま、同じ言葉をお返ししますよ。イースティアの勇者様」
私たちはどこかの国やどこかの街で会う度に、会えたときは素直に再会を喜び、別れなどでまた離れ離れになるときは何らかの約束をする。
今回は『片方に何かあったら、もう片方が手を貸す』という約束だ。
だから、向島君がこの話題を出してきたということは、イースティア組は、近いうちに城を出るということだ。
そんなことを思いつつ、私の部屋を出て、自室に向かう向島君を見送り、二人分のコーヒーカップを片付けるのだった。




