第三十一話:労いの代わりにパーティーをⅢ(勇者と四天王の関係は)
「鷺坂」
後ろから呼ばれたので振り返ってみれば、よ、と軽く手を上げた状態の向島君がそこに居た。
「まずは、ご苦労様」
「そっちこそ、ご苦労様。で、どうしたの? さっきまで、お嬢様方に囲まれていたじゃん」
労うためだけに、こっちに来たわけでは無いことぐらい、分かっている。
挨拶など建前で、向島君はいろんなお嬢様方とのダンスに付き合わされていたみたいだが。
「抜け出してきたに決まってるだろ。いくら何でも、貴族のお嬢様方のお相手なんて、俺には無理だよ」
「ふーん。まあ、お嬢様方に対する対応なら、教えてあげても良いけど?」
「そういや、鷺坂って、仮にも良いとこのお嬢様だったよな。そんな気配が無いから忘れかけてたけど」
「悪かったね。そんな気配が無くて。まあ、こんな言葉遣いだし、通ってきた学校が学校だから、良いとこの出だとは言っても、ほとんど冗談って思われてたからね。信じて貰えるようになったのも、高校からだし」
上二人と比べられて、ひねくれた結果でもあるけど。
「それに、君の場合は、お嬢様方の前に自国の皇女様と婚約させられるんじゃないか、という心配をしておいた方が良いんじゃない?」
「その言葉、そのまま返すぞ。まあ、鷺坂の場合は王女じゃなくて、王子だろうが」
む、そう来たか。
「残念でした。ノーウィストの王子殿下たちは全員婚約者が居る上に、惚れきっているので、どちらかに何らかの問題が起きたりしない限りは、婚約破棄の問題もありません」
「王子じゃないとしても、爵位持ちや貴族の子息かもしれないぞ?」
「仮にも、世界を救う勇者様の相手なんだから、下手に下級貴族は宛がわないでしょ。それに、元の世界での事もあるから、上二人よりは幾分かマシだとしても、私はこっちで下手に婚約者とか作れないし」
「いろいろと面倒なんだな。金持ちって奴は」
そうなんだよね。
「ほらほら。戻った戻った。クリスさんたちが捜してるかもよ?」
「そう言う鷺坂も、フィアーナ殿下たちが捜してるかもしれんぞ?」
「フィアーナ殿下とあの二人はちょっとお仕事中だから、捜してる暇なんて無いよ」
陛下たちに挨拶している最中だろうからね。
だからこそ、向島君が来なかったら、そちらに向かおうとしていたのだが。
「かなり残酷なこと、言うよな。お前」
「かもね」
だが、今は戻りたくないし、行きたくない。見たくもない現実を見ないといけなくなりそうだから。
「あ、こんな所に居た」
今度は桐生君たちが来た。
「うわぁ、君たちまで来ちゃったかぁ」
「すっごい不本意そうだな」
「こんな所に勇者が集まってるんだから、目立つに決まってるじゃん」
しかも、こちらに気づいた人たちにより、小さなざわつきが聞こえてきてるし。
「こうなったら、覚悟決めとけ。ノーウィストの勇者様」
「今すぐこっから突き落とされたい? イースティアの勇者様」
もう隠す必要が無いからと、容赦なく呼んでくるよなぁ。
まあ、仮に突き落としたとしても、向島君のことだから二階のバルコニー程度の高さなら、あっさりと着地してくれそうだけど。
「で、どうしたの?」
まさか、労いじゃないだろうな。
「いや、迷惑掛けたっていうか、その……」
「その事なら、気にしなくて良いと思うぞ? こっちが勝手にやったことだし」
申し訳無さそうな桐生君に、向島君がそう返す。
「そうそう。それに、私が助長させたようなものだし」
「どういうことだ?」
「ラクライールが来たのは私が原因かもしれない、ってこと。今だから言えるけど、私が喚ばれたことに気付いて、あいつが来たんじゃないかな? 本当なら別の四天王が来るはずだったんだろうけど」
「今までの流れから行くと、桐生たちの相手はファイスベールか? 俺の時はルベルリーゼだったし」
「んー……意外とイグナシオンじゃない? ファイスベールがフライアたちに会ってると仮定すれば、だけど」
「えっと……?」
ああ、そうだった。今のはさすがに、桐生君たちには訳が分からない話だったよなぁ。
とりあえず、向島君に目を向ければ、肩を竦められる。
まさか説明、私一人に丸投げする気じゃねぇだろうな。この野郎。
「とりあえず、君たちは知らないだろうし、こんな場所だから、説明も簡単になるけど、今居る勇者は四人。私と向島君と桐生君とフライアの四人ね」
「お前たちを省くが、鷺坂が北東に位置するノーウィストの、俺が東に位置するイースティアの、フライアが西に位置するウェスタニアの勇者な。で、フライアは俺たちとは違って、現地勇者。つまり、この世界の人間な」
ここまでは良いか? と桐生君たちに確認を取りながら、向島君とともに説明を進めていく。
「次は四天王についてね。四天王は名前の通り四人居る。一人は会ったから分かると思うけど、ラクライール。二人目は見た目は私たちと同い年ぐらいなんだけど、人をからかったり、イタズラするのが好きなイグナシオン。三人目は四天王の紅一点、ルベルリーゼ。四人目は四天王の苦労人にして最年長、ファイスベール」
「で、だ。こっちも四人、あっちも四人だから、それぞれ相手すれば良いかと思っていたら、向こうからやってきました」
「私の所にラクライールが、向島君の所にルベルリーゼが来ちゃったから、必然的に対戦の図式が出来ちゃって」
「今回の場合、本来ならイグナシオンかファイスベールのどちらかが来るはずだったんだが、鷺坂が召喚されたことに気付いたであろうラクライールが飛んできたため、『桐生たちはどっちになるんだろうなー』って話していたってわけだ」
分かったか? と向島君が尋ねれば、ぎこちなく頷く桐生君たち。
「でも、俺たちはほとんど駄目だった。役に立てなかった。この国の勇者なのに」
「俺たちも時もそうだったよな?」
桐生君たちを励ますために振ってきたんだろうけど、私に確認するな。
「……まあ、そうだね」
「嘘なんだね」
「嘘なんだな」
まあ、間を作れば、嘘だって分かるよねー。
「いや、苦戦したのは本当だよ。事実、私は軽く死に掛けたしね」
ララやフィアーナ殿下辺りに確認してみれば、分かると思うけど。
こっちは戦い慣れてないってのに、ラクライールは(当たり前だけど)容赦ない上に手は抜かないし、フィアーナ殿下なんて、私の目が覚めた時なんて泣いてたし。
「あ、俺の場合、今のところ対四天王戦で死に掛けたことは無いわ」
「……」
「……」
「……」
「……」
一瞬の間。
「さっきの仕返しかっ! 丸焦げにしてやるっ!」
「落ち着け、落ち着けって。鷺坂」
「お前が暴れたら、建物が保たないからっ」
「そして、お前は人を盾にするな。向島」
吾妻君と鷹槻君が止めに来てるけど、向島君は桐生君の後ろに居た。
「皆様、こちらにいらっしゃったんですか」
「側まで来ていたのに、声を掛けるタイミングを見計らっていましたよね。エレンシア殿下」
「それは言わないでくださいな。ハルナ様」
あ、やっぱ姫様に名前で呼ばれるの、違和感あるわ。
「それで、エル。どうしたの?」
「いくら何でも、勇者様たちがずっと壁際でお話ししてるのも、どうかと思いまして。声を掛けに来ました」
かなり話していた気もするからなぁ。そりゃあ、時間も経つわ。
「ほらほら、行った行った。男共。そして、お嬢様方に囲まれて、至福の時を味わってくるが良いさ」
「何を言ってるんですか? 貴女も行くのですよ?」
あ、やっぱり?
「ほらほら、鷺坂はイケメン貴族どもに囲まれに行ってこい」
逃げるつもりはないんだが、何故か向島君が背中を押してくる。
「おい、さっきの仕返しか。全く嬉しくないんだけど」
「何のことだ?」
知らばっくれてやがる、この勇者。
「……向島。お前、そういうこと言うから、冗談でも鷺坂を噛みつかせたり、怒らせたりするんだろうが」
「分かっててやってる分、まだマシな方なのか。質が悪いのか」
何かそんなやり取りしている間に、陛下たちの前まで連れてこられました。
「あらら、うちの勇者様が不機嫌な様だけど、何かあったの?」
「向島が鷺坂さんに、いろいろ言ってたので、それで……」
桐生君がそう説明すれば、いつの間に来ていたのだろうクリスさんがそれを聞いたせいか溜め息を吐き、フィアーナ殿下に頭を下げる。
「フィアーナ殿下、申し訳ありません。うちの勇者が」
「ああ、気にしないで。どうせ、うちの勇者も噛みついたんだろうし」
「それでも、すいません」
ぺこぺこと頭を下げるクリスさんに、頭を上げるように何度も言うフィアーナ殿下。
何だこのやり取り……って、ああ。
「クリスは俺の保護者か」
向島君、それは思っても言っちゃ駄目な奴。
「からかうのは良いけど、あんまり弄り過ぎるなって、前にも言ったよね? 椿樹」
「……はい」
笑顔だけど、目が笑ってませんよ。クリスさん。
まあ、視線で助けを求めてくる向島君のことは、無視をするとして。
「陛下。御挨拶の方、遅くなってしまい、申し訳ありません」
フィアーナ殿下から話されてはいるだろうが、まずは挨拶が遅くなったことを謝罪せねば。
「いや、気にするな。だが勇者同士、仲が良さそうで安心したぞ」
「左様ですか」
ああ、何だろう。嫌な予感がする。
「時にノーウィストの勇者よ」
「はい」
「其方に、恋人……この人だという心に決めた存在は居るのか?」
はい……?




