第三十三話:これからのことを話し合う
「ふぅ、これで終わり? ……じゃないか」
これで何匹目だろうか。
周囲に向かって、鼻をひくひくとさせている“氷狼”に目を向ける。
向島君との模擬戦の時に反応していたのは、どうやら奴らのーー魔物たちをこの城に呼び寄せるための転移陣に気付いていたかららしい。
気づかなくてごめんね、と謝って、二人して転移陣の破壊を敢行中というわけだ。
『クゥゥン……』
「え、もしかして、まだ残ってるの?」
一体、どれだけの転移陣を設置していったのだ。あの男は。
次に会ったら文句を言ってやろうと思いつつ、氷狼とともに転移陣の破壊だけではなく、そこから現れた魔物退治を続行する。
向島君(たち)に桐生君たちの相手を任せてきた以上、奴が仕掛けた転移陣を残した状態で、おいそれと引き下がるわけにもいかないし。
「……マジで許すまじ、あの男」
あいつの性格上、こんなちみちみとしたこと嫌いそうなのだが、そうまでして桐生君たちを殺したかったということか。
『クゥゥン……』
「……大丈夫だよ。それより、もう感じない?」
『ウァン!』
「ん、なら良いや。ありがとう」
軽く頭を撫でてやり、お礼を言って氷狼を送還すれば、会場の方へと戻るために立ち上がる。
「あー、でも少し汚れちゃったか」
いくら咄嗟に対応できるようにと、勇者としての正装を魔改造したとはいえ、このまま会場に戻るのも気が引ける。
「……」
軽く叩いてみるが、落ちたのは軽い砂や埃のみ。
「しょうがない。戻るのは止めておくか」
陛下や姫様たちだけではなく、フィアーナ殿下たちにも失礼だろうが、この格好で出ていくわけにもいかないので、そうするのが一番だろう。
そんな会場に近づいていた足を止めようとして、目の前に誰かが立っているのに気付く。
あれってーー
「鷹槻君?」
何でここに? と首を傾げてみれば、彼はこちらに気付いたのか、背を預けていた壁から離れ、私の問いに答えることもなく、無言でこちらに歩いてきた。
「歪んでるぞ」
「ん? ああ、ごめん」
どうやら、髪を纏めていたリボンが歪んでいたらしい。
そういや、髪型もそのままだったから、気づくのが今になったわけだけどーーって、いや、そうじゃなくて。
「こんなところで、どうしたの?」
パーティーは終盤のはずだから、休憩というわけでも無いだろうし。
「……」
だが、返事がない。
本当に、どうしたのだろうか。
「ーー鷺坂は」
「ん?」
私?
「鷺坂は、このパーティーが終わったら、あの人たちと出ていくのか?」
「……」
今度は私が黙る番だった。
あの人たちって、多分ララやウィル、フィアーナ殿下のことだよね?
まあ、出ていく・出ていかないに関しては、『いずれは出ていく』というのが正しいんだろうけど、これはどう答えたらいいものやら。
「パーティーが終わってすぐは無いよ。それに、魔王退治は私たちもしなきゃならないから、いずれは出ていくことになるかもだけど」
「他国の勇者だからか?」
「そうだね。本来、喚ばれるはずだったのは桐生君であって、私じゃないし、近くにいたが故に巻き込まれただけだから」
「……」
何故、普通なら会うことすら無かったであろう五人が『勇者召喚』なんてものに引っ掛かり、巻き込まれたのかなんて、答えるつもりはない。
いつ何時、誰に何が起こるのかなんて、分かるわけがないのだから。
もし、あの場所で巻き込まれ召喚をされず、さらにはノーウィストの勇者召喚にも引っ掛からなかったらーーそんな『もしも』のことを考えなかったわけではないが。
「ただ、『勇者』という存在がいるだけで、この世界の人たちが少しでも安心するって言うのなら、それはそれで良いんじゃないの?」
「他の世界の人間に押し付けておきながらか?」
「それでも、ちゃんと謝ってくれた人は居たからね」
また、その逆もあったけど。
「それにーー……」
「それに?」
けれど、会話はそこで途切れさせられてしまう。
「あーっ、鷺坂さん居たーーーーっ!」
よく通るような、栗山さんの声が響いてくる。
「お、鷹槻も一緒だな」
栗山さんの後ろから、サーリアン組とイースティア組、ノーウィスト組とやってくる。
向島君に至っては、声には出さないけれど、『悪い、止められなかった』と言いたげに片手をを立てて、すまん、とジェスチャーをしていた。
「それで、何を話してたの?」
「んー、今後の予定?」
栗山さんに聞かれたので、隠すまでもないかと、あっさりと答えてみせる。
けれど、そう言ったからか、ノーウィスト組とイースティア組の表情が微妙に変わる。
「そういえば、鷺坂さんはノーウィストの勇者だったんだよね。このパーティーが終わったら出ていくの?」
「さっき、鷹槻君にも同じことを聞かれたから言ったけど、パーティー終わってすぐ出ていくなんてことは無いから」
どれだけ私を追い出したいのだ。こいつらは。
「そっか」
「良かった~」
安堵の息を吐く桐生君と栗山さんに、思わず苦笑いを向ける。
そもそも、国からは出ていかないってだけで、城から出ないとは言ってないんだけどなぁ。
「それで、この国の勇者一行が出てきてて大丈夫?」
「それなら、問題ねーよ。王様が終了の挨拶したからな」
吾妻君がそう説明してくれる。
「そっか。じゃあ、私たちも部屋に戻りますか」
「そうだね」
その返事を聞いて、歩き出したみんなについて行くかのように、そのまま歩き出そうとしてーー足を止める。
「……?」
何……今の感じ。
ぞくりとまでは来ないけれど、何かこう……嫌な予感がした。
「……気のせいか」
正直、これ以上の戦闘行為を今日は避けたい。
だから、今だけは見て見ぬ振りをさせてほしい。たとえ後で後悔することになったのだとしても。




