第三十話:労いの代わりにパーティーをⅡ(思わぬ再会)
さて、レッスン室でのダンス練習が終われば、いよいよ祝賀会本番である。
「フィアーナ殿下。まずは、いつも通りに挨拶回りからで良いんですよね?」
「そうね」
ドレスアップしたフィアーナ殿下への確認も済み、同じく準備完了していたララたちを見れば、頷かれたので、殿下をエスコートしつつ、会場入りする。
うわぁ、入った途端に視線が凄ぉい。
「もしや、ノーウィスト王国のフィアーナ殿下でいらっしゃいますか?」
「ええ、そうですが……貴方は?」
ふふ、と会場入りと同時に微笑みっぱなしの彼女は、対貴族用の仮面を被ったフィアーナ殿下である。
本来の彼女を知っているだけあって、顔が引きつりそうになる。
「これは申し訳ありません。リズリー公爵が第二子、クロムウェル・リズリーと申します」
おぉ。いきなり爵位持ちと遭遇か。
ところで、とクロムウェルさんの目が、こっちに向く。
「そちらの方たちは……?」
「こちらは我が国・ノーウィスト王国の勇者で、背後の二人は私の護衛です」
「ハルナ・サギサカと申します」
私が名乗り、ララたちは軽く会釈する。
この自己紹介も慣れたもので、こう挨拶した後は、ボロが出ないよう警戒しないといけないので、あまり口を開かないことにしている。
にっこりと笑みを浮かべれば、「そうですか」とクロムウェルさん。
「ノーウィストの勇者は女性と聞いていたので、てっきりドレスでいらっしゃるのかと思いましたが……」
「ご期待に添えずに申し訳ありません、クロムウェル様。こちらとしてもそうしたかったのですが、どうにもこの姿でないと信じてもらえないようで」
前言撤回。こういう言い回しは結構得意だから、言わせてもらっている。
「そうだったんですか。勇者というのも大変ですね」
「そうなんです。せめて顔だけでも覚えてもらわないと、次もこのような姿で来ないとならなくなりますから、クロムウェル様には是非、覚えておいて頂きたいものです」
口でそう言いながら、クロムウェルさんを観察する。
茶髪に同色の眼という容姿の彼は、私たちとの話し方とも相俟って好青年に見えるーーが、そう見えるだけだ。彼の本性を知らない私たちにとっては。
こういう場では、放たれた言葉が本音ではなく、社交辞令だと思っておくのが正解だ。いちいち真に受けていては身が持たないし、後々に恥を掻きたくはない。
まあ、私が言ったのは後々のこともあるので、(顔ぐらいは)覚えておいてほしいものだが。
「申し訳ありませんが、他の方たちにもご挨拶をせねばなりませんので、この辺りで失礼いたします」
フィアーナ殿下の言葉で、クロムウェルさんとの挨拶は終了である(ぶったぎったとも言えるが)。
だが、クロムウェルさんが声を掛けたからか、彼との会話が終わった途端に、いろんな人が挨拶に来た。
パーティーが始まり、陛下の挨拶と桐生君たちサーリアンメンバーの紹介も終えれば、更にその人数が増えた。
ただ、自国の勇者ということもあってか、サーリアンメンバー+エレンシア殿下の方の挨拶も凄いことになってたけど、こっちはこっちでフィアーナ殿下から挨拶に行けてない。
「殿下、榛名」
「頑張っていらっしゃるので、料理を持ってきました」
ようやく第一波が終わったためか、隙を見て、はい、と二人から差し出される。あ、美味しい。
「というか、二人こそ護衛なのに、フィアーナ殿下から離れちゃ駄目でしょ」
「だって、隣に勇者様居るし」
「どんな防壁とかよりも、頼りになるし」
「職務怠慢だよ、それ」
まあ、料理を取ってきてくれたから、気づかない振りしておくけど。
「そういえば、イースティア勢は?」
「あそこ」
フィアーナ殿下が聞いてきたので、指し示す。
「わぁ、さすが美男美女が揃っているから、人気ねぇ」
「あ、イースティアの勇者がどっかの令嬢に捕まったな」
クリスさんはダンスのお誘いを軽くあしらってるし、アスハルトさんは出席者として来ていた騎士仲間と話し始め、レアちゃんは半泣きになりながらオロオロとしていた。
中々にカオスな状況ではないか。
「ああならないためにも、私たちはまあ……頑張らないと」
無言でイースティア勢を見ていた三人にそう言えば、無言で頷き返してきた。
☆★☆
第二波、第三波と半分近く挨拶回りしていれば、顔見知りとも会うわけで。
「あれ?」
「どうしたの?」
「いや、あそこに居るのって、グレンウィル様? ……あ、やっぱりグレンウィル様だ」
私は記憶に絶対的な自信があるわけじゃないけど、ノーウィストの要人を見間違えたりはしない。
そもそも、グレンウィル様は私にとって、この世界での親代わり兼後ろ盾でもあるから、見間違えたりしてもヤバいわけで。
「グレンウィル……?」
「ん?」
フィアーナ殿下が声を掛けてみれば、グレンウィル様が振り返る。
「おや、フィアーナ殿下。それに、ハルナ様も」
「どうも」
「お久しぶりです」
軽く会釈して、挨拶を交わす。
普段なら呼び捨てなのだが、今居るのは国外なためか、グレンウィル様からの呼ばれ方は『様』付きだ。
「ほら、当たったでしょ?」と言わんばかりにフィアーナ殿下に目を向ければ、肩を竦められる。
私たちがそんなやり取りをしている間にも、グレンウィル様は先程まで話していた人に軽く挨拶をして別れると、こっちにやってくる。
「良かったんですか?」
「ええ、話も終わりかけていたところでしたし。っと、ご挨拶が遅れましたな。ララティアナ様、ウィルハルト殿もお元気そうで」
「いえいえ、お気になさらず。御陰様で、こうやって旅を続けることが出来ておりますから」
「そうですよ。グレンウィル様が頑張っていただいているから、旅の方に集中できるわけですし」
ララやウィルとの言葉に頷くと、グレンウィル様は笑みを浮かべる。
「それにしても、我が国の勇者様は、まだドレス姿では『勇者』だと認識されないんですね。ーーもう、四年も経つというのに」
「そうですね。ですから、ドレス姿でも間違えられない様、ちゃんと覚えてもらえるように、皆さんには『顔を覚えてください』って言ってきました」
ここまで慣れてくると、もう自虐ネタ扱いだ。
「でも、榛名のドレス姿が見られるのは、今のところ我が国だけですから、ある意味では特権だと思いませんか? グレンウィル」
「確かに。まあ、下手にドレス姿で参加して、変な虫が付かれても困りますからね」
「あら、それは義理の関係とはいえ、親心から来るものなのかしら?」
フィアーナ殿下とグレンウィル様が、笑みを浮かべて話す。
「ええーー私の、可愛い義娘ですよ」
その台詞に、思わず数回瞬きをしてしまう。
「だってよ」
何か返せとばかりに、フィアーナ殿下に肘で小突かれる。
「……どう返せと」
「素直に返せば良いんじゃないのか?」
そうは言うけどさぁ……。
「じゃあ、お世辞として受け取っておきます」
「もう、素直じゃないんだから」
素直に言えと言ったのは、そっちでしょうに。
それに、この場では社交辞令として受け取っておいた方が、グレンウィル様にも迷惑は掛からないはずだ。
「ハルナ」
「はい」
「私に対して、変に気遣わなくても大丈夫だから、何かあったら、ちゃんと言ってきなさいね?」
そうは言うけど、それでも私は迷惑を掛けられないから。
「分かりました」
自分の手が届きそうにない時ぐらいは、その手を貸してもらおう。
「それでは、失礼しますね」
互いに礼をして、グレンウィル様と離れる。
「さて、挨拶しなければならない人はもういないはずだから……どうする?」
「自由時間で。つか、ぶっちゃけ少し休みたい」
これは、紛れもなく本音。
「分かった。それじゃあ……どこにいる予定?」
「そうだなぁ……窓付近っていうか、バルコニーに居ようかな」
そう言えば、三人が苦笑する。
「いや、変な意味じゃないぞ?」
「そうそう。いつ言い出すかと思ってさ」
私、そんなにバルコニーの方へ行きたそうにしていた?
「ノーウィストの時とか、誰もいなさそうな所に行ってたじゃん」
「あー……、もう癖なんだよね」
元の世界からの。
気を張ったりしていると、妬みや嫉み、いろいろと感じ取ってしまい、度を超えると殺気や恨みも感じ取れてしまう。
それを振り払い、切り替えるために、私は一度会場から出たりしているのだが、途中からはもう完全に息抜きだ。
「とりあえず、一回、頭を切り替えさせてもらうよ」
「なら、私たちは遅くなっちゃったけど、陛下たちに挨拶してくるから。人も減ったみたいだし」
確かに、陛下や桐生君たちへの挨拶の波は引いたらしく、何やら互いに話している。
「本当は私も挨拶に行きたいところだけどね」
「なら、一緒に行く? ……って、うそうそ。気持ちは分かるけど、無理しちゃ駄目だからね?」
「了解です。フィアーナ殿下」
綺麗に腰を折って、礼の姿勢をすれば、ふふっとフィアーナ殿下が笑みを浮かべる。
「さて、とーー」
パーティー会場となってるのは、サーリアン国・王城二階の大広間。
そこから連なっているバルコニーに出てみれば、光り輝く城下が見渡せる。
「おー、綺麗綺麗」
残念なことと言えば、王城が半壊していることだろう。
陛下は何も言わなかったが、魔物による被害は城下にも出ていたらしいものの、王城ほどではなかったとのこと。
「変な気を回されたと考えるべきか、私たち相手に集中攻撃するべくしてしたと考えるべきか」
あいつの考えなど、あいつにしか分からないのだから、考えても無駄なのだが。
「……それにしても、いやーな気……」
次に目を向けるのは、ギルドで見たあの依頼書が示していた場所がある方角。
結構な距離があるというのに、嫌な気がここまで届いているみたいだ。
「……」
あの依頼書がまだ残っているのなら、引き受けてみようか。フィアーナ殿下たちと要相談だけど。
「さて、と。そろそろ行くか」
フィアーナ殿下たちと合流しないと、と思っていればーー
「鷺坂」
後ろから呼ばれたので振り返ってみれば、よ、と軽く手を上げた状態の向島君がそこに居た。




